第81話

文字数 3,995文字

 いや、

 意外な展開だと言えるかも、しれない…

 が、

 とにかく、意外なことは、正造が、事故に遭って、入院したことよりも、あの秋穂が、正造の娘かも、しれないということだった…

 そっちの方が、はるかに、意外な展開だった…

 まさか、あの正造に、二十代半ばの娘がいるとは、思わなかった…

 いや、

 想像もできなかった…

 たしかに、正造は、モテ男…

 若いときから、あっちの女、こっちの女と、手を出していたに、違いない…

 だから、もしかしたら、あの秋穂が、正造の娘で、間違いは、ないのかも、しれない…

 が、

 それは、わかっていても、いきなり、二十代半ばの娘が、現れて、それが、正造の娘と、いわれると、衝撃が強すぎたというか…

 ハッキリ言えば、自分の気になる男に、そんな大きな娘がいるとは、考えもしなかった(笑)…

 だから、衝撃だった…

 おおげさに言えば、天が落ちるような衝撃というか…

 冷静に考えれば、正造とて、すでに、四十代半ば…

 二十代半ばの娘がいても、おかしくはない…

 が、

 やはり、それが、自分の好きな男だと、違った…

 そういうことだ(笑)…

 独身で、子供もなにもいない、独り身だとばかり、思っていたので、あまりに、衝撃が、強すぎた…

 ハッキリ言えば、若い恋人が現れたより、はるかに、ショックだった(苦笑)…

 そして、そんな私の気持ちに、電話越しにでも、気付いたのだろう…

 「…どうした? …高見さん、ショックを受けている?…」

 と、透(とおる)が、電話の向こう側から、からかうように、聞いて来た…

 私は、

 「…」

 と、すぐには、答えなかった…

 どう返答していいか、わからなかったからだ…

 「…でも、まあ、その気持ちも、わからないではない…」

 と、やはり、透(とおる)が、からかうように、言う…

 「…自分の好きな男に、あんな大きな娘がいるなんて…」

 透(とおる)が、笑った…

 そして、その言葉を聞いて、

 …知っていた!…

 …やはり、この透(とおる)は、知っていた!…

 と、思った…

 私が、あの米倉正造を、好きなことを、知っていたと、思った…

 だから、どうしていいか、わからなかった…

 カラダが、硬直したというか…

 金縛りにあった気分だった…

 すると、まるで、私の気持ちを見透かすように、

 「…ビックリした?…」

 と、透(とおる)が、電話の向こう側から、聞いた…

 私は、驚いた…

 まさに、驚天動地の心境だった…

 が、

 その一方で、考えた…

 誰が、この透(とおる)に、そんな入れ知恵をしたのか、考えた…

 すると、思いつくのは、ひとりの人物しか、なかった…

 「…好子さんですね…」

 と、私は、言った…

 「…好子さんから、聞いたんですね…」

 「…どうして、好子だと、思うんだ…」

 「…それは…」

 「…それは…」

 好子さんが、私同様、血の繋がってない、正造を好きだったから…

 私と同じく、正造を好きだったから…

 だから、女の直感で、自分と同じく、正造を、好きだということを、見抜いていたと、思った…

 「…もしかして、女の直感?…」

 透(とおる)が、からかうように、言った…

 まさに、私が、これから、言おうとしたことを、この透(とおる)が、言った…

 だから、驚いた…

 驚かずには、いられなかった…

 だから、反論も、できなかった…

 すると、

 「…冗談だよ…」

 と、透(とおる)が、笑った…

 「…今、高見さんが、言ったように、好子からさ…」

 「…」

 「…好子は、正造が好き…その好きな正造を、自分のほかに、好きな女が、いれば、すぐに、気付くさ…」

 「…」

 「…まあ、その正造も、今は、入院しちまった…」

 「…」

 「…だから、高見さんも、落ち着いたら、見舞いに、行けば、いい…」

 透(とおる)が、言った…

 私は、

 「…ハイ…わかりました…」

 と、言うのが、精一杯だった…

 それほど、落ち込んだというか…

 自分でも、自分の気持ちに、ビックリした…

 まさか、正造の身が、どうのこうのと、なるのが、こんなにも、自分に、影響するものとは、思わなかった…

 まさか、こんなにも、自分が、正造を好きだとは、思わなかった…

 きっと、正造が、事故に、遭わなければ、今も、自分の気持ちに気付かなかっただろう…

 まさに、まさか、だ…

 よく、自分でも、案外、自分のことは、わからないものだと、世間で、言われているが、その典型だった…

 そして、まさか、を、思った…

 正造が、死ねば、どうなるのか?

 と、思った…

 もしや、私も、死ぬのか?

 一瞬だが、真剣に、そう、思った…

 が、

 当然、そんなことは、ありえない…

 ただ、落ち込むだろうと、思った…

 きっと、喪失感が、半端ないだろうと、思った…

 正造が、事故に遭って、入院しただけで、これだけ、落ち込んでいる…

 だから、正造が、死んだら、自分でも、ビックリするほど、落ち込むだろうと、思った…

 
 結局、正造の見舞いに、行ったのは、それから、一週間以上、経ってからだった…

 私は、正造の身が、心配だったが、実は、私自身、それどころではなかった…

 金崎実業に、復職して、これまで通り、仕事に、復帰したのだが、やはりというか…

 どうにも、居心地が悪かった…

 私を営業所全員で、無視して、私を退職に、追い込もうとした原田は、営業所から、移動して、いなくなったが、周りの扱いは、変わらなかった…

 原田が、いたときのように、誰かが、私を無視しろ、命じたわけでは、決してないのだが、一度壊れた人間関係は、そう簡単に、修復できるものではない…

 マンガではないのだから、すぐに、

 「…あのときは、ゴメンね…所長の原田に、言われて、仕方なく、みんなで、高見さんを、無視したんだ…」

 と、営業所の全員が、私に詫びることなど、なかった…

 ただ、なんとなく、気まずくなった…

 元々、私は、営業所の女子の中では、古株だったが、全員と、仲良くなるタイプではない…

 また、誰からも、慕われるタイプでもない…

 私自身、年齢を武器に、先輩風を吹かせるタイプでもなかったが、やはりというか、なんとなく、邪魔というか…

 あまり、好きになれないタイプだったのかも、しれない…

 それが、原田が、営業所全員で、私を無視しろ! と、命じたことで、顕在化したというか…

 要するに、元々、営業所の人間に、気に入られない、好かれない、人間だったから、周囲から、疎ましく感じられたのだろう…

 だから、原田がいなくなっても、なにも、変わらなかった…

 そして、それは、それまで、営業所で、唯一の私の話し相手の内山さんも、変わらなかった…

 彼女も、また、私に話しかけてくることは、なかった…

 だから、正直、落ち込んだ…

 メンタルが、落ち込んで、仕方がなかった…

 原田が、いなくなり、露骨に、周囲の人間が、私を無視することは、なくなったが、それでも、基本的な対応は、変わらない…

 だから、かえって、落ち込んだ…

 今さらながら、自分は、周囲の人間に、こんなに嫌われていたんだと、思って、落ち込んだ…

 だから、ハッキリ言って、正造の入院どころではなかった…

 ハッキリ言えば、自分の存在価値というか…

 あらためて、自分が、今、この会社にいる意味を、考えた…

 このまま、この金崎実業に、いても、いいのか、考えた…

 原田が、いなくなったにも、かかわらず、考えた…

 露骨に、集団で、私を無視することがなくなったにも、かかわらず、考えた…

 考えてみれば、これ以上の皮肉はなかった…

 露骨な肩叩きは、なくなったにも、かかわらず、自分の進路を考えざるを得なくなったのだ…

 まさに、これ以上の皮肉はなかった(涙)…

 そして、あらためて、自分自身のことを、考えた…

 私は、そんなに、ひとに嫌われているのか?

 と、考えた…

 私は、そんなに、ひとに、憎まれているのか?

 と、悩んだ…

 だから、ハッキリ言って、米倉正造どころではなかった…

 そして、そんな正造のことを、考える時間もなかった…

 原田がいなくなり、私への露骨なリストラは、止んだ…

 が、

 それは、同時に、それまで通り、普通に、仕事をすることでもあった…

 だから、それまで、会社に出社しても、露骨に、仕事を取り上げられ、なにも、しない毎日ではなかった…

 真逆に、イジメではないが、これまで以上に、仕事を与えられた…

 これは、イジメではなく、単に仕事量が増えただけ…

 これまでと、同じ仕事だが、仕事量が、増えただけだった…

 が、

 それゆえ、余計なことを、考える時間が、なくなった…

 そして、その余計なことの中には、米倉正造のことも、入った…

 だから、正造のことを、考える時間がなくなった…

 もちろん、仕事を終えれば、考える時間ができたが、歳のせいか、疲れがたまって、それどころではなかった…
 
 会社から、まっすぐに、家に帰って、すぐに風呂に入って、食事をして、布団に入って、寝るだけだった(苦笑)…

 なんの楽しみもない…

 まるで、生活をするために、働くだけ…

 生きて行くために、働くだけの毎日だった…

 生活のために働くのは、誰しも、仕方がなかったが、会社の雰囲気が、嫌だった…

 これまでも、自分のいる、営業所の雰囲気が嫌だと、思ったことは、数えきれないほど、あったが、こんなにも、嫌だと、思ったことも、なかった…

 だから、忙しく、仕事にとりかかりながらも、

 …潮時かな…

 と、いう思いが、心のどこかで、した…

 …そろそろ、金崎実業を辞める頃かな…

 という思いが、どこかでした…

 それが、偽らざる心境だった…

 まもなく、34歳になる、私、高見ちづるの心境だった…


 そして、そんな思いを抱きながら、週末の土曜日…

 会社が、休みなので、米倉正造の見舞いに向かった…

 正造の入院する五井記念病院に向かった…

               
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み