第43話:執拗なスパイク
文字数 3,997文字
再び学校に戻ってきた俺たちだが、忙しさは続く。
体育祭は20、21日に行われる予定で、それまでの約10日間は授業が終わってから練習がある。
いわゆる陸上競技のような種目もあれば、バスケやバレー、ソフトボールといった球技もあり、本番に備え、それぞれが参加する種目の練習をするわけだ。
練習をする生徒で溢れるため、この間は体育会系の部活は休みとなり、クラスにいる体育会系の生徒がそれ以外の生徒を指導する習わしになっている。
男子生徒が圧倒的に少ないため、チームは男女混成だ。
クラス対抗の種目は、基本的に球技だ。
1、2年は1学年に5クラスしかないため、各学年でシードになるクラスを1つ決める。
残った4クラスが戦い、勝ち残った組がシードクラスと学年最終戦を行う。
これを1~3年の各学年が行い、1年と2年の勝者が1回戦を戦い、勝った学年が3年と最終決戦をするという、なんか、公平なのか不公平なのか、さっぱり分からんシステムだ。
今年の種目は人気投票の結果、バレーボールとなった。
バレーボール。
そう、あの、御山がやっている種目だ。
2年生のエリザベート、カテリナ、ナタリエ、レベッカ、ジモーネの5クラス。
それぞれのクラスにいるバレー部所属の生徒が指導役、すなわち、コーチとなる。
俺たちの組は、バレー部員が御山しかいないため、自動的に彼女がコーチとなった。
隣のK組はバレー部員が10人もいるため、当然のごとくシードされた。
残る3クラスも俺たちと似たようなもんだ。
俺たちN組はR組と一回戦を戦うことになる。
3年生が引退したため、御山はバレー部の主将だ。
だが、いくら主将とはいえ他のメンバーが俺たちのような素人では勝ち目はないだろう。
しかし、主将である手前、あまり無様な姿を晒すわけにもいかない。
授業後の御山の特訓は結構マジだった。
しかし、よりによってこの俺が体育館でバレーボールをすることになろうとは。
鬼門の体育館。
鬼門のバレーボール。
鬼門の御山。
マイナス要因が三つも揃っていて、ヤル気なんか出るわけもない。
まあどうせレギュラーは9人なんだから、俺はあぶれた他のクラスメートと一緒に応援にでも回ればいいだろう。
そんな気持ちだったので、練習にも当然身なんか入らなかった。
御山はクラスの中でも体育会に所属している、いわゆる運動神経がいいと思われる生徒をレギュラーに据えるつもりで練習をした。
しかし、よほどヘタレが多いのか、この組に体育会系なんて数えるほどしかいない。
マトモなのは、フェンシング部の穐山と紀伊國に元バレー部の椎名。それ以外は剣道部の上川と陸上部の
御山を加えても体育会系は7人。
レギュラーのうち、残る2人は文系か帰宅部から選ばざるを得ない状況だ。
御山がマジになるのも無理ないだろう。
練習をして分かったが、文系でも動きのいい奴はそれなりにセンスがいい。
この分でいけば、残りは春菜と織川あたりになるんじゃないかと、俺なりに予想していた。
来栖とかレナーテ、ジェシカなんかも俺と似たり寄ったりの運動神経で、レギュラーなんか無理だと思うんだが、なんでそんなに一生懸命なの? と思えるほど、練習をしていた。
まあ、こういうのが好きなのかもしれない。
部活でやるのは上下関係とか、休みもつぶれたりで個人の生活が犠牲になったりするが、体育祭という短期の目標なら力を入れられるということなんだろうか。
気の持ちようなんだな。
残念だが、俺はそんな気にはならない。
だから、俺のように最初からレギュラーになることなんか考えていない生徒は、御山からすれば、ヤル気のない非協力的な奴に見えるだろう。
御山はネットを挟んで一人でスパイクする。
反対側のコートでは、御山以外のクラスメートが9人で1グループとなり、どこに飛んでくるか分からない、御山のスパイクを受けるという練習だ。
御山は9人全員に平等にスパイクを打ち込む。
受け損なって尻餅をついたり転んだ生徒には「ごめんね、大丈夫」などと優しい声をかけたり、時には駆け寄ったりと気遣っている。
今、目の前で行われている練習には、春菜、東城、レナーテ、ジェシカ、上川、織川、韮崎、来栖、紀伊國のグループが参加している。
だが、俺はちょっとした異変に気付いた。
「痛っ!」
スパイクを受け損ない、春菜は仰向けに転んでしまった。
他のグループの時は、連続して同じ相手にスパイクが飛ぶことは滅多になかったはずだ。
だが、春菜にはこれで3本連続でいった。
しかも、力の入れ方が微妙に強いように感じるのは目の錯覚なのだろうか。
レナーテや織川も、怪訝そうな視線を御山に向けている。
「うう」
よろよろと立ち上がった春菜。
いくらなんでも、もうないだろうと思ったその時、春菜の顔面に4本目が炸裂した。
「…っ!」
春菜は「痛い」なんて声を発する間もなかったみたいだ。
どさっ、と鈍い音を立てて床に叩きつけられた。
「春菜…」
駆け寄った東城は、ぐったりした春菜を助け起こすと何て言っていいのか分からない表情で御山を見つめた。
御山は無言で汗をぬぐっている。
「少しは手加減したらどうだ。これは部活ではないぞ」
コート脇で見ていたクラス委員の穐山が御山を咎めた。
本当なら東城が言うべきセリフだったように思うが、まあいい。
「あと少しなんです。佐伯さん、スジがいいから」
御山は息を切らすこともなく言いながら、左手にボールを掲げ、次のスパイクを打ち込む体勢をとっている。
「主将である御山が言うのならばそうかも知れんが、相手は素人だ」
穐山はなおも続ける。
「そうです、御山さん。勝つことだけが目標ではないはずです」
さすが、間髪いれず紀伊國も穐山に同調した。
「わたしは負けたくないんです」
御山も引かない。
「やあ、何ていうか、まるで怒ってるみたいね」
織川のひと言に、御山はボールを床に叩きつけると、歩いて体育館から出て行った。
「どうしちゃったのかしら。いつもの御山さんらしくないわ」
かすみは心配そうに後姿を見送っている。
「まあ、少し頭を冷やすとよい。続きの練習はわたくしが行う」
穐山が宣言すると、コート上の生徒はスパイクを受ける構えを取った。
東城は「ちょっと休ませる」と言って、春菜をコートの外に連れ出した。
代わりに、吉村と椎名がコートに入った。
「うう、ひりひりするよぅ」
春菜は体育座りして腕をさすっている。
「外に出て水で冷やすか?」
東城は春菜の腕をさすりながら心配そうにしているが、出て行った御山のことも気になっているはずだ。
「うう、大丈夫」
春菜は顔を上げると、沈んだ表情でコートを見つめた。
「オレ、ちょっと行ってくるよ」
「でも」
春菜の意見は聞かず、東城は御山の後を追って、体育館を出た。
さりげなく体育館を出た俺は、裏手で御山と東城が向き合って話している姿を目撃した。
俺には確信じみたものがあった。
御山の春菜に対する執拗なスパイク。
あれは、春菜に対する嫉妬なのだと。
例の修学旅行風呂覗きで東城が迂闊にも口走った御山のホクロ。
もし2人が内緒で付き合ってるか、それに近い状況であるならば、合点のいく話だ。
ふだんの東城の態度からすれば、本命が春菜であることには疑いの余地はない。
おそらく、東城が御山をというよりも、御山が東城を好いているんだろう。
付き合っているとして、どのような間柄なのか、もし告白という行為があったなら、それは御山からなのか、東城からなのか、そういったことを含め何の確証もないのは事実だが。
仮に事実として、よく今日まで誰にもバレていないものだと思うが、それは東城というよりむしろ、御山が賢かったんだろうな。
御山はきっと、もっと東城と一緒にいたいんだ。みんなの目の前で、仲良く、一緒に。
でも、東城には春菜がいて、それはできない。
奴と春菜のことはクラスの全員が知っているから当たり前だ。
それなのに、東城は御山を何かのきっかけでその気にさせてしまい、けれども、御山はみんなの前ではそんな気持ちを表に出すことも出来ず、辛かったんだ。
悲しく、悔しく、ずっと、こらえてたんだな。
「負けたくないんです」
この言葉は、御山の率直な気持ちなのだろう。
試合にも、そして春菜に対しても。
◇
◇
◇
「どうしてあんなこと、するんだよ」
東城は力なく、御山に問いかけた。
「……」
「あんなこと、しないでくれよ」
「……」
「沙貴子」
東城は御山と向き合っている。
御山は体育館の壁を背にし、うつむいたままだ。
いつもの体育館裏。
ここは、御山も来る場所だったんだな。
「…だって」
だらんと垂らした両腕の先に握り拳をつくり、御山は搾り出すように。
「だって、わたし、悔しかったんだもん」
それだけ言うと、御山は東城の両肩をつかんだままうなだれた。
「私だって、もっと一緒にいたいんです」
「……」
東城は黙って御山の頭を撫でてやることしか出来なかった。
涼子とかすみの件で俺は二股をかけているような言われようをされた。
事実、まだ涼子と決別していない俺がジクジたる思いであるのは認めよう。
しかし「付き合う女は一人にしなきゃ駄目だぜ」などという忠告を、したり顔でした東城がこの体たらくとは。
俺はこれ以上何も見聞きする気にはならず、体育館に戻った。
◇
◇
◇
「さっきは、ごめんね。…けが、しなかった?」
しばらくして戻った御山は春菜の前にかがむと腕をとり、少しこわばった笑顔で謝った。
「え? うん、大丈夫だよ、やだぁ、私、なまっちゃってるね。これでも中学の時は、バレー得意だったんだよ」
春菜も元気を取り戻し、御山の肩をぽんぽんと叩いて照れた表情を見せている。
御山は春菜の手をとると、「また練習しよ」とコートへいざなった。
「うん、頑張るね」
春菜は走ってコートに復帰した。
出来た女たちとダメな東城。
こいつには本当にもったいない2人だな。