第4話:悪魔の囁き

文字数 2,450文字

<2年生 6月6日>

「ねえねえ、知ってる?」

春菜の声は、これ以上面白いネタはないとばかり、嬉しさで上ずっている。

「ん?」

「山葉ってさ、涼子と付き合ってるらしいのよぉ」

「んなにぃ~!」

掃除が終わった教室から山葉が涼子に半ば拉致られて駅前のスポセンに連れて行かれたころ、下駄箱で待ち合わせた東城に、春菜は開口一番、さっき教室で目にしたことを教えた。

「奴にもついに、春が来たかっ!」

東城も満面に笑みをたたえ、春菜の報告に酔いしれた。

「で、どんなふうだった?」
「そりゃあもう、腕を絡み合わせて、肩寄せ合って!」
「す、すでにそこまで!」
「挨拶もソコソコに、帰っていったわよぉ」
「ぐむぅ、やるな!」

誰だってそう思うだろう。
腕を絡ませたというのは誇張だが、一緒に学校を後にしたのは事実だ。
いや、ここ数日ずっとそうだったのだが、ただの偶然で東城、春菜を初めとするクラスの連中には、ほとんど知られていなかっただけのことだ。
そしてこの日、東城と春菜だけでなく、御山、来栖、穐山に韮崎と、一気に6人に知られてしまったのである。

かすみや、ほかの連中に知られるのは時間の問題だろう。
だが、できるなら避けたい。いや、避けねばならぬ。

御山、穐山、韮崎は、この話題をわざわざ自分からは持ち出さないだろう。
問題は残る3人だ。
来栖は意外にポロっとしゃべるかもしれない。
東城と春菜はどうか。

東城は大丈夫な気はするが、春菜はかすみと結構仲がよく、休み時間とかに他のクラスの連中のことなども話している。
春菜が一方的にしゃべっているという展開だが、かすみもそれなりに興味はあるような感じで、ときに質問をしながら話にも乗っている。

ヤバイだろ、これは。

こんな、プールで涼子の相手をしているような暇なんかない。
一刻も早く、手を打たないと。
トークや電話じゃダメだ。
直接会わなきゃ。

そのことで頭の中を占拠された俺は居ても立ってもいられなくなり、泳ぎの練習をしている涼子の両脇を抱えていたことも忘れ、手から力が抜けてしまった。

「うわっ・・・ぷぷぷ・・・ぶは~っ」

溺れかけた涼子が、藁をもすがる思いで、無我夢中でしがみついてきた。
不意を突かれた俺は、プールの底に引かれているコースを示すタイルのラインで足を滑らせ、涼子と抱き合ったまま、ぶくぶくと沈んでしまった。

しがみついている彼女は必死だ。
浮上もママならない。
水中で引き離すことはできそうもなく、やっとの思いで黄色いプラスチック製のロープにつかまると、一気に彼女の頭を水面から出してやった。

「大丈夫ですか?」

すぐさま飛んできた監視員は手際よく涼子をプールサイドに引き揚げる。

涼子は少し水を飲んだらしく、苦しそうだ。
「はあはあ」と言葉にならない声を出し、はいつくばっている。
周りの客も数人、心配そうにこちらを見ている。

スイムキャップを被り、室内プールにもかかわらず、やけに日焼けした筋肉質の監視員は俺たちの前で身をかがめると、慣れた手付きで涼子の背中をさすり水を吐かせ、お姫様抱っこで医務室まで運んでくれた。

「少し横になれば落ち着きますよ」
「ど、どうも」

監視員が出て行くと、医務室の中は俺と涼子、若い女性看護師の3人だけになった。
看護師に濡れた髪を拭いてもらい、分厚いバスローブのようなものをかけられ、ビニール張りのベッドの端に腰掛けている。
横にならなきゃならないほど大げさなものではなく、水も少し鼻から逆流した程度なので、すでに落ち着きつつあるようだ。

「お帰りになるときに声かけてってくださいね~」

看護師はそう言うと個室から出て行った。

「大丈夫かよ」
「ごめんね、わたしのせいでみっともないことになって…げふっげふっ」

本当は俺が悪いんだが、涼子の方からこんなふうに謝られてしまうと、次の言葉が出てこない。

「少しだけ休ませて。そうすれば落ち着いてくるし…」

もう少し…か。

本当は今すぐにでも春菜と東城のところに飛んでいって、事情を説明したい。
涼子、俺にはそんな時間はないんだよ。
あいつらのことだ。今ごろは駅前でゲームやってるか歌ってるかに違いない。
早く行かねば。

このまま適当に理由をつけて、ばっくれちまおうか。
別に涼子は死にそうってワケでもないんだし、いいか。
部屋を抜けるところを看護師に見られたら、涼子に飲ませる熱い缶コーヒーでも買いに行くとか適当な理由をつければ大丈夫だろう。
いや、待てよ。
そのままダッシュで逃げるのはいいが、戻らないと無責任な奴ってことで、学校にチクられるかもしれん。
ううむ。

あと30分ぐらいここにいるとして、頭洗ったり着替えやらで時間はどんどん過ぎていく。
だいたい、このままじゃ帰りも涼子と一緒で、東城たちに接近することすらできんじゃないか。
くそう、とりあえず更衣室にでも行って、スマホであいつらの都合だけでも確かめ、夜にでも時間つくってもらうか。
なんか大げさだが、仕方ない。

俺は連絡を取るため、部屋を出ようかと思った。

「ねえ、山葉くん」

突然、涼子が口を開いた。

「あ、ああ、俺ちょっとスマホ…」

「山葉くん、もしね」

話を聞いちゃいませんね。

「山葉くん、もしね、もっとたくさん水飲んで、意識とか失ってたら、人工呼吸とかしてくれた?」

あんだって?

人工呼吸って、あの、マウスツーマウスってやつのことか?
こいつ、こんなときに何考えてるんだ?
だいたい、そういうのは監視員とか医療スタッフの仕事だろ。
俺はテレビドラマとかで見たことはあるが、正しいやり方なんて知らん。
それに、仮にそうなったとして、意識もないのにそんなことしてもらって嬉しいわけ、あんたは?

「してもいいよ、今」

はあ?

「今ここで、試してみて」

薄く唇を開いた涼子が、潤んだような瞳で俺を見ている。

げ、目がマジっぽいんですが。

しかし、いつの間にか俺の右手はしっかり握られている。
彼女に掛けられていたバスローブが、肩のところではらりと落ちた。
湿った髪が色っぽい。
身に着けているのは薄い布切れ一枚だ。

ごくり。

キスだけなら、いっか…な?

悪魔が囁いた。
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登場人物紹介

山葉譲二

・やまは/じょうじ

・2年N組

・出席番号:36

・1月16日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・山葉美砂の兄

・部活は性に合わないのでやってない

・父親は樺太に赴任中で母親もたまに不在。こちらでは美砂と2人暮らしになるタイミングもある

・1年時はクラスの文化祭実行委員

・創立記念祭の実行委員

東城薫

・とうじょう/かおる

・2年N組

・出席番号:21

・2月10日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・佐伯春菜の彼氏

・山葉譲二の親友

佐伯春菜

・さえき/はるな

・2年N組

・出席番号:15

・3月22日生まれ

・16歳

・帰宅部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・東城の彼女。中学から付き合っている。小学校も同じだった

・東城、山葉の3人でつるんでいる

・父親が大手商社員

・東城の呼び方は「薫」。一人称は「わたし」

・中学時代はバレーが得意だったらしい

・山葉的には「バカそうに見えるが意思のはっきりした娘で、相手を立てるべきときはちゃんと立てる」良いやつ

・チャーミングで、ちょっとおバカで、スタイルもそこそこ

※アイコンは自作です

山葉美砂

・やまは/みさ

・1年B組

・1月22日生まれ

・15歳

・彩ケ崎中学出身

・家庭部

・電車通学

・山葉譲二の1歳違いの妹

・父の転勤の関係で1年の半分は譲二と2人だけで暮らしている

※アイコンは自作です

紅村涼子

・べにむら/りょうこ

・2年N組

・出席番号:30

・5月3日生まれ

・16歳

・彩ケ崎東中出身

・電車通学

・初期の主人公級キャラ

・ひょんなことから山葉に告って付き合うことになるが、山葉は何とか別れたいと思っている

・なんだかんだで結構可哀想な立ち位置のキャラ

・小5のときに家族の転勤で関西方面からやってきた

・メガネっ娘

※アイコンは自作です

一ノ瀬かすみ

・いちのせ/かすみ

・2年N組

・出席番号:5

・5月15日生まれ

・16歳

・茶道部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・山葉譲二の幼稚園からの幼馴染。小学校で同級だった最後は6年生で、中学3年間はクラスが同じになることはなかった。譲二の妹・美砂のことも知っている

・おとなしく、相手を慮る気持ちが強い

・自宅は彩ケ崎駅南商店街の蕎麦屋「香澄庵」

・呼びかけ方は「山葉くん」。一人称は「わたし」

※アイコンは自作です

紫村かえで

・しむら/かえで

・2年N組担任(1~3年まで同じ)

・12月6日生まれ

・25歳

・中高大とも美咲女子

・国語担当

・紫村かなでの妹

・面倒見が良く生徒みんなから好かれている

・姉のかなでと一緒に伏木教頭の伯母が経営しているアパートに住んでいる

・軽自動車のコニーに乗っている

※アイコンは自作です

紫村かなで

・しむら/かなで

・2年K組担任

・10月9日生まれ

・26歳

・中高大とも美咲女子

・英語担当

・紫村かえでの姉

・妹かえでよりは性格がきつめ

※アイコンは自作です

穐山冴子

・あきやま/さえこ

・2年N組

・出席番号:1

・7月3日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・東京市赤坂区

・一応は電車通学

・1人娘で父親は軍人上がりの華族で会社経営者。金持ち

・同じく内部生の紀伊國蓮花と中学からとても親密

・穐山と紀伊國の父親同士は実は仕事での縁が深く旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・紀伊國のことは「蓮花」。それ以外も男女問わず呼び捨て。一人称は「わたくし」

・いろんなシーンで登場する準メーンキャラ

※アイコンは自作です

鶯谷ミドリ

・うぐいすだに/みどり

・2年N組

・出席番号:6

・8月25日生まれ

・たぶん16歳

・出身中学設定なし(内部生ではない)

・自宅は東京市淀橋区

・通学手段不明

・一人称は「あたし」「あたしゃ」

・校内の情報に精通しており、ヤバい情報や資料を多数持っている敵に回してはならない女

・たまにしか登場しない

※アイコンは自作です

織川姫子

・おりかわ/ひめこ

・2年N組

・出席番号:7

・2月11日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・自宅は横濱。ここからはるばる通っている

・ティーンズ雑誌の街角美少女に選ばれたことがある

・山葉を山葉と呼び捨てで呼ぶ数少ない女子

・一人称は「わたし」

・呼びかけるとき必ず「やあ」で始まる

・登場回数は少なめ

・アイコンは自作です

柏木踊子

・かしわぎ/ようこ

・2年N組

・出席番号:8

・6月13日生まれ

・16歳

・吹奏楽部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・かすみの実家・香澄庵近くにある小料理屋の娘で、商売柄親同士も仲がいい。かすみとは幼馴染

・後半は比較的登場回数が多い

・山葉と東城に何度かぱんつを見られる

・アイコンは自作です

紀伊國蓮華

・きのくに/れんげ

・2年N組

・出席番号:10

・11月21日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・自宅は東京市麻布区

・絶えず穐山とともにいる

・穐山のことは「冴子さん」と呼んでいる

・紀伊國と穐山の父親同士は実は仕事の縁で旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・非常に清楚な出で立ちでモテるはずだが、穐山がいつもそばにいるので男は寄りつけない

※アイコンは自作です

来栖マリ子

・くるす/まりこ

・2年N組

・出席番号:12

・12月24日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・天然。ドジ。料理がゲロマズ(らしい)。憎めない性格

・入学したての主人公たちを校内探検に誘ってくれた

・物語の至る所に出没する

※アイコンは自作です

ジェシカ・ライジングサン

・6月30日生まれ

・2年N組

・出席番号:18

・16歳

・Jessica Risingsun

・アメリカ人の留学生でオタクだが、日本全般の知識が豊富

・同じアメリカ人のレナーテに誤情報を吹き込むことがあり、それが元でレナーテと犬猿の仲

・銀行支店長の家にホームステイしていたが、支店長が不正融資で逮捕され紫村姉妹の家に転がり込む

・本編での登場は少ないが番外編「紫村姉妹の居候」と「ジェシーとレナ」では主役扱い(連載が終わったら公開します)

※アイコンは自作です

慈乗院和歌男

・じじょういん/わかお

・2年N組

・出席番号:19

・10月3日生まれ

・16歳

・太刀川第2中学出身(太刀川市)

・自転車通学

・かえで先生のことが大好きな男子生徒

・中学ではバスケ部だった

・モブだったが、なんだかんだで後半は重要な役割を持つ

・親が、生まれるのは女の子なので「和歌子」って名前にしようと決めていたが、男だったのでヤケクソで和歌男にしたらしい(ただし風説の類)

船橋弥生

・ふなばし/やよい

・2年N組

・出席番号:29

・1月28日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(御山、吉村と同じ)

・体型はちょっと太めらしい(山葉の見立て)

・物語後半での登場頻度が非常に高いキーキャラ

※アイコンは自作です

御山沙貴子

・みやま/さきこ

・2年N組

・出席番号:33

・8月15日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、吉村と同じ)

・バレー部(後に主将)

・電車通学

・物語のとても重要な人物

・1年のとき山葉に着替えを覗かれて以来、山葉のことを徹底的に敵視している

・とても執念深い性格

・同じ中学出身の船橋による中学時代の回想が恐ろしい

※アイコンは自作です

吉村莉緒

・よしむら/りお

・2年N組

・出席番号:38

・11月7日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、御山と同じ)

・母親は死んでおり父親が男手ひとつで育てた。学費免除の特待生で入学

・実は美形

・おとなしい性格でクラスでも仲の良さそうな同級生はいないようだが、後半から出番が増える

※アイコンは自作です

レナーテ・バックマン

・2年N組

・出席番号:40

・2月24日生まれ

・16歳

・Renate Bachmann

・セミロングの金髪で青い目。日焼け対策で夏でも白の中間服を着ている

・横里米軍基地の軍医である父親について母と妹とともに日本に来たので留学ではない

・中学までは基地内のスクールだったが高校から神姫に入った

・兄もいるが本国で大学生

・ジェシカにはめられ変な日本語で恥をかかされることが多い

・春菜と仲がよくお泊まりに来たこともある

・日本語で「小川麗菜」という当て字の名前を持っている。ジェシカと吉村が考案したもの

※アイコンは自作です

小錦厚子

・こにしき/あつこ

・理事長兼校長

・誕生日設定なし

・年齢不詳だが60歳は超えてるだろう(山葉の想像)

・かつては国語教員だった

・なぜだか男には「セニョール」と話しかける(が、スペイン系ではない)

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