第9話:視線
文字数 2,571文字
「じゃあ、帰りにバニーズでも寄ってく?」
「うん、いいよ。かすみはそれでいいの?」
「ええ、大丈夫」
「じゃ、終わったら下駄箱んトコで」
7月。
俺はまるで前からそうだったかのように、かすみとほぼ毎日一緒に帰っている。
あんなに緊張して悩んでたのがうそみたいだ。
かすみもまんざらでもないようで、話も弾む。
もちろん、彼女や彼氏ができたとたんに友達づきあいが悪くなるようなこともなく、東城や春菜とも変らず遊んでる。
4人で一緒にゲーセンやバーガー屋に行くこともあるし、なんかすごく充実した毎日だ。
きょうはかすみの部活が休みの日。
授業が終わったら速攻帰れるって寸法だ。
期末テストも近いんで、ファミレスに寄って問題集の答え合わせでもしながらテストに備えようってことになった。
俺も変われば変わるもんだね。
好きな娘と一緒なら、勉強ヤル気も起きるってもんだ。
ホームルームが終わって、俺はかすみが来るのを待っていた。
一緒に教室を出てもいいんだが、なんかそれもこっ恥ずかしい感じがするんで、毎回このパターン。
クラスの連中も俺が最近かすみと仲がいいってのを、知ってる奴は知ってるんだけどね。
まあ、待つっていっても長くて3、4分だし、苦にもならない。
たくさんの生徒が流れ出ていく。
授業から解放されて、どの顔もすがすがしい。
知ってる顔もいれば、知らない顔もいる。
「じゃね」「ばいばーい」「アケミーっ」「わははは」…
毎日繰り返される騒々しさ。
「お待たせー」
かすみがニコニコしながら現れた。
俺たちは並んで校門を出た。
◇
◇
◇
ファミレスの店内はそこそこの込み具合だ。
同じような高校生も結構いる。
あんまり金もないし、快適な空間で長居するにはもってこいだ。
俺はコーヒー、かすみはカフェオレだ。
店にとってはヤな客だろうが、お構いなしに俺たちは勉強を始めた。
かれこれ2時間以上たっただろうか。
時間は夕方の6時になろうとしている。
「そういえばさ、なんか医務室の変なウワサがあるんだけど、聞いた?」
かすみが思い出したように口を開いた。
「医務室の変なウワサ?」
「そう。なんかね、医務室に行くとみんなフラフラになって出てくるのよ。それも女子ばっか」
「医務室っていやあ、
「分かんないのよ。出てきた子に聞いても何も言わないんだって。体育会系の子なんかよくケガするじゃない。でも、気味悪がって、最近は誰も近付かないって話よ」
「ふ~ん。春菜とかは知らないのかな」
「さあどうかしら。知ってたらあの子、黙ってるはずないと思うんだけど」
「気になるな」
「あ、もう6時」
「出よか」
美咲元町駅から電車に乗る。
俺たちの降りる駅は、ここから5つ
朝のラッシュ時に郊外に向かい、夕方の帰宅時には都心方向に向かうため、電車はむちゃむちゃ混まないところがいい。
ちょうど来た電車に乗ると、2人が楽に座れる程度に席が空いていた。
「かすみ…さあ」
「え?」
「テスト終わったら、どっか遊びに行かね?」
ひと駅過ぎた頃、意を決してかすみに切り出した。
「あ、賛成! そういえば、
「ああ、そういえば駅にもポスターが張ってあったあれか! 毎年やってるのに見に行ったことないや。いいね、行こう行こう」
「そうと決まれば、さっそく明日にでもみんなに聞いてみなくちゃ」
「み、みんな?」
「そう。春菜とか東城くんとか。あと、御山さんやレナーテさん。そうだ、山葉くんも美砂ちゃん連れてらっしゃいよ」
「そ、そうだな、あは、あははは」
笑うしかなかった。
もちろん、こんなことになるなんて予想してたはずもない。
俺のシナリオでは、行き先はともかく、かすみと2人だけでどこか遊びに行きたかったんだから。
§
§
§
「かすみ、どこか景色のいいところにでも行こうぜ」
「あ、いいわね。じゃ、私お弁当作ってく」
「かすみ、お弁当おいしいよ!」
「うふふ、ありがとう。こうして山葉くんと一緒にお弁当食べてると、幼稚園や小学校のときの遠足思い出すわね」
「あのころからお前かわいかったよな」
「え、やだ~…………」
「かすみ」
「……山葉くん」
§
§
§
なんて、アニメや恋シュミに出てくるようなベタなこと考えてたんだが。
東城や春菜だけでなく、御山までも…マジかよ?
おまけに美砂まで。
コブ付きか?
つか、御山のこと、かすみは知らないんだよな?
ヤベヤベ。
あの騒ぎは人生最大の汚点だ。
だいたい俺が行くと知ったら来るわけないだろうし、万が一御山が来ても、ベラベラしゃべることもないだろう。
が、何かの拍子にってこともある。
俺はジクジたる思いが募ってきた。
ここで「俺はかすみと2人で行きたいんだ」と言わなきゃ何のためにここまで苦悶の日々を送ってきたのか分からんじゃないか。
テストが終わった開放感の中、かすみと2人でデート。そのまま夏休みになり、さらに思い出を作っていくんだ。
「かすみさあ」
「………」
「かす……ん?」
たった5駅だっていうのに、かすみはこくり、こくりと眠っている。
電車の揺れが心地よいのか、日ごろの疲れがたまっているのか。
頭を前に少し倒しては、また反動で起こそうとする。この繰り返し。
かすみの寝顔を見るのは、幼稚園以来かな。
「かわいい…な」
俺は心底思った。
そして、さっきまでのことは明日言えばいいかと思えてきた。
今は、わずかの時間ではあれ、眠らせてあげよう。
「ん?」
さっきまで前後に動いていたかすみの頭が左の方に倒れ、俺の右肩にのしかかってきた。
「すうすう」と寝息まで立てて。
この時間、このまま止まってくれ。
…しかし、幸せな時間なんてのは、結局はかない。
電車は彩ケ崎駅に近づき、車内アナウンスが流れると、かすみはふと我に返った。
「あ、ご、ごめんなさい」
かすみの顔がぽっと紅潮した。
「いや、ちょうど右肩凝ってたし、適度に気持ちよかった」
「ふふ、面白い山葉くん」
電車が減速を始め、俺たちは降りるために席を立った。
かすみのサブバッグを持ってやる。
ドアに向かおうとしたとき、なにか視線のようなものを感じたので、その方向を目で探ってみた。
そこには、席に座ったまま、湿った視線をこちらに送る涼子の姿があった。