第5話:夜の公園
文字数 2,129文字
「俺ちょっと出かけてくっから」
「ええっ?せっかく作ってるのにゴハンどうするのよ」
「帰ってから食うから置いといてくれ」
「だって、きょうギョーザ食べたいって言ってたの兄貴じゃない!出来合いじゃイヤだって言うから、わざわざ作ったんだからっ」
「いや、だから食わんとは言ってないだろ。急ぐんでな。じゃあな」
もどかしそうに靴を履くと、走って家を出た。
「バーカっ!」
妹・美砂の怒る声が後ろで小さくなっていく。
ただでさえ遅くなった晩飯。
やっとできそうだって時にいなくなれば、美砂でなくとも怒るだろう。
もう、夜も9時を回っている。
◇
◇
◇
俺はプールの医務室でキスを迫ってきた涼子から何とか逃れ、東城に連絡したのだった。
更衣室に戻り、カバンからスマホを取り出すと、奴に電話を入れた。
プルルルルル…プルルルルル
「何やってんだ。早く出ろ」
プルルルルル…プルルルルル
ゲーセンの中はうるせーから音がかき消されてるのか。
それともカラオケに夢中で、気付かないのか。
早く出ろって。
こっちから勝手に掛けておきながら、なかなか電話に出ない東城に悪態をつく。
春菜に掛けてもいいんだが、やっぱ、東城に先に話して、奴から春菜を連れて来さすのがいいように感じる。
だから東城に固執した。
プルルルルル…
諦めて切ろうとしたときに、やっと奴が出た。
「おう、東城! 俺だよ!」
「おお。ん…どした? 電話なんて珍しいじゃん」
てっきりゲーセンの騒音がBGMになるかと思っていたのだが、奴のいる場所は静かなところのようだ。
声がはっきりと聞こえる。
「いや、実は、お前…今夜ちょっち時間つくれねー?」
「構わねーけど、改まって何よ? ま、いいけど、で、何時に、どこよ?」
ごくっごくっ・・・
電話の向こうで、東城が何か液体を飲み込む音が聞こえた。
「いや、実は確かめたいことがあってな…」
「確かめたいこと?」
「ねえねえ、何なの?」
話を続けようとしたら、電話から東城以外に女の声がかすかに聞こえてくる。
たぶん春菜だろう。
「ん? 山葉。なんか相談あるって」
「相談?」
「なんか確かめてーとか」
おいおい、春菜と話をするのもいいが、まだ先はあるんだ。東城よ、電話に戻れっての。
「あ、わりわり。で、夜って何時よ?」
東城の声が大きくなった。
「頼んでて遅いのもなんだが、9時過ぎとか、どうよ?」
「9時過ぎ? ま、時間は構わねーけど、場所にもよるぞ」
「9時過ぎ? 9時過ぎに何かあるの?」
また春菜の声がする。
「今日の夜、9時過ぎに会えねーかって」
「ふ~ん」
「で、9時過ぎだな。場所は?」
東城が再び戻った。
「いいか? じゃあ場所はな…」
「わ、くすぐってえ!」
「あははっ」
「あ、って、おまえ、春菜、脇腹触んな」
「えへへっ、きゃっ」
「ばっ、やめろ」
「きゃっ! エッチ! 胸触った!」
なんか、電話したタイミング、すげー拙かったみたいだ。
俺は思わず電話を顔から離し、睨み付けちまった。
こいつら、ゲーセンでもカラオケでもない、家かどっかでいちゃついてたんだろう。
アホらしいから会うのやめようかなとも思ったが、しかしそれでは俺が落ち着かない。
「お、わりわり、9時過ぎで、うひゃ、分かった。場所だけ、ひーっ、言ってくれ、場所、あひひ」
東城がまた戻ってきたが、声は完全に上ずっている。
「お前んチの近くの公園でどうよ? あの、ブランコのあるトコ」
俺は我関せずといった調子で、声の表情も変えずに伝えた。
「ああ、児童公園な。分かった。じゃ、9時過ぎに行くわ。ひひひ…」
「ねぇ」
春菜の甘えるような声を聞きながら、俺は電話を切った。
「お楽しみのトコ、邪魔してわるうござんしたね」
ムカつくと同時に羨ましくもあったが、どうでもいい。
とにかく今は涼子対策だ。
彼女の件、誰が、どこまで知っていて、まだ知っていないクラスの連中に広がるのを防がねばならぬ。
電話を切ってから、春菜も連れて来いというのを忘れていたと気付いたが、まあ、いい。
東城の家の近くで会うんだし、春菜の家は奴の家のほとんどハス向かいだ。呼ばなくてもついてくるだろう。
更衣室に来たので、ついでに服に着替え、嫌だったがまた医務室に戻った。
その後、案の定、俺は涼子を途中まで送って帰るハメになった。
◇
◇
◇
9時過ぎって約束だったが、出るのに手間取り、家を出たのが9時過ぎじゃシャレにならんような気もするが。
東城はもう待っているだろうか。
俺んチから待ち合わせの児童公園まではダッシュで5、6分だ。
この公園は東城が住んでる団地の中にある。
ネコの額ほどの広さしかないが、一応、ブランコとか滑り台なんかもあって、昼間は小学生が遊んでたりする。
表通りに出たから、奴の団地まで一本道だ。
白百合台行きのバスに追い抜かれた。
客のオヤジと目が合っちまった。
見せモンじゃねえっつうの。
団地が見えてきた。
11階建ての集合住宅が6つ並んでいる。
時間が時間なので、ほとんどの家の主は帰ってきているようで、大部分の窓からは光が漏れている。
団地の中に入ると、公園はすぐそこだ。
「わりい、…んぐ、わりい」
姿を見つけ、息を切らせて声をかけた。
東城と春菜はブランコに乗って待っていた。