第62話:クリスマス~手から落ちたもの
文字数 5,554文字
そこの最上階にあるパーティールームが会場だ。
24日のクリスマスミサは午後3時ぐらいには終わった。
本当はこういったミサは夕方から夜にかけて行われるらしいんだが、遠くから来る生徒に配慮してのことらしい。
おかげでパーティーにはたっぷり時間が使える。
いろいろ室内の準備があったりして、開始は午後5時から。
俺は東城や春菜、かすみとひと足先に会場入りして準備を手伝った。
「おい山葉、プレゼント何よ?」
東城がリースを飾りつけながらニヤリと聞いてきた。
「へっへっへ、開けてのお楽しみよ。なんたって血と汗の結晶だからな」
「おおっ!リキ入ってんじゃん」
「東城は?」
「まあ、実用品かな。一応中身は秘密だけどな」
「そうか。で、どこで買ったんだ? 場所だけ教えろよ。それぐらいいいだろ」
「ちょっち浜袋まで足伸ばしてよ」
「浜袋ぉ?……」
これはただの偶然だろう。
東城もプレゼントを浜袋まで買いに行ったという。
もちろん同じ日だ。
でかい街だから出会うことなく済んだわけだが、同じ場所に東城も行っていたということに、何となく微妙な不快感が湧いたのは偽らざる心境だった。
東城に責任がないのは当たり前のことだが。
俺はそれ以上触れず、飾りつけは黙々と進んだ。
5時になると呼んだ仲間たちが続々とやってきた。
やってきたといっても、会場がゲーセンなのだから直前まで遊んでいたようで、激しく遅刻してくることもない。
入り口のところに受付みたいに机を一つ置き、春菜が参加費を徴収している。
「は~い、4000円。お釣りのいらない人からお願いしま~す」
「はい、ぴったり4000円」
「あは♪ レナーテえら~い☆」
「わたしもぴったりね」
「ありがと~、紅村さん♪」
春菜は生き生きしている。
手際もいいし、こういうのに向いているんだろうか。
春菜の隣ではかすみがノートに書いた名前をチェックしていく。
家が客商売なだけあって、こちらも様になっている。
もう、自分たちを含め15人ぐらいが集まっただろうか。
一体何人来るんだろう。
「あ、…美砂ちゃん」
え? み、美砂?
名前に反応し、入り口に目をやると、そこにはまごうことなき妹・美砂の姿があった。
5000円札を出し、お釣りの1000円札を受け取っている。
後ろには一緒に来たのであろう、同級生のタカちゃんと、もう一人見たことない娘の姿もある。同じく美砂の同級生で
にしても今日のパーティー、誰に聞いたのか。
手にはちゃんとプレゼントを持っているから、最初から来る予定だったのだろう。
誘ったのはもちろん俺じゃあない。
美砂も俺にひと言も言ってなかったし。
だいたい、これはN組の一部の生徒だけが参加するものと思っていたのだが。
現に、部屋の中に入る2年生はすべてナタリエの連中だ。
まあ、来るなとは言わんが、来るなら来るで、ひと言は欲しかったな…
何となく釈然としないまま、パーティーは始まった。
1年生の参加者は結局さっきの3人だけだった。
残りは全部N組の連中。
ミサとはいえ、学校帰りだから全員が制服姿。それも、こういった特別な行事のときだけ着るケープ付きの礼装姿なのが新鮮だ。
美砂も、よく似合っている。
クリスマス、正月を抱える冬休みということで嬉しそうな顔が並ぶと、なぜ美砂が来たんだろうという、さっきまでの考えはどこかに消えてしまった。
吉村と並んで座っている慈乗院は、持ち込んだアニメ雑誌のページを彼女に見せながら、うきうきしている。
「釈迦みて」がどうのこうのという声がするが、慈乗院と吉村ってアニメ好きだったんだろうか。
「釈迦みて」というのは、女の子に人気のある「お釈迦様がみてる」というアニメのことで、例の家庭訪問のとき御山の家にもあった。
涼子が美砂の隣にいるのが気になる。
時折笑顔を交えながら話しているが、たまにちらっとこちらを見たりする。
また変なこと言ってなければいいのだが。
東城は春菜にはめられ、食べ物や飲み物の注文を集めさせられて座ってる暇がないようだ。
それを見て、御山が東城を手伝っている。
春菜はかすみと一緒にプレゼントの袋に番号を書いた紙を忙しそうに張っている。
椎名はお構いなしに来栖と交代でカラオケを歌いまくり、聞いているのかいないのか、一曲終わるごとに、あちこちから適当な拍手が起きていた。
西春は、見たこともない缶ジュースを穐山と紀伊國に飲ませ、ニコニコしている。
まず穐山がひと口味わい、それから紀伊國に渡しているが、口に合わないものもあるのか、そういう飲み物は決して紀伊國に飲ませないようにしているようだ。
言ってみれば穐山は毒見役の男といった感じで、事情を知っている俺はニンマリしてしまった。
柏木の横には珍しいことに鶯谷が座り、話に熱中している。
時折、「調べてやる」とか「写真」という言葉が聞こえてくるが、俺には何のことやらさっぱり分からない。
先日アキバで見せ付けられた盛岡と韮崎は離れた場所に座り、盛岡は花家としゃべっているが、韮崎は黙々と食っている。
俺の隣には織川と上川。
両方から歌本を差し出され、どちらから受け取っていいものやら。
一瞬早かった織川から受け取ったら、私のは受け取れないのかと上川に迫られ、ひょっとしてモテてるのか俺?
◇ ◇ ◇
そんなこんなで、やっぱり人数が多いと、結局バラけてしまうのね。
最初の乾杯から1時間ぐらいたったころ、中締めを兼ねて、メインイベントのプレゼント交換が始まった。
春菜が手書きしたアミダくじが回され、名前を書き込んでいく。
全員が書き終わると、1番のプレゼントから順番に当選者の名前が読み上げられていった。
俺のプレゼントには9番の札がついている。
個人的にはかすみに引いてもらいたいのだが、こればかりは運次第だ。
「じゃあ、1番のプレゼントを発表しま~す」
春菜がカラオケマイクを手に、司会者のようにアナウンスを始めた。
隣では渡す役のかすみがプレゼントを手に立っている。
「え~っと、1番のプレゼントは浅井さんが用意してくれました。で、受け取る人はぁ!……ジェシカ~!」
おお~!ぱちぱちぱち。
何だか知らんが拍手と歓声が起きる。
別に1番だからって1番いいものが入ってるわけじゃない。
だが、これがパーティー。
こういうノリって、好きだなぁ。
「じゃあ、ジェシカ、開けてくださ~い」
春菜に促され、ジェシカが和紙で包まれたプレゼントを開ける。
中から出てきたのは、クリスマスツリーの形をした
「わあ、浅井さん、自分で焼いたのぉ? 嬉しい☆ありがとう!」
わー!ぱちぱち
自称日本通のジェシカにはうってつけの贈り物になったろう。
和菓子屋の娘・タカちゃんが自分で焼いたツリー型のせんべい。
凝ったことするよなぁ。
俺は拍手しながら思わず頷いてしまった。
こうしてプレゼントは順次配られていった。
東城が用意したプレゼントは5番で、引き当てたのは…よりによって御山だった。
中身は天使の形をした取っ手のついた、青い耐熱ガラス製のマグカップ。
御山の目が一瞬、潤んだように見えたのは俺の考え過ぎなのだろうか。
一方の東城が引いたのは7番で、これを用意したのは鶯谷だった。
しかも中身は女もののショーツ。
薄いパープルのレースで、ところどころ小さなリボンや真珠のような飾りが付いていて、ちょっとゴージャス。いわゆる勝負下着ってやつか?
「お前、これオレに当たっても仕方ねーだろ! 小一時間問い詰めていいか」
東城が顔を引きつらせにじり寄るのも無理はない。
ま、どうやら使用済みってこともなさそうだし、俺にすれば、鶯谷専売の「ヤバい写真セット」じゃなかったのが救いだが。
「あ~ん? 何言ってんだお前。好きな女にでもやりゃあいいんだよ」
鶯谷は薄ら笑いを浮かべながら東城に言い放ち、視線を微妙にずらした。
その先には、うつむいている御山の姿があったが、それに気付いたのが一体何人いたのかは分からない。
「ねえ、ちょっと後で見せてよ」
マイクを口から離した春菜がさっと東城に近寄ると小声で耳元で囁いたのが、何ともおかしい。
こうして順番が進み、いよいよオレのNo.9の札がついたプレゼントの番になった。
かすみに当たって欲しい。
彼女が「よろめきメモリアル」を知っていようがいまいが関係ない。
オレの血と汗と努力の詰まった、売り物でないプレゼント。
これは、かすみにあげたいというのが本心だった。
家には何個も余ってるから、それを渡すのもいいだろう。
だが、こうして自分の意志に依らずに渡るというのは、いかにも運命じみてていいじゃないか。
かすみに、当たりますように。
「え~っと、じゃあ次は9番ね。これは…ああ、山葉のプレゼントね」
春菜が再び司会を始めた。
「では、当選者の発表で~す。山葉からのプレゼントはっ!………盛岡~っ!」
何ぃ!
よりによってオトコかよ!
いや、別に盛岡が嫌いとか、悪い奴ってワケじゃないんだけれども、何か釈然としないなぁ。
まあ、世の中こういうモンなんかなぁ。
「どうもどうも」
盛岡はペコペコとお辞儀をしながら俺の血と汗の結晶を両手を捧げながら受け取ると、金色のリボンがついたクリスマスラッピングをほどき、フィギュアを取り出した。
「ああっ! これはっ!」
盛岡は顔を紅潮させ、俺に熱い視線を送ってきた。
「こんなの出てるんすか☆ 好きなんすよ「よろメモ」。『しほりちゃん』いいっすよね~」
まあ、かすみに渡らなかったのは残念だが、価値の分かる相手に受け取ってもらえてよかったかな。
俺はついでに、浜袋までわざわざ行ったこと、そこのGIGA限定品ということ、フルコンプさせたことなどを得意げに説明してやり、みんなからちょっとした尊敬の眼差しを集め、少しいい気分に浸ることができた。
ちなみに俺が引いたプレゼントは笠谷の選んだもので、中身は彼女の書いた詩集だった…
春菜は御山の選んだ弁当箱で、かすみには、西春からの奇妙なドリンク10種詰め合わせ。
かすみの選んだキャンドルとスタンドのセットは、鶯谷に当たった。
鶯谷は「これで根性焼きでもするか」と盛り上がっていたが、全く似合わないものが当たったものだ。
この後はケーキを食べ、全員で歌い、トランプで占いをやったりし、パーティーは終わった。
◇ ◇ ◇
夜も9時を過ぎた。
彩ケ崎の駅前で東城や春菜、御山、かすみと別れたオレは美砂と2人で家に向かった。
「今日は楽しかったね」
「ん…そうだな」
「プレゼント、なかなかよかったじゃない」
「そうだろ!」
こんなふうに美砂と話しながら歩くのは久しぶりのような気がする。
普段も家の中では普通に会話をしているが、最近は登下校が一緒ということはない。
東城と美砂との一件で、今でも疑念が晴れたわけではないが、そんなこと今この瞬間だけなら忘れてもいいかとすら思える。
「あそうだ。実はプレゼントあるんだ」
「プレゼント? 俺に?」
「そうだよ。ちゃんと別に用意したんだから」
家まであと少しという公園の近く。
美砂はそう言うと立ち止まり、トートバッグの中から平らな包みを取り出し、俺に両手で差し出した。
「はい。どうぞ」
「…美砂。 ここで開けてもいいか?」
「好きにすれば」
「おい、これって!」
中から出てきたのは、つい先日発売されたばかりの人気ソフト「逆転陪審」だった。
「これ、予約しても買えなかった連中が続出したって話じゃねーか。よく買えたな!やりたかったんだよ、俺」
「予約に行ったら締め切られてたって凹んでたじゃない。クラスにお父さんが家電量販店の偉い人って子がいてさ、頼んどいたの。帰ったら、やるとこ見せてよ」
「おお!」
美砂もそれなりに照れているのか、会話自体は普段と変わらない、どことなくつっけんどんな感じもする。
だが、こんなふうに俺のことを考えていてくれてたんだなと思うと、無性に嬉しく、以前の美砂が帰ってきたような幸せな気分になった。
部屋に戻り着替える。
鼻歌が混じる。
テレビCMでやっていた「逆転陪審」のテーマソング。
ちょっとだけでいい。早くやってみたい。
ゲーム機は居間にある美砂との共用だ。
「やるとこ見せてよ」
帰りに聞いた美砂の言葉が頭の中で反復される。
楽しい一日だった。
冬休み。
クリスマスイブ。
「おーい美砂」
着替え終わり、部屋から出るとドアをノックしながら呼びかけた。
中からはガサゴソと音がする。
「もう着替え済んだか?」
「う、うん」
「開けるぞ」
「え? あ? ちょっ…」
気分の高揚していた俺は、美砂の返事を待たずドアを開けた。
突然のことで逃げ場を失ったのか、美砂は開け放たれたドアの前に立ち尽くしていた。
両手を後ろに回し、何かもじもじしている。
「早くやろうぜ。…何だお前、どうした」
「え? 何でもないから」
美砂の焦った様に、俺はまだ何か「いいもの」を持っているんじゃないかと思い込んだ。
「何か持ってんだろ! 見せてみ」
「ダメっ!」
さっきまでとは打って変わった本気の怒気だった。
しかし、逆に俺は煽られてしまった。
俺の横をすり抜け、逃げようとした美砂の手から1枚の紙切れのようなものが落ちた。
「あっ!」
気付いた美砂が取ろうとする前に俺が拾い上げた。
それはよくあるプリクラシールだったが、クリスマス限定のフレームで、店名だけでなく撮影日も入っている。
浜袋GIGA 12/22 20××
場所と日付が刻印された、そのプリクラ。
もう一人と顔を寄せ合い、俺に今まで見せたこともない嬉しそうな顔で写っている美砂が、そこにあった。
居心地の悪い沈黙が支配する。
力なく立ち尽くす俺の手から、非難に満ちた表情で奪い返すと、美砂は俺を部屋から押し出し無言でドアを閉めた。
中からカギをかける音が静まり返った廊下に響いた。