第61話:クリスマス~プレゼント選び
文字数 2,963文字
「それじゃ、風邪を引かないように、楽しいお正月をね」
かえで先生の言葉でホームルームが締めくくられ、2学期は終わった。
12月22日。
きょうは終業式。
体育館で行われた式では理事長の長ったらしい訓示にウンザリし、教室に戻ってからのホームルームでは通知表が渡され今度は脱力。
しかし生徒の心情を察してか、かえで先生の言葉は長すぎず短すぎず、実に気持ちがいい。
一応は宗教の授業もある海外由来の学校なので、2日後のクリスマスイブには校内チャペルでミサもあるが、参加は自由だから今日から正月明けの7日までの冬休みに突入だ。
バイトに精を出す奴もいれば、両親の田舎に帰ったり海外旅行に行く連中もいると聞くが、俺たちは普段どおり。
そして今日はクリスマスパーティーのプレゼントを買いに行くことに決めている。
24日のミサには出る気はなかったのだが、春菜が言い出して東城やかすみ、御山を初めとするクラスの半数ぐらいがミサの後でパーティーをやろうということになったのだ。
場所は元町駅前のゲーセンの上。
ここにカラオケ付きのパーティールームがあり、そんなこともあろうかと春菜が夏休み明けからすでに予約していたという。
さすが言い出しただけのことはあり、手回しがいい。
「ねえねえ、山葉はもうプレゼント買ったの?」
かえで先生が教室を出て行くと、開放感に浸る喧騒の中、春菜が寄ってきた。
「いや、俺はこれから」
「そうなんだ~。何を買うのかな? 誰に当たるのかな? 楽しみだねえ」
「みんなはもう買ったのかな?」
「まだの人もいるみたいだよ。薫も今日探すって言ってたし」
「ふ~ん。春菜は?」
「あたしはもう買ったわよ。先手必勝よ! いいものは早くなくなっちゃうからね」
「はは。さすが発起人はリキ入ってんじゃん。じゃあこれから東城に付き合うの?」
「いや、それがさ、プレゼントが分かったら面白みが失せるから、一人で行くってさ」
「そうなんだ。ま、それもそうだな。じゃ、俺もさっそく行ってくるわ」
「うん。じゃ、24日、ねっ」
俺は学校を出ると、とりあえず駅に向かった。
何を買おうかなんてことは特に決めておらず、その時、店で気に入ったものがあればそれでいいやと、そういう感じだ。
しかし東城を初めまだ買ってない連中も何人かいるなら、買い物で鉢合わせにもなりかねない。
それはそれで面白いのだが、やはり中身が分かっちまうというのもつまらん話だ。
学校は午前中で終わり、時間もある。
距離はあるが、俺は奮発して浜袋まで向かうことにした。
浜袋は甲武線で新宿まで出て、環状線で北に数駅のターミナルだ。
ちょうど渋谷とは逆の方向になる。
ここからだと小一時間といったところで、仮に新宿まで足を伸ばす連中がいたとしても、乗り換えてまで浜袋に来るような酔狂もいないだろうから、知った顔に出会う確率もゼロに近いだろう。
我ながらナイスな選択だと思い、ちょうど来た特快に飛び乗った。
◇ ◇ ◇
浜袋は賑やかな街だ。
賑やかというより、無秩序にうるさいだけという感じもするが、良い言い方をすれば活気がある、ってことになるかな。
隣の群玉から来る電車の終点でもあるため、見たことない制服の娘たちも多い。
ほとんどの学校が終業式だったから、こんな真昼間から高校生がうじゃうじゃいる。
俺はさっそく改札に一番近かったデパートに入ってみた。
探し始めてあっという間に2時間近く。
いまだにこれだというモノは見つかっていない。
東上百貨店も見た。
武蔵野デパートも行ってみた。
ちょっとお高い越後屋も覗いてみたが、しっくりこない。
ファッションビルのコルパや地下街を回ってもダメだった。
店内の熱気で冬だってのに汗まで出てきて、いっそのこと図書券か何かで手を打とうかという考えもよぎったが、それじゃあわざわざ浜袋に出てきた意味がないし、なにより、俺の個性ってモンが全く見えないじゃないか。
腹も減ってマッキントッシュでバーガーでも食おうかと思ったが、野郎一人じゃバカみたいなので、ペットボトルのコーヒー片手に気分転換を兼ね浜袋GIGAというゲーセンに足を踏み入れてみた。
元町駅前にもあるGIGAの系列店だ。
これだ!
ゲーセンに入った瞬間、俺は勝ったと思ったね。
それはクレーンゲームの景品だが、ちまたで人気の「よろめきメモリアル」というゲームの彩色済みキットだ。
このキットは季節にちなんでサンタの姿をしており、しかも「浜袋GIGA限定」なんて心をくすぐる文句が書いてある。
なんたって、売り物じゃないところがいい。
「獲る」という努力だけでなく、組み立てるという作業も必要だから、プレゼントにはもってこいだろう。
あす1日掛ければ完成させるのも造作はない。
意外に俺は手先が器用で、ガキのころからプラモデルを作ったり色を塗るのはやっていて道具は揃っている。
彩色済みとはいえ、自分でスミ入れとか若干のカスタマイズを加えれば、自分の「色」も出せる。
俺は燃えた。
24日のパーティーは1人が1個のプレゼントを出し合って、それに番号をつけ、くじ引きでもらう人を決めるというやり方だ。
だから俺はキットを一つでも獲りさえすればよかったのだが、ついついムキなり8種類全部を集めてしまった。
おまけに他のクレーンゲームにも手を出してしまい、気付いた時には散財7000円。
家を出たときには1万円持っていたのだが、残りは3000円。
帰りの電車賃を差っ引けば、2500円ぐらいしか残らないことになる。
パーティーはタダじゃない。
部屋の借り賃だけでなく、飲み物や食べ物もいるし、春菜が持ち込むケーキだって割り勘だから、2500円なんて瞬殺だ。
「はあ、なけなしの100円玉預金に手ぇ出すかな…」
夕方。
日も沈み暗くなった彩ケ崎駅からの道を、みっともないぐらい大きな袋を両手にさげ、ため息混じりで家に向かった。
◇
◇
◇
「よっこらせっと…」
2階にある俺の部屋。
壁を挟んだ隣は美砂の部屋だ。
ドアには「ノックしてね」という猫形の札がかかっており、まるでアニメや恋愛ゲームに出てくる女の子の部屋のようだ。
ドアの下にあるわずかな隙間から明かりが漏れているので、部屋の中にいるのだろう。
だいたい、玄関に美砂の革靴がきれいに並べて脱いであったので、帰っていることは最初から分かってはいたが。
自分の部屋に入ると、プライズで膨らんだ大袋2つをベッドの上にどさっと置いた。
キットはダブりも含めて11個。
スケールは10分の1と小さく、パーツ数も少ないとはいえ、こうやって集まれば結構かさばる。
そのほか、「かいおん!」という女子高校野球を題材にした最近流行りのアニメキャラが描かれた添い寝シーツ、「オエー鳥」とか「審議中」という文字とともにアスキーアートの描いてある扇子など、並べてみれば7000円の散財で済んだのが、ウソのようだ。
プレゼントするのはダブった1個にすればいい。
ちょうど、一番かわいいメーンキャラのキットが2個獲れたので、これを明日完成させ、駅前のファンシーショップでラッピングしてもらうことに決めた。
充実してたような、ただ疲れただけのような1日だったが、美砂の作ったカレーうどんを食べ、ゆっくりと風呂に浸かり、プライズに囲まれて俺は眠った。