第41話:修学旅行~浴場
文字数 5,682文字
適当に市内を回って、夕方前に宿へ移動することになっている。
まずは那古野城で金のシャチホコを見学。
なんでシャチにウロコが生えてんだとまっとうな質問をした奴もいたが、ガイドに無視されていた。
次は港まで行って水族館だ。
でかいプールの中にシャチが泳いでいたが、城にある奴と違い、金色じゃなかった。
帰りがけに港を見たら、シャチホコ型の船が浮かんでいて、そいつを背景にして何人かで写真を撮った。
にしても、なんで那古野はシャチばっかなんだろう。
駐車場にはシャチバスなんて観光バスまで止まってる始末だ。
修学旅行の前、クラスで那古野のコトを調べたんだが、こんなにシャチはいなかったぞ。
港の次は、元万博会場に行った。
万博なんてとっくの昔に終わってるから、さっぱりつまらん。
どうせなら会期中にすりゃあいいのに、何考えてんだ理事長は。
会場内のあちこちには、手をつないだ緑色の変な生き物の絵が描かれており、どうやら万博の公式キャラクターだったらしい。
案内の人の話によると、モリジーとポッキリというんだそうだ。
なんでも、森に住んでる精霊か何かをモチーフにしたとかで、森で違法伐採しようとするとそいつの前に手を繋いで現れて、左右からサンドイッチにしてしまうという、かわいいんだか恐ろしいんだか、さっぱりワケの分からんキャラクターだ。
会場内の教育センターみたいなところで環境保護の映画を見せられ、パンフレットやステッカーをもらい、今日の日程は終わった。
いい加減疲れたころ、ホテルに着いた。
あとはメシ食って、風呂入って、暴れて寝るだけだ。
ホテルとはいってもベッドなんかじゃなく、畳の敷いてあるでかい座敷に布団を敷いて寝ることになっている。
まあ、ベッドで2人か3人部屋じゃあロクに遊べないから、むしろ好都合ってやつだ。
さあ、メシだ、メシだ!
部屋に入り、荷物を降ろすとほどなくして晩飯の時間になった。
一人用のお膳が並べられた和室の大広間に集められ、クラスごとに集団見合いのように食事をする。
よくあるパターンだ。
腹の減った連中はたまらず、いただきますも言わずに食べようとしたが、大分に見つかり羽交い絞めにされ、あまつさえキスまでされている。
バカな奴らよ。
一応、俺たちはこれでも発祥が西洋由来の学校で宗教の授業だってある。
普段はそこまでうるさくないが、こういった公式行事でのメシの前には「お祈り」がある。
クラスのお祈り担当・来栖が一番前に出て行って、カラオケ用のマイクで「天にまします我らが父よ…」と食前のお祈りを始めた。
さすが、どっかの教会でシスターのバイトをやってるだけあって、手馴れたもんだ。
聖書もなしに、すらすらと一節が出てくる。
「毎度のこったが、来栖のお祈りは上手だな」
お祈りの最中であるにもかかわらず、隣の盛岡が話しかけてきた。
「確かに。しかしよ、バイトってアリか?」
俺は率直に疑問をぶつけた。
「ああ、確かに俺もそう思う。だがよ、聞くところによると神社の巫女サンもバイトが多いっていうじゃないか。あれとおんなじと考えれば、無きにしも非ず、じゃねーのか」
「まあな。そうそう、巫女っていやあ、全員処女ってホントかね?」
俺は思わず欲望に駆られてワケわからん質問を浴びせてしまった。
しかし、盛岡は巫女よりも「処女」ってところに反応したようだ。
「おお、らしいな。しかしよ、処女っていやあ、このクラスの処女率ってどれぐらいだろうな?」
「俺に聞かれても困るぜ。だがよ、処女じゃなさそうなやつっていやあ」
「春菜か」
「ああ」
「御山とか織川とか紅村ってどう思うよ」
「おめーの意見はどうよ?」
「織川はやってそうでやってないと見てるんだがな。御山と紅村はナゾだな。紅村なんかは意外と済ましてるって気もするが。おお、紅村っていやあ、山葉、お前付き合ってるんだろ。やってねーのか?」
「やってるわけねーだろ! つか、付き合ってねーっつーの」
俺たちは祈りの最中もアホな話題で盛り上がり続けた。
「紀伊國は?」
盛岡はさらに意見を求めた。
(あいつか。あれは…穐山に聞いた方が早いんじゃねーのか)
紀伊國が穐山と百合関係だということは鶯谷からもらったヤバい写真で知っちゃーいるが、そんなこと口に出すわけにもいかない。
「う~ん。さすがに処女だろ」と、俺は適当に返事をすると紀伊國の方を見た。
頭をたれ、じっとお祈りに聞き入っている。
とっても清楚だ。
「何だ山葉。紀伊國に気でもあんのか?」
「なわけねーだろ。まだ死にたくないぜ」
「ヤバいのか? 紀伊國」
「あ、い、いや、お嬢様だろあいつ。俺みたいな下々がお近づきになんてなれんだろ。迂闊に近づいて、紀伊國家の逆鱗にでも触れたら東京湾に浮くハメになるんじゃねーのか」
「そうなのか? まあいいや。そういや、山葉んトコ、妹いたな」
「え? ああ」
「オトコいんのか?」
バチン!
俺は思いっきり盛岡の後頭部をはたいた。
「そこのセニョール! お祈りの最中に何やってんだい! お祈りできないならメシ抜きで奉仕させるよ」
理事長に見咎められ、さすがにやめた。
てか、「セニョール」って、理事長あんたは何人なんだよ!
それと「奉仕」って何させる気だ!!
メシは美味くも不味くもなかった。
だが、「ひつまぶし」なんていう珍しいモンがでてきてみんなも満足した様子だ。
この「ひつまぶし」、最後はダシをかけて茶漬けにして食うと中居さんから説明はあったが、何も考えずにメシを食いつくし、ダシを余らせた奴が続出。
中には、「イッキ」コールの中、仕方なくダシだけをガブ飲みする奴まで現れ、爆笑のウズだった。
◇ ◇ ◇
この後は、しばらくしたら風呂だ。
クラスは五つある。
大浴場とはいえ、もちろん全員一度には入れるわけもなく、5クラスのアルファベット順でE、Kと続きN組の俺たちは3番目だ。
俺たちは部屋に戻りジャージに着替えると、プロレスをやったり村本の調教をしたりして時間をつぶした。
ここは、俺、東城、慈乗院、盛岡、村本、西春、野並、山本の8人部屋だ。
要するにクラスの男全員が同じ部屋に寝泊りすることになる。
東城はさっそく村本をバックで調教している。
腰の動きがいやらしい。
「ハッシャしま~す! 締まるケツにご注意くださ~い」
「あひ~」
村本が喜びとも、羞恥に耐えかねたともつかぬ声を上げると、みんな腹を抱えてのた打ち回った。
西春は腹をよじりながらもビデオ撮影に余念がない。
そんなことをしていると、突然レベッカ組の本多が駆け込んできた。
こいつは俺たちと同じ彩ケ崎中出身で顔見知りだ。
「おい、やべーぞ、カテリナにガサが入った!」
「なにぃ!」
「K組の連中が風呂に行ってる間に大分が侵入しやがった。勝手にバッグを開けてタバコやエロ本を回収してやがるぞ」
「あの野郎~、こんなトコに来てまで持ち検か」
「次、風呂だろ。お前らも気をつけろ」
「おお、サンキュー本多」
俺たちはさっそく天井の板を外すと、エロDVDやエロゲーなんかを隠した。
盛岡が比較的小柄な慈乗院を肩車し、慈乗院が手際よく隠していく。
西春がちょっと重めなものを手渡した。
「え、何、これ?」
慈乗院が不審そうだ。
「特製マージャン牌です」
西春はニコニコしながら説明を始めた。
なんでも、姫高の生徒の名前を入れた手製の牌らしく、マージャンのようにいろんな役が作れるらしい。
たとえば、「東城、東城、東城、春菜、春菜、春菜」で「夫婦」。これは分かる。だが、「山葉、山葉、山葉、大分、大分、大分」で「絶倫マムシパワー ハイパーブラックターボ」って役になるそうだ。ふざけんな。
てか、いつまで覚えてんだ、そのネタ!
おもしれーんだか、恐ろしいんだか分からんマージャンだが、まあ、風呂上りにやってみることにした。
ヤバげなものはすべて天井裏に隠し終えた。
ほどなくすると、わいわい言いながらK組の連中が戻ってきたのが分かった。
しかし、間もなく連中の部屋から「ぐええ」とか「ひ~」とかいうおぞましい叫び声が聞こえてきた。
どうやら、ガサ入れ後も部屋に大分が残っていたらしく、せっかんが始まったようだ。
恐ろしい話だ。
俺たちは顔を見合わせると、何事もなかったように風呂に向かった。
脱衣所で素っ裸になると、俺たちは浴場との仕切りのサッシ戸を開けた。
いよいよ楽しい風呂タイムだ。
N組男子だけの風呂。
どうせ、また卑猥な話とかで盛り上がるんだろう。
泳げそうなほど広い浴槽だ。
この浴槽の向こう側にはでっかいガラス窓があり、外は露天風呂になっている。
さて、体でも洗おうかと思ったそのとき、浴槽の中に誰か入っているのが分かった。
「お、誰だ? K組は出たろ」
東城が巻き舌で怪訝そうな声を上げた。
「俺たちの貸切だぞ」
俺も不審そうに続けたが、湯気が晴れた次の瞬間、全員その場で凍り付いてしまった。
湯船につかり、風呂の縁に両腕を乗せ、嬉しそうにこちらを見ているその人影は、鶯谷だった。
「ぐええええ! チカンだぁ!」
「バカ野郎、鶯谷! 何考えてやがる!」
慌ててタオルで前を隠すと、俺たちは一斉に非難を浴びせた。
しかし、鶯谷は動揺することなく、むしろニンマリとした表情で応じた。
「つれない奴らだねぇ。イイコト教えてやろうと思ったのにさ」
「イイコトぉ?」
「何だ鶯谷、盗撮動画でもあるのか?」
「動画ぁ? 違うねぇ。 ナマだよ、ナマ」
「な、ナマで!」
身を乗り出そうとした東城は、なぜだかそこに置いてあった石鹸で足を滑らせ転倒している。
バカな奴よ。
ざばーっと、鶯谷は浴槽の中で立ち上がった。
ヤバいと思った俺たちは一斉に目を伏せようとしたが、その必要はなかった。
彼女は水着を着ていたからだ。
「きったねー、鶯谷。てめーだけ水着かよ」
「俺たちの裸だけ見やがって。精神的苦痛だ! カネ払え」
「そうだそうだ、カネを出せ」
「誠意を見せろ」
「謝罪と賠償を要求する!」
「水着を脱げ」
「ええ体しとるのう~」
腰にタオルを巻いた姿で、俺たちは鶯谷と対峙した。
しかし、こいつは動揺なんかするようなタマじゃない。
「そんなことを言ってられるのも今のうちさ。アレを見な!」
指差す方向に行くと、背丈の2倍以上ある隣の風呂場との仕切りの壁に、小さな穴がある。
どうやら鶯谷が開けたらしい。
「隣に誰が入ってるか知ってるか?」
勝ち誇ったように鶯谷が言った。
「お・ん・な・湯・・だ。 もうじきN組の女子が来るぜ」
「おお~っ!」
全員、その壁際に殺到しようとしたが、鶯谷が立ちはだかった。
「30秒1000円だ」
「……! き、きさまぁ~!」
「カネは風呂あがってから集金に行くぜ」
しかし男の悲しいサガってやつか、俺たちは後でカネを払うことにし、順番で女湯を覗き始めた。
◇ ◇ ◇
「ぬお~!」
ジャンケンで最初に覗き始めた東城の鼻息が荒い。
「ぐふっ! おお、ありゃ、椎名だわ。うっは~! ええケツしとるのぉ~! た、た、たまらん! ん? だれだこいつ? なんだ韮崎か! ボケ、どかんかい! あっちいけ邪魔や。 おおっ? ひえええええ!」
東城はこっちを向くと、穴を指差し喜びで崩れそうな表情で告げた。
「きゃ、きゃえでセンセーがいましゅ」
「なにぃ! どけよぉ」
慈乗院が俺たちを押しのけて前に進もうとする。
「慈乗院、お前4番目だろうが! 待てっつうの! つか、お前は吉村だろ!」
慈乗院は両肩をつかんで押しとどめられ、必死に叫んだ。
「か、かえで先生!」
「こら、おい! でけー声出すなって」
「こいつを黙らせろ!」
「口に石鹸を突っ込め!」
俺たちは小さな穴の前で浅ましさとスケベさを余すところなく露呈した。
鶯谷は防水式のストップウオッチを手に、時間を計っている。
まさに仕事といった感じだ。
「もう一度見たかったら並びなおしな」
事務的に言うと、東城の持ち時間は終了。
俺の番になった。
だが、東城は覗き終わると、穴の前に立ちはだかり、全員に言い放った。
「春菜は見るなよ! 見たら殺す! 視界に入ったら目を閉じろ!」
んなもん、知ったこっちゃねえよ。
見たって言わなきゃいいだけなんだからな。
俺は穴に右目を向け、左目をつむった。
「うぐ…。ううむ。お、おお~………もたんな、こりゃ……」
30秒はあっという間だったが楽しませてもらった。
ふふん。東城にはナイショだが、春菜のハダカも真正面から堪能させてもらったぜ。
にしても春菜…なんつう、いい体してやがるんだ。
自宅の風呂で覗いた美砂も相当なものだったが、胸といい、腰のくびれといい、フトモモといい、春菜は圧倒的だなと感心してしまった。
今夜、変な夢でも見て、下着を交換する羽目にならなきゃいいんだが。
西春、慈乗院、野並、盛岡、山本が覗き、最後に村本の番になった。
「ぼくはいいです」とか言いながら、ちゃっかり列に並んでいるところが、こいつも男よのう。
村本は、いそいそと穴の前に進むと覗き始めた。
しかし開始1秒でジェット噴射のように鼻血を噴出すると、その場に昏倒した。
「何だこいつ。 誰を覗いたんだ」
倒れた村本の顔を覗き込みながら、東城が嬉しそうだ。
「おい、鶯谷、村本の残り時間オレが見るぜ」
東城はそう告げると再び穴に目を添えた。
「誰見たんだよ、村本は? 近すぎて顔が分かんねえな。ん? 左の内股にホクロがあるな。ってことは、沙貴子だな………!」
と叫んだものの、さすがにハッとして「いや、あいつほら、バレー部で短パン履いてんじゃん。だから見ちまったんだよ。見るともなしにな、はは」などと珍しくしどろもどろだ。
いくら短パンとはいえ、そんな際どい場所、普通じゃそうそう見られるもんじゃないだろう。
だいたい、御山じゃなく、沙貴子って呼び方からしてひっかかる。
新幹線の中で聞いた村本の言葉。
まさかな。
四六時中、春菜と一緒にいるわけだから御山の付け入る隙なんてないとは思うが…
そんなこと考えるのもアホらしかったので、俺たちは特に何も突っ込まなかった。
失神して、そのことを知らずに済んだ村本には幸いだっただろう。
鶯谷だけがニンマリし、東城の肩をぽんと叩いた。