第61話

文字数 4,532文字

 …同情詐欺…

 まさに、言い得て妙な言葉だった…

 透(とおる)は、好子さんが、好き…

 が、

 好子さんは、透(とおる)を、好きではなかった…

 たぶん、嫌いではない…

 が、

 好きでも、なかった…

 しかしながら、好子さんの実家の米倉は、破綻寸前…

 このままでは、路頭に迷うことになる…

 そこへ、旧知の水野が、救いの手を差し伸べた…

 透(とおる)との結婚を条件に、米倉を救うべく手を差し伸べた…

 だから、好子さんとしては、その手を握るしかなかった…

 他に、米倉を救う選択肢は、なかったからだ…

 当たり前だった…

 一方、透(とおる)としては、それは、善意だった…

 このまま、米倉、いや、好子さんが、路頭に迷うことを、見るに見かねて、好子さんに、救いの手を差し伸べた…

 透(とおる)が、幼いときから、好子さんを好きだったからだ…

 だから、好子さんを助けるべく、動いた…

 が、

 それが、同情詐欺とは?

 たしかに、困った相手に、同情して、金を出した…

 そして、それが一転して、米倉の業績が、回復した…

 だから、同情詐欺といえば、そうも、言えなくないが、あんまりといえば、あんまりな言葉…

 さすがに、言い過ぎではないか?

 私は、思った…

 だから、

 「…透(とおる)さん、さすがに、同情詐欺は、言い過ぎでは?…」

 と、やわらかに、たしなめた…

 すると、透(とおる)は、沈黙した…

 「…」

 と、しばらく、口を開かなかった…

 だから、私は、待った…

 ジッと、透(とおる)が、話し出すまで、待った…

 すると、だ…

 「…たしかに、同情詐欺は、言い過ぎだったと、思う…でも…」

 そこで、言葉を切った…

 「…でも、なんですか?…」

 私は、痺れを切らして、聞いた…

 「…あんなに、わがままな女だとは、思わなかった…」

 透(とおる)が、電話の向こう側から、ため息交じりに、苦笑した…

 「…エッ? …わがままな女?…」

 「…そうだ…」

 「…どう、わがまま、なんですか?…」

 「…どうと、言われても…」

 言い淀んだ…

 たしかに、わがままと、言っても、どう、わがままなのかは、わからない…

 だから、こちらとしても、どうわがままなのか? 

 聞くのは、当然なのだが、いきなり、聞かれても、透(とおる)は、すぐには、答えられないのかも、しれない…

 これも、当たり前のことだ…

 だから、

 「…どう、わがままのか? 突然、聞かれても…」

 と、言いながら、透(とおる)は、しばし、沈黙した…

 しばし、悩んだ…

 それから、

 「…とにかく、自分勝手なんだ…」

 と、息せき切って言った…

 「…どう自分勝手なんですか?…」

 「…とにかく、自分を通す…」

 「…自分を通す?…」

 「…要するに、何事も、自分の思い通りじゃないと、気が済まない…」

 透(とおる)が、吐き出すように、言った…

 「…生粋のお嬢様だ…考えてみれば、それが、当たり前だ…お金に苦労せずに、過ごしてきたんだ…おまけに、美人…だから、なんでも、自分の思い通りに、しようとする…」

 たしかに、言われてみれば、わかる…

 おそらく、この透(とおる)の言う通りだろう…

 米倉好子は、生粋の金持ちのお嬢様…

 お金に苦労したことなど、一度もないに違いない…

 おまけに、美人…

 ルックスもいい…

 だから、余計に調子に乗る(笑)…

 金とルックス…

 いわば、生きるのに、一番大切なものを、持って生まれた…

 生きてゆくのに、なにが、大切かと言えば、まずは、お金だ…

 お金が、なければ、生きてゆけないからだ…

 次は、ルックス…

 男女とも、ルックスは、いい方がいい…

 男女とも、周囲に、チヤホヤされるからだ…

 だから、居心地がいい…

 その反面、そのルックスを妬んで、周囲に敵を作る可能性も、あるが、それでも、ルックスがいいに越したことはない…

 そして、最後は、頭…

 頭の良さだ…

 が、

 これは、金やルックスに比べれば、優先順位が、落ちる…

 なぜなら、頭の良さは、必ずしも、生かせるとは、限らないからだ…

 例えば、東大を出て、企業に入社しても、誰もが、出世するわけではない…

 そういうことだ…

 いかに、頭が良くても、それが、生かせない環境に置かれることは、誰もが、ある…

 だから、自分の頭の良さが、うまく生かせる仕事に就くことが、できれば、ラッキーというか…

 恵まれていると、思わなければ、ならない…

 そういうことだ…

 だから、私の中では、頭の良さは、3番目…

 お金が、一番…

 ルックスが、2番…

 その次だ…

 そして、そんなことを、考えながら、自分は、つくづく平凡だと、思った…

 たしかに、ルックスは、好子さんに、負けない自信がある(苦笑)…

 が、

 私は、お金持ちでも、頭が、良くもない…

 ただ、ルックスがいいだけ…

 ただ、美人に生まれただけだ…

 だからだろう…

 私は、美人に生まれたが、それほど、調子に乗ってない…

 が、

 あの好子さんは、たしかに、違うだろう…

 おおげさに言えば、すべてを持って、生まれた女…

 お金とルックスを持って、生まれれば、誰もが、調子に乗る…

 だから、そんな人間は、いかに、自分を抑えることができるか?

 それが、問題だ…

 それが、できなければ、わがまま放題の人間になってしまうからだ…

 たぶん、好子さんは、それができない…

 もう、三十路を過ぎているのだから、自分でも、そんなことは、わかっていると思うが、それが、できないのだろう…

 環境が、変わっても、自分を変えることは、誰もが、難しい…

 好子さんは、透(とおる)に救ってもらったのだから、透(とおる)に従わなければ、ならないが、それができないのだろう…

 あるいは、自分としては、それをしているつもりでも、透(とおる)から、見れば、それができていないのだろう…

 米倉のような大金持ちに生まれれば、生まれるほど、平凡に生きるのが、難しい…

 ハッキリ言えば、生活レベルを落とすのが、難しい…

 それまで、行きつけだった店やスポーツクラブなど、いわば、セレブ御用達の店に行けなくなるのは、我慢できないに違いない…

 そして、この透(とおる)は、米倉以上のお金持ちの水野家の一族だが、純粋に、水野家の人間ではない…

 父親の良平が、外に作った子供…

 愛人の子供だ…

 だから、おそらく、子供の頃は、平凡な家庭に育った…

 あるいは、貧乏な家庭に育ったかも、しれない…

 だから、好子さんを、わがまま放題なお嬢様と思うのだろう…

 この透(とおる)には、あの好子さんと違って、平凡な家庭に育った強さがある…

 だから、余計に、好子さんをわがまま放題のお嬢様と断罪するのだろう…

 私は、思った…

 「…好子が、あんなに、わがまま放題の女だとは、思わなかった…」

 電話口で、透(とおる)が、愚痴る…

 私は、

 「…」

 と、なにも、言えなかった…

 「…」

 と、黙っていた…

 いくらなんでも、その言葉に、同意することは、できなかった…

 相槌を打つことは、できなかった…

 私は、透(とおる)の姉妹や、昔からの知り合いでも、なんでもないからだ…

 さすがに、その通りと、思っていても、なにも言えなかった…

 が、

 その透(とおる)も、さすがに、言い過ぎたと、思ったのだろう…

 「…」

 と、沈黙した…

 さすがに、赤の他人である、私に、言い過ぎたと思ったのかも、しれない…

 だから、私も、黙った…

 互いに、気まずい沈黙の時間が流れた…

 不気味な沈黙の時間が流れた…

 それから、

 「…高見さん…」

 と、透(とおる)が、呼びかけた…

 「…なんですか?…」

 「…オレは、これから、どうすれば、いいと、思う?…」

 意外な言葉だった…

 「…どうすればって?…」

 「…このまま、好子と夫婦生活を続けるか、否か?…」

 「…そんなこと、私に聞かれても…」

 正直、困る…

 なんて、言っていいか、わからない…

 「…水野は、米倉と、別れた…だから、会社同士の付き合いは、なくなった…つまり、
好子と結婚を続ける理由も、なくなった…」

 「…」

 「…なにより、オレは、好子が、路頭に迷うのを、見るのが、嫌で、親父に、好子と結婚するから、米倉を救ってくれと、頼んだ…しかし、今、その必要がなくなった…米倉の借金がなくなり、米倉と水野の提携も、解消した…だから、好子と結婚生活を続ける意味もなくなった…」

 透(とおる)が、一気に、ぶちまける…

 それから、一転して、沈黙した…

 なにも、言わなくなった…

 だから、私は、わざと、

 「…透(とおる)さん…」

 と、言葉をかけた…

 「…なんだ?…」

 「…透(とおる)さんは、子供の頃から、ずっと、好子さんが、好きだったんでしょ?…」

 「…ああ…」

 「…それが、結婚できた…夢が叶ったわけでしょ?…」

 「…」

 「…その夢を、そんなにあっさり手放して、いいんですか?…」

 私が、幾分、きつい調子で、言うと、透(とおる)が、黙った…

 「…」

 と、無言だった…

 「…どうなんですか?…」

 私は、追い打ちをかけて、聞いた…

 すると、電話の向こう側から、小さな声で、

 「…最初は、嬉しかった…」

 と、ポツリと漏らした…

 「…でも、それは、最初だけ…」

 「…最初だけ?…」

 「…なんといっても、子供の頃から、好きだった…憧れていた…だから、最初は、ただ嬉しかった…」

 「…」

 「…でも、長くいっしょにいると、それまで、見えなかったあらが見えてきたというか…自分でも、自分の気持ちが、どんどん冷めてゆくのが、わかった…」

 「…」

 「…まるで、子供が、親に駄々をこねて、おもちゃを買ってもらったのに、すぐに飽きたのと、同じというか…」

 「…」

 「…自分でも、ビックリするほど、好子に対する思いが、冷めていった…」

 「…」

 「…笑っちゃうよな…」

 透(とおる)が、自虐する…

 そして、その透(とおる)の気持ちは、よくわかった…

 誰もが、見るのと、暮らすのは、違う…

 極端な話、街中でよく会う、美男美女と、なにかのきっかけで、暮らすことになったとする…

 すると、当然、それまで、見たことのなかった姿を知ることになる…

 いっしょに、暮らしたら、だらしなかったり、お金に汚かったり、真逆に、信じられないほど、神経質だったりと、見た目では、わからなかったことが、結構出て来るものだ(笑)…

 だから、透(とおる)の言葉は、驚くに値しない…

 が、

 透(とおる)は、水野家の跡取り息子…

 好子は、米倉の正統後継者だ…

 いわば、二人とも、お金持ちのカップル…

 だから、結婚して、すぐに、

 「…なんか、思ったのと、違った…」

 と、言って、離婚することは、できない…

 世間の目があるからだ…

 二人とも、金持ちの有名人だからだ…

 世間的な知名度は、ないが、財界では、有名だからだ…

 それが、私のような一般人とは、違う(苦笑)…

 だから、いざ結婚して、失敗したと悟っても、すぐに、離婚することは、できない…

 当たり前のことだ…

 そして、私が、そんなことを、考えていると、

 「…オレも、この先、どうしていいか、わからない…」

 と、透(とおる)の苦悶の声が、聞こえてきた…

               
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