第37話:恋敵の下級生・4

文字数 2,688文字

そして夜。
帰りの出来事を思い出している。
考えれば考えるほど、腹が立ってくる。
「もう、誘われちゃってるの」というかすみが言う相手は、もちろん河合だった。
   ◇
   ◇
   ◇
河合はかすみの後ろについて部室棟を出てきた。
かすみとは話すが、俺のことはほとんど無視。
道すがら、無理やりかすみと並んで歩くのも(しゃく)だったので、一歩前を歩くことにしたが、それをいいことに河合はかすみの横にぴたりと並び、得意そうな表情をしやがった。
かすみはといえば、俺がいるからなのか、あるいは好意的に解釈すれば、俺の目の前で河合がへばりついているからか、何となく困惑した顔つきだったが、真意は分からない。
かすみも何度か俺に話しかけようとはしたが、事あるごとに河合はその会話に割り込んできた。
しかも、かすみの発言に対してのみ反応し、俺の言うことは一切聞いちゃいないようで、自分の得意な話題に持っていこうとするのが、ありありと見て取れた。
元町駅近くにあるファミレスでお茶でも飲もうと言い出したのも河合だった。
河合は率先し3人であることを店員に告げ、場を仕切る。
4人がけの席に案内され、かすみが奥に座ると当たり前のような顔をして、その横に腰掛ける。
俺はかすみの前に座ることになり、それはそれでいいのだが、先輩を立てるように見せかけ、その実、俺をかすみの横に座らせない作戦だったのだろう。
ドリンクバーも、「レディーファーストですから」と、まずはかすみに希望するメニューを聞き、俺は後回し。
「そんな、いいから」というかすみに「先輩は休んでてください」などと労うふりを見せ、さっさと飲み物を取りに行くなど、「できる後輩」っぷりを遺憾なく発揮して見せた。
やっていることがいちいち正統なだけに、俺は口出しすらできず、それどころか情けないことに愛想笑いまでせざるを得ない状況に誘導されてしまったのだ。

河合。
あいつは、俺がかすみを好いていることを十分承知の上でやっているに違いない。
それだけは確かだ。

ファミレスで俺は、かすみとしか共通しないはずのクラスの話題も持ち出した。
だが、やはり無駄だった。
少しでも入れそうなネタがあれば、すぐ話題に加わり、気が付けばいつの間にか河合主導の話にすり替わっていた。

これがもし、かすみと春菜を入れ替えて考えてみたらどうだろう。
春菜だったら、河合に適当な相槌を打ちつつも、自分の話を遮られようものなら「ちょっとさ、今は私のターン」などと軽くあしらい、俺の方にも上手く話を振ってくれたりするに違いない。
彼女はバカそうに見えるが結構自分の意思ははっきりしており、そのくせどんな相手からも平等に意見を聞き、発言する好機を作ってくれたりし、相手を立てるべきときは、ちゃんと立ててくれる。
つくづく東城は、いい彼女に巡り会えたと思う。

翻って、かすみはというと、もちろん、彼女も性格は良く、思いやりのあるいい子であるには違いない。
だが、これは幼稚園のときから見てて分かっていることだが、優し過ぎて、相手を増長させてしまうことが多い。
自分の意見はついつい引っ込め、相手のペースにはまってしまうというか、そういう隙を作ってしまうところがあるのだ。
今回がまさに、その典型的なパターンだった。
もちろん、これはかすみの良い点で、今までも俺の話ばかりをよく聞いてくれていたわけだけど、その人の良さが、今回ばかりは裏目に出た。
ここで反論してほしい、ここで奴を遮ってほしい、ここで俺をフォローしてほしい、そういう場面で彼女はことごとく無防備で、無抵抗だった。
そして、それを知ってか知らずか「利用」しているとしか思えない河合の態度。
見てくれとは裏腹の、あの押しの強さ、計算づくとも見える態度は、いったいどこからくるのだろうか。
まるで攻略本の内容を暗記して、敵弾の飛んでくる方向も弱点もすべて知り尽くした上でゲームをしているようにすら見えてしまう完璧プレー。
年上であるはずの俺とかすみは、すでにあいつの手のひらの上にあったのではないかとすら思えてしまう。

結局、帰る方向も同じで、彩ケ崎より東の東花岡から通っている河合は、車中でもずっとかすみの横に居続けた。

やっと、かすみと2人だけになったのは彩ケ崎で電車を降りてから。
降車際、心にもないくせに、「山葉先輩もお疲れ様でした。今日はありがとうございました」などと最後の最後に丁寧な挨拶をされてしまうオチまでついた。
途中経過はどうあれ、最後には印象を良くしておくという作戦としか思えないが、そんな術中にまんまとはまってしまったのか、かすみは降りてからも「ほんと、明るいし、よく出来た子よね」などと、本気とも冗談ともつかぬ笑顔を見せるのだった。

ここで俺はどうすべきだったのだろう。
香澄庵の前まで送っては行ったが、本当に聞きたいこと、すなわち、かすみは河合のことをどう思っているのか、そして、昨日、神社で何があったのかなど聞く雰囲気にもならないほど気疲れし、昨日にも増して悶々とした空気をまとったまま、家まで帰ってきた。

だが、昨日に比べれはある意味楽になったと見ることもできる。
それは、河合という下級生と直接合いまみえ、こいつがどういう行動を取る奴かということが分かったことだ。
さらに、この男は自己紹介から、美砂と同じクラスであることも知ることができた。

美砂はつい先日、夜の公園で東城を巡り泣かせてしまった。
泣かせたとはいっても、「東城さんに好きと言われた」というウソがすべての原因なのだから、俺が100パーセント悪いんじゃない。
さらに、俺のクラスで涼子に焚き付けるマネもして、あれはあれで今でも怒りは収まっていない。
しかし、事ここに至り、敵である河合の情報を知っているはずの貴重な存在であることに違いはない。
奴にだって弱点はあるはず。
何とか美砂から些細なことでもいいから聞き出せないだろうか。
(かん)に障るが、俺から謝ろう。
    
今日、晩飯当番は俺だ。
時間を考えれば、そろそろ美砂も帰ってくるだろう。
かすみの茶道部はたまたま遠距離通学者が多いのと、こういっちゃ何だが、若干手抜き風味があるらしく、他の部活に比べて終わる時間が1時間ほど早い。
時間いっぱい、夕方6時半までやっている家庭部なら、俺たちがファミレスで茶を飲んでいた時間を加えると、美砂が帰ってくるにはちょうどいい時間だ。
帰りにスーパーに寄りはしなかったが、材料は冷凍食品も含めればそれなりにある。
よし。
今から米を研いだり準備をし、食事のときにさりげなく聞いてみよう。

こうして俺は、下心という隠し味を入れ、食事の準備に取り掛かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

山葉譲二

・やまは/じょうじ

・2年N組

・出席番号:36

・1月16日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・山葉美砂の兄

・部活は性に合わないのでやってない

・父親は樺太に赴任中で母親もたまに不在。こちらでは美砂と2人暮らしになるタイミングもある

・1年時はクラスの文化祭実行委員

・創立記念祭の実行委員

東城薫

・とうじょう/かおる

・2年N組

・出席番号:21

・2月10日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・佐伯春菜の彼氏

・山葉譲二の親友

佐伯春菜

・さえき/はるな

・2年N組

・出席番号:15

・3月22日生まれ

・16歳

・帰宅部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・東城の彼女。中学から付き合っている。小学校も同じだった

・東城、山葉の3人でつるんでいる

・父親が大手商社員

・東城の呼び方は「薫」。一人称は「わたし」

・中学時代はバレーが得意だったらしい

・山葉的には「バカそうに見えるが意思のはっきりした娘で、相手を立てるべきときはちゃんと立てる」良いやつ

・チャーミングで、ちょっとおバカで、スタイルもそこそこ

※アイコンは自作です

山葉美砂

・やまは/みさ

・1年B組

・1月22日生まれ

・15歳

・彩ケ崎中学出身

・家庭部

・電車通学

・山葉譲二の1歳違いの妹

・父の転勤の関係で1年の半分は譲二と2人だけで暮らしている

※アイコンは自作です

紅村涼子

・べにむら/りょうこ

・2年N組

・出席番号:30

・5月3日生まれ

・16歳

・彩ケ崎東中出身

・電車通学

・初期の主人公級キャラ

・ひょんなことから山葉に告って付き合うことになるが、山葉は何とか別れたいと思っている

・なんだかんだで結構可哀想な立ち位置のキャラ

・小5のときに家族の転勤で関西方面からやってきた

・メガネっ娘

※アイコンは自作です

一ノ瀬かすみ

・いちのせ/かすみ

・2年N組

・出席番号:5

・5月15日生まれ

・16歳

・茶道部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・山葉譲二の幼稚園からの幼馴染。小学校で同級だった最後は6年生で、中学3年間はクラスが同じになることはなかった。譲二の妹・美砂のことも知っている

・おとなしく、相手を慮る気持ちが強い

・自宅は彩ケ崎駅南商店街の蕎麦屋「香澄庵」

・呼びかけ方は「山葉くん」。一人称は「わたし」

※アイコンは自作です

紫村かえで

・しむら/かえで

・2年N組担任(1~3年まで同じ)

・12月6日生まれ

・25歳

・中高大とも美咲女子

・国語担当

・紫村かなでの妹

・面倒見が良く生徒みんなから好かれている

・姉のかなでと一緒に伏木教頭の伯母が経営しているアパートに住んでいる

・軽自動車のコニーに乗っている

※アイコンは自作です

紫村かなで

・しむら/かなで

・2年K組担任

・10月9日生まれ

・26歳

・中高大とも美咲女子

・英語担当

・紫村かえでの姉

・妹かえでよりは性格がきつめ

※アイコンは自作です

穐山冴子

・あきやま/さえこ

・2年N組

・出席番号:1

・7月3日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・東京市赤坂区

・一応は電車通学

・1人娘で父親は軍人上がりの華族で会社経営者。金持ち

・同じく内部生の紀伊國蓮花と中学からとても親密

・穐山と紀伊國の父親同士は実は仕事での縁が深く旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・紀伊國のことは「蓮花」。それ以外も男女問わず呼び捨て。一人称は「わたくし」

・いろんなシーンで登場する準メーンキャラ

※アイコンは自作です

鶯谷ミドリ

・うぐいすだに/みどり

・2年N組

・出席番号:6

・8月25日生まれ

・たぶん16歳

・出身中学設定なし(内部生ではない)

・自宅は東京市淀橋区

・通学手段不明

・一人称は「あたし」「あたしゃ」

・校内の情報に精通しており、ヤバい情報や資料を多数持っている敵に回してはならない女

・たまにしか登場しない

※アイコンは自作です

織川姫子

・おりかわ/ひめこ

・2年N組

・出席番号:7

・2月11日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・自宅は横濱。ここからはるばる通っている

・ティーンズ雑誌の街角美少女に選ばれたことがある

・山葉を山葉と呼び捨てで呼ぶ数少ない女子

・一人称は「わたし」

・呼びかけるとき必ず「やあ」で始まる

・登場回数は少なめ

・アイコンは自作です

柏木踊子

・かしわぎ/ようこ

・2年N組

・出席番号:8

・6月13日生まれ

・16歳

・吹奏楽部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・かすみの実家・香澄庵近くにある小料理屋の娘で、商売柄親同士も仲がいい。かすみとは幼馴染

・後半は比較的登場回数が多い

・山葉と東城に何度かぱんつを見られる

・アイコンは自作です

紀伊國蓮華

・きのくに/れんげ

・2年N組

・出席番号:10

・11月21日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・自宅は東京市麻布区

・絶えず穐山とともにいる

・穐山のことは「冴子さん」と呼んでいる

・紀伊國と穐山の父親同士は実は仕事の縁で旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・非常に清楚な出で立ちでモテるはずだが、穐山がいつもそばにいるので男は寄りつけない

※アイコンは自作です

来栖マリ子

・くるす/まりこ

・2年N組

・出席番号:12

・12月24日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・天然。ドジ。料理がゲロマズ(らしい)。憎めない性格

・入学したての主人公たちを校内探検に誘ってくれた

・物語の至る所に出没する

※アイコンは自作です

ジェシカ・ライジングサン

・6月30日生まれ

・2年N組

・出席番号:18

・16歳

・Jessica Risingsun

・アメリカ人の留学生でオタクだが、日本全般の知識が豊富

・同じアメリカ人のレナーテに誤情報を吹き込むことがあり、それが元でレナーテと犬猿の仲

・銀行支店長の家にホームステイしていたが、支店長が不正融資で逮捕され紫村姉妹の家に転がり込む

・本編での登場は少ないが番外編「紫村姉妹の居候」と「ジェシーとレナ」では主役扱い(連載が終わったら公開します)

※アイコンは自作です

慈乗院和歌男

・じじょういん/わかお

・2年N組

・出席番号:19

・10月3日生まれ

・16歳

・太刀川第2中学出身(太刀川市)

・自転車通学

・かえで先生のことが大好きな男子生徒

・中学ではバスケ部だった

・モブだったが、なんだかんだで後半は重要な役割を持つ

・親が、生まれるのは女の子なので「和歌子」って名前にしようと決めていたが、男だったのでヤケクソで和歌男にしたらしい(ただし風説の類)

船橋弥生

・ふなばし/やよい

・2年N組

・出席番号:29

・1月28日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(御山、吉村と同じ)

・体型はちょっと太めらしい(山葉の見立て)

・物語後半での登場頻度が非常に高いキーキャラ

※アイコンは自作です

御山沙貴子

・みやま/さきこ

・2年N組

・出席番号:33

・8月15日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、吉村と同じ)

・バレー部(後に主将)

・電車通学

・物語のとても重要な人物

・1年のとき山葉に着替えを覗かれて以来、山葉のことを徹底的に敵視している

・とても執念深い性格

・同じ中学出身の船橋による中学時代の回想が恐ろしい

※アイコンは自作です

吉村莉緒

・よしむら/りお

・2年N組

・出席番号:38

・11月7日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、御山と同じ)

・母親は死んでおり父親が男手ひとつで育てた。学費免除の特待生で入学

・実は美形

・おとなしい性格でクラスでも仲の良さそうな同級生はいないようだが、後半から出番が増える

※アイコンは自作です

レナーテ・バックマン

・2年N組

・出席番号:40

・2月24日生まれ

・16歳

・Renate Bachmann

・セミロングの金髪で青い目。日焼け対策で夏でも白の中間服を着ている

・横里米軍基地の軍医である父親について母と妹とともに日本に来たので留学ではない

・中学までは基地内のスクールだったが高校から神姫に入った

・兄もいるが本国で大学生

・ジェシカにはめられ変な日本語で恥をかかされることが多い

・春菜と仲がよくお泊まりに来たこともある

・日本語で「小川麗菜」という当て字の名前を持っている。ジェシカと吉村が考案したもの

※アイコンは自作です

小錦厚子

・こにしき/あつこ

・理事長兼校長

・誕生日設定なし

・年齢不詳だが60歳は超えてるだろう(山葉の想像)

・かつては国語教員だった

・なぜだか男には「セニョール」と話しかける(が、スペイン系ではない)

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み