第58話:アキバへ~各停も悪くない
文字数 5,232文字
期末テストも終わり、終業式まで1週間。
しかし、その1週間はテストが終わった直後でほとんど今学期の復習みたいなものだ。
試験勉強のときは嫌なこともあったが、重荷も下りたことだし仕切り直しに浜袋にでも行かないかと東城と春菜から誘われ、きょうはかすみを含めた4人でデート。
一足先に彩ケ崎駅に着いた俺たちは、ホームで東城と春菜が合流するのを待つ。
「浜袋…楽しみね」
かすみはいつになくウキウキしている。
普段は落ち着いた印象なので、こういうのは結構珍しい。
それだけ楽しみにしてたのかもしれない。
まあ、行き先を決めたのは東城だから、ついていくだけなんだが、今度こういう機会があったらたまには俺が行き先を決めないとなあ。
やっぱりかすみとどこか行くなら、自分で段取り立てて楽しませてやりたい。
「でも、浜袋に何か用事でもあんのかな」
「春菜ちゃんはコルパに行きたいとか言ってたけど」
「そっか。吉乗寺のコルパは小ちゃいもんな」
ひゅ~ん、ととん、ととんととん、ととんととん…
反対側のホームを信濃行きの特急電車が通過していく。
「なんかさ、たまには知らないところに旅行してみたいよね」
「…そう…ね」
かすみはほんのちっと顔を赤くした。
俺は、そんなかすみを見るとつい抱きしめたいなんて思うんだけど…考えてみりゃ、まだ、キスもしてないよな、俺たち。うう~む
「にしても、誘っておいて東城たち遅いね」
「…そうね。また…」
「え? また?」
「い、いえ、何でもないわ」
かすみはまた顔が赤くなってしまった。
電車を見送ること3本。
約束より15分以上遅刻して、東城と春菜がやってきた。
「わりわりっ!」「ごめんねー」
2人は俺たちを見つけると、両手を合わせて駆け寄ってきた。
「おはよう」
かすみはベンチから立ち上がって挨拶している。
「ま、『東城時間』ってやつか?」
「何をう! かすみと2人きりの時間を少しでも持ってもらおうと、わ・ざ・と、遅れてきたんだぜっ!」
俺の肩をぽんっと叩く。
東城は相変わらずだ。
ついつい、まいっか、と思ってしまう。
春菜はすでにかすみと話し込んでいて、しきりにかすみの服装チェックとかに余念がない。
かすみらしく私服も質素で、あまりひらひらしたものとか、原色っぽいものは身に着けていない。
きょうはクリーム色のニットで、下には薄い紫のブラウスとシルバーグレーのリボン。
ニットの首のところからブラウスの襟をのぞかせている。
スカートはリボンに合わせたのか、グレー系のチェック柄だ。
ハイソックスは学校に履いて行くのとさして変わらない紺色で、靴はストラップの付いた黒い革靴だ。
うむ。確かに派手さはない。
「さあ、きょうはかすみを改造するわよぉ」と春菜ははしゃいでいる。
彼女の目的は、これなんだろうか。
そういう春菜は、ショート丈の白いライダースでフェイクファーがついている。
下は12月だってのにタンクトップ1枚。
赤いチェックのミニスカートで、焦げ茶のくしゅくしゅブーツだ。
ブーツからは、白のハイソックスが顔をのぞかせている。
なんつーか、彼女らしい。
で俺たちはってえと、揃って薄手ニットの上にスタジャン羽織って、ボトムはジーンズにパチモン「アビバス」のシューズときたもんだ。
ほとんど一緒じゃん!
ま、そんなもんだわね、野郎ってのは。
だが、東城のスタジャンの背中には「FUSHINSEN(不審船)」などというワケの分からんローマ字と、漁船みたいな絵が刺繍されてて笑っちまった。
一体どこで買ってくるんだ、こういうの。
なこんなやってるうちに電車が到着。
お客がたくさん降りた割には座ることができず、ドアの辺りのポールに掴まった。
「で、コルパ行くの、きょう?」
俺は春菜に質問を向けた。
「そだよ。スカート欲しくてさ。山葉も何か買いなよ」
「俺はいいよう」
「あ、分かった!かすみに何か買ってあげるんだ」
「え?」
「そうなんだぁ」
かすみは期待してないふうにも見えるが、顔は明るい。
な、何か買うハメになるんだろーか。
俺、メシ食ったりゲーセン行ったりする程度だろうと思ってたから持ちガネ少ないし。
つか、こういう場合、かすみは「そんなのいいわよ」って言うことが多いんだけど、なぜか黙ってる。
まさか、期待してるのかな。
うむむ。
ちょっとばかり小遣いの入ってる逓信貯金カード持ってきてるから、おろせるけど。
え~っと、口座にいくら残ってたかな…
「次は武蔵花岡、花岡です。特別快速の通過待ち合わせをいたします。お急ぎのところ…」
「ああ~ん、これ各停かよっ!」
アナウンスを聞いて東城が不快そうな声を上げた。
そういえば、ホームで話し込んでいて、なんも考えずに電車に乗ったんだったっけ。
しまったな。
後ろの電車を待ってれば、先に
どうりで彩ケ崎では客がたくさん降りたわけだ。
ドアが開いて、わずかな客が乗り込んでくる。
降りる客も少しだけ。
典型的な通過駅。
「イチバンセン デンシャガ ツウカシマス キイロイセンノ・・・」
機械の声でアナウンスが流れる。
轟音が近づいてきて、「ぱん」と短い警笛の音。
同じオレンジ色の10両編成の電車が、こちらより数倍の客を乗せて一気に通過していく。
窓の中は真っ黒だ。
「満員だな」
東城がぼそっとつぶやく。
「ん、満員といえばよ」
東城が何かを思い出したように続けた。
「紀伊國が満員電車ん中でチカンに遭ったって話、知ってるか」
「チカ~ン?」
春菜が眉をひそめた。
「おお、チカン。でもよ、相手が紀伊國だけならまだしも。よりによって穐山も一緒に乗ってたんだな、これが」
「なんか、どうなったか想像がつくなあ」
俺も応じて、東城に続けさせた。
「ま、そういうこった」
「え? どうなったのよ? 教えてよ薫ぅ」
「そりゃもう、愛してやまない紀伊國が痴漢に遭ったんだ。骨も残らんかったって話だぜ」
紀伊國は完全な清楚系だから、チカンに遭ったら抵抗するどころか泣き出すだろう。
だが、もう一人、穐山がいたってのは、チカンも運の悪いやつよ。
穐山はフェンシング部で県代表にも選ばれるようなやつだ。
家は金持ちでプライドも高く、おまけに気性も荒いときている。
で、なぜだが女同士で付き合っていて、愛してやまない紀伊國が酷い目に遭わされたんだ。
「骨も残らんかった」というのも、あながちウソじゃないだろう。
「でも」
そこに突然かすみが割り込んできた。
彼女はこの手の下世話な話にはあまり参加しないはず。
「でも、どうして紀伊國さんと穐山さんの話を知ってるの?」
「あ、そうだよ! どうして知ってるのよあの2人のこと!」
春菜も不審そうに突っ込んできた。
紀伊國と穐山が百合だって話は、どうやら一部女子だけの知ってることだと勝手に思い込んでいたらしい。
しかし、どうしてどうして。
そんな話はとっくの昔っから男子も知っていた。
修学旅行のときに、鶯谷のやつが「極秘情報」とかいって、一部2000円で校内の裏情報を集めたリストを男子生徒に売り捌いていたからだ。
東城が買ったその裏情報とやらを見せてもらったが、そこには証拠写真と一緒に、2人のことがリポートされていた。
証拠写真とは、俺がスク水拾ったときにもらった、例のハダカで抱き合ってる写真の別カットのものだった。
ほかには「女生徒攻略用 個人別趣味/好きな食べ物/好きなブランド一覧」とか「家族構成」「両親の出身校」「三角、四角関係相関図」、さらには真贋不明ながら「処女/非処女一覧」なんてのまであった。
さすがにそんなもん持ってることをしゃべるほど東城もバカじゃないと見えて「小耳に挟んだ」と春菜に説明してはいたが。
通過待ちも終わり間もなく発車。
とそのとき、東城が「おっ?」と小さく叫んだ。
「何々? 今度は何よ薫ぅ」
「しーっ! 盛岡と韮崎がいるぜ」
「ええっ? 盛岡と韮崎ぃ? なーんで、あの2人が」
「この電車に乗ったぞ、1両前」
俺は手すりにつかまったまま体を傾け、前の車両の方を見てみた。
連結部分のドアの窓を通し、確かに、盛岡と韮崎の姿が見える。
2人並んで、つり革につかまり、ふたこと、みことしゃべっているが、なかなかに親しげだ。
「あの盛岡くんが韮崎さんと付き合ってるなんて…」
かすみも2人の姿を認め、唖然としている。
「ぐわっははははは! たまには各停も悪くねーな! よし! 目的地は決まったぞ」
東城が高らかに宣言した。
「目的地は、あやつらの行くところだ」
「さんせー」
春菜はコルパなんかあっさり忘れたようで、右手を上げて笑顔で同調している。
俺たちも一緒に、行くの…か?
電車は再び、ゆっくり動き出した。
◇ ◇ ◇
「にしても、盛岡もネギも武蔵花岡だったんだな」
「うん。盛岡がムサハナだってのは知ってたけど、ステルスがここだってのは知らなかったよ」
東城と春菜はさっきから、あの2人のことで盛り上がっている。
まあ、盛岡はともかく、確かに韮崎と、こういうところで遭遇したのは意外だ。
韮崎のことは興味を抱く以前の問題で、どこに住んでるかなんて考えたこともなく、当然通学手段も知らなかった。それに、彼女が電車やらバスやらに乗ってるところは誰も見たことがないという話だ。
いつの間にか教室にいて、気が付けばもう帰ってるって感じで、存在感がない。
なんたって、クラスの名簿にも住所や電話番号が記されてないんだから。
一応、個人情報だかなんだかで、名簿に住所を載せるかどうかは拒否することもできる。ただ、ほとんどすべての生徒と保護者は載せることに同意しており、うちのクラスで載せていないのは韮崎だけだった。
去年、誰だか物好きが年賀状を書くとか言って、住所を聞こうとしたら「虚礼は必要ありません」と断られたらしい。
女生徒相手でも事務的な会話しかせず、当然、親しい友達なんているとは思えない。
そんな存在感の薄さ、というか、目立たなさからステルスなんて呼ばれることもある。
それが、盛岡と、ねえ。
各駅停車の電車は走っては止まり、止まっては走りを繰り返しているが、あの2人が降りる気配はなく、少なくともターミナルの新宿までは行くみたいだ。
「降りないわね、あの2人」
興味なさそうに見えたかすみも結構乗り気で、隠れるように前の車両をチェックしている。
「問題は、もし新宿で降りるのならその後どこへ行くかだぞ。新宿でそのままか、あるいは浜袋か、それとも
「目的も気になるわよね」
なんと、かすみが東城に相槌を打っている。
これはもう、一蓮托生で俺もついて行くしかあるまい。
「次は新宿、新宿です。この電車、新宿を出ますと三ツ谷まで通過となります。この先、お茶の池方面各駅停車は降りたホーム向かい側7番線で、
いつの間にか電車は結構な混み具合になっており、2人の姿も他の客の間で見え隠れする状態になっている。
「見失わないよう、気をつけないと」
かすみってこういうの好きなのかな。
もう完全に乗り気になってる。
東城と春菜もそんなかすみの姿を見て、顔を見合わせて笑っている。
きんこん、きんこん
ドアが開く。
どっと降りる乗客。
ホームにも乗り込もうという客がごったがえしている。
「あれ、いねーぞ!」
真っ先に降りた東城が叫んだ。
「しいっ!気付かれるわ」とかすみ。
「すいません(ペコリ)」と頭を下げる東城。
「あ、薫、薫っ! 降りてないよ、あの2人」といいところに気がついた春菜。
「てことは、このままチャイケ(お茶の池)の方まで行く気かぁ?」
俺たちは降りたホームから再び電車に乗り込んだ。
ぎゅうっと押されて、通路の真ん中に押しやられる。
なぜだか、東城はかすみと、俺は春菜と密着してしまった。
春菜の胸がぎゅうううっと俺の胸板に押し付けられる。
にやっと、春菜が挑発するような目つきで俺を見た。
まま、負けないぞ!
「あ……」
同じように東城と面と向かってくっついてしまったかすみが、困ったように顔をそむける。
「大丈夫だよ、とって食やしないって」
東城は苦笑いしている。
東城とかすみ。
でも、誰もいないところで2人きりでそんな雰囲気になったら、東城ってどうするんだろうな…
再びドアは閉まり、電車は動き始めた。
この先の停車駅は三ツ谷、お茶の池、
盛岡の背中はちゃんと見えている。
見逃さんぞ。
あまりの混み具合に腹が立ち、俺も意地になってきた。
結局2人が降りたのは二つ先のお茶の池だった。
電車を降りて、そのまま向かい側で黄色い各駅停車の
そして、一つ目の秋葉が原で下車した。
「アキバとは意外だったな」
東城の言うとおりだ。
まさか、オタク&電気の街、秋葉が原に来ることになるとは。
駅前でビラを配るメイドさんを見て「きゃあ、かわいい」と春菜は舞い上がっている。
い、いかん。
本来の目的を忘れては。
って、本来の目的って…何だ?