第65話

文字数 3,940文字

 「…どうしますか?…」

 再度、田上が、聞いて来た…

 私は、焦った…

 どう、答えていいか、わからなかった…

 復職は、したい…

 が、

 背後関係が、見えない…

 どうして、私が、金崎実業を休職に、追い込まれ、そして、今また、復職させるのか?

 背後関係が、見えないまま、復職して、いいものか、どうか?

 悩んだ…

 が、

 その一方で、果たして、私に、そんな権利があるか、どうかも、悩んだ…

 会社と、個人は、対等ではない…

 対等の関係ではない…

 明らかに、個人よりも、会社が、強い…

 だから、会社側の人間である、人事部の田上が、今、

 「…高見さん、復職しますか? それとも、このまま、当面、休職を続けますか?…」

 と、提案してくれて、

 「…いえ、今は、まだ、当面、休職を続けます…」

 と、答えれば、二度と、復職するチャンスは、訪れないかも、しれない…

 内山社長も、二度と、動いては、くれないだろう…

 内山社長が、誰に頼まれて、私を復職すべく、動いてくれたのかは、わからない…

 私の同僚の、娘に頼まれたのかも、しれないし、水野父子から、頼まれたのかも、しれない…

 が、

 これを、断れば、二度と、復職できないかもしれない…

 二度と、金崎実業に、戻れないかも、しれない…

 その思いが、浮かんで来た…

 だから、

 「…わかりました…復職します…」

 と、断言した…

 本当は、誰が、私を休職に追い込んだのか?

 知りたい…

 そして、今、私に、手を差し伸べてくれた、内山社長の背後に、誰が、いるのか?

 知りたい…

 が、

 それが、わかるまで、待って、復職することは、できない…

 そう、悟った…

 だから、

 「…田上部長…」

 と、言った…

 「…なんでしょうか?…」

 「…内山社長に、ぜひ、お礼を言ってくれませんか? 高見が、感謝していると…」
 
 「…わかりました…」

 田上が、淡々と答える…

 田上が、機械的に、答える…

 なんだか、私との温度差が、あまりにも、違い過ぎて、笑えた…

 本当は、こんなところで、笑うところでは、ないのだが、不意に、笑いが、こみ上げてきた…

 さすがに、無理やり、笑いを抑え込んだが、これが、田上が、目の前にいれば、大変だった…

 なにしろ、真面目な話をしているのに、いきなり、相手が、笑いそうになったのだ…

 この女、一体、なに?

 と、思っても、おかしくはない…

 あるいは、

 「…この女、一体、どうやって、社長を動かしたのか?…」

 と、考えたのかも、しれなかった…

 私が、復職できると、聞いて、思わず、ニヤリと、笑った…

 すると、当然、私が、内山社長を動かしたと思うだろう…

 色仕掛けか?

 とも、思うかも、しれない…

 内山社長と、寝て、復職にこぎつけたのか?と、思うかも、しれない…

 いや、

 これは、違うか?

 やはり、男たるもの、寝るなら、もっと、ナイス・バディの女を、選ぶか?

 もっと、身長170㎝に近い、水着が、似合う女を選ぶか?

 ふと、思った…

 身長、わずか、155㎝と、小柄な私と寝ても、つまらないと、思うかも、しれない…

 事実、私が、裸になっても、見るべきものは、なにもない(笑)…

 極端な話、小学生や中学生の裸と、大差ないだろう…

 私が、男なら、もっと、出るところは、出て、引っ込むところは、引っ込む、ナイス・バディの女を選ぶだろう…

 それとも、これは、コンプレックス?

 小学生や中学生と、大差ない貧弱なカラダしか、持ってない私のコンプレックス?

 自分で、言うのも、おかしいが、ルックスには、自信がある(笑)…

 が、

 カラダには、まったくの自信がない(涙)…

 この155㎝の小さなカラダには、まったくの自信がない…

 当たり前だった…

 そして、そんなことを、考えていると、ふと、脳裏に、あの寿さんの顔が、浮かんだ…

 あの寿綾乃という女性の顔が浮かんだ…

 私とは、違う、完璧な美人…

 私とは、違う、大人の雰囲気を持つ美人…

 しかも、身長は、160㎝はあり、メリハリの利いたカラダも、持っていた…

 まさに、完璧な美人…

 あんな美人ならば、内山社長も、色仕掛けでやられてしまうだろう…

 いや、

 そもそも、私のように、退職勧奨も、受けなかった可能性が、高い…

 あんな美人に、

 「…辞めて、くれませんか?…」

 と、男たるもの、なかなか、口にできないものだ(爆笑)…

 もし、口にできるとすれば、あの寿さんが、もう少し、歳を取ってから…

 四十歳になれば、退職勧奨できるかも、しれない…

 が、

 今は、無理…

 無理筋…

 色っぽ過ぎる…

 だから、できない(笑)…

 そして、いつのまにか、私は、寿さんを、敵視している…

 寿さんをライバル視していることに、気付いた…

 自分が、絶対、寿さんに、勝てないから、敵視していることに、気付いた…

 思わず、私って、こんなに性格が悪かったんだ?

 と、思った…

 自分で、自分に、驚いた…

 自分の性格の悪さに、驚いた…

 まさか、自分が、こんなに嫉妬深いとは?

 まさか、自分が、こんなに性格が悪いとは?

 驚いた…

 自分でも、自分に驚きだった…

 たった一回、会っただけの寿さんに、ここまで、嫉妬するとは、意外だった…

 ここまで、対抗心を燃やすのは、意外だった…

 そして、なぜ、ここまで、対抗心を燃やすのか?

 考えた…

 そして、その結論は、すぐに、出た…

 勝てないからだった…

 一目見て、叶わない…

 そう、悟ったからだ…

 そして、そんな感情は、これまで、誰にも、抱いたことは、なかった…

 例えば、学校の勉強の成績で、

 「…このひとには、とても、叶わない…」

 と、感じたことは、数えきれないほど、ある(笑)…

 が、

 少しでも、接して、

 「…なにもかも、勝てない…」

 と、感じたのは、あの寿さんだけ…

 寿綾乃だけだった…

 街中で、ふと、

 「…なんて、キレイなひとなんだろ…」

 とか、

 「…なんて、カワイイんだろ…」

 とか、思う女性に、たまに、会うことはある…

 が、

 あの寿さんは、それとは、まったく違った…

 あの大人びた美貌も、そうだが、なんとなく、このひとには、叶わないと、感じさせられるというか…

 おおげさに、言えば、ひとを圧倒するものがある…

 本人は、気付かないだろうが、そういった雰囲気があった…

 そして、これは、おそらく、寿さん特有のものだろう…

 例えて、言えば、リーダーシップや、頼りがいというものが、該当する…

 これは、本人の意識とは、基本的に、無関係…

 例えば、会社とは、違って、学校では、同じクラスでは、基本、誰もが、対等なはずだ…

 が、

 成績とは、別に、クラスで、リーダーシップを取る人間というものが、存在することが、多い…

 そして、そのリーダーシップとは、なにかと、問われれば、簡単に言えば、ひとをまとめることだ…

 それが、リーダーシップだ…

 そして、普通は、その当人が、意識せずとも、なんとなく、その人間が、集団をまとめているものだ…

集団の先頭に立っているものだ…

 意識する、しないに限らず、周囲から、祭り上げられるものだ…

 そして、それが、能力というものだ…

 そして、そのリーダーシップと、学力と言うものは、本質的に違うものだ…

 若いときには、それに、気付かぬものが、結構多い…

 が、

 簡単に考えれば、誰にも、わかるものだ…

 クラスで、勉強が、一番できるものが、いつも、クラスを、まとめているかと、問われれば、違うだろう…

 つまり、そういうことだ(笑)…

 寿さんも、それと、同じで、周囲を威圧させると、言えば、おおげさだが、なんとなく、独特の雰囲気がある…

 この私にはない、独特の雰囲気がある…

 色気とは、また別の寿綾乃という女性特有の雰囲気がある…

 私は、思った…

 すると、電話の向こう側から、

 「…それでは、これで、いったん、失礼します…」

 という田上部長の声が、聞こえてきた…

 私は、焦った…

 内山社長のことを、考えていたら、いつのまにか、寿さんのことを、考えていた…

 自分でも、わからないが、なぜか、寿さんのことを考えていた(笑)…

 だから、私は、焦って、

 「…部長、復職に関して、書類等の手続きは…」

 と、慌てて、叫んだ…

 すると、相手は、一呼吸置いて、

 「…郵送で、ご自宅まで、送るか、高見さんの勤務する営業所に送るか、それとも、本社の人事部まで、高見さんに来てもらうか? それは、後で、考えます…」

 と、田上は、考えながら、ゆっくりと、告げた…

 私は、二の句が告げなかった…

 考えてみれば、当たり前だからだ…

 それよりも、今の田上の口調から、もしかして、私が、復職すると、言ったのは、想定外?

 と、思った…

 なぜなら、考えながら、ゆっくりと、言ったからだ…

 これが、当初の想定通りならば、立て板に水とまでは、言わないが、もっと、滑らかに、告げたはずだ…

 私は、そう、思った…

 私は、そう、見抜いた…

 「…いずれにしろ、後日、また、ご連絡します…今日のところは、これで…」

 そう、言って、田上は、電話を切った…

 私は、唖然とした…

 まだ、聞きたいことがあったとまでは、言わないが、突然、私の復職について、電話が来て、どう答えていいか、わからなかった…

 正直にいえば、

 「…アレも、聞きたい…」

 「…コレも、聞きたい…」

 という思いは、あった…

 ハッキリ言えば、どうして、内山社長が、動いてくれたか、知りたかった…

 田上が、知るわけは、ないかもしれないが、知りたかった…

 田上が、知っていても、答えられるわけは、ないだろうが、知りたかった…

 が、

 すでに、電話は切れた…

 私は、ただ、呆然と、その電話を見つめるだけだった…

               
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