第93話:劣情

文字数 2,852文字

<6月23日 夜 山葉宅>

あの日から4日目。
きょうも美砂の顔は見ていない。
俺とは絶対に顔を合わせないよう避けている、いや、合わせないように調整されているからだ。

学校からの連絡で母が戻ってきている。

俺たち3人は登校したあの朝、教室に行くことなく理事長室に連れて行かれ3人別々に聴取を受けた。
理事長だけでなく、教頭や担任もいた。
東城や美砂がどう受け答えしたのかは知らない。
だが俺は、すべてのことを包み隠さず伝えるしかなかった。
かえで先生は両手で顔を覆い泣いていた。
聞き取りが終わっても授業に出ることは許されず、1週間の自宅謹慎となった。

母さんは学校からの連絡でその日の夜、俺と美砂の身柄を引き取るため学校にやってきた。
謹慎を言い渡されはしたものの、親不在の家に帰すわけにもいかず、そのまま職員室で待たされていたからだ。
その翌日、母さんは再び学校に呼び出され、理事長に断罪されたそうだ。

多感な子供を放ったらかしにしたあなた方は親として失格だ、こんなことが起きても仕事を理由に戻ってこない父親も親としての義務を放棄している、これは完全なネグレクトだとまで言われたという。

そう言われ、観念したのだろう。
もはや母さんが樺太に戻ることはない。

自分たちがそうであったからか、若い子の色恋沙汰には理解のある両親とはいえ、もはやこれまでだろう。

謹慎の間、俺と美砂は個別に母さんと話し合った。

「私、東城さんとセックスしたの」

そのことを含め、美砂がどこまで本当のことを話したのかは分からない。

だが俺は、学校で答えたときと同様、美砂と東城がどういう関係であるのか、美砂が以前の美砂の性格ではなくなってしまったこと、美砂が俺をどう罵ったのか、春菜が今どんな状況なのか、一切のことを母さんに伝えざるを得なかった。

嘘をついても、脚色しても、説明に綻びが出ることは分かりきっている。
隠すことはできない。

「ジョージが美砂のことを大切にするのは当然だし、わたしも嬉しいよ。だけど手だけは上げてほしくなかった」

涙を流す母さんに俺は何も言い返せず、黙って頷くことしかできなかった。


登校したあの日。
俺が治療を受けた病院からは朝イチで学校に通報があったらしい。
顔は合わせなかったが、同じ病院には美砂と東城も訪れていたという。

あいつもきっと、美砂との関係を洗いざらい喋っただろう。
不在だったうちとは違い、東城の両親は直ちに呼び出され、同じく謹慎となった東城はそのまま両親に連れられ学校を後にしたという。



今は土曜日の晩。

母さんとの食事を終え、部屋に戻ると入れ替わり美砂が部屋を出た。
今度は美砂が母さんと食事をとるのだろう。

俺と美砂が顔を合わせたくないという事情をくんでのことだが、こんなこといつまでも続けられない。
そんなことより、母さんが気疲れで倒れてしまわないか心配だ。

俺は美砂だけでなく、母さんも傷つけてしまったのだ。

友達のような母さん。
何でもフランクに話せて、俺や美砂の話もよく聞いてくれて。
小さいころは3人でよく一緒に買い物に行ったり、親父が疲れて寝てるもんだから日曜なんか公園でキャッチボールに付き合ってくれたり、その代わり料理を手伝わされたりもしたけど、楽しかったな、あのころは。

「いいじゃない! どうして会っちゃいけないの!」

突然、階下から美砂の怒鳴り声が聞こえた。
食卓のドアを叩きつけるように締める。
間髪入れず、どかどかと階段を上がってくる音がする。

東城に会いたいとでも言って喧嘩になったのだろう。
昨晩もそうだった。

食卓で突っ伏して泣いていた母さん。

以前、美砂には俺と東城、春菜の3人の関係を壊すなと言った。
だが、その3人の関係どころか、このままでは俺の家族まで壊れることになる。
いや、もう壊れた…か

美砂が夜中に抜け出さないよう母さんは玄関前の廊下にソファを置き、そこで寝ている。

もう、この家は目茶苦茶になった。

◇    ◇    ◇

最初に殴ったのは確かに俺だ。
だが、諸悪の根源は東城だ。


東城は春菜とは別れたと言っていた。
あまりにも気の毒な春菜。
俺が抵抗がある、いや、あったのは、ほかに相手がいるのに、東城が美砂と付き合うことだった。
奴が言うように、春菜と別れたのなら、その条件はクリアしたことになる。
だが、事ここに至って、もはやそんなことはどうでもいいことだ。
百歩譲って東城と春菜が円満に別れたとしても、ふらふらと女を替えるような奴に、妹を渡すわけにはいかない。
このまま放置して、将来あの2人が結婚したとして、俺は祝福できるのか?
「あの時はお互い若かったな」などと笑っていられるのか?
そんなことは決してない。
今はお互い、好きな相手のことしか見えていないが、特に東城の場合は、結婚してからだって絶対ほかの女に手を出すことは見えている。
ここわずか数カ月の出来事で、それはよく分かった。
それはすなわち、俺の妹、美砂を不幸にするということだ。
今は口をきいていないし、あの日、殴ってしまったけれど、美砂には幸せになってほしいというのは、血を分けたきょうだいなんだから当然だろう。

以前、美砂本人からシスコン呼ばわりされた。
私に妬いてるのかとも言われた。

ああ、そうかもしれない、そうかもしれないよ。
平たく言おう。
認めてやるよ。
つまるところ俺は、美砂が他の男を好きなることが許せないんだろう。
ほかの男に抱かれるのが許せないんだろう。
それが東城でなくっても、いい顔しないんだろう。
そうさ、そうだよ!
俺はな、美砂、お前のことが好きなんだよ!
小さかったころのように「お兄ちゃん」って言ってほしいんだよ! 慕ってほしいんだよ!
いつまでも処女のままでいてほしかったんだよ!
ちっくしょう!!


俺は、俺は…

昨日、
妹で、
自分を、

慰めてしまった…

決して手に入らない、決して手に入れてはならない女の子。
その子のことを考え、その子の顔を思い浮かべ、その子との交わりを想像し、お兄ちゃんという声を思い出しながら!
お前が夜、部屋にいたとき、すぐ横の部屋で俺は、お前でしちまったんだ!

すさまじい罪悪感だった。
それなのに今だって、昨日の、自分の、行為を思い出すだけで、欲情している。

最低だ。

こんな思い、なぜしなきゃならない?
こんな思いをさせたのは、
東城が、奴が、俺の妹をとったからだ。
どうしてこんな思いをしなきゃならないんだ!
きょう一日、部屋で冷静にいられたのが不思議なぐらいだ。
だが、夜になり、今この瞬間も、美砂がすぐそこの壁一枚隔てたところにいるってだけで、俺は…。

美砂、お前は……誰のところにも、行くな。
行かないでくれ。
誰のところにも、行かせるものか。
美砂…うう、美砂。

美砂の笑顔が見たい。
以前のような日々に戻ってほしい。

1年のときに教えてもらった美砂のインスタアカウント。
その中では部活で作った料理や、それを前にした笑顔の美砂の写真もあったはず。
笑顔が見たい。
くったくのない妹の笑顔を。

だが、俺はとうの昔にブロックされ、スマホの中ですら妹の笑顔を見ることはできなくなっていた。
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登場人物紹介

山葉譲二

・やまは/じょうじ

・2年N組

・出席番号:36

・1月16日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・山葉美砂の兄

・部活は性に合わないのでやってない

・父親は樺太に赴任中で母親もたまに不在。こちらでは美砂と2人暮らしになるタイミングもある

・1年時はクラスの文化祭実行委員

・創立記念祭の実行委員

東城薫

・とうじょう/かおる

・2年N組

・出席番号:21

・2月10日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・佐伯春菜の彼氏

・山葉譲二の親友

佐伯春菜

・さえき/はるな

・2年N組

・出席番号:15

・3月22日生まれ

・16歳

・帰宅部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・東城の彼女。中学から付き合っている。小学校も同じだった

・東城、山葉の3人でつるんでいる

・父親が大手商社員

・東城の呼び方は「薫」。一人称は「わたし」

・中学時代はバレーが得意だったらしい

・山葉的には「バカそうに見えるが意思のはっきりした娘で、相手を立てるべきときはちゃんと立てる」良いやつ

・チャーミングで、ちょっとおバカで、スタイルもそこそこ

※アイコンは自作です

山葉美砂

・やまは/みさ

・1年B組

・1月22日生まれ

・15歳

・彩ケ崎中学出身

・家庭部

・電車通学

・山葉譲二の1歳違いの妹

・父の転勤の関係で1年の半分は譲二と2人だけで暮らしている

※アイコンは自作です

紅村涼子

・べにむら/りょうこ

・2年N組

・出席番号:30

・5月3日生まれ

・16歳

・彩ケ崎東中出身

・電車通学

・初期の主人公級キャラ

・ひょんなことから山葉に告って付き合うことになるが、山葉は何とか別れたいと思っている

・なんだかんだで結構可哀想な立ち位置のキャラ

・小5のときに家族の転勤で関西方面からやってきた

・メガネっ娘

※アイコンは自作です

一ノ瀬かすみ

・いちのせ/かすみ

・2年N組

・出席番号:5

・5月15日生まれ

・16歳

・茶道部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・山葉譲二の幼稚園からの幼馴染。小学校で同級だった最後は6年生で、中学3年間はクラスが同じになることはなかった。譲二の妹・美砂のことも知っている

・おとなしく、相手を慮る気持ちが強い

・自宅は彩ケ崎駅南商店街の蕎麦屋「香澄庵」

・呼びかけ方は「山葉くん」。一人称は「わたし」

※アイコンは自作です

紫村かえで

・しむら/かえで

・2年N組担任(1~3年まで同じ)

・12月6日生まれ

・25歳

・中高大とも美咲女子

・国語担当

・紫村かなでの妹

・面倒見が良く生徒みんなから好かれている

・姉のかなでと一緒に伏木教頭の伯母が経営しているアパートに住んでいる

・軽自動車のコニーに乗っている

※アイコンは自作です

紫村かなで

・しむら/かなで

・2年K組担任

・10月9日生まれ

・26歳

・中高大とも美咲女子

・英語担当

・紫村かえでの姉

・妹かえでよりは性格がきつめ

※アイコンは自作です

穐山冴子

・あきやま/さえこ

・2年N組

・出席番号:1

・7月3日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・東京市赤坂区

・一応は電車通学

・1人娘で父親は軍人上がりの華族で会社経営者。金持ち

・同じく内部生の紀伊國蓮花と中学からとても親密

・穐山と紀伊國の父親同士は実は仕事での縁が深く旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・紀伊國のことは「蓮花」。それ以外も男女問わず呼び捨て。一人称は「わたくし」

・いろんなシーンで登場する準メーンキャラ

※アイコンは自作です

鶯谷ミドリ

・うぐいすだに/みどり

・2年N組

・出席番号:6

・8月25日生まれ

・たぶん16歳

・出身中学設定なし(内部生ではない)

・自宅は東京市淀橋区

・通学手段不明

・一人称は「あたし」「あたしゃ」

・校内の情報に精通しており、ヤバい情報や資料を多数持っている敵に回してはならない女

・たまにしか登場しない

※アイコンは自作です

織川姫子

・おりかわ/ひめこ

・2年N組

・出席番号:7

・2月11日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・自宅は横濱。ここからはるばる通っている

・ティーンズ雑誌の街角美少女に選ばれたことがある

・山葉を山葉と呼び捨てで呼ぶ数少ない女子

・一人称は「わたし」

・呼びかけるとき必ず「やあ」で始まる

・登場回数は少なめ

・アイコンは自作です

柏木踊子

・かしわぎ/ようこ

・2年N組

・出席番号:8

・6月13日生まれ

・16歳

・吹奏楽部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・かすみの実家・香澄庵近くにある小料理屋の娘で、商売柄親同士も仲がいい。かすみとは幼馴染

・後半は比較的登場回数が多い

・山葉と東城に何度かぱんつを見られる

・アイコンは自作です

紀伊國蓮華

・きのくに/れんげ

・2年N組

・出席番号:10

・11月21日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・自宅は東京市麻布区

・絶えず穐山とともにいる

・穐山のことは「冴子さん」と呼んでいる

・紀伊國と穐山の父親同士は実は仕事の縁で旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・非常に清楚な出で立ちでモテるはずだが、穐山がいつもそばにいるので男は寄りつけない

※アイコンは自作です

来栖マリ子

・くるす/まりこ

・2年N組

・出席番号:12

・12月24日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・天然。ドジ。料理がゲロマズ(らしい)。憎めない性格

・入学したての主人公たちを校内探検に誘ってくれた

・物語の至る所に出没する

※アイコンは自作です

ジェシカ・ライジングサン

・6月30日生まれ

・2年N組

・出席番号:18

・16歳

・Jessica Risingsun

・アメリカ人の留学生でオタクだが、日本全般の知識が豊富

・同じアメリカ人のレナーテに誤情報を吹き込むことがあり、それが元でレナーテと犬猿の仲

・銀行支店長の家にホームステイしていたが、支店長が不正融資で逮捕され紫村姉妹の家に転がり込む

・本編での登場は少ないが番外編「紫村姉妹の居候」と「ジェシーとレナ」では主役扱い(連載が終わったら公開します)

※アイコンは自作です

慈乗院和歌男

・じじょういん/わかお

・2年N組

・出席番号:19

・10月3日生まれ

・16歳

・太刀川第2中学出身(太刀川市)

・自転車通学

・かえで先生のことが大好きな男子生徒

・中学ではバスケ部だった

・モブだったが、なんだかんだで後半は重要な役割を持つ

・親が、生まれるのは女の子なので「和歌子」って名前にしようと決めていたが、男だったのでヤケクソで和歌男にしたらしい(ただし風説の類)

船橋弥生

・ふなばし/やよい

・2年N組

・出席番号:29

・1月28日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(御山、吉村と同じ)

・体型はちょっと太めらしい(山葉の見立て)

・物語後半での登場頻度が非常に高いキーキャラ

※アイコンは自作です

御山沙貴子

・みやま/さきこ

・2年N組

・出席番号:33

・8月15日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、吉村と同じ)

・バレー部(後に主将)

・電車通学

・物語のとても重要な人物

・1年のとき山葉に着替えを覗かれて以来、山葉のことを徹底的に敵視している

・とても執念深い性格

・同じ中学出身の船橋による中学時代の回想が恐ろしい

※アイコンは自作です

吉村莉緒

・よしむら/りお

・2年N組

・出席番号:38

・11月7日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、御山と同じ)

・母親は死んでおり父親が男手ひとつで育てた。学費免除の特待生で入学

・実は美形

・おとなしい性格でクラスでも仲の良さそうな同級生はいないようだが、後半から出番が増える

※アイコンは自作です

レナーテ・バックマン

・2年N組

・出席番号:40

・2月24日生まれ

・16歳

・Renate Bachmann

・セミロングの金髪で青い目。日焼け対策で夏でも白の中間服を着ている

・横里米軍基地の軍医である父親について母と妹とともに日本に来たので留学ではない

・中学までは基地内のスクールだったが高校から神姫に入った

・兄もいるが本国で大学生

・ジェシカにはめられ変な日本語で恥をかかされることが多い

・春菜と仲がよくお泊まりに来たこともある

・日本語で「小川麗菜」という当て字の名前を持っている。ジェシカと吉村が考案したもの

※アイコンは自作です

小錦厚子

・こにしき/あつこ

・理事長兼校長

・誕生日設定なし

・年齢不詳だが60歳は超えてるだろう(山葉の想像)

・かつては国語教員だった

・なぜだか男には「セニョール」と話しかける(が、スペイン系ではない)

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