第33話:孤立無援
文字数 2,811文字
「この野郎。この前はよくも俺を捨てて逃げやがったな」
「そ、そんな、捨てたなんて、人聞き悪いよぉ、山葉ぁ」
「そ、そうだぞ山葉。あれは逃げたんじゃなく、転進したのだ」
「同じだぁ!」
体育館の用具室。
縛り上げた東城と春菜は縄を解こうと、マットの上でもがいているが無駄だ。
「ふ。俺はもう終わっちまったんだ。高校生活の最後に楽しませてもらうぜ」
「!!ちょ、ちょっと山葉、な、なにするのよっ!」
「この前はよくも俺のことを殴ってくれたな。体で返してもらうぜえ」
俺は騒ごうとする春菜を押し倒した。
「ふっふっふっ。 気の強い女め。 せいぜい騒ぐがいいさ」
「やめて、山葉! やめてよ…」
「おい山葉! 落ち着け! やめろっ!」
§
§
§
がばぁっ!
なんつー夢を見たんだ俺は。
夜中の2時。
変な夢を見て俺は飛び起きた。
いくら夢の中とはいえ、春菜は…拙いだろう。
一体何を考えてるんだ俺は。
◇
◇
◇
体育館裏で涼子を襲ったなどと、あらぬ疑いを掛けられた俺は、小錦理事長のとこ ろに突き出されてしまった。
担任のかえで先生もいれば、生徒指導の大分に伏木教頭も同席している。
もちろん、俺だけでなくもう一人の当事者・涼子も一緒だ。
さらに、通報者ということで、バレー部の数人も呼ばれている。
一番事情を知っているはずの東城と春菜は逃げ出しており、説明はしてもらえない。
「山葉譲二。どういうことか、分かりやすく説明してもらおうか。返答次第じゃ親を呼ぶよ」
小錦理事長はネコの頭を撫でながら、俺の目を見据えている。
あ、このネコはクロちゃん!
あの体育館裏にいた黒猫をいつの間にか我が物にしてやがる。
って、ああ、今はそんなこと考えてる場合じゃないか…
「言えないんだったら、他の証人に先に聞くよ。それでもいいのかい?」
「うう」
「じゃ、バレー部の野川つぐみ。あんたからだ。最初に通報したのはお前だ。見たことすべて、洗いざらいお言い」
「はい。 あれは、体育館で1年生を相手に練習しているときでした。一部の部員が騒がしくなり、外で叫ぶ声が館内にまで聞こえてきたため…」
「次、同じくバレー部、安西かおり。あんたも、見たままをお言い」
「はい。私は、ちょうど体育館前にある水飲み場でタオルを冷やしていたんです。そのとき、体育館裏から『やめて』という、女の子の悲鳴が聞こえてきて…」
「ちょっ! なんだよそれ! 俺の話も聞いてくれ!」
「お黙り! あんたにはしゃべっていいとは言ってないよ」
万事休すだった。
案の定、他の生徒の言い分はすべて俺に不利なことばかり。
それどころか、内容はうそ八百ばかりの捏造だ。
やっと発言を認められ、俺は紅村に用事があり体育館裏に呼び出したが先客がいたためほかの場所に移ろうとしたら草に滑って紅村ともども転んだという一連の流れを説明したが、多勢に無勢だった。
バレー部の連中は理事長の前ということもありしおらしくしてはいるが、どことなく勝ち誇ったような空気を漂わせている。
ここまで、俺の味方をしてくれる発言は誰からも聞くことはなかった。
冤罪であるにもかかわらず、処分は間違いないと思われた。
理事長にはバレていないとはいえ、誤って御山の着替えを覗いた件もあるし、例のバイトでの騒動もある。「初犯」じゃない俺は…退学なのか
伏木教頭は腕組みしたまま動かない。
「じゃあ次は、紅村。人払いするから、この私にすべて話してごらん」」
「は、はい」
「あ、ちょっと待ってください」
もう駄目だと思われた瞬間、思わぬところから援軍があった。
それは、かえで先生だった。
生徒たちは、俺が涼子に覆いかぶさり犯そうとしていたと証言した。
しかし、あの混乱の最中、バレー部の生徒がスマホで撮影しトークアプリに投げた写真を、かえで先生が見つけたのだ。
そう、涼子が俺に覆いかぶさっている、あの写真を。
どこの学校もそうだろうが、トークアプリにはクラスや部活単位のグループがある。その部活などに属していなければ見ることはできないが、神姫ではこういったグループがいじめや不良行為の温床にならぬよう、すべてのグループを監視する権限の与えられた教員が存在する。
その中の一人が、かえで先生だったのだ。
件のグループで共有された写真には「変態」「山葉」「犯罪行為」「退学」などというタグも添えられている。
だが、
「おや、上にのってるのは紅村じゃないか。どういうことだい?」
小錦理事長が問いかけた。
「す、すみません。あれ、わたしが転びそうになったのを、山葉さんが助けてくれたんです」
だから最初っから、そう言えっつーの、この女!
「騒ぎが大きなってしまい、その、言い出せなくなってしまって…ほ、本当に申し訳ありません」
やっと、涼子が口を開き、写真も証拠となって、「俺が紅村に覆いかぶさり犯そうとしていた」という疑いは晴れた。
他の生徒たちも、混乱で見間違えたのだろうということで、それ以上の聴取は行われなかった。
ただ単に俺だけが恥をかく内容ではあったが、とにかく無罪確定となったのだ。
トークアプリのグループはクラス、部活以外に学年、全校、学園全体、文化祭実行委員などさまざまにつくられているが、この生徒が投稿したのは幸いにもバレー部のグループだけだったのだ。
こんなものが学園全体に流出していたら、いくら冤罪とはいえ終わっていただろう。
どちらが上かはともかく、涼子と俺が重なっていることに違いはないのだから。
「紅村。そういうことは聞かれていなくても最初にお言い」
「…すみません」
呆れ返った理事長の怒りはバレー部にも向いた。
「いいかい、バレー部。こういうことを通報するのは大切なことだ。だからこれに関しては悪くない。だけどね、ネットの授業でも習ったろ。これは正しい情報なのか、誤った情報なのか、それを確認もせず脊髄反射でネットに出すなと。今回はあんたたちが発信源だが、大切なことを忘れてるよ。それは写真のことだ! 結果はどうあれ、人の写真をばらまくという行為が将来にわたって、ばらまかれた人にどういう影響を及ぼすか、よーく考えな!」
「…はい」
「写真が残ってるバレー部のグループはただ今をもって削除。新たに作り直しだ。写真をスマホ本体に保存しているならもちろん削除だよ。よもや転送した部員はいないだろうねっ!? もし何かあったら、部活自体がなくなると思いな」
最初の勢いは消え、うつむいてしまうバレー部員。
一同で深々と礼をして、理事長室をあとにした。
◇
◇
◇
一日にしてあまりにも情報量の多すぎる出来事が起き、俺は変な夢を見てしまった。
疑いが晴れたとはいえ、涼子がかすみの前で宣言した「わたし、山葉くんのこと好きなの、一ノ瀬さん」という言葉。
うう、これは重い。
涼子を絶つはずの作戦が、俺が涼子と付き合っていると、かすみに誤解させてしまう結果になるとは…
もう、かすみには戻れないのだろうか…