第100話:報告会
文字数 2,336文字
昨晩、遅くはなったが、事情を知る全員に連絡を入れ、簡単に説明するとともに、きょう、この場に集まろうと伝えていたようだ。
「また春菜さんと一緒に勉強できるんですねぇ」
来栖はから揚げを箸で挟んだまま、うっとりしたような表情で斜め上を見ている。
吉村はほとんど会話には加わらないが、いつになく嬉しそうにみんなのやりとりを眺めている。
「東城さんのように行動できる殿方はすばらしいです。私も、東城さんのような方でしたら…はっ」
紀伊國は頬を赤らめて口を滑らせ、焦った穐山が東城を睨みつける。
「慈乗院、お前が知らせてくれたから助かったんだ。ほんと、ありがとう」
「いや、だって、なあ。おれも焦ったよ、あんときは……でも、その、良かったじゃん」
今回の「救出劇」で、ある意味最も功労者である慈乗院は照れまくっている。
彼が北麗の子から一報を受けなければ、今回のことを知る由もなかったわけで、考えたくはないが最悪の場合、陳腐な言い方だがそれこそ後の祭りだった。
クラスの全員が春菜のことを思うとき、そのときは、彼女はもうこの世にいないとき…そんなことにならず、本当に良かった。
しかし、慈乗院に連絡をくれたのは、いったい誰なんだろう。
その子にだって、お礼を言いたい。
それに、こういうめでたいことになったわけなんだから、どういう女の子なのか興味が湧いてくるのも不謹慎じゃないよな。
「でも、慈乗院くん、連絡くれたのってどんな子なの?」
おっ! かすみがいいところに食いついた。
「そうそう! きっかけは? 名前は?」
いいぞ、レナーテ!
「いや、べ、別に、そんなんじゃ」
悪いことをしてないのに、慈乗院は顔を真っ赤にしてしどろもどろだ。
慈乗院と付き合っているといわれる吉村は複雑な表情でうつむいているが、
「あんふぁ、かうぇでへんへーじゃなーったの?(あんた、かえで先生じゃなかったの?)」
柏木は野菜サンドを口に含んだまま容赦がない。
「名前ぐらい教えなさいよう」
船橋はゆらりと立ち上がると、びびって逃げようとする慈乗院の背後にあっという間に移動し、
「山葉っ!」
と、なぜか俺をご指名だ。
なんだか気の毒だが、まあいい。
俺は東城に目配せして2人で覆いかぶさると、慈乗院の脇腹をピアノを弾くような手つきでマッサージし始めた。
じたばたする慈乗院の足がペットボトルの茶を蹴っ飛ばす。
それを慌てて移動する吉村。
「げぴっ!」
悲鳴になってない悲鳴が上がる。
「おらおらおらおら、誰に助けてほしいんだ? ああん?」
苦悶の表情の慈乗院を責め立てる。
東城は東城で、ズボンの隙間から手を入れて慈乗院の太ももをダイレクトで撫で回している。
げらげらと、指をさし無責任に笑う船橋と柏木。
「っ! か、か、かえ、かえ、かえでー!」
なぜか、かえで先生の名前を叫ぶ慈乗院。
この期に及んで先生の名前を呼ぶとは、筋金入りだなこいつ。
しかも呼び捨てだし。
「だから、紫村先生はいいんだってば」
サンドを食い終わった柏木が加勢に入った。
「カッター脱がしちゃえ」と、手についたパン粉をぱんぱんと両手で払いながら立ち上がる。
覆いかぶさったままの俺と東城は、何が起きるのかと顔を上げる。
柏木の短いスカート。
その中には、
確認もできぬまま、俺と東城は柏木に顔面を踏み潰された。
顔を押さえ転げ回る俺たち。
それを見てのた打ち回って喜ぶ船橋や来栖。
仕方ないなぁという表情の吉村とかすみ。
「お前らいい加減にしないか。食事中だぞ」
こういうことには厳しい穐山が堪忍袋の緒を切らすが、紀伊國が腕をつかんで「冴子さん」となだめている。
脱出に成功した慈乗院は、憤然とした表情で立ち上がり、だが顔を赤らめたまま睨みつけてきた。
「悪い、悪い」
「慈乗院すまん」
手を合わせて謝る俺と東城。
だが、慈乗院は「言ったんだから、手ぇ緩めろよな」と、怒りが収まらない。
っていうか、
「言ったんだから」って、
何を?
はっと気付いた全員の視線が集中する。
「か、かえでって名前なんだよ、その子も」
慈乗院も照れてはいるが、自信があるのか、何だかんだ言って見てもらいたいのか、取り出したスマホの画像フォルダからクダンの「かえで」の写真を見せてくれた。
北麗に行ったとき、授業後の公園で撮ったという、画面の中で微笑むおとなしそうな子。
Vサインなんかするでもなく、少し首をかしげた姿がかわいらしい。
「かえ‥この子も内地からの転入なんだってさ」
そうなのか。
慈乗院もそれ以上は語らなかったが、この場にいたみんなは何となく悟ってしまった。
転入してきた、かえで。
春菜のことを連絡してくれた、かえで。
彼女もまた、春菜と同じように辛い経験があったのではないだろうか。
そして、春菜は幸いにも帰ることができるけれども…
「ごめんね、慈乗院」
「私も…ごめん」
船橋と柏木は、しゅんとしてしまった。
俺や東城も、そしてほかの仲間たちも。
気まずい沈黙が流れる。
慈乗院も、本当なら言いたくないことだったに違いない。
それを、ふざけて無理やり口を割らせてしまった俺たち。
知らなかったとはいえ、身近な春菜でつい先日身にしみたことなのに。
「な、夏休みに遊びに来るっていうから、みんなで遊ばね?」
だが、湿った空気をとっさに感じ取り発した慈乗院の一言で、場の全員に体温が戻る。
「よし! お台場行こうぜ!」
「いいね、いいね」「行きましょう」
俺の思いつきの提案に、賛同が集まる。
「ならばぜひ、当家に泊まるがよいぞ」
「それはいい考えですね」
穐山の申し出に、紀伊國が笑顔で頷く。
「私、お弁当作りま~す」
家庭科の授業で消し炭のようなハンバーグを作った来栖には、誰も反応しなかった。