第37話:恋敵の下級生・4
文字数 2,688文字
帰りの出来事を思い出している。
考えれば考えるほど、腹が立ってくる。
「もう、誘われちゃってるの」というかすみが言う相手は、もちろん河合だった。
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河合はかすみの後ろについて部室棟を出てきた。
かすみとは話すが、俺のことはほとんど無視。
道すがら、無理やりかすみと並んで歩くのも
かすみはといえば、俺がいるからなのか、あるいは好意的に解釈すれば、俺の目の前で河合がへばりついているからか、何となく困惑した顔つきだったが、真意は分からない。
かすみも何度か俺に話しかけようとはしたが、事あるごとに河合はその会話に割り込んできた。
しかも、かすみの発言に対してのみ反応し、俺の言うことは一切聞いちゃいないようで、自分の得意な話題に持っていこうとするのが、ありありと見て取れた。
元町駅近くにあるファミレスでお茶でも飲もうと言い出したのも河合だった。
河合は率先し3人であることを店員に告げ、場を仕切る。
4人がけの席に案内され、かすみが奥に座ると当たり前のような顔をして、その横に腰掛ける。
俺はかすみの前に座ることになり、それはそれでいいのだが、先輩を立てるように見せかけ、その実、俺をかすみの横に座らせない作戦だったのだろう。
ドリンクバーも、「レディーファーストですから」と、まずはかすみに希望するメニューを聞き、俺は後回し。
「そんな、いいから」というかすみに「先輩は休んでてください」などと労うふりを見せ、さっさと飲み物を取りに行くなど、「できる後輩」っぷりを遺憾なく発揮して見せた。
やっていることがいちいち正統なだけに、俺は口出しすらできず、それどころか情けないことに愛想笑いまでせざるを得ない状況に誘導されてしまったのだ。
河合。
あいつは、俺がかすみを好いていることを十分承知の上でやっているに違いない。
それだけは確かだ。
ファミレスで俺は、かすみとしか共通しないはずのクラスの話題も持ち出した。
だが、やはり無駄だった。
少しでも入れそうなネタがあれば、すぐ話題に加わり、気が付けばいつの間にか河合主導の話にすり替わっていた。
これがもし、かすみと春菜を入れ替えて考えてみたらどうだろう。
春菜だったら、河合に適当な相槌を打ちつつも、自分の話を遮られようものなら「ちょっとさ、今は私のターン」などと軽くあしらい、俺の方にも上手く話を振ってくれたりするに違いない。
彼女はバカそうに見えるが結構自分の意思ははっきりしており、そのくせどんな相手からも平等に意見を聞き、発言する好機を作ってくれたりし、相手を立てるべきときは、ちゃんと立ててくれる。
つくづく東城は、いい彼女に巡り会えたと思う。
翻って、かすみはというと、もちろん、彼女も性格は良く、思いやりのあるいい子であるには違いない。
だが、これは幼稚園のときから見てて分かっていることだが、優し過ぎて、相手を増長させてしまうことが多い。
自分の意見はついつい引っ込め、相手のペースにはまってしまうというか、そういう隙を作ってしまうところがあるのだ。
今回がまさに、その典型的なパターンだった。
もちろん、これはかすみの良い点で、今までも俺の話ばかりをよく聞いてくれていたわけだけど、その人の良さが、今回ばかりは裏目に出た。
ここで反論してほしい、ここで奴を遮ってほしい、ここで俺をフォローしてほしい、そういう場面で彼女はことごとく無防備で、無抵抗だった。
そして、それを知ってか知らずか「利用」しているとしか思えない河合の態度。
見てくれとは裏腹の、あの押しの強さ、計算づくとも見える態度は、いったいどこからくるのだろうか。
まるで攻略本の内容を暗記して、敵弾の飛んでくる方向も弱点もすべて知り尽くした上でゲームをしているようにすら見えてしまう完璧プレー。
年上であるはずの俺とかすみは、すでにあいつの手のひらの上にあったのではないかとすら思えてしまう。
結局、帰る方向も同じで、彩ケ崎より東の東花岡から通っている河合は、車中でもずっとかすみの横に居続けた。
やっと、かすみと2人だけになったのは彩ケ崎で電車を降りてから。
降車際、心にもないくせに、「山葉先輩もお疲れ様でした。今日はありがとうございました」などと最後の最後に丁寧な挨拶をされてしまうオチまでついた。
途中経過はどうあれ、最後には印象を良くしておくという作戦としか思えないが、そんな術中にまんまとはまってしまったのか、かすみは降りてからも「ほんと、明るいし、よく出来た子よね」などと、本気とも冗談ともつかぬ笑顔を見せるのだった。
ここで俺はどうすべきだったのだろう。
香澄庵の前まで送っては行ったが、本当に聞きたいこと、すなわち、かすみは河合のことをどう思っているのか、そして、昨日、神社で何があったのかなど聞く雰囲気にもならないほど気疲れし、昨日にも増して悶々とした空気をまとったまま、家まで帰ってきた。
だが、昨日に比べれはある意味楽になったと見ることもできる。
それは、河合という下級生と直接合いまみえ、こいつがどういう行動を取る奴かということが分かったことだ。
さらに、この男は自己紹介から、美砂と同じクラスであることも知ることができた。
美砂はつい先日、夜の公園で東城を巡り泣かせてしまった。
泣かせたとはいっても、「東城さんに好きと言われた」というウソがすべての原因なのだから、俺が100パーセント悪いんじゃない。
さらに、俺のクラスで涼子に焚き付けるマネもして、あれはあれで今でも怒りは収まっていない。
しかし、事ここに至り、敵である河合の情報を知っているはずの貴重な存在であることに違いはない。
奴にだって弱点はあるはず。
何とか美砂から些細なことでもいいから聞き出せないだろうか。
今日、晩飯当番は俺だ。
時間を考えれば、そろそろ美砂も帰ってくるだろう。
かすみの茶道部はたまたま遠距離通学者が多いのと、こういっちゃ何だが、若干手抜き風味があるらしく、他の部活に比べて終わる時間が1時間ほど早い。
時間いっぱい、夕方6時半までやっている家庭部なら、俺たちがファミレスで茶を飲んでいた時間を加えると、美砂が帰ってくるにはちょうどいい時間だ。
帰りにスーパーに寄りはしなかったが、材料は冷凍食品も含めればそれなりにある。
よし。
今から米を研いだり準備をし、食事のときにさりげなく聞いてみよう。
こうして俺は、下心という隠し味を入れ、食事の準備に取り掛かった。