第104話

文字数 5,115文字

 「…いっ…一体、どういうことですか?…く…詳しく、説明して下さい…」

 私は、怒鳴った…

 大声で、怒鳴った…

 「…答えは、米倉の五井入りだ…」

 「…それが、なにか?…」

 「…正造は、米倉の五井入りに、尽力した…五井の当主、諏訪野伸明に会って、米倉の五井入りを、模索した…米倉の五井入りを懇願した…」

 「…」

 「…だが、決定権は、諏訪野伸明には、なかった…」

 「…なかった? …どういうことですか?…」

 「…諏訪野伸明は、若い…正造と同じぐらいの歳…四十代前半だ…だから、五井家当主とはいえ、決定権は、持ってない…」

 「…だったら、誰が、決定権を持っているんですか?…」

 「…五井の女帝…五井家当主、諏訪野伸明の叔母の和子だ…」

 「…和子さん?…」

 「…だから、諏訪野和子は、五井の女帝なんだ…五井の決定権を持つから、五井の女帝なんだ…」

 電話の向こう側から、新造さんが、力を込めて、言った…

 「…だから、正造は、諏訪野伸明に頼んで、五井の女帝と会った…それで、米倉の五井入りに関して、色々話し合った…その結果、条件を提示された…」

 「…条件?…」

 「…秋穂という女さ…」

 「…どういうことですか?…」

 「…正造は、諏訪野伸明と、よく行く、行きつけの店で、秋穂に会った…それで、伸明は、この秋穂さんは、妹の好子と、よく似ていると、言った…それが、すべてのきっかけだ…」

 「…きっかけ…」

 「…そう…きっかけだ…正造は、五井の女帝と、色々と、米倉の五井入りについて、話し合った…でも、当然、正造の旗色は、悪い…米倉の負債は、それなりにある…条件は、最悪だ…」

 「…」

 「…だから、正造は、世間話をしながら、根気よく、何度も、五井の女帝のところに足を運び、さまざまな条件を提示して、米倉の五井入りを模索した…その中で、話が、水野のオバサンの話になった…」

 「…春子さんの?…」

 「…そう…当たり前だが、好子は、春子の息子の透(とおる)と、離婚した…透(とおる)は、独身になった…すると、透(とおる)は、今後、どうするのだろう? …誰か、いいひとでも、いるのか? という話になったそうだ…」

 「…」

 「…そこで、高見さんの名前が出た…」

 「…エッ? …私の名前?…」

 「…実は、透(とおる)は、好子と、同じくらい好きな女がいて、透(とおる)が、好子と離婚したから、春子のオバサンも、高見さんに、興味を持っていると、言ったらしい…」

 「…エッ?…」

 「…それで、高見さんに興味が湧いた…だから、後日、五井の女帝は、高見さんに会った…どんな女か、見てみたかったからだ…」

 「…」

 「…そして、それは、あの秋穂という女も、同じ…同じだ…」

 「…どう、同じなんですか?…」

 「…秋穂の外見…高見さんや、好子と似ている…」

 「…」

 「…それを知った和子は、一計を案じた…秋穂もまた、米倉の血を引く、米倉一族だと、言えば、いいと、正造に提案した…」

 「…エーッ!…」

 「…つまり、澄子の娘だと、名乗ればいいと、正造に、持ちかけた…」

 「…どうして、そんなことを?…」

 「…春子オバサンを、困らせるためだ…」

 「…春子さんを?…」

 「…すでに、何度も言ったが、好子と、高見さんは、似ている…そして、それを、知って、五井の女帝の和子は、透(とおる)が、好子や高見さんのようなルックスの女が、好きなんじゃないかと、思ったらしい…」

 「…エッ?…」

 「…オレは、透(とおる)を、子供の頃から、知っているし、好子も、姉弟だから、当然、知っている…だから透(とおる)が、好子を好きなのは、知っているが、それだけだった…でも、他人は、そうは、思わないかも、しれない…」

 「…どういうことですか?…」

 「…透(とおる)が、好子と高見さんを、好きだった…同じ顔立ちの女を好きだった…しかも、共に小柄…姉妹と呼べるほど、似ている…だから、和子は、それを、聞いて、透(とおる)の女の好みだと、思ったらしい…」

 「…そんな…」

 「…言われてみれば、そうとも、言える…オレは、透(とおる)とも、好子とも、そして、高見さんと、近かったから、気付かなかった…」

 「…」

 「…だから、和子は、秋穂のことを、聞いて、面白いことを、考えた…その秋穂も、高見さん同様、米倉一族だと、言えば、いいと、考えた…そして、透(とおる)に接近させれば、いいと、考えた…」

 「…」

 「…つまりは、春子オバサンを、五井の女帝が、困らせようと画策したんだ…」

 「…困らせる?…」

 「…透(とおる)と、秋穂が、いい仲になれば、面白くなる…そう、思ったんだ…」

 「…」

 「…つまり、それほど、春子オバサンを憎んでいるということさ…」

 「…」

 「…そして、正造は、五井の女帝に、命じられて、あの秋穂を、うまく言いくるめて、澄子の娘だと、自分から、名乗るように、言った…そして、その秋穂を、正造は、常に監視していた…」

 「…監視していた? …どうして、監視していたんですか?…」

 「…心配だったんだろ?…」

 「…どうして、心配だったんですか?…」

 「…好子が、正造から、聞いたのは、あの秋穂には、危うさが、あったそうだ…」

 「…危うさ?…」

 「…子供に、よくあるだろ? なにか、こいつの面倒をみてあげなくちゃ、ヤバいみたいな…危なっかしさとでも言うのかな…そんな感じ…」

 「…」

 「…それで、暇な時間は、秋穂を監視していたそうだ…」

 「…でも、それで…それで、どうして、正造さんは、秋穂さんに、命を狙われて…」

 「…自分が、利用されていることに、気付いて激怒したのが、真相らしい…」

 「…エッ?…」

 「…澄子の娘だと、名乗るんだ…当然、なりすましだ…利用されていることは、わかっている…が、秋穂は、受け入れた…金が欲しかったからだ…」

 「…お金が?…」

 「…あの歳で、男相手に仕事をしている…当然、子供もいる…」

 「…エッ? …子供?…」

 「…いわゆる、シンママ…シングルマザーだ…」

 「…だから、秋穂は、正造の提案を受け入れた…金が欲しかったからだ…」

 「…」

 「…だが、その報いというか…預けていた子供が、偶然、亡くなったらしい…それで、キレた…」

 「…キレた? …どうして?…」

 「…自分の人生が、嫌になって、しまったと、聞いた…」

 「…エッ?…」

 「…これまで、苦労してきたんだろう…それが、子供が亡くなったことで、自暴自棄になった…」

 「…」

 「…そして、正造も、秋穂という女の危うさが、最初、会ったときから、わかっていたそうだ…」

 「…どうして、わかっていたんですか?…」

 「…正造は、一筋縄には、いかない男だ…」

 「…」

 「…オレも、アイツは、好きじゃないが、アイツも、それなりに、苦労は、している…
だから、同病相憐れむじゃないが、自分と、同じような心の闇を持つ相手は、すぐに、わかると、言っていた…」

 「…」

 「…だから、わかったそうだ…」

 新造さんが、言った…

 そういえば…

 そういえば、ずっと、以前、正造から、聞いた…

 自分は、子供の頃、一度、米倉の家を出た…

 そして、数年後、戻って来たときには、すでに、好子さんが、いた…

 つまりは、正造の父の平造は、好子さんの母親である、米倉の正統後継者と、結婚するために、米倉の家に、戻った…

 正統後継者である、好子さんの母親は、すでに、好子さんを産んでいた…

 いわゆる子持ちのバツイチだった…

 そのバツイチの母親と、正造の父、平造は、結婚した…

 そして、好子さんの母親も、他界…

 平造は、別の女性と結婚して、子供をもうけた…

 それが、新造さんだ…

 だから、この新造さんも、また、好子さんとは、血の繋がりがない…

 あるのは、正造と、だ…

 この新造さんと、正造は、母親が、違うが、父親が、同じ…

 共に、あの平造の子供だ…

 そして、それは、あの澄子さんも、同じ…

 つまりは、好子さんだけ、違う…

 彼女だけ、米倉本家の血を継ぐ、米倉の正統後継者…

 他の3人は、皆、平造の子供…

 米倉の分家の血を引く者に、過ぎない…

 それゆえ、好子さんだけ、特別…

 好子さんだけ、特別だ…

 それが、気に入らない澄子さんは、好子さんに反発した…

 それゆえ、好子さんをイジメた…

 私は、それを、思い出した…

 そして、そんなことを、考えていると、新造さんが、

 「…だが、その秋穂という女…米倉の一族で、間違いは、なかった…」

 と、いきなり、言った…

 私は、思わず、言葉に詰まったというか…

 「…エッ?…」

 と、絶句した…

 それから、

 「…ウソッ!…」

 と、素っ頓狂な声を上げた…

 「…ウソじゃない!…」

 新造さんが、電話の向こう側から、強い口調で、反論した…

 「…警察で、調べて、わかったそうだ…その秋穂という女も、高見さんと、同じく、5代か、6代前は、米倉一族だったらしい…いわば、嘘から出た実(まこと)…正造が、偶然、指示したウソが、ホントだったんだ…」

 「…」

 私は、その言葉を、聞いて、腰が抜けるほど、驚いた…

 まさに、まさか…

 まさに、まさか、だ…

 そんな偶然ってある?

 世の中に、そんな偶然ってある?

 そう、聞きたかった…

 が、

 真実なのだろう…

 私は、その事実を受け入れた…

 私は、その事実を受け入れるしか、なかった…


 そして、その新造さんの電話が、今回の物語の終焉…

 エピローグだった…

 要するに、私は、今回も、また、米倉に翻弄された…

 米倉の家に、翻弄された…

 それが、すべてだった…

 水野透(とおる)が、米倉好子と、離婚した…

 そして、その前哨戦というか…

 すでに、いったんは、米倉を、救済合併した、水野だったが、すぐに、社風が合わないことに、気付いた…

 このままでは、合併は、無理…

 合併は、できない…

 互いに、そう気付いたときが、この物語の発端だった…

 が、

 結婚したばかりの、透(とおる)と、好子さんは、当然、その現実を受け入れらない…

 だから、二人は、合併が白紙になることに、反対した…

 とりわけ、好子さんは、合併が白紙になることに、反対だった…

 これは、当然だ…

 その時点で、米倉と、水野の合併が白紙に戻れば、米倉は、路頭に、迷うからだ…

 だから、強行に反対した…

 が、元々、水野と米倉の合併に反対だった、透(とおる)の両親の、良平と春子は、合併が、白紙になることに、諸手を上げて、賛成だった…

 水野にとって、米倉と合併しても、なんのメリットもないからだ…

 が、

 米倉にとっては、危急存亡の秋(とき)…

 今、水野に、見捨てられれば、消滅するのが、わかっているからだ…

 それを、知った正造は、米倉の面倒を見るべき、相手を探した…

 その結果、見つけたのが、五井…

 日本を代表する企業グループだった…

 正造は、五井の若き当主、諏訪野伸明と、飲み友達だった…

 が、

 彼には、実権がなかった…

 理由は、若すぎたから…

 正造と同じ40代前半では、五井をまとめられるはずが、なかった…

 実権は、叔母の諏訪野和子が、握っていた…

 それゆえ、正造は、和子に会って、米倉の五井入りを懇願した…

 その延長で、あの秋穂の出番となった…

 私や、好子さんに似たルックスの秋穂を使って、透(とおる)に、接近させ、透(とおる)を、誘惑しようと、したのだ…

 五井の女帝、諏訪野和子と、水野の正統後継者、水野春子は、天敵…

 犬猿の仲…

 だから、息子の透(とおる)を、誘惑して、からかってやろうとしたのだ…

 そして、その手伝いを、正造は、した…

 米倉の五井入りを懇願する正造には、諏訪野和子の依頼を断ることは、できなかったからだ…

 つまり、この物語は、私、高見ちづるを、リストラさせて、どう反応するか、見てみたと、考える、水野春子と、秋穂を使って、透(とおる)を、誘惑して、どう反応するか、見てみたい、諏訪野和子…

 両者の思惑が、ほぼ、同時期に、重なった…

 それゆえ、物語が、混乱したといえる…

 が、

 その主役は、米倉正造…

 私をリストラさせようとして、松嶋を唆したのも、正造…

 秋穂を使って、透(とおる)を、誘惑させたのも、正造だからだ…

 それでも、ある意味、正造は、犠牲者だった…

 水野春子と、諏訪野和子の二人の女傑に頼まれて、やりたくもないことを、やらされた…

 犠牲者だった…

 が、

 同情は、できない…

 なぜなら、私は、金崎実業をリストラされかけた…

 なんの落ち度もないにも、かかわらず、リストラされかけた…

 それが、許せなかった…

 断じて、許せなかった…

              
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