第85話:春菜への思い

文字数 3,022文字

<5月28日 月曜>

北麗からやってきた生徒は36人。
あちらは各学年4クラスで、1クラスから3人。
これが1年から3年までなので36人という計算だ。
きょうから7日間、神姫で交流と称し、授業や部活に参加したり、週末に行われる音楽祭を鑑賞したりするほか、水曜日には校庭でキャンプファイヤーも計画されており、プチ学祭気分で盛り上がっている。

だが、系列でカリキュラムも同じとはいえ、相手は女子高。
あまりバカなことは出来ないだろうな。

「こう言っちゃなんだけど、あちらはかなりのお嬢様学校よ。失礼にならない程度に仲良くしてあげて」

ホームルームでかえで先生が言った意味もよく分かる。
でも、気になるよな、やっぱり。

N組では4人が同じ授業を受けることになり、机と椅子が追加でセットされた。
1週間限定の席替えも行われ、北麗の子たちも適当にバラけて座っている。
すでに打ち解けたのか、早々とトークの友だち登録をする姿も見られる。

北麗か…

春菜のこと、東城には伝えられないままきょうまできてしまった。
さすがに悪いと思い、先週金曜の晩、春菜にはメッセを送った。

東城に渡せず、いまだ手元にある彼女の手紙。
そして俺が撮ってきた写真。
メッセージを打ちながら、ふと、この写真を見てみる。
樺太から帰った後、東城に渡そうと思いプリントしたものだ。

「やっぱりあれ、渡さなくていいよ。ごめんね」

春菜からの返事は、こう締めくくられていた。
あれを渡したらお別れの写真みたくなっちゃうから、という理由で。
あいつらしい考え方だな。
きょうも辛いこと、あっただろうか。
慰めにもならなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「今、何してる?」

返信を送ってみる。

「お風呂出たところ。髪を乾かしてるの」

あっけらかんとして、なんか、恋人からの文面みたいだ。
もう一度写真を見てみる。

春菜とは長い付き合いだな。
その大半は東城の彼女としての付き合いではあったけれど、チャーミングで、ちょっとおバカで、スタイルもそこそこで、もし、東城がいなかったなら、ひょっとして俺の彼女になっていた可能性だってゼロじゃあないだろう。


北麗の子たち。
みんな笑顔で、優しそうに見える。
あの中には春菜のことを知っている生徒もいるだろう。
春菜のこと、どう思っているんだろうか。

昼休み。
北麗の4人を食堂に案内することになった。
学級委員長の御山と、副委員長の東城がリーダーで、大テーブルは12人がけなので、残り6人を募集。
その6枠に、俺、かすみ、来栖、慈乗院、吉村、そして柏木が加わった。
何のことはない、よくあるメンバーだ。
事が事だけに、この期間は北麗の子と一緒だからという理由があれば、食堂のテーブルすら予約ができてしまうのだ。

「どうですか? ここの食堂」

来栖が例によって、あまり的確でない質問をしている。
「どう」と言われても、味なのか、雰囲気や設備を指しているのか、答えにくいだろうに。

「非常に明るいですし、おいしいですね」

4人の中でもリーダー格と思われる眼鏡の娘・佐々木玲子が答える。
終始笑顔だ。
でもま、そりゃ悪口は言わないだろうな。

「北麗にも学食あるの?」
「ありますけど、狭くって。教室でお弁当という場合が多いですね」

慈乗院の質問にも的確な答え。
成績とかは知らないが、交流に出すぐらいだからクラスでも優秀な方なんだろうな。
そんな姿を見るにつけ、春菜のことが頭に浮かぶ。
本当に春菜は…

「あの、佐伯さんってご存知ですか?」

かすみが切り出した。

「佐伯さんって、ああ、佐伯春菜さん、ですね?」
「ええ、そうです。彼女、私たちのクラスだったんです」
「あら、そうなんですか」

「いや、俺たち、このグループの大半は春菜とつるんでたクチでさ」

東城の方をちらっと見ながら、続けてみた。
彼はこちらのやりとりを見てはいるが、話に乗る気配はない。

「春菜さん、元気にやってますか?」

吉村が質問を加える。
東城何やってるんだ。
お前が聞かなきゃいけないだろうが。

「ええ、とても明るくって、元気ですよ」

なんだか、得体の知れない不快感に襲われる。
この胸クソの悪さ。
事実を知っているのが俺だけというのがもどかしい。
何が明るく元気だ。
この女生徒が直接手を下しているのか、傍観しているのか、そんなことは分からない。
もちろん「彼女のことみんなで無視して楽しんでます」なんて答えるわけもないが、それにしてもだ。
もう一人の北麗の子が、窺うような目で玲子の方をちらっと見る。
俺は確信する。

「じゃあ、春菜さんのカレシさんは、この席に?」

笑顔を絶やさぬまま、眼鏡の秀才肌が男子3人を品定めするように眺める。
嫌な雰囲気だなんて思ってるのは俺だけなので、ほかの連中は気にするでもなく、一斉に東城の方に顔を向ける。

「ああ、あなたですか。東城さん‥っておっしゃるんですよね?」

東城は、返事はせず軽く会釈で済ます。

「帰ったら、東城さんに会ったって、お伝えしますね」

玲子の妙に悟ったような物言いが気に障る。
1週間もいるんだ。
いずれこの話題も出ることになったろうが、俺は見たくなかったというのが正直な感想だ。

そんな気分とは裏腹に、会話はその後も続いていく。

「樺太って寒いんですよね、やっぱり」

慈乗院が真剣な眼差しで質問する。
そういえば、来月の返礼訪問には慈乗院も名を連ねてたっけ。
ほかは、来栖、穐山、そしていっときは他の人選が進められたが無事に復帰した御山。
以上の4人だ。

「寒いですよ。真冬は昼間でも零下15度ぐらいになるのがしょっちゅうです」
「ええっ!? マイナス15度」
「はい。夏が来るのも遅いですから、衣替えは7月です。でも、9月にはもう、冬服に逆戻りですけどね」

「衣替えといえば、北麗はブレザーなんだね」

今度は柏木だ。

「昔は皆さんと同じデザインのセーラー服だったそうですよ」
「どうして変えちゃったんだろう」
「セーラー服では重ね着とかしにくいじゃないですか。冬の温度調節がしやすいようにという理由だったそうです」
「へえ、でもかわいいブレザーだね。よかったら一度、制服交換しない?」
「ええ、面白そうですね」

玲子は笑顔を絶やさない。
だが、心の底から笑っているというより、腹の中では全く別のことを考えていそうな感じだ。
これは、俺が春菜のことを知ってしまったから、見方がうがっているということでもないと思う。

「ども。春菜がお世話になってます」

いつの間に席を立っていたのか、東城がコーヒーを4つ盆に載せて戻ってきた。

「これは?」

玲子もさすがに驚いたか、きょとんとしている。

「いや、お近づきのシルシにと思って」

女に甘い東城が本領を発揮した。
ほかの3人にもコーヒーを渡すと、「オレのおごりっすから」とニカニカしている。

「ええ、東城ぉ~、わたしのは?」

柏木が不満そうに手を伸ばすが、「ねーよ」とそっけない。

「いただきます。ありがとう」
「ありがとうございます」

玲子初め、北麗の子たちにお礼を言われ照れる東城。
『春菜がお世話になってます』か。
御山と付き合っていた彼だが、ちゃんと今も春菜のことを考えてるんだな。
東城は春菜の現状を知らない。
知らないでいて、こういう行動を取ったんだから、これはやはり本物だ。
下心とか、そんなんじゃなく、春菜のことを考えて北麗の4人にコーヒーをご馳走した東城。
こいつ、意外にいいとこあるなじゃないか。

玲子の話に空々しさを感じていた俺だったが、何となく雲が晴れていくような嬉しい気分になっていった。
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登場人物紹介

山葉譲二

・やまは/じょうじ

・2年N組

・出席番号:36

・1月16日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・山葉美砂の兄

・部活は性に合わないのでやってない

・父親は樺太に赴任中で母親もたまに不在。こちらでは美砂と2人暮らしになるタイミングもある

・1年時はクラスの文化祭実行委員

・創立記念祭の実行委員

東城薫

・とうじょう/かおる

・2年N組

・出席番号:21

・2月10日生まれ

・16歳

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・本作の主役

・佐伯春菜の彼氏

・山葉譲二の親友

佐伯春菜

・さえき/はるな

・2年N組

・出席番号:15

・3月22日生まれ

・16歳

・帰宅部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・東城の彼女。中学から付き合っている。小学校も同じだった

・東城、山葉の3人でつるんでいる

・父親が大手商社員

・東城の呼び方は「薫」。一人称は「わたし」

・中学時代はバレーが得意だったらしい

・山葉的には「バカそうに見えるが意思のはっきりした娘で、相手を立てるべきときはちゃんと立てる」良いやつ

・チャーミングで、ちょっとおバカで、スタイルもそこそこ

※アイコンは自作です

山葉美砂

・やまは/みさ

・1年B組

・1月22日生まれ

・15歳

・彩ケ崎中学出身

・家庭部

・電車通学

・山葉譲二の1歳違いの妹

・父の転勤の関係で1年の半分は譲二と2人だけで暮らしている

※アイコンは自作です

紅村涼子

・べにむら/りょうこ

・2年N組

・出席番号:30

・5月3日生まれ

・16歳

・彩ケ崎東中出身

・電車通学

・初期の主人公級キャラ

・ひょんなことから山葉に告って付き合うことになるが、山葉は何とか別れたいと思っている

・なんだかんだで結構可哀想な立ち位置のキャラ

・小5のときに家族の転勤で関西方面からやってきた

・メガネっ娘

※アイコンは自作です

一ノ瀬かすみ

・いちのせ/かすみ

・2年N組

・出席番号:5

・5月15日生まれ

・16歳

・茶道部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・山葉譲二の幼稚園からの幼馴染。小学校で同級だった最後は6年生で、中学3年間はクラスが同じになることはなかった。譲二の妹・美砂のことも知っている

・おとなしく、相手を慮る気持ちが強い

・自宅は彩ケ崎駅南商店街の蕎麦屋「香澄庵」

・呼びかけ方は「山葉くん」。一人称は「わたし」

※アイコンは自作です

紫村かえで

・しむら/かえで

・2年N組担任(1~3年まで同じ)

・12月6日生まれ

・25歳

・中高大とも美咲女子

・国語担当

・紫村かなでの妹

・面倒見が良く生徒みんなから好かれている

・姉のかなでと一緒に伏木教頭の伯母が経営しているアパートに住んでいる

・軽自動車のコニーに乗っている

※アイコンは自作です

紫村かなで

・しむら/かなで

・2年K組担任

・10月9日生まれ

・26歳

・中高大とも美咲女子

・英語担当

・紫村かえでの姉

・妹かえでよりは性格がきつめ

※アイコンは自作です

穐山冴子

・あきやま/さえこ

・2年N組

・出席番号:1

・7月3日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・東京市赤坂区

・一応は電車通学

・1人娘で父親は軍人上がりの華族で会社経営者。金持ち

・同じく内部生の紀伊國蓮花と中学からとても親密

・穐山と紀伊國の父親同士は実は仕事での縁が深く旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・紀伊國のことは「蓮花」。それ以外も男女問わず呼び捨て。一人称は「わたくし」

・いろんなシーンで登場する準メーンキャラ

※アイコンは自作です

鶯谷ミドリ

・うぐいすだに/みどり

・2年N組

・出席番号:6

・8月25日生まれ

・たぶん16歳

・出身中学設定なし(内部生ではない)

・自宅は東京市淀橋区

・通学手段不明

・一人称は「あたし」「あたしゃ」

・校内の情報に精通しており、ヤバい情報や資料を多数持っている敵に回してはならない女

・たまにしか登場しない

※アイコンは自作です

織川姫子

・おりかわ/ひめこ

・2年N組

・出席番号:7

・2月11日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・自宅は横濱。ここからはるばる通っている

・ティーンズ雑誌の街角美少女に選ばれたことがある

・山葉を山葉と呼び捨てで呼ぶ数少ない女子

・一人称は「わたし」

・呼びかけるとき必ず「やあ」で始まる

・登場回数は少なめ

・アイコンは自作です

柏木踊子

・かしわぎ/ようこ

・2年N組

・出席番号:8

・6月13日生まれ

・16歳

・吹奏楽部

・彩ケ崎中学出身

・電車通学

・かすみの実家・香澄庵近くにある小料理屋の娘で、商売柄親同士も仲がいい。かすみとは幼馴染

・後半は比較的登場回数が多い

・山葉と東城に何度かぱんつを見られる

・アイコンは自作です

紀伊國蓮華

・きのくに/れんげ

・2年N組

・出席番号:10

・11月21日生まれ

・16歳

・フェンシング部

・内部生

・電車通学

・自宅は東京市麻布区

・絶えず穐山とともにいる

・穐山のことは「冴子さん」と呼んでいる

・紀伊國と穐山の父親同士は実は仕事の縁で旧知。そのため穐山も紀伊國も子供時代からお互いを知っていた

・非常に清楚な出で立ちでモテるはずだが、穐山がいつもそばにいるので男は寄りつけない

※アイコンは自作です

来栖マリ子

・くるす/まりこ

・2年N組

・出席番号:12

・12月24日生まれ

・16歳

・内部生

・電車通学

・天然。ドジ。料理がゲロマズ(らしい)。憎めない性格

・入学したての主人公たちを校内探検に誘ってくれた

・物語の至る所に出没する

※アイコンは自作です

ジェシカ・ライジングサン

・6月30日生まれ

・2年N組

・出席番号:18

・16歳

・Jessica Risingsun

・アメリカ人の留学生でオタクだが、日本全般の知識が豊富

・同じアメリカ人のレナーテに誤情報を吹き込むことがあり、それが元でレナーテと犬猿の仲

・銀行支店長の家にホームステイしていたが、支店長が不正融資で逮捕され紫村姉妹の家に転がり込む

・本編での登場は少ないが番外編「紫村姉妹の居候」と「ジェシーとレナ」では主役扱い(連載が終わったら公開します)

※アイコンは自作です

慈乗院和歌男

・じじょういん/わかお

・2年N組

・出席番号:19

・10月3日生まれ

・16歳

・太刀川第2中学出身(太刀川市)

・自転車通学

・かえで先生のことが大好きな男子生徒

・中学ではバスケ部だった

・モブだったが、なんだかんだで後半は重要な役割を持つ

・親が、生まれるのは女の子なので「和歌子」って名前にしようと決めていたが、男だったのでヤケクソで和歌男にしたらしい(ただし風説の類)

船橋弥生

・ふなばし/やよい

・2年N組

・出席番号:29

・1月28日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(御山、吉村と同じ)

・体型はちょっと太めらしい(山葉の見立て)

・物語後半での登場頻度が非常に高いキーキャラ

※アイコンは自作です

御山沙貴子

・みやま/さきこ

・2年N組

・出席番号:33

・8月15日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、吉村と同じ)

・バレー部(後に主将)

・電車通学

・物語のとても重要な人物

・1年のとき山葉に着替えを覗かれて以来、山葉のことを徹底的に敵視している

・とても執念深い性格

・同じ中学出身の船橋による中学時代の回想が恐ろしい

※アイコンは自作です

吉村莉緒

・よしむら/りお

・2年N組

・出席番号:38

・11月7日生まれ

・16歳

・彩ケ崎南中学出身(船橋、御山と同じ)

・母親は死んでおり父親が男手ひとつで育てた。学費免除の特待生で入学

・実は美形

・おとなしい性格でクラスでも仲の良さそうな同級生はいないようだが、後半から出番が増える

※アイコンは自作です

レナーテ・バックマン

・2年N組

・出席番号:40

・2月24日生まれ

・16歳

・Renate Bachmann

・セミロングの金髪で青い目。日焼け対策で夏でも白の中間服を着ている

・横里米軍基地の軍医である父親について母と妹とともに日本に来たので留学ではない

・中学までは基地内のスクールだったが高校から神姫に入った

・兄もいるが本国で大学生

・ジェシカにはめられ変な日本語で恥をかかされることが多い

・春菜と仲がよくお泊まりに来たこともある

・日本語で「小川麗菜」という当て字の名前を持っている。ジェシカと吉村が考案したもの

※アイコンは自作です

小錦厚子

・こにしき/あつこ

・理事長兼校長

・誕生日設定なし

・年齢不詳だが60歳は超えてるだろう(山葉の想像)

・かつては国語教員だった

・なぜだか男には「セニョール」と話しかける(が、スペイン系ではない)

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