第23話:バイトでの騒動
文字数 3,496文字
夏休みに入ったので、みんなそれぞれに忙しい。
俺は東城と春菜に誘われ、美咲元町駅前のVipバニーズでバイトを始めた。
東城はウエイターで春菜はもちろんウエイトレスだ。
俺も一応ウエイターだが、その日の状況によっては倉庫整理や掃除、駅前でのビラ配りなんかもやらされてる。
このファミレスは制服の可愛さが人気で、付近の女子高生もバイト先に選ぶことが多いという。
現に、元町実業や美咲商業、それに師範とか女子高師と略される武蔵女子高等師範学校付属女学校の連中も来ていて、数少ない他校生徒との接触のチャンスってわけだ。
なかでも師範は姫高が共学になるまでは、地元で人気を二分した女学校だけあって、期待も膨らむ。
平成の御世にあって、制服が今でも着物に袴というのがすごい。
これ着たさに受験する子もいると聞くが、そんな動機だけではとてもじゃないが入れないレベルなんだという。
こんな女学校の生徒がファミレスでバイトなんかしていいのかと、他人事ながら心配になってくる。
ちなみに姫高は、バイトは本当なら禁止らしいが、言ってもやめないため、半ば暗黙の了解になっている。
俺たちのような帰宅部の連中はバイトにいそしめるが、部活の連中はそういうわけにもいかず、やってもせいぜい短期で日銭の稼げるものになるようだ。
美砂は相変わらず家庭部の部活にいそしみ、体育会系の穐山や御山は練習や合宿に行ってるみたいだ。
「おい、山葉、今入ってきた2人連れ。かわいくないか」
「ん? おお、あれか! なかなかだな」
「オレは右側のセミロングかな」
「そうだな、俺は……やっぱ一緒」
「ちょっくらオーダー取ってくるわ」
なんてことをやりながら一日が過ぎていく。
もちろん、こんなことばっかやっているとマネージャーの怖いお姉さんに怒られるので、しょっちゅうではないが。
ま、エアコンも効いてて快適な職場であることに変わりはない。
ミニのメイド服のような制服は彼女たちによく似合う。
それ目当てで来る野郎の客も多いため、実は俺たち男のバイトには特別な役目がある。
こういう客には女の子はオーダーを取りに行かず、なるべく俺たち男性スタッフが当たるようにしているのだ。
客とはいっても、中にはコーヒーだけで2、3時間粘る連中もいる。
最後の方は呼ばれなきゃ水のお代わりも持っていかない。
そんなこんなでバイトを始めて1週間が過ぎた。
出校日に発表されたテスト結果も東城と春菜はよほど強運だったのか、ぎりぎりセーフだったようだ。
お盆の前に行われるクラスの夏合宿までまだ2週間。
補習に出る必要もなく心置きなくバイトに勤しめるわけだ。
そんなある日、朝からのシフトで店に入ると店長の風祭さんに呼ばれた。
今日から1人バイトが来るので、いろいろ教えてやってほしいという。
東城や春菜は午後からのシフトなので今はいない。
そこで俺にお鉢が回ってきたってワケ。
二つ返事で引き受け、ウエイターの制服に着替えてから再び事務所のドアをノックした。
「どうぞ~」
風祭さんの返事を聞き、ドアを開ける。
事務所内に入ると、
「あ、山葉くん」
そこには涼子がいた。
涼子はいかにも意外だといった顔つきで驚いて見せた。
しかし、直感で分かった。
知ってて来たんだ。
「あら、2人とも知り合い? そっか、学校同じだもんね」
風祭さんは、俺のこんな気を知るわけもなく涼子にシフトの説明をしている。
ある程度説明が終わると、涼子に出やすい時間を尋ねた。
彼女は朝からフルタイムでOKだという。
それを聞き少し悩んだ末、風祭さんは涼子を俺と全く同じシフトにしてしまった。
「クラスも同じなら、いろいろ聞きやすいでしょ? バイトするなら少しでも知った人が近くにいた方が紅村さんも安心よね。私もその方が助かるし」
俺は?
俺の意見は?
俺の意志は? 考えは?
聞く耳以前に、聞くということを思い付きもしないようだ。
バイトという性格上反論することもできず、「これでいいかしら」ではなく、あっさりと「じゃ、今日からこれでお願い」されてしまった。
かくして俺のバイト生活には、絶えず涼子がついて回ることになった。
開始も一緒。
終業も一緒。
ウエイターをやる日は涼子はウエイトレス。
倉庫整理をやるときは涼子も倉庫整理。
皿を洗えば隣で涼子も皿を洗っている。
辞めたろか!
そんな毎日が続いた。
最初はオーダーの取り方やトレーの持ち方、コーヒーのお代わりを勧めるタイミングや倉庫整理のコツなんかを、それこそ手取り足取り教えてやったので、今では涼子も要領よくこなせるようになってきた。
俺は決めた。
こいつと一緒に仕事をしてもしなくても、もらえるバイト代に変わりはない。
だったら、少しでも多く涼子に仕事をさせようと。
俺が10回オーダーを取りに行くなら、涼子は20回だ。
俺が皿を100枚洗うなら、あいつには200枚洗ってもらおう。
俺がパスタソースの缶を二つ運ぶなら、彼女はホールトマトの缶詰ぎっしりの段ボールだ。
でなきゃやってられん。
ああ、鬼とでも何とでも思ってくれ。
いやむしろその方が助かるぞ!
そう思うと逆に仕事が楽しくなってくるからたまらない。ケケケ!
俺は、傍目には非常に熱心に指導するフリをして、その実、思いっきり涼子をコキ使ってやった。
◇ ◇ ◇
夏合宿がいよいよ来週に迫ったある日。
その日も俺は涼子とフロアにいた。
今日は時間が同じなので、東城と春菜もいる。
夕方の4時近くという、もっとも中途半端な時間で店内は空いていた。
その3人組の若い男の客は、昼過ぎからコーヒーだけで粘り続け、通りかかるウエイトレスをからかっている。
私服ではあるが、あのガラの悪さはどうやら
俺と東城はマニュアルに従って、飲み物のお代わりはもちろん、水すら持っていかずに放置していた。
「おい、水ぐらい持ってこいや」
その中の1人がついにキレた。
持って来いと言われれば、こんな客でも相手はしなくてはならない。
「仕方ねえなあ」
東城は忌々しそうにつぶやくと、水の交換に行ったが、こいつらのイライラは収まらなかったようだ。
「お前、なめとんのか。ワシら客やぞ、こら」と東城の胸倉をつかんで、毒づいた。
「気が付きませんで申し訳ありませんでした」
「申し訳ないやと? だったら態度で示さんかい」
「…ただいま、お飲み物もお持ちしますので」
「飲み物やとぉ? そんなもんいるか、ボケぇ! ここで土下座せえや! ワシらに手ぇついて謝れや、こらぁ。客ないがしろにしくさって、落とし前じゃあ」
他の2人の男はタバコを吸いながらニヤニヤしている。
「……」
「何黙っとんじゃ、ワレ? 耳ないんか、あ?」
男はそう言うと、東城の髪の毛をつかみ、額をテーブル叩きつけた。
見ていた俺の怒りは瞬時に沸騰。その場に向かおうとしたときだった。
男たちの後ろの席から、食器を下げて戻ってきた涼子が、コップの中の残り水を、わめいている男の頭にぶっかけた。
「そんなに水欲しいならくれてやるわよ!」
「何しやがんだ、このクソ女ぁ!」と言うが早いか、男は手の甲で涼子の顔を殴りつけた。
「てめえ!」
男の肩に手をかけると、東城の拳が顔面を捉えた。
東城の腰に他の男が蹴り込もとしたところに、駆けつけた俺が膝蹴りを加えた。
涼子は唇を切り、血を出したままうずくまっている。
「何すんのよ!」
春菜はステンレス製の丸いトレーを男の頭に叩きつけたが、逆にトレーを取り上げられ、思いっ切り顔面を張られてテーブルに頭を打ちつけ昏倒してしまった。
「春菜!」
春菜が倒れ、逆上した東城は相手に殴りかかろうとしたが…
俺たちは威勢は良かったものの所詮軟派なのでケンカは弱い。
最初の1、2発はパンチを当てることはできたが、それは相手に体勢ができていなかったから。
奴らは沿線でも有名な不良高の生徒だ。
こんなパンチ効くはずもなく、俺も東城も、ものの10秒で形勢が逆転した。
東城は2人がかりで殴りつけられ、倒れている春菜の上に屍を晒した。
なおも、男たちはうずくまったままの涼子を蹴りつけようとする。
「やめろ!」
俺は、とっさに涼子に覆いかぶさった。
そのまま四方八方から蹴りを入れられ、意識が遠くなってきた。
遠くでサイレンの音がする。
救急車かな。
パトカーかな…
・・・カッコわりぃ
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「・・・じょうぶ? 大丈夫なの? ずいぶん派手にやられたわね」
俺が薄目を開けたのに気付き、女の人が声をかけてきた。
「んっ…痛てっ」
「骨は折れてないから、大丈夫よ」
「ん、んん…みょ、妙見…先生?」
「やっと、気がついたわね」