第6話:頼れる2人
文字数 2,599文字
東城も春菜もニコニコしている。
いや、ニヤニヤしているといった方がいいか。
俺がこんな時間に呼び出したんだ。
あらかた理由は察しているんだろう。
「ねえ、紅村さんとは上手くやってるの? でも驚きよねえ。いつからなのよ?」
春菜さん、あんたもいきなりなお方やね。
上手くやってるとか、そんなんじゃなくって、質問したいのは、この俺なんだよ。
でも、逆だったらどうかな。
俺も同じような反応を示すんだろうか。
示すんだろうな。
ま、春菜の方から話題を振ってきてくれて、逆に話を持っていきやすいか。
俺は能書きなんかはぶき、単刀直入に聞いた。
「紅村のことって、掃除当番以外に知ってるのはいるのかな?」
「え? 知らないんじゃない。あたしもまだ薫にしかしゃべってないしぃ」
「まだって、春菜、お前しゃべる気だったのか? てか、東城にもうしゃべってるじゃねーか」
「だめなの? 何で?」
「ダメダメダメ! 絶対ダメ! これには深いワケがあるんだ」
「ワケって何よ?」東城が割り込んだ。
「そうだよ。腕組んで帰ったじゃない」
こういうのって、2対1だと不利だ。
俺は何も悪いことをしてないのに、まるでこちらに非があるみたいだ。
「しゃべっちゃダメって、お前、何か拙いことでもあるのか? もうキスぐらいしたんだろ?」
ブランコを揺らしながら、東城が怪訝そうだ。
「そうだよ。嬉しそうな顔、してたじゃない。それに普通じゃないよ、あのひっつき方ぁ」
春菜もブランコを揺らしながら畳み掛けてくる。
「いや、嬉しそうって、アレは紅村1人が勝手に舞い上がってるだけでだな…」
「え~? あんなにぴったり体寄せ合ってたのにぃ?」
春菜は容赦がない。
「体を! 寄せ合っていた!」
東城がブランコを止め、身を乗り出してきた。
体を寄せ合ってたっていえば、お前らこそ今日、どこで何やってたんだ?
思わず言いそうになったが飲み込んだ。
「な、お前、紅村じゃ不満なわけ?」東城が眉間にシワを寄せている。
「いや、不満とかさ、それ以前の問題よ」俺は右手の人差し指を突き立てた。
「でも好きなんだろ?」東城は腕を組んだ。
「好きとかそういう問題じゃねーよ」俺は東城ににじり寄った。
「だから! 順を追って説明するし!」
俺は半ば地団太を踏み始めた。
「うんうん」うなずく東城。
「うんうん」嬉しそうな春菜。
俺は、元町南口商店街の一件のあと涼子に呼び出され、うっかり「うん」と言ってしまったこと、
無理やりプールに拉致られて、向こうにその気があるのかないのか知らんが、泳ぎを教えさせられていること、
ほとんどストーカーのように追いかけられて、心底困り果てていること、
無理やり手を握られ、抜こうとしても全然抜けないこと、
ほんのちょっとのスケベ心が仇になり、ドロ沼にはまりつつあること、
すでに、花家と椎名には見られてしまったこと、
本当は幼馴染のかすみが好きだから、さっさと涼子には諦めてもらいたいこと、
こういったことが、誤った形でかすみに知られないか気が気でないこと、
そして、本当は、何としても、かすみには知られないようにしたいこと、
そのためにはどうしたらいいか、などなど、
大きいことから、小さいことまで、あることないこと、洗いざらい話した。
「そうか、かすみが…」
「そうなんだ。かすみのことが…」
2人は真顔になった。
真剣に悩んでくれているようだ。
「ま、オレはしゃべらんけどさ」
「うん、わたしも誰にも言わないよ。今日の掃除当番だった子にも、それとなしに言っとく」
ああ、なんて嬉しいお言葉。
今日のメンツを考えると、春菜を押さえたのは大きい。
「穐山さんはしゃべんないわよ、きっと。うん、でも紀伊國さんには言うかもしれないわね」
「あの2人、いつもつるんでっからな」東城がうなずく。
「そうそう。なんか、私たちだけの世界~っていうか。他を寄せ付けないのよね。まさか百合っていうやつ?」
「てことはまあ、ここはバレて紀伊國どまりと」東城はいつの間にかスマホを取り出して、メモり始めた。
「来栖はどうかな?」
俺は探るように聞いてみた。
「ああ、マリは大丈夫。あのコ、普段、そんな話してないし…でも」
「でも?」俺は不安になった。
「でも、別の人の同じようなシーンを見たら、山葉さんと紅村さんみたいですねっ、とか言いそうな気はするわねえ」
「ああ、あり得るな、それ」東城は首を縦に振っている。
「うん、言っとくよ、明日」
「くるす、あれ? あいつどんな字だったけ? まあいいや、クルスは口止めと」またメモる東城。
「あと、誰だっけ? ああ、そうだ、あの、ほれ、マボロシみてーな奴」東城が所在なさげに指を回しながら言った。
「幻? え? 誰それ?」春菜が混乱している。
「おーおー、ネギ…じゃねえ、韮崎よ、韮崎!」東城が名前を思い出した。
「ああ!……無害!」
「ニラ玉は無害と」
「ほかは、え~っと、花家に水着買うトコ見られたんだよな?」
「彼女には、あたしが言っとくね」
「花家は春菜が口止め、と」
俺がしゃべんなくても勝手に段取りを付けてくれている。
なんかヤケに頼れるぞ、この2人!
やっぱ、相談してよかった。
「あと一人、誰だっけ?」春菜が顔をこちらに向けた。
「帰るところを椎名に見られたんだよ。…手、握られてるトコをな」俺は困った顔で伝えた。
「あのコ、ちょっとヤバいかも」
「んな感じするよな」東城も心配そうだ。
「明日ちょっと探っとくね」
「C子は探りを入れる、と・・・ん~こんで全部か? あれ? まだ一人いなかったっけ?」
「あと一人?ああ、御山さんがいたの忘れてた。あは、一緒に机運んだのに忘れてたあ。ん~、彼女は口、堅いよ。って、1年のときからベラベラしゃべるようなコじゃなかったじゃない」
「ポニテは大丈夫と。これで全部だな」
「ポニテ?」春菜はちょっと不思議そうな顔で東城を見たが、「ああっ」と笑いすぐに普通の表情に戻った。
対策会議は終わった。
かれこれ1時間ぐらいたっただろうか。
ギョーザは冷えて、美砂は怒っているだろうが、目先のギョーザより、かすみだ。
かすみのために、何としても涼子には諦めてもらわねばならない。
可哀想な気もするが、その気がない俺のために心を砕くムダをさせるわけにもいかない。
許せ、涼子。
「にしても大変だな」
東城がニヤついた顔を向け、続けた。
「付き合う女は一人にしなきゃ駄目だぜ」
帰宅を急ぐ通行人のヒールの音が団地の中に消えていった。