第80話

文字数 3,716文字

 「…正造さんが、入院?…」

 驚いた…

 まさか、あの正造が、入院するとは、思わなかった…

 「…しかも、事故って?…」

 私は、絶句した…

 文字通り、絶句した…

 が、

 まだ、死んだとは、聞いてない…

 だから、軽傷だろうと、思い、

 「…もしかして、正造さんのことだから、女に刺されたりして…」

 と、言ってやった…

 あの透(とおる)が、珍しく、真剣な口調で、言うものだから、わざと、茶化したのだ…

 が、

 それが、いけなかった…

 「…高見さん、言っていい冗談と、悪い冗談があります…」

 と、電話の向こう側で、透(とおる)が、怒った…

 「…冗談を言うときを、考えて下さい…」

 透(とおる)が、珍しく、語気を強くして、抗議した…

 これでは、いつもと、真逆だ…

 いつもは、透(とおる)が、冗談を言って、私が、透(とおる)をたしなめる…

 それが、今は、真逆…

 私が、透(とおる)にたしなめられている…

 それを、思うと、自分でも、驚いた…

 自分でも、自分の発言に驚いた…

 すると、

 「…高見さんが、正造さんを恨みに思う気持ちは、わかります…」

 と、透(とおる)が、告げた…

 …正造を恨みに、思う気持ちって?…

 …一体、どういう気持ちだ?…

 私は、内心、驚いた…

 すると、続けて、

 「…高見さんは、強いんですよ…」

 と、透(とおる)が、言う…

 「…強い? …私が?…」

 「…そうです…」

 「…どう、強いんですか?…」

 「…決して、へこたれない…」

 「…へこたれない?…」

 「…そうです…」

 「…」

 「…だから、高見さんを、追い込める…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…今回、結果的に、ボクは、好子と、離婚した…」

 「…」

 「…でも、ボクも、好子も、それを、望んだわけじゃなかった…」

 透(とおる)が、激白する…

 が、

 その言葉は、以前、透(とおる)が、私に言っていたことと、違った…

 あのとき、透(とおる)は、

 「…あんな、わがままな女だとは、思わなかった…」

 と、電話の向こう側で、嘆いた…

 今と、同じく、電話の向こう側で、文句を言った…

 私は、それを、思い出した…

 だから、
 
 「…でも、以前、透(とおる)さんは、好子さんを、わがままな女だと…」

 と、言ってやった…

 わざと、言ってやった…

 すると、

 「…たしかに、そんなことを、言ったことも、あるかも、しれない…」

 と、透(とおる)の口調が、トーンダウンした…

 「…でも、今すぐというか…こんなに早く、離婚するとは、思わなかった…」

 「…」

 「…それも、これも、米倉の業績が回復したから…」

 透(とおる)が、いまいましげに、語った…

 …知っていた!…

 …やはり、知っていた!…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 「…まさか、米倉の業績が、こんなに早く回復するとは、思わなかった…」

 透(とおる)が、嘆いた…

 断腸の思いで、言っているようだった…

 「…だから、周囲の人間が…」

 「…どういうことですか?…」

 「…オレも、好子も、まだ結論を出すつもりは、全然なかった…」

 「…結論? …なんの結論ですか?…」

 「…離婚という結論…」

 「…」

 「…でも、周囲の圧が、凄くて、とても、オレも、好子も、周囲の圧に耐えられなくなった…」

 「…」

 「…そこへ、あの秋穂との写真が、出た…」

 「…」

 「…それが、とどめになった…」

 透(とおる)が、自嘲気味に、笑った…

 「…まさに、身から出たサビだが、あの報道をきっかけに、御覧の通り、独身に、戻った(苦笑)…」

 「…」

 「…まったく、あの秋穂にやられたよ…いや、正造に、か…」

 「…正造さんに? …どういう意味ですか?…」

 「…知らないのか?…」

 「…なにを、知らないんですか?…」

 「…あの秋穂は、正造の娘だ…」

 「…エッ?…」

 思わず、絶句した…

 言葉を失った…

 「…ウソッ!…」

 「…ホントだ…」

 「…」

 文字通り、言葉を失った…

 頭の中が、混乱した…

 頭の中が、ぐちゃぐちゃになった…

 そして、ぐちゃぐちゃになりながらも、考えた…

 誰が、あの秋穂を、澄子の娘だと、最初、言ったのか、考えた…

 それは、正造だった…

 米倉正造だった…

 私は、正造の言葉で、あの秋穂を、澄子さんの娘だと、思った…

 文字通り、疑うことなく、澄子さんの娘だと、信じた…

 が、

 違った…

 事実は、正造の娘だった…

 そして、そういえば…

 そういえば、あの秋穂に初めて会ったときのことを、思い出した…

 あのとき、あの秋穂は、

 「…自分は、澄子の娘だ…」

 と、語った…

 つまり、秋穂本人が、そう言ったのだ…

 だから、その言葉を信じた…

 だから、考えてみれば、正造が、最初に、あの秋穂が、澄子の娘だと言ったわけではない…

 秋穂、自らが、言ったのだ…

 そして、その秋穂を尾行して、あの正造が、いた…

 あの米倉正造が、いた…

 これは、どういうことだ?

 なぜ、あの秋穂を尾行していたのか?

 考えてみれば、謎がある…

 どうして、正造が、澄子の娘を尾行していたのか、謎がある…

 そして、それ以上に、謎なのは、澄子の影が、どこにも、ないことだった…

 澄子の名前は、頻繁に出て来るが、澄子本人は、今だ、姿を現さない…

 これは、考えてみれば、おかしい…

 米倉の業績が、回復しても、澄子は、いまだ、世間に姿を現さなかった…

 だから、今、言った、あの秋穂が、正造の娘だという話の方が、納得できる…

 父親が、娘を尾行していたと、考えれば、納得できる…

 なぜ、父親が、娘を尾行していたのか、厳密に、問われれば、わからないが、素行が、おかしい、自分の娘を心配して、尾行したといえば、いいのだろうか?

 そう思えば、少なくとも、自分の姪を尾行していたというよりも、納得できる…

 そういうことだ…

 私は、あまりの衝撃の事実に、頭が、混乱したが、混乱しながらも、そう、考えた…

 そして、そう考えれば、いろいろなことが、納得できた…

 あの秋穂が、私や好子さんに、似たタイプの美人であること…

 これは、米倉の血…

 あの秋穂さんが、澄子さんの娘であれ、正造の娘であれ、米倉の一族であることに、変わりはない…

 そして、米倉の一族であれば、私や、好子さんに、似たタイプの美人であることは、わかる…

 私も、また米倉一族…

 血は薄いが、ご先祖様に、米倉の血が混じっている…

 だから、私と、好子さんは、ルックスが似ている…

 そういうことだ…

 そして、そう考えれば、あの秋穂という娘もまた、米倉一族で、間違いはない…

 なにしろ、私や、好子さんと、同じタイプの美人だからだ…

 同じ米倉の一族でも、澄子さんは、美人ではない…

 だから、全員が、美人とは、限らないが、同じタイプの美人が、生まれる可能性は、高いということだ…

 私が、混乱した頭の中で、そう考えると、透(とおる)が、

 「…と、聞いている…」

 と、続けた…

 「…聞いている?…」

 …どういうことだ?…

 「…そう、聞いているだけだ…確証はない…」

 「…確証は、ない…」

 「…ない…」

 「…」

 「…ただ、秋穂が、キーマンだ…あの秋穂が、現れて、物事が、動き出した…」

 「…キーマン?…」

 「…ある意味、謎の女だ…」

 「…謎の女?…」

 絶句した…

 そんな言い方は、ドラマや小説の中でしか、聞いたことが、ないからだ…

 そして、あらためて、正造のことを、思い出した…

 正造が、どうして、入院したのか、あらためて、考えた…

 「…どうして…一体、どうして、正造さんは、入院したんですか?…」

 「…それは、わからない…ただ…」

 「…ただ、なんですか?…」

 「…正造は、あの秋穂を探っていた…」

 「…探っていた? …どういうことですか?…」

 「…あの秋穂が、さっきも言ったように、キーマンだ…」

 「…キーマン?…」

 「…あの秋穂が、泥酔したボクと、腕を組んで、写真に、撮られたことを、きっかけに、ボクと好子の離婚が、進んだ…」

 「…つまり、秋穂さんの背後に、誰かいると?…」

 「…さすがに、高見さん、頭の回転が速い…」

 「…」

 「…もっとも、その誰かは、見当は、ついているんだが…」

 透(とおる)が、歯切れ悪く、言った…

 「…どなたですか?…」

 「…ボクと、好子の離婚を望んだ人物だ…」

 それ以上は、言わなかった…

 また、私も、それ以上は、聞かなかった…

 いや、

 聞けなかった…

 離婚は、プライベートの問題…

 その問題に、二人とは、なんの関係もない、私が、切り込むことなど、できなかった…

 稀に、私と同じように、当人たちと、何の関係もない、第三者の立場で、根掘り葉掘り聞く人間が、いるが、それは、よほどの礼儀知らずか、愚か者だろう…

 私は、思った…

 普通は、そんなことは、できない…

 だから、本当は、聞きたかったが、聞けなかった…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…それを、正造は、探っていたわけだ…」

 と、透(とおる)が、言った…

 「…探っていた…」

 「…だから、秋穂を尾行していた…その途中で、事故にあった…」

 透(とおる)が、告げた…

 意外な真相だった…

                  
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