第7話:出待ち
文字数 3,012文字
対策会議の日から、かれこれ2週間ほどたった。
6月ももうじき終わる。
口止め工作もうまくいったみたいで、俺と涼子のことも変なウワサにはなっていない。
春菜によると、生徒たちの間でその件が話題に上ることも全くないという。
俺は東城たちに相談した翌日、付き合う気はないと涼子に伝えた。
別に、泣かれたり、すがりつかれたり、喚き散らして理由を問い詰められるような修羅場にもならず、拍子抜けするほどあっさりとした結末だった。
その日の朝、たまたま昇降口で涼子に会ったとき、身構えることもなく「君と付き合う気はない。時間を無駄にさせてしまいごめん」という言葉が出たのだった。
まさか、こんなにも早く伝える日が来るとは自分でも思っていなかった。
不意に遭遇してしまい、何も心の準備ができていなかったのが逆に良かったのだろう。
もし、あの時言わずに、休み時間に言おう、帰りに言おうとかウジウジしていたら、結局言えなかった気がする。
俺も確かに迂闊とはいえ承諾するような返事をし、プールに一緒に行ったり水着選びを手伝ったりと涼子に勘違いさせることをしたのは事実だし申し訳ないとは思う。
しかし本命が別にいる以上、傷が深くなる前に下げるべき頭は下げ、涼子の時間を削り取らないためにも良かったんじゃないかと思っている。
涼子も一瞬寂しそうな顔はしたが、あっさり「分かった」と引き下がったのだった。
今日も朝から天気がいい。
本当は梅雨のはずなんだが、ここ数日は一滴も降ってなくって、空は真っ青だ。
4時限目は英語。
かえで先生の姉・かなで先生の授業だ。
なんか、えらく発音もよく英文の一節を読んでいる。
「同じところを…」
ヤバ、当たりませんように。
思わず顔を伏せる。
「はい、一ノ瀬さん、読んで」
かすみが当たっちまったようだ。
ここから右斜め前3人目のところに、かすみの席がある。
かすみは起立すると、教科書を両手で持ち、かなで先生の読んだのと同じ一節を読み始めた。
う~む。軍配はどう考えても、かなで先生だよな。
そりゃ仕方ないか。
年季が違うんだし。
かすみか…
あいつ、小さいときから緑色のリボンをつけてたな。
今でも変らず、テールの付け根を彩ってる同じ色のリボン。
幼稚園からずっと小学校も中学校も一緒のところだったが、まさか、高校まで一緒とは。
あいつは好きな男とかいないのかな。
俺のことはどう思ってるんだろう。
ただの幼馴染かな。
嫌だな。
今のままじゃ。
帰りに…誘ってみようかな。
茶道部だよな。
今日も部活あるんだろうな。
急に誘ったら変かな?
う~ん。
「はい。さっきのところ、テストに出るから。忘れないようにね」
かなで先生の声で我に返ると、かすみはとっくの昔に教科書を読み終わって、もう終業のベルも鳴るって時間だった。
テストに出る? さっきのところ?………ねーじゃん!
くそう、またかよ。
あの姉妹、俺を狙ってるだろ!
仕方ねえ、また春菜か東城に…………………ん?
「これだっ!」
俺は思わず叫びそうになった。
これだよ、これ。
かすみに聞こう。
だって、あいつ英語得意じゃん。
得意なんだから聞くって理由だ。
現に、俺はどこがテストに出るのか知らんわけだし。
そもそも、東城や春菜に聞くより、はるかにノートの内容は正確なはずだ。
あいつら、いい奴なんだが勉強ではアテにならんからなぁ。俺が言うのもナンだが。
ま、そうと決まればさっそく昼休みにでも聞こう。
普段でも話すことはあるんだから、別に唐突ってこともないだろう。
よし!
終業のチャイムが鳴り、昼休みになった。
弁当かな? 売店に行くのか、それとも学食か。
席を立ったぞ。
弁当じゃないのかな。
廊下に出たぞ。
後をつけてみる。
階段の方に歩いていく。
こりゃ、売店か学食ってパターンだな。
ん? なんだトイレかよ。
出てくるのをここで待つのもなんだかなぁ。
てか、これじゃストーカーじゃねーか!
何やってんだ俺。
もっと自然にできんのか。
幼馴染で今までだって普通に話せたのに。
くそっ。
結局、かすみに話しかけたのは帰りのホームルームが終わってからだった。
部活に行く前の彼女を呼びとめ、ノートを借りた。
それほどの量もないため、すぐに書き写し、その日のうちに部活帰りのかすみに返すというわけだ。
そのまんま「じゃあね」もないだろうし、成り行きで一緒に帰ろうということになるだろう。
お礼におごるとか言って、そのままバーガー屋かファミレス直行さ。
うん、実に自然だ!
◇
◇
◇
俺は正面入り口近くにある噴水のところで待っていた。
別に校門のところでも分かりやすくていいんだが、あまりにも「誰かを待ってます」光線が強すぎ、趣味じゃない。
茶道部は体育館の隣の部室棟にある。
噴水からだと、遠いとはいえ部室棟を出て歩いてくる生徒が見えるので好都合ってわけだ。
午後5時半になった。
茶道部はいつも、だいたい5時過ぎには終わるって聞いたが、彼女の姿はまだ見えない。
非常階段を除けば部室棟の出口は一つしかないから見失うはずはないだろう。
まだやってるのかな。
6時。
まだ日は高いから、そういう意味で焦りはないが、ちょっと遅いなあ。
夏季の下校時間は特段の事情がない限り6時半と決められている。
俺は業を煮やして見に行くことにした。
他の部活の連中は三々五々帰っていくところだ。
お、あれは茉莉奈先輩だな。
3年生。
アーチェリー部主将。
本校始まって以来の国体選手で、背が高く、見た目もかっこいい。
少女歌劇の男役みたいで、下級生女生徒の憧れの的だ。
茉莉奈先輩に近づきたいが故にアーチェリー部志望の生徒が殺到したため、入部制限までしたって話だ。
ごたぶんに漏れず、きょうも周りには女生徒たちが群がって、まるで親衛隊だ。
俺は部室棟の方に近づいていった。
茶道部には顔の分かる子もいるから、見つけたら聞いてみりゃいい。
でも、知った顔はなかなか現れず、時間だけが過ぎていった。
部室棟の横には体育館がある。
夏なので両開きの大きなドアを開け放っているため、床でボールの跳ねる音や気合のこもった声が聞こえてくる。
俺は部活は性に合わないんでやってないから、授業でもない限り体育館に近づくことはない。
「にしても遅いな」
ぶつぶつ言いながら、部室棟の横に回りこんでみた。
茶道部は一階にあり、窓の内側が障子になってるのですぐ分かる。
様子が分かるなら、ちらっと見てみようと思ったのだ。
…ぽんぽん、ぽん
体育館の方からバレーボールが転がってきた。
「何だよ。ちゃんキャッチしろよな…って、ボール受け取るスポーツじゃないか」
俺はそのボールを拾った。
投げ返そうと立ち上がるとボールを追ってきた女生徒と目が合った。
と、そのとたん…
「きゃあああああ! ノゾキ! チカン! また来た~! 御山せんぱーい! みんなー! 助けてぇ! 犯される~っ!」
し、しまった!
俺はバレー部の連中に集団リンチされたのをうっかり忘れてた。
でなきゃ、こんな!
だれが好き好んでバレー部が練習やってる体育館なんかに近づくかよ。
てか、犯されるって何だよ!
俺は御山を覗いただけだってーの。
わらわらわらわら
御山を先頭に、殺気立ったバレー部の連中が怒涛のごとく飛び出してきた。
鉄パイプやバットに刺股、中にはどこで調達したのか、魚を突くモリを持ってる奴までいる。
助太刀か? 剣道部や空手部の連中までいるじゃないかっ!
なんでこうなるんだよぅ…
きょうは何もしてないじゃねーか。