第46話

文字数 4,323文字

 だから、黙った…

 私は、なにも言わなかった…

 隣の寿さんも、体調が、優れないからだろう…

 なにも、言わなかった…

 一言も発しなかった…

 そして、不気味?な沈黙のまま、クルマが、走り続けた…

 誰も、なにも、言わなかった…

 運転手の方は、最初から、最後まで、こちらが、なにか、聞かない限り、余計なことは、一言も、言わなかった…

 まさに、プロ…

 まさに、プロの運転手という感じだった…

 運転に徹していたからだ…

 そして、やがて、目的地に着いた…

 諏訪野のお屋敷に着いた…

 と、

 そこは、思いがけず、あの米倉や、水野よりも、小ぶりというか…

 小さかった…

 敷地が小さかった…

 そして、建物も小さかった…

 これは、意外…

 あまりにも、意外だった…

 なぜなら、五井は、歴史ある企業…

 米倉や水野より、はるかに歴史ある企業だからだ…

 同時に、規模もけた違いに、大きかった…

 なにより、世界中に知られている…

 その五井本家が、米倉や水野のお屋敷よりも、小さいとは?

 謎だった…

 が、

 その理由は、すぐにわかった…

 場所が、世田谷区の成城だからだろう…

 都心に近いから、どうしても、土地が高い…

 あの米倉も、水野も、この成城から、すれば、田舎…

 田舎だから、広い土地を有することが、できた…

 そういうことだろう…

 そして、運転手の方が、

 「…着きました…」

 と、言ったので、私と、寿さんが、クルマから降りた…

そこへ、思いがけず、長身のイケメンが、私を出迎えた…

 「…お待ちしておりました…」

 長身のイケメンが、恭しく、私に頭を下げた…

 「…諏訪野伸明と申します…本日は、よろしくお願いします…」

 私は、驚いた…

 まさか、こんなイケメンが、出迎えるとは、思わなかったからだ…

 そして、ボーイズラブではないが、

 …もしかして、執事の方なのか?…

 と、思った…

 それほど、一瞬だが、私の頭の中が、混乱した…

 現に今、黒いスーツを着ていることも、執事の方と、間違える原因だった…

 すると、隣の寿さんが、

 「…五井家、当主です…」

 と、説明した…

 「…当主?…」

 思わず、声を上げた…

 この若さで、五井家当主…

 驚き以外の何物でも、なかった…

 五井家当主と言えば、当然、お爺ちゃんというか…

 70代には、なっている高齢の男性を想像したからだ…

 私は、驚いて、その男性を見た…

 そして、その男性の印象はというと、一言で、言うと、爽やか…

 爽やかだった…

 涼しげな印象で、忌憚のない意見で、いえば、お坊ちゃまだった…

 品のいい、金持ちのお坊ちゃま…

 その言葉が、似合った…

 あの米倉正造も、同じ印象を持っているが、正造の方が、背が低かった…

 また、正造は、この諏訪野伸明ほど、お坊ちゃまらしい印象が、なかった…

 まさに、金持ちのボンボンだった…

 苦労知らずの金持ちのボンボンに見えた…

 そして、私が、そんなふうに、この諏訪野伸明という男を総括していると、この諏訪野伸明も、私を見ていることに、気付いた…

 私を観察していることに、気付いた…

 当たり前のことだった(笑)…

 こちらが、観察すれば、相手も、観察する…

 当然のことだった…

 それに、気付くと、私は、恥ずかしくなった…

 一体、私は、この諏訪野伸明という男に、どう見られているのだろうか?

 そう、気付いたからだ…

 私も、子供ではない…

 自分が、相手を評価すると、言うのは、ずばり、相手も、自分を評価するということだ…

 当たり前のことだ…

 そして、若いときには、それすら、わからない男も女も多いものだ…

 変な話、東大出のエリートがいるとする…

 すると、その東大出のエリートに、高卒やあまり、偏差値の高くない大学を出た、人間が、なにか、言っても、当たり前だが、中身は、相手に、すぐにバレるものだ…

 頭の程度は、すぐにバレるものだ…

 それと、同じだ…

 自分では、賢いと思っていても、大抵は、周囲の人間は、自分以上に、自分を評価してくれない…

 そういうものだ(笑)…

 つまりは、自分だけが、自分を高く評価しているものだ…

 それと、同じだ…

 私は、今、この諏訪野伸明を、典型的なお坊ちゃまと、定義した…

 だったら、一体、この諏訪野伸明は、私をどう定義するのだろうか?

 美人だけれども、背が低い?

 そう思っただろうか?

 いや、

 それはない(爆笑)…

 なぜなら、寿さんが、隣にいる…

 この寿さんは、正真正銘の美人…

 彼女が隣にいて、私が、美人なんて、とても、言えない(涙)…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…伸明さん、なにか、言ったら? …伸明さんが、高見さんを、ジッと見ているから、なにを、言いたいんだろうと、高見さん…困っているわ…」

 と、言った…

 いわば、助け船を出したというか…

 会話を、途切れさせまいとした…

 ジッと、お互いに、見つめるだけでは、気色が悪いというか…

 変な空気が、その場に流れて、困るからだ…

 すると、寿さんの言葉に、この諏訪野伸明が、反応した…

 「…いや、若すぎるかなと、思って…」

 と、諏訪野伸明が、照れたように、言った…

 「…若すぎる? …どういうことですか?…」

 と、寿さん…

 「…ボクが、五井家当主だなんて…」

 「…それは、お客様のいる前で、言うセリフじゃ…」

 寿さんが、指摘する…

 私は、そのやりとりで、この寿さんと、この若き五井家の当主が、付き合っているか?

 あるいは、ひどく親密な関係にあると、気付いた…

 直観したというか…

 そして、またそのやりとりをしたことで、この寿さんは、おそらく、自分と、この諏訪野伸明の関係が、私にバレたと、思ったに違いないと、見た…

 なぜなら、一瞬だが、この寿さんが、

 …しまった…

 という表情をしたからだ…

 わずか、一瞬だが、その一瞬を、私は、見逃さなかった…

 そして、そう考えると、

 …なるほど…

 と、思った…

 この寿さんが、

 …五井家に仕える…

 なんて、いまどき、時代錯誤というか…

 妙に、仰々しいことを、言うと、思ったが、この二人が、付き合っているというなら、その言葉が当てはまる…

 この寿という女性は、いずれ、この諏訪野伸明と結婚するのだろう…

 だから、今、この五井家に仕えているのだろう…

 私は、そう見た…

 私は、そう睨んだ…

 と、同時に、なんだか、こんな背の高いイケメンの、大金持ちを、前にして、ガッカリした…

 せっかく知り合ったのに、すでに彼女持ちか?

 そう、思った…

 そして、そう考えると、途端に、この諏訪野伸明に興味がなくなった…

 女心は、実に、自分勝手というか…

 自分のものにならないと、わかると、途端に興味がなくなった…

 が、

 それが、現実だった…

 私、高見ちづるの現実だった(苦笑)…

 「…では、参りましょう…」

 諏訪野伸明が、告げた…

 そして、彼を先頭に、歩き出した…

 私は、この諏訪野伸明を見ながら、あの米倉正造を、思わずには、いられなかった…

 ふたりとも、爽やかなイケメン…

 実に、似ている(笑)…

 だから、無意識に、比べざるを得なかった…

 が、

 さっきも、言ったように、この諏訪野伸明の方が、背が高く、お坊ちゃまっぽい…

 そして、そんなことを、考えながら、この半年ちょっとで、私の人生が激変したことを、悟った…

 それまで、出会ったことのない、お金持ちと接している…

 それまで、33年生きてきて、見たこともない、聞いたこともない、お金持ちと接していることを、あらためて、考えた…

 私は、平凡…

 平凡な人間だった…

 生まれも、育ちも、平凡…

 平凡、そのものの家庭に、生まれ、平凡、極まりない人生を、これまで、歩んできた…

 にもかかわらず、この半年ちょっとで、これまで、出会ったことのない、お金持ちと、知り合った…

 なんという運命のイタズラ(笑)…

 が、

 知り合っただけ…

 なんの関係もない…

 しかも、この諏訪野伸明も、あの米倉正造も、イケメン…

 イケメンだ…

 金持ちのイケメンだ…

 そんな金持ちのイケメンと知り合ったにも、かかわらず、なにもない…

 キスもセックスも、なにもない…

 これでは、もはや、笑っていいか、泣いていいか、わからない(爆笑)…

 目の前に大金持ちのイケメンが、いるにも、かかわらず、私とは、なんの関係も、ない…

 これでは、金持ちのイケメンと知り合った意味は、ないのではないか?

 私は、あらためて、思った…

 私は、あらためて、そんな現実に、気付いた…

 そして、それを、思うと、神様のいじわるを思った…

 私の前に、金持ちのイケメンを登場させて、なにも、させない、神様のいじわるを思った…

 …神様のいじわる…

 そして、そんなバカなことを、考えながら、私は、黙って、諏訪野伸明の後を追って、歩いた…

 私の後には、寿さんが、続いた…

 そして、ふと、思った…

 今、私は、この五井家当主の諏訪野伸明と、歩いている…

 五井家当主…

 つまりは、五井の最高権力者と、歩いている…

 にもかかわらず、この五井家当主は、私を自ら、出迎え、これから、誰かに会わせようとしている…

 ということは、まさかとは、思うが、この五井家当主の諏訪野伸明には、実権がないのか?

 ふと、気付いた…

 五井家当主自らが、私を出迎えて、どこかに連れて、行き、誰かに会わせようとしている…

 と、すると、当然、会わせようとする誰かは、自分より、偉い人間に、決まっているからだ…

 だから、さっき、

 「…若すぎる…」

 と、この五井家当主が、言った…

 あれは、この諏訪野伸明の照れと思ったが、違うのかも、しれない…

 自虐かも、しれない…

 ふと、思った…

 もしかしたら、この若さだ…

 五井家当主は、肩書だけ…

 本当の権力者は、別にいるのかも、しれない…

 ふと、気付いた…

 それを、考えれば、あの水野グループは、今は、あの透(とおる)が、代表のように、なっているが、実際の権力は、父親の良平が、握っている…

 それと、同じかも、しれない…

 ふと、そう思った…

 と、なると、どうだ?

 この諏訪野伸明の若さだ…

 これから、会うのは、この伸明の父親だろうか?

 そう、思った…

 引退して、息子に、五井家当主の肩書を譲った父親だろうか?

 私は、考えた…

 当然、先代当主は、男に違いない…

 だから、この諏訪野伸明の父親だと、考えたのだ…

 そして、そんなことを、考えながら、この家の中を、諏訪野伸明に従って、歩いていると、

 「…ここです…」

 と、ある部屋の前で、立ち止まった…

 それから、

 「…叔母様…失礼します…高見さんをお連れしました…」

 と、声をかけた…

               

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み