第12話:高校生活の始まり~ほぐれた緊張
文字数 2,399文字
紐でまとめられた10冊1束を男子は1人で2束、女子は1束ずつ運ぶというのが先生の考えだったのだが、ここでさっそく動いたのが東城だった。
教科書が積まれている会議室は1階の階段横にある。
N組の教室は2階に六つある教室のうち幸い階段横なので、クラス全員を等間隔で並べればバケツリレーで余裕で運べるのではないかというものだ。
下から上に手渡す階段部分のリレーは男子8人で分担し、平坦なところは女の子にやってもらうという、あいつらしい気の配りよう。先生も共同作業によって、内部生と俺たち外から来た生徒に一体感が生まれるだろうと考え、
「いいこと言うわね東城くん!」
と、あっさりゴーサインを出した。
最初は無言で始まった作業だが、3回、4回とリレーするうちに「重いから気をつけて」「この向きが持ちやすいよ」と、雰囲気も良好。
通りがかった理事長からお褒めの言葉まで頂戴する満点の出来で、輸送作戦はあっという間に終了。途中まで生徒数名でピストン輸送していた他のクラスにも動きは波及し、しまいには女子だけの2、3年生のクラスを男子が手伝うというおまけまでつき、おおいいに感謝されたナタリエ組だった。
座席も決まり、教科書の配布と明日以降の予定など紫村先生の説明を聞き、本日の公式行事は終了した。
「ありがとうございました!」
先生が教室を出て、緊張がほぐれる。
あとは三々五々、部活の物色をしたり、食堂など校内施設の探検だ。
「東城~。腰が痛い」
「帰りに駅前のイケダ電機にでも行ってマッサージチェア座ろうぜ」
「薫って、だけどよく咄嗟にバケツリレーとか思いつくよね。私も腰痛い」
3人揃って腰を擦る。
すでに教室内は半分ほどの人数になっている。
部活巡りに向かったか、あるいはもう帰途に就いたのか。
「だけど山葉くん、同じ組になるの小学校以来よね」
かすみが寄ってくる。
スクールバッグを肩にかけ、どこに向かうのか、出発準備は整っているようだ。
「かすみ、またよろしく頼むよ」
「うん。こちらこそ」
こんなシーンを見たら、何も知らない子たちは俺とかすみが「できてる」と思うかもしれない。
だが実際はそんなことなく、久しぶりに同じクラスとなった幼馴染が旧交を温めている、ただそれだけだ。
前回同じクラスだったのは小学6年生のとき。
中学も同じ学校だったのに、3年間一度も同じ教室で席を並べたことはなく、何となく疎遠になっていただけだ。
かすみに中学で好きな男ができたとは噂にも聞いていないし、俺もだれかと付き合い始めたかということ、そんなこともない。
中学からカップルだったのはここにいる東城と春菜だけで、ずっと俺たち3人でつるんできたが、別に妬けるとか、俺にも彼女がほしいとか、そういう気持ちになるでもなく、きょうまできた。
東城も春菜も2人だけで遊びに行ったりしたかっただろうに、そんなそぶりも見せず、3人で遊んでいることが多かった。
だが、これから過ごす3年間。
さすがに俺にも恋は巡ってくるのだろうか。
その相手はかすみなのか、あるいはまだ見ぬ誰かなのか、この教室にいる今は何とも思っていない子なのか。
さすがに彼女ほしいかな…
「じゃあわたし、茶道部見に行ってくるから」
ばいばーいと春菜に見送られ、かすみは教室を出ていった。
残った生徒もかばんに教科書を詰め込んだり、内部生同士でキャッキャうふふを始めている。
「東城、お前部活は?」
「ん~、今は帰宅部な雰囲気」
「わたしも~」
「山葉どうすんだよ」
一瞬俺も茶道部に入って、かすみともっと旧交を温めようかとも思ったが、なんかこっ恥ずかしいし、茶道のさの字にも触れたことがないのに脈絡なさすぎ、というかあからさま過ぎて踏ん切りがつかなかった。
あるいは、全くの別世界、それも女の子の多い部活に入って彼女をつくるのも手だよなと思いは巡る。
「ちょっとだけ、部活紹介見ていかねーか」
「うん、面白そうだね」
「山葉に付き合うわ」
「じゃあ、そうと決まれば」
「おはようございます!」
え?
3人は一斉に声の発生源の方を向く。
そこにはいつからいたのか、ニコニコ顔の来栖の姿があった。
あの自己紹介のときも「おはようございます」と返されて妙なやつだとは思ったが、同じことをまた言われるとは。
「えっと、来栖さん、だっけ?」
「は~い、よろしくお願いします!」
春菜の問いかけに、まるで昔からの知り合いのように臆することなく、いやそれ以上の反応を示す来栖。
この子は内部生のはずだが、友達いないのか?
「みなさんに、この学校を紹介しようかと思いまして」
「紹介?」と東城。
「ええ、私たちは中学から神姫ですので、学校の中やローカルルールをご案内できます。どうですか? 部活探しがてらチャペルとか見てみたくありませんか? 何でしたら中学とか雑木林とか体育館裏にも行っちゃいますよ」
突然脈絡ないことを喋ったり、階段を5、6段踏み外したりするかと思うと、歩いてきた教職員に深々と頭を下げたりと先の読めない来栖だが、その憎めない性格が好かれるのか、ほかの内部生の子も「私も案内できるよ」、他の中学出身の子も「よかったら私にも学校のこと教えて」と何人も合流。
俺たちもあっという間に打ち解けて、まるで旧知の間柄のように校内探検は進んでいった。
入学初日にして新しい友人ができた気がして、どこか高揚した気分。
それは春菜や東城も同じようで、来栖を中心に話も弾む。
俺たちの高校生活は、こうして始まった。
まあ、来栖は彼女にするには微妙だけど…ね。