第85話:春菜への思い
文字数 3,022文字
北麗からやってきた生徒は36人。
あちらは各学年4クラスで、1クラスから3人。
これが1年から3年までなので36人という計算だ。
きょうから7日間、神姫で交流と称し、授業や部活に参加したり、週末に行われる音楽祭を鑑賞したりするほか、水曜日には校庭でキャンプファイヤーも計画されており、プチ学祭気分で盛り上がっている。
だが、系列でカリキュラムも同じとはいえ、相手は女子高。
あまりバカなことは出来ないだろうな。
「こう言っちゃなんだけど、あちらはかなりのお嬢様学校よ。失礼にならない程度に仲良くしてあげて」
ホームルームでかえで先生が言った意味もよく分かる。
でも、気になるよな、やっぱり。
N組では4人が同じ授業を受けることになり、机と椅子が追加でセットされた。
1週間限定の席替えも行われ、北麗の子たちも適当にバラけて座っている。
すでに打ち解けたのか、早々とトークの友だち登録をする姿も見られる。
北麗か…
春菜のこと、東城には伝えられないままきょうまできてしまった。
さすがに悪いと思い、先週金曜の晩、春菜にはメッセを送った。
東城に渡せず、いまだ手元にある彼女の手紙。
そして俺が撮ってきた写真。
メッセージを打ちながら、ふと、この写真を見てみる。
樺太から帰った後、東城に渡そうと思いプリントしたものだ。
「やっぱりあれ、渡さなくていいよ。ごめんね」
春菜からの返事は、こう締めくくられていた。
あれを渡したらお別れの写真みたくなっちゃうから、という理由で。
あいつらしい考え方だな。
きょうも辛いこと、あっただろうか。
慰めにもならなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「今、何してる?」
返信を送ってみる。
「お風呂出たところ。髪を乾かしてるの」
あっけらかんとして、なんか、恋人からの文面みたいだ。
もう一度写真を見てみる。
春菜とは長い付き合いだな。
その大半は東城の彼女としての付き合いではあったけれど、チャーミングで、ちょっとおバカで、スタイルもそこそこで、もし、東城がいなかったなら、ひょっとして俺の彼女になっていた可能性だってゼロじゃあないだろう。
北麗の子たち。
みんな笑顔で、優しそうに見える。
あの中には春菜のことを知っている生徒もいるだろう。
春菜のこと、どう思っているんだろうか。
昼休み。
北麗の4人を食堂に案内することになった。
学級委員長の御山と、副委員長の東城がリーダーで、大テーブルは12人がけなので、残り6人を募集。
その6枠に、俺、かすみ、来栖、慈乗院、吉村、そして柏木が加わった。
何のことはない、よくあるメンバーだ。
事が事だけに、この期間は北麗の子と一緒だからという理由があれば、食堂のテーブルすら予約ができてしまうのだ。
「どうですか? ここの食堂」
来栖が例によって、あまり的確でない質問をしている。
「どう」と言われても、味なのか、雰囲気や設備を指しているのか、答えにくいだろうに。
「非常に明るいですし、おいしいですね」
4人の中でもリーダー格と思われる眼鏡の娘・佐々木玲子が答える。
終始笑顔だ。
でもま、そりゃ悪口は言わないだろうな。
「北麗にも学食あるの?」
「ありますけど、狭くって。教室でお弁当という場合が多いですね」
慈乗院の質問にも的確な答え。
成績とかは知らないが、交流に出すぐらいだからクラスでも優秀な方なんだろうな。
そんな姿を見るにつけ、春菜のことが頭に浮かぶ。
本当に春菜は…
「あの、佐伯さんってご存知ですか?」
かすみが切り出した。
「佐伯さんって、ああ、佐伯春菜さん、ですね?」
「ええ、そうです。彼女、私たちのクラスだったんです」
「あら、そうなんですか」
「いや、俺たち、このグループの大半は春菜とつるんでたクチでさ」
東城の方をちらっと見ながら、続けてみた。
彼はこちらのやりとりを見てはいるが、話に乗る気配はない。
「春菜さん、元気にやってますか?」
吉村が質問を加える。
東城何やってるんだ。
お前が聞かなきゃいけないだろうが。
「ええ、とても明るくって、元気ですよ」
なんだか、得体の知れない不快感に襲われる。
この胸クソの悪さ。
事実を知っているのが俺だけというのがもどかしい。
何が明るく元気だ。
この女生徒が直接手を下しているのか、傍観しているのか、そんなことは分からない。
もちろん「彼女のことみんなで無視して楽しんでます」なんて答えるわけもないが、それにしてもだ。
もう一人の北麗の子が、窺うような目で玲子の方をちらっと見る。
俺は確信する。
「じゃあ、春菜さんのカレシさんは、この席に?」
笑顔を絶やさぬまま、眼鏡の秀才肌が男子3人を品定めするように眺める。
嫌な雰囲気だなんて思ってるのは俺だけなので、ほかの連中は気にするでもなく、一斉に東城の方に顔を向ける。
「ああ、あなたですか。東城さん‥っておっしゃるんですよね?」
東城は、返事はせず軽く会釈で済ます。
「帰ったら、東城さんに会ったって、お伝えしますね」
玲子の妙に悟ったような物言いが気に障る。
1週間もいるんだ。
いずれこの話題も出ることになったろうが、俺は見たくなかったというのが正直な感想だ。
そんな気分とは裏腹に、会話はその後も続いていく。
「樺太って寒いんですよね、やっぱり」
慈乗院が真剣な眼差しで質問する。
そういえば、来月の返礼訪問には慈乗院も名を連ねてたっけ。
ほかは、来栖、穐山、そしていっときは他の人選が進められたが無事に復帰した御山。
以上の4人だ。
「寒いですよ。真冬は昼間でも零下15度ぐらいになるのがしょっちゅうです」
「ええっ!? マイナス15度」
「はい。夏が来るのも遅いですから、衣替えは7月です。でも、9月にはもう、冬服に逆戻りですけどね」
「衣替えといえば、北麗はブレザーなんだね」
今度は柏木だ。
「昔は皆さんと同じデザインのセーラー服だったそうですよ」
「どうして変えちゃったんだろう」
「セーラー服では重ね着とかしにくいじゃないですか。冬の温度調節がしやすいようにという理由だったそうです」
「へえ、でもかわいいブレザーだね。よかったら一度、制服交換しない?」
「ええ、面白そうですね」
玲子は笑顔を絶やさない。
だが、心の底から笑っているというより、腹の中では全く別のことを考えていそうな感じだ。
これは、俺が春菜のことを知ってしまったから、見方がうがっているということでもないと思う。
「ども。春菜がお世話になってます」
いつの間に席を立っていたのか、東城がコーヒーを4つ盆に載せて戻ってきた。
「これは?」
玲子もさすがに驚いたか、きょとんとしている。
「いや、お近づきのシルシにと思って」
女に甘い東城が本領を発揮した。
ほかの3人にもコーヒーを渡すと、「オレのおごりっすから」とニカニカしている。
「ええ、東城ぉ~、わたしのは?」
柏木が不満そうに手を伸ばすが、「ねーよ」とそっけない。
「いただきます。ありがとう」
「ありがとうございます」
玲子初め、北麗の子たちにお礼を言われ照れる東城。
『春菜がお世話になってます』か。
御山と付き合っていた彼だが、ちゃんと今も春菜のことを考えてるんだな。
東城は春菜の現状を知らない。
知らないでいて、こういう行動を取ったんだから、これはやはり本物だ。
下心とか、そんなんじゃなく、春菜のことを考えて北麗の4人にコーヒーをご馳走した東城。
こいつ、意外にいいとこあるなじゃないか。
玲子の話に空々しさを感じていた俺だったが、何となく雲が晴れていくような嬉しい気分になっていった。