第28話

文字数 3,678文字

 「…私と結婚したい?…」

 思わず、素っ頓狂な声を上げた…

 自分でも、驚きだった…

 なにより、まさか、好子さんから、そんなことを、言われるとは、思わなかった…

 好子さんは、すでに、透(とおる)と、ギクシャクしているかもしれないが、透(とおる)の妻だ…

 まだ、別れていない…

 そんな透(とおる)の妻である、好子さんから、

 「…透(とおる)が、やっぱり、高見さんと、結婚したいと、言ったら、どうする?…」

 と、言われても、答えることが、できなかった…

 返答することが、できなかった…

 当たり前だ…

 すると、

 「…ゴメン…高見さん…やっぱ、高見さんには、答えられない質問だよね…」

 と、電話口で、好子さんが、言った…

 が、

 それにも、当然、答えることは、できなかった…

 返事をすることが、できなかった…

 「…でも、事実よ…」

 好子さんが、続ける…

 「…透(とおる)は、まだ、きっと、高見さんのことが好き…忘れないで、いる…」

 「…」

 「…だから、あのフライデーにも、撮られた…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…あのフライデーの記事に乗った、キャバクラの女のコ…高見さんに、似ていた…」

 「…私に似ていた?…」

 思わず、声に出した…

 が、

 それを、言えば、好子さんに似ているとも、言える…

 なんといっても、私と好子さんは、姉妹や従妹といっていいほど、似ているからだ…

 だから、

 「…でも、それって…」

 と、つい、口に出した…

 「…高見さんと、私が、似ているから、それに、似ているって、言いたいわけ…」

 「…ハイ…」

 「…でも、違う…」

 「…どう、違うんですか?…」

 「…あのフライデーに撮られた女のコは、私よりも、高見さんに似ていた…」

 「…私に…」

 「…そうよ…」

 そう言われれば、言葉も出なかった…

 ぐうの音も出なかった…

 たしかに、私と好子さんは、似ている…

 互いに、身長155㎝程度と小柄で、共に、女優の常盤貴子さんに似ている…

 が、

 同じではない…

 全体の顔立ちや雰囲気は、二人とも、似ているが、もちろん、そっくりではない…

 だから、透(とおる)が、写真週刊誌に撮られたキャバクラの女のコは、きっと、好子さんよりも、私に似ていたのだろう…

 そして、女というものは、そういうことに、真っ先に、気付くものだ…

 決して、見逃すことは、ない(笑)…

 だから、好子さんは、透(とおる)が、まだ、私を好きだと気付いたのだろう…

 私に未練があると、気付いたのだろう…

 そう、思った…

 「…まったく、許せない!…」

 いきなり、好子さんが、怒った…

 「…こともあろうに、私よりも、高見さんと似た女と、腕を組んで歩くところを、フライデーに撮られるなんて…」

 好子さんが、電話の向こう側で、憤慨した…

 「…ねっ? …そうでしょ?…」

 私に同意を求めた…

 が、

 当然ながら、私は、それに対して、答えることが、できなかった…

 だから、

 「…」

 と、黙った…

 そして、そんなことを、考えながら、この好子さんには、親しい友人が、いないんだろうな?

 と、ふと、思った…

 わずか、半年やそこら前に知り合った私に対して、こんなに打ち解けた話をする…

 普通は、ありえない…

 誰もが、こんな話は、もっと、昔からの友人にするものだ…

 ハッキリ言えば、学生時代の友人にするものだ…

 どうしても、会社で知り合った友人と、学生時代の友人は、違うというか…

 正直、若い時に知り合った人間の方が、親しくなれる…

 誰もが、そういうものだ…

 だから、会社を辞めれば、おおげさに言えば、誰しも、関係が、それほど、長く続かない…

 大抵は、最初は何度か、会い、それから、次に会うのが、半年、一年後と、続き、じきに会わなくなる…

 そういうものだ(笑)…

 学生時代の友人も、似たようなものだが、会社で、知り合った人間と、比べると、大抵は、もっと、打ち解けることができる…

 それは、やはり、利害関係がないことが、大きいというか…

 男も女も会社では、明確に上下関係が、存在する…

 それが、大きいというか…

 少なくとも、学校には、そんな利害関係は、なにもない…

 だから、会社を辞めれば、そんな関係から逃れられるから、あえて、付き合うこともない…

 だから、好子さんも、それが大きいのかも、しれない…

 ふと、思った…

 いや、

 たしか、好子さんは、働いて、いなかった…

 それは、平造が、好子さんに、会社に、近寄らせないにしていたからだ…

 好子さんは、米倉の正統後継者…

 その正統後継者が、一般の社員と共に、働くことで、カリスマ性が、失われると、考えたのかも、しれない…

 いや、

 そうではない…

 本当は、米倉が借金まみれであることを、好子さんに、悟らせないのが、目的だった…

 何度も、言うように、好子さんは、米倉の正統後継者…

 仮に、米倉の運営する会社、大日産業で、働いていても、その業務は、経営に関することが、中心になる…

 一般の女性社員とは、違う…

 経営企画室とか、社長に近い部署で、働くことになる…

 だから、余計に会社の内情が、わかるというか…

 そんな米倉の経営危機を悟らせないためにも、平造は、好子さんを、大日産業で、働かせなかった…

 それが、真相だった…

 私は、それを、思い出した…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…ゴメン…高見さん…」

 と、電話の向こう側から、好子さんが、謝った…

 「…たいして、親しくもない、高見さんに、こんな電話をかけて…愚痴をこぼして…」

 「…いえ…そんな…」

 好子さんに下手に出られると、困った…

 なんのかんのいっても、私と好子さんとは、身分が、違う…

 好子さんは、大金持ちのお嬢様…

 私は、平民だからだ…

 「…でも、どうしても、私にとって、高見さんは、他人に思えないの…」

 意外な言葉だった…

 「…一体、どうして?…」

 思わず、聞いた…

 たいして、親しくもない人間にも、関わらず、どうして、そんなことを、言うのか?

 謎だったからだ…

 が、

 その答えは、すぐに出た…

 「…それは、私と高見さんが、似ているから…外見が、似ているから…だから、誰よりも、親しく感じる…」

 それが、好子さんの答えだった…

 回答だった…

 そして、その答えには、物凄く、納得したというか…

 すでに、何度も繰り返したが、私と好子さんは、同じような顔をした美人…

 女優の常盤貴子さんを、小柄にした美人だ…

 すると、互いに、相手の置かれた環境が、わかるというか…

 例えば、

 「…好きでもない男に口説かれて、仕方がない…」

 と、愚痴をこぼせば、ハッキリ言えば、周囲の女を敵に回す危険がある…

 「…あの女…ちょっとばかり、美人に生まれたからって、調子に乗って…」

 と、陰口を叩かれる…

 人間は、嫉妬の生き物…

 自分以上の人間が、許せない人間も多い…

 まして、美人は、少数派というか…

 稀…

 だから、普通のルックスを持って生まれた女の中には、悔しくて、仕方のないものが、いる…

 羨ましくて、仕方がないものがいる…

 それが、現実だ…

 だから、好子さんは、美人に生まれた自分の置かれた状況を、誰よりも、よくわかってくれるであろう私に、親近感を抱いた…

 同じタイプの美人の私に親近感を抱いた…

 そういうことだろう…

 私は、思った…

 すると、

 「…ゴメンナサイ…そんなに、親しくないのに…一方的に、こんなことを言って…」

 好子さんが、詫びた…

 「…いえ…」

 答えながらも、好子さんが、心底、弱っていると、感じた…

 夫の透(とおる)が、不倫をしたことを、私が、思うよりも、はるかに、好子さんにダメージを与えているに、違いなかった…

 それでなければ、たいして、親しくもない、私に対して、電話をくれることが、なかったからだ…

 なにより、好子さんは、そんなに弱い人間ではない…

 また、そんなに弱い人間なら、あの平造は、好子さんに、米倉を託そうとは、思わなかっただろう…

 米倉を継げる人間だと思うから、好子さんに後を託したに違いない…

 私は、思った…

 そして、そんなことを考えると、あの透(とおる)のことを、考えざるを得なかった…

 透(とおる)は、一体、なにを、考えているんだろう?

 と、考えた…

 透(とおる)は、バカではない…

 自分の不倫が、水野と米倉の提携に、ヒビを入れる行為と、気付かぬわけがない…

 自分のしたことが、どれほど、周囲に大きな影響を及ぼすか、わからないわけでは、ない…

 にもかかわらず、不倫をした…

 ということは?

 ということは、もしかしたら、それほど、あの透(とおる)は、好子さんと結婚したことが、嫌だったのだろうか?

 それほど、当初、予想した結婚生活とは、違ったのだろうか?

 私は、考えた…

 考えざるを得なかったというか…

 あれほど、好きだった好子さんと結婚して、半年も経たないうちに、これとは?

 この結果とは?

 もはや、笑っていいのか?

 怒っていいのか?

 わからない状態だった(笑)…

               
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