第73話:新しい席
文字数 3,928文字
「なんだか今年も女子が大半なのね、この学校」
「男子が一割って、学校も売り込みが下手よね」
「卒業式の茉莉奈先輩、素敵だったわぁ」
「でもこれでアーチェリー部も入部希望がガクンと減るんじゃない」
「ねえ、オーストラリア行ったんでしょ、いいなぁ、どうだった?」
「じゃじゃーん、はい!お土産」
無事に3年生になり、最初の日。
始業式も終わり、去年より一つ上のフロアに移った俺たちN組は相変わらずの面々だ。
創立者の妙なこだわりで、1年から3年までクラス替えが行われない神姫高校。
これは脈々受け継がれている不変の伝統。
ほとんどエスカレーターで上の大学に入れるため、受験の年という妙な切迫感もなく、最終学年になったという気分はまるでない。
もちろん全員が系列大学を希望するわけはなく、帝大や難関私立を目指す連中もいるには、いる。
そんな生徒のため、2年になるとき、成績が優秀だと希望により特進クラスに移ることもできるのだが、このクラスにはそんな気概のある生徒は一人もいなかったと見えて、ついに同じメンツで3年目に突入だ。
「山葉、1年のI組にめっちゃカワイイのが入ったって知ってるか?」
「イザベルに?」
「おう。外部生らしくてな。前の中学んときから美少女モデルとかやってたらしいぜ。いきなり廊下に人だかりだったぜ」
だから2年生のときの延長線上で、昨日の続きのように、なんの違和感もなくこんな話になる。
そこがまた、いいんだけどね。
「しっかしよ、今度はどこに座るのかね」
とりあえず手近な机の上に腰掛け、東城は教室内を
俺も一列後ろの机にもたれかかり、見慣れた女生徒たちの顔を眺めた。
東城とは2月の復帰の日にファミレスで喧嘩になってしまったが、何となく「ヨリ」が戻った。
クラスも変わらず、この先1年同じ教室で過ごすことを思い、どちらから言うともなくお互いが謝ったのだ。
変わらないのは生徒ばかりではない。
担任も3年間持ち上がり。
最終学年も、かえで先生のお世話になる。
「はーい、とりあえず2年と同じ席に座ってちょうだい」
喧騒の中、教室に入り生徒を静めるかえで先生。
HRが始まる。
「きょうはホームルームだけ。新しい教科書を配布して、そのあとくじ引きで席替えよ。あしたから授業だから、いきなり教科書なくさないようにね。まずは…」
席替え。
席にふられた数字のクジを引いたら、目が悪いなど特段の理由がない限りその場所に決まる、実に単純なものだ。
本来なら、男子の後ろは女子、女子の後ろは男子が座り千鳥配列になるようにと学校側は考えていたらしい。
しかし、男子が目論見どおり集まらず、40人のクラスで男子は俺を含めわずか8人。
これは他の学年やクラスでも同じような状況だ。
そのため、くじ引きとはいっても男女隣り合って座れるよう、男子の隣が男子になってしまった場合は前後を入れ替えてずらす念の入りようだ。
だから男子の隣は絶対に女子が来るという、男にとっては実にありがたい状況が出来上がっている。
だが御山のように俺を嫌っている奴が隣に来ないとも限らず、手放しでは喜べないのも事実ではあるが。
姫高の教室机は変わっている。
俺たちがいた中学までは机は1人に1台でそれぞれの間には人が通れる通路のような隙間があった。
たが、ここでは長机を生徒2人で使っているのだ。
長机1台に椅子は2脚で1セット。
40人分だから机は20台必要というわけで、外側と中央が7台ずつ、廊下側が6台となっている。
番号は後ろから見て左先頭が1番で、そのまま後ろに7番までカウントアップし、1番の横は8番に、2番の横は9番になって14番まで。
中央の席は15番から21番までの列と、22番から28番までの列。
残った通路側6台のところは29番から34番までと、35番から40番までということになる。
ただし春菜が転校して39人になっているため、40番は欠番扱い。
目指すは一番後ろの窓際、今座っている去年と同じ7番だ。
あのときは近くにかすみや来栖、織川にレナーテといった面々がいたが、果たして今年は。
ある意味、1年の運がかかっているくじ引きだけに、引く手にもおのずと力が入る。
クジの入った箱を持ってかえで先生が回る。
引いたクジを開いてさっそく席を確認する奴。
席は分かっても、隣が誰なのかすぐには分からない。
引いたクジを持って、いったん全員で廊下に出る。
教室内から番号を呼ばれ、新しい席に着くという仕組みだが、先生も年に一度のこのイベントをゲームのように楽しんでいるフシがあり、呼ばれる番号は完全にランダムで、9番や31番といった脈絡のない番号の生徒が次々教室に入っていく。
俺はあろうことか、15番。
アリーナ最前列かよ!
これじゃ居眠りなんかできやしない。
「おめー、何番よ」
ニヤニヤして東城が話しかける。
「サイテーな場所。東城は?」
「聞いて驚くなよ。7だ」
「ちっくしょう。画鋲仕掛けとくんだった」
「へへっ」
「はい7番の人」
「じゃな。行ってくるぜ」
東城は足取りも軽く、「はーい」と返事をすると嬉々として席に向かっていった。
◇ ◇ ◇
ある程度席が埋まると、廊下では「花家さんだ」とか「あ、盛岡君」などと新しい隣人の名を確認する小声が飛び交う。
「では、15ばーん」
「はいはい」
せめて、かすみであってくれれば。
でなきゃ、こんな席やってられん。
淡い期待を胸に、俺は「サイテーな場所」へ向かった。
すべての席順が明らかになり、悲喜こもごもといった空気が支配する教室。
俺の隣は、
「なんだ、貴様か」
穐山だった。
女にしか興味のない穐山。
これでは隣に男が座っているのと何ら変わらない。
しかも去年学級委員だった真面目な穐山は容赦がなく、授業をサボれば確実に咎められるだろう。
なんてこったい!
真後ろは柏木で、その隣は・・・涼子。
通路を挟んだ左隣は韮崎で、運のなさ、ここに極まれり。
翻って東城の隣は、あろうことか御山だった。
澄ました顔をしているが、きっと舞い上がりそうになっているであろう、御山と東城。
東城の前はかすみで、その隣は吉村。
通路を挟み、御山の隣は慈乗院の席で、その横には神川。
世の中、不公平の塊だ。
「さ、みんな納得したわね。周りの人と協力して、楽しい1年を過ごしてちょうだいね」
かえで先生は呑気なもんだ。
周りの人と協力っていっても、直近の男パワーは俺しかいない。
協力させられるだけだぞ、この俺は。
だいたい、レナーテとジェシカが並んで座ってるし、あそこはどう見ても火薬庫だろう。
間違いなく、今日中に何か起きるね。
「それと、今年は知ってのとおり創立120周年よ。秋の文化祭は期間を拡大して創立記念祭になるわ。それだけでなく、系列各校との拡大交流や学校対抗運動会に音楽会など、毎月何かのイベントがあるの。神姫は学園で一番最初に開かれた基幹校だから、リキ入れてかかるわよ」
席替えの余韻も冷めぬうち、かえで先生から告げられたイベントラッシュのカレンダー。
そうだ。今年は10年に一度行われる、規模の大きな創立記念祭の年だったんだ。
10年に一度だから校内に経験者は誰もいるはずはなく、中学、高校、大学をすべて系列で過ごしたとしても、ストレートでなら1度しか体験できない一大イベントがある。
まあ、文化祭に毛の生えた程度と言ってしまえば、それまでなのかもしれないが、通常の文化祭が2日間の日程なのに対し、今回のは5日間。
出し物だって、それなりのインパクトが必要だろう。
体育祭も、学校対抗と謳っているとおり、系列校の選抜チームが対戦する結構マジなやつだ。
「そこで、通常は学級委員の正副2人がそのまま文化祭実行委員にもなるわけだけど、今回はそれ以外に記念祭実行委員として2人、計4人の委員を決めなければならないの」
「え~4人?」
「私、部活あるからダメだよ」
クラスにヒソヒソ声でどよめきが起きる。
「4人今すぐ揃わなきゃならないことはないんだけど、学級委員はできればきょう決めたいわね。誰か、いるかしら?」
さっきまでの声は消え、みんなはとたんに横を向き、われ関せずといった風だ。
慣例として1年と2年の各学期で委員をやった12人は除外されるから、残りは27人。
学祭を楽しみたいとはいっても、放課後が犠牲になる日が多い。
早く帰りたい帰宅部の連中もそうだが、部活をやってる連中だって忙しい。
手なんか挙げるお人好しがいるとは思えない。
静まり返る教室に、
「私が、やります」
という声が響いた。
一斉に声のした方を振り向くクラスメート。
その視線が集中した先には、御山がいた。
「私、部活やってないですし」
「ありがとう、御山さん。じゃあ、御山さんは学級委員長をお願いするわね。あとは、副委員長だけど」
ホッとすると同時に再び静まる教室。
探すように見回すかえで先生。
「いなければ、こちらでの指名になるわよ」
硬直する生徒ら。
俺なんか先生の真正面だから、必死に下を向き、目に入っているのは机の木目だけだ。
「じゃあ…」
ごくり。
うつむいているので、先生の視線が見えない。
まさか、俺じゃないよな。
「東城くん」
これはきっとかえで先生なりの配慮だ。
東城は2年生の最後に問題を起こし謹慎処分になった。
そのまま謹慎明けも休み続け、学校からの評判も決して良くはない。
そこで、彼に名誉挽回のチャンスを与えようとしたに違いない。
「御山さんと席も隣だし、やってくれるわね?」
「わ、分かりました」
「ありがとう。じゃあ、この2人に学級委員をお願いするけど、異議のある人はいない?」
「いませーん!」
一瞬にして出来上がった無責任な意見の一致。
御山と東城の学級委員が誕生した。
「きりつ」
ホームルームの終わり。
御山の号令が響いた。