第52話

文字数 4,172文字

 ゲスの勘繰り…

 聞くのも、嫌な言葉だった…

 自分が、それに当てはまるのも、嫌だったし、驚きだった…

 まさか、自分が、ゲスの勘繰りのような真似をするとは、思わなかった…

 いや、

 決して、したわけではないが、危うく、しかねかい感じだった…

 それが、自分でも、驚きだった…

 そんな真似をしかねない、自分自身に、驚きだった…

 だから、早く、この場を去ろうと思った…

 一刻も早く、この場を去ろうと思った…

 なんだか、この場に長くいると、自分が惨めになるというか…

 自分を、自分で、嫌いそうになった…

 だから、

 「…帰ります…」

 と、突然、言った…

 「…エッ? …帰る?…」

 諏訪野伸明が、驚いて、言った…

 「…用事は、済んだようですから…」

 私が、言うと、諏訪野伸明と、寿さんが、互いに顔を見合わせた…

 どうして、いいか、わからない様子だった…

 二人の表情が、そんなふうに、見て取れた…

 それから、すぐに、

 「…でしたら、家まで、お送りします…」

 と、寿さんが、言った…

 「…送る?…」

 と、私。

 「…だって、今日、高見さんを、この諏訪野の家に、高見さんの自宅から、連れてきたのは、私です…だから、当然、帰りも、送迎します…」

 忘れていた…

 すっかり、忘れていた…

 たしかに、言われてみれば、その通り…

 その通りだった…

 現に、この寿さんに、送迎してもらわなければ、私は、自宅まで、帰ることが、できなかった…

 この家から、どうやって、帰るのか、わからなかったからだ…

 当たり前だ…

 ただ、クルマに乗せられて、この家にやって来た…

 例えば、この家から、どうやって歩けば、最寄りの駅に辿り着くのか?

 それすら、わからなかった…

 だから、

 「…よろしく、お願いします…」

 と、寿さんに、頭を下げた…

 すると、寿さんが、

 「…高見さんに、頭を下げられるまでも、ありません…高見さんを、今日、お招きしたのは、五井家…だから、ご自宅まで、届けるのは、五井家の役割…ね…そうでしょ? 伸明さん?…」

 寿さんが、諏訪野さんに、同意を求めた…

 すると、諏訪野さんは、

 「…当然です…」

 と、慌てて、言った…

 が、

 言わされたというか…

 寿さんに追随したのが、見え見えだった…

 私は、これを、見て、やはりというか…

 仮に、この二人が、結婚すれば、この諏訪野さんは、寿さんに、尻を引かれるのが、見えている、と思った…

 そして、仮にも、そんな尻を引かれるのが、見えている、諏訪野さんと、寿さんの結婚を、あの和子さんが、了承するのか?

 とも、思った…

 あの女傑の諏訪野和子が、認めるのか?

 とも、思った…

 そして、そう思いながらも、すでに、認めているのでは?

 と、考え直した…

 そうでなければ、この寿さんを、五井家当主の諏訪野伸明さんの元に、置くまいと、思った…

 あの和子さんが、信頼できると、考えたからこそ、甥の五井家当主の元に、寿さんを置いたのだろうと、思った…

 そして、そんなことを、考えると、この諏訪野さんと、寿さんが、すごく、羨ましかった…

 美男美女のカップル…

 おまけに、お金持ち…

 誰が、見ても、理想のカップルだ…

 いつか、自分も、こんなふうになりたい…

 そう思わずには、いられなかった…

 すると、脳裏に、突然、あの米倉正造の顔が思い浮かんだ…

 この諏訪野伸明同様の色白のお坊ちゃま顔が、浮かんだ…

 おそらく、自分も、あの米倉正造と、目の前の二人のように、なりたがっている…

 そう、気付いた…

 と、同時に、

 やはり、私は、恋をしている…

 あの米倉正造に、恋している?

 と、考えざるを得なかったというか…

 なぜなら、真っ先に、脳裏に浮かんだのは、正造…

 あの米倉正造だったからだ…

 決して、あの水野透(とおる)では、なかったからだ(苦笑)…

 同じお金持ちでも、水野透(とおる)ではなかったからだ…

 だから、

 やはり、正造なのか?

 私が好きなのは、あの米倉正造なのか?

 と、思った…

 深く、思った…

 そして、今も、もしかしたら、私は、あの米倉正造に恋している…

 米倉正造が、今も好き…

 そう、考えざるを得なかった…

 
 その後、この諏訪野の家にやって来た時と、同じく、クルマに乗り、自宅まで、帰った…

 後部座席の隣には、寿さん…

 当たり前と言うか…

 あの諏訪野伸明は、同乗しなかった…

 仕事があるのだろう…

 あるいは、

 用事があるのだろう…

 と、思った…

 一瞬、もしや?

 とも、思ったが、期待した自分が、バカだった…

 期待した自分が、愚かだった…

 私、高見ちづるを招待したのだから、もしかしたら?

 と、思ったのだ…

 が、

 そんなことを、夢見る私は、お子様?

 まもなく34歳になるのに、今だ、大人になりきれない子供…

 そう、思った…

 あり得ない展開に、心躍らせる、お子ちゃま…

 そう、思った…

 自分は、この寿さん同様、周囲から、しっかり者のように、見られていた…

 子供のときから、周囲から、そう、見られていた…

 が、

 見られていただけ…

 ただ、そう見られていただけ…

 それだけだった…

 別段、私は自分をしっかりしているなどと、思ったことは、一度もない…

 が、

 今日、寿さんや、あの諏訪野和子さんを、見て、思った…

 自分の未熟さを思った…

 いや、

 未熟さではない…

 自分の能力のなさだ…

 そう、思い直した…

 未熟さならば、時間をかけて、経験を積めば、なんとかなる…

 が、

 能力のなさは、決して、時間が解決できる問題ではないからだ…

 そう、気付いた…

 だから、どうあがいても、私は、寿さんのようには、なれない…

 だから、どうあがいても、私は、あの米倉正造と結婚できない…

 と、

 なぜか、話が、そっちの方向に進んだ(爆笑)…

 そして、そんなことを、考えていると、隣の寿さんが、

 「…高見さん…なにを、考えています?…」

 と、突然、聞いて来た…

 私は、反射的に、

 「…なにも…」

 と、返した…

 まさか、自分が、今、なにを、考えていたか? なんて、他人に、うまく説明できるものでは、なかったからだ…

 すると、寿さんは、笑った…

 笑いながら、

 「…いきなり、なにを考えていました? と、聞かれて、うまく、答えられるわけは、ありませんよね…」

 と、言った…

 私は、たしかに、その通りだと、思った…

 が、

 それを、言うのも、憚(はばか)れた…

 すると、寿さんが、

 「…さっき、言ったことは、真実です…」

 と、いきなり、言った…

 「…さっき、言ったこと…ですか?…」

 …さっき、言ったこと?…

 …一体、なにを、言ったんだろ?…

 私は、考えた…

 すると、そんな私の心の中を見透かすように、

 「…私が、高見さんを羨ましいと、言ったことです…」

 と、続けた…

 そして、私の顔を、見た…

 「…それは、事実です…」

 「…どうして、私が、羨ましいんですか?…」

 私は、聞いた…

 聞かざるを得なかった…

 どうして、誰が見ても、私より、はるかに、キレイな寿さんが、私を羨ましいというのか?

 聞かざるを得なかった…

 「…高見さんは、可愛らしい…私には、ないものです…」

 「…カワイイ?…」

 「…ハイ…」

 たしかに、寿さんに可愛らしさは、ない…

 可愛らしさは、皆無…

 寿さんにあるのは、美人…

 可愛らしさが、まるでない、本格的な美人だ…

 「…たぶん、高見さんは、自分のことだから、わからないんです…」

 「…自分のことだから?…」

 「…高見さんは、失礼ですが、小柄です…でも、例えば、大柄な女性…身長が、170㎝もある、水着の似合う美人から、見れば、高見さんを、羨ましく感じる…」

 「…」

 「…ひとは、誰でも、ないものねだりというか…自分にないものに、憧れます…小柄な女性は、背が高く、スタイルのよい女性に…真逆に、背が高い女性は、小柄な女性に…」

 「…」

 「…誰もが、自分にないものに憧れます…」

 寿さんが、総括した…

 そして、寿さんに、そう言われると、なにも、言えなくなった…

 たしかに、私の友人知人の中にも、170㎝近い、大柄な女性は、いた…

 そして、皆、その背の高さにコンプレックスを、持っていた…

 とりわけ、その中でも、私が、接した女性の一人は、ルックスも、良く、頭も良く、性格も良い…

 いわば、すべてを、兼ね備えた女性だった…

 私が、目の前で、見ても、胸も、お尻も大きく、いわば、日本人離れしたプロポーションの持ち主だった…

 にも、かかわらず、本人は、そのカラダにコンプレックスを抱えていた…

 私にしてみれば、羨ましいの一言だった…

 彼女と、プールや、海水浴に行けば、男は、皆、彼女の水着姿にノックアウトされるだろう(笑)…

 それほど、日本人離れした、完璧な肉体を持っていた…

 が、

 彼女は、真逆に、私を羨ましがった…

 身長、155㎝と、小柄な私を羨ましがった…

 私は、それを思い出した…

 そして、今、寿さんが、言ったように、ないものねだりというか…

 誰もが、自分が、持ってないものを、欲しがるものだと、気付いた…

 いや、

 あらためて、気付かされた…

 ホントは、寿さんに、指摘されまでもなく、誰もが、気付いているものだ…

 が、

 とっさに、自分にないものを、持った人間を見ると、圧倒されるというか…

 羨ましくなる…

 私は、寿さんを見て、本格的な美人だと、思って、憧れたが、寿さんから、見れば、私、高見ちづるは、小柄で、可愛らしい、美人だと、思ったのだろう…

 たしかに、私のかわいらしさは、寿さんにはない…

 あえていえば、寿さんは、隙のない美人とも、いえる…

 隙のないというのは、美人だが、誘いにくいというか…

 どうしても、完璧な美人というのは、とっつきにくいというか…

 ハッキリ言って、男女双方からしても、話しかけづらい…

 その完璧な美貌に圧倒されるからだ…

だから、やはり、可愛らしい方が、第三者から、見れば、話しかけやすい…

 これは、わかる…

 だから、寿さんが、私を羨ましいというのも、わかる…

 少なくとも、本心から言っているかどうかは、わからないが、納得はできる(苦笑)…

 私は、そう思った…

 すると、だ…

 「…諏訪野伸明…米倉正造…」

 と、いきなり、寿さんが呟いた…

               
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