第85話

文字数 4,933文字

 美人薄命…

 そういうことかも、しれない…

 私は、目の前の、寿さんを見て、思った…

 誰が、見ても、非の打ちどころのない美人の寿さん…

 だが、おそらく、その命は、短い…

 残酷だが、それが、真実だろう…

 が、

 だからこそ、美しい…

 中国の美人で有名な西施(せいし)ではないが、病を病んだ姿が、余計に、その美しさに磨きをかけている…

 私は、そう、思った…

 そして、そんなことを、考えていると、長谷川センセイが、自分が連れてきた、看護師の女性と、いっしょに、ベッドに眠ったままの米倉正造を、色々調べ出した…

 私と寿さんは、その姿を見ながら、戸惑った…

 決して、狭い病室ではないが、直接の関係者でもない、私と寿さんが、この病室にいるのは、場違いでは?

ふと、思った…

 そして、それは、寿さんも、同じだったようだ…

 寿さんが、私を見て、ふいに、病室の外の方に、顔を向けた…

 …ここを、出よう!…

 という、意思表示だった…

 それに、気付いた私と、寿さんは、病室を出た…

 病室を出て、廊下に、行った…

 そして、私に、

 「…やはり、米倉さんの関係者でもない、私たちが、病室にいるのは…」

 と、告げた…

 思った通りだった…

 だから、

 「…私も、そう思います…」

 と、答えた…

 それから、少し、おいて、

 …これは、今日は、帰れ!…

 と、いうことかも、しれないと、気付いた…

 だから、病室から、廊下に出た…

 そういう意味も、含まれているかも、しれないと、気付いた…

 すでに、米倉正造の見舞いは、済んだ…

 だから、この後、あの長谷川センセイと、誰かが、話さなければ、ならないが、それは、私でなく、寿さんが、いれば、いい…

 寿さんは、あの長谷川センセイと、顔馴染み…

 あの長谷川センセイは、寿さんの担当医師だったのだろう…

 そう思った私は、

 「…私は、今日は、これで、失礼します…」

 と、寿さんに、言った…

 「…高見さん、帰ってしまうの?…」

 「…寿さんが、いますから…」

 そう言いながら、まだ手に、お見舞いの花束と、お菓子を、持っていることに、気付いた…

 だから、それを、急いで、寿さんに、渡した…

 「…申し訳ありませんが、これを、米倉さんに渡して、下さい…」

 「…エッ? …私が?…」

 「…ハイ…それで、米倉さんの意識が、戻らない様子なので、このお菓子は、看護師の皆さんで、食べて頂ければ、と…」

 私が、慌てて、言うと、

 「…たしかに…」

 と、寿さんが、笑った…

 「…眠っていては、お菓子は、食べられないものね…」

 「…ハイ…」

 「…わかりました…」

 寿さんが、言った…

 そして、その寿さんの

「…わかりました…」

は、同時に、自分の望んだことを、この私が、わかったことへの、

「…わかりました…」

だと、思った…

「…それでは、失礼します…」

私は、丁寧に腰を折って、寿さんに、頭を下げた…

寿さんもまた、

「…今日は、わざわざ、ありがとうございます…」

と、言って、私に頭を下げた…

まるで、すでに、寿さんは、米倉正造の代理人のような感じだった…

しかも、違和感がまったくなかった…

実に、自然な感じだった…

考えてみれば、実に驚きだった…

米倉正造と、寿さんは、まったくの他人に関わらず、ただ、寿さんが、五井に身を寄せているだけで、米倉正造の代理人のように、振る舞う…

私には、とても、できない芸当だった(苦笑)…

たいして、親しくもない関係にも、かかわらず、そんな真似は、私には、できなかった…

だから、私が、内心、驚きでいると、寿さんが、

「…高見さん…今日も、また、お会いできて、嬉しかった…」

と、別れ際に言った…

が、

実のところ、私は、まったく、嬉しくなかった(苦笑)…

むしろ、これで、寿さんと、別れられると、思って、ホッとした…

なぜなら、この寿さんは、

…切れすぎる…

…鋭すぎる…

からだ…

だから、いっしょにいると、こちらが、疲れる…

私の動作、一挙手一投足を、すべて、寿さんに、見られていると、思われると、ゾッとする…

まるで、私が、逐一、観察されているように、思われたからだ…

寿さんが、どう思っているか、知らないが、少なくとも、私は、そう思っている…

だから、ホッとした…

この寿さんと、別れられると、思うと、実に、ホッとした…

が、

当たり前だが、まさか、そんなことは、言えない…

まさか、そんなことは、口に出せるわけがない…

だから、

「…こちらこそ、今日、寿さんに再会できて、嬉しかったです…」

と、告げた…

もちろん、社交辞令だ…

本音では、二度と会いたくなかった…

もう二度と、会うのは、嫌だった…

この寿さんは、鋭すぎる…

おまけに、私以上の美人…

それが、嫌だった…

この高見ちづるも、これまで、美人と、呼ばれて、周囲に、チヤホヤされて、生きてきた…

それが、明らかに、私以上の美人が、目の前にいる…

それが、嫌だった…

ずばり、プライドが、傷つくからだ…

だから、嫌だった(爆笑)…

「…それでは、これで、失礼します…」

と、言って、寿さんと別れたときは、実に、せいせいとした…

おおげさに、言えば、実に、自由になった気分だった…

ようやく、寿さんから、離れられる…

それが、嬉しかった…

寿さんといっしょに、いれば、男のひとから、

「…どっちが、美人?…」

と、陰で、言われるのが、わかっているからだ…

それが、嫌だった…

そして、おそらく、私に勝ち目はない…

もちろん、男のひとの好みにもよるが、大抵は、寿さんを選ぶに、決まっているからだ…

だから、私は、寿さんから、離れられて、せいせいした…

実に、せいせいした…


それから、まもなく、正式に、米倉の経営する大日グループが、五井グループ入りする情報が、世間に、発表された…

世間のひとは、驚いたかも、しれないが、私には、今さらだった…

今さら、話題になる?

そんな感じだった…

なぜなら、自分は、そんな情報は、とっくに、掴んでいたからだ…

私は、大日グループの五井グループ入りのニュースをテレビやネットで、見て、

「…なぜ、私は、大日グループの株を買わなかったんだろ?…」

と、いまさらながら、気付いた…

私は、事前に、米倉の運営する、大日グループの五井グループ入りを知っていたからだ…

事前に、この情報を掴んでいたのだから、大日グループの株を買っておけば、間違いなく、株は、高騰する…

それが、わかっていたにも、かかわらず、私は、大日グループの株を買わなかった…

今のご時世、スマホひとつで、株を買うことが、できる…

だから、私は、今さらながら、自分の愚かさを思った…

大学を出て、会社に入って、考えたことのひとつに、学校で、成績のいいことと、仕事や、その他もろもろの頭の良さとは、別物だということに、気付いた…

思えば、これも、そのひとつ…

私は、五井や米倉の関係者では、ないのだから、事前に、米倉の運営する大日グループの五井グループ入りを知っていたとしても、世間の人間は、当然、それを知らない…

だから、私が、事前に、大日グループの株を買っていたとしても、それは、インサイダー取引に当たらない…

つまり、警察に逮捕されない…

そういうことだ…

無論、私個人が、大日グループの株を買ったとしても、せいぜい、総額百万円ぐらいだろう…

が、

大日グループの株は、五井グループ入りの報道を受けて、間違いなく、高騰する…

すぐに、3倍、4倍と、高騰するに、違いない…

下手をすれば、10倍になったかも、しれない…

倒産寸前に追い込まれ、水野と合併すると、アナウンスすることで、なんとか、生き延びた大日グループの株は、とんでもなく、安かった…

だから、10倍は、高騰しても、おかしくはない…

つまりは、私が、大日グループの株を事前に買っておけば、百万円が、一千万になったということだ…

私は、考えた…

そして、世の中には、私と同じ立場に立てば、すぐに、大日グループの株を買うものも、少なからず、いる…

確実に儲かることが、わかっているからだ…

だから、それをしない、私は、愚か…

つくづく愚かだと、思った…

が、

同時に、自分が、そんなことをしないから、きっと、あの米倉正造にも、そして、透(とおる)の父親の水野良平にも、信頼されているのだと、考え直した…

それをすれば、私は、儲け話を決して、見逃さないしたたかな女だと、思われるからだ(苦笑)…

そして、私が、そんな行動をして、もし、その行動が、正造や、水野良平に、バレれば、二度と、二人とも、私を信頼することは、ないだろう…

私は、思った…

なぜなら、もし、私が、彼らの立場ならば、そんな人間は、決して、信用しないからだ…

だから、あらためて、考え直せば、そんなことは、しなくて、よかったと、思い直した…

いや、

問題は、そこではない…

問題は、そこではなく、なぜ、そんなことを、思いつかなかったか? だ…

それが、問題だ…

私が、さっき言った、大学を出て、いわゆる、学力と、会社に入って、学力以外の頭の良さに、気付いたというのは、まさに、それだった…

すぐに、考えれば、気付くことを、気付く人間と、気付かぬ人間が、いる…

そして、必ずしも、それは、学歴に関係しない…

そういうことだ…

真逆に、学歴に直結した頭の良さや悪さを感じたこともある…

その代表が、いわゆる出世だろう…

自分の学歴や、能力を考えれば、出世できるか、どうか、すぐにわかるものだが、わからない人間も、それなりに、目にした…

わかりやすい話、担当で、優れていれば、すぐに、その担当をまとめるリーダーになり、主任、課長、部長と、出世することが、できると、簡単に考える…

もはや、お笑いだ…

そして、そういう人間を見て、すべからく共通したことは、相手の学力等に、なんの関心もなく、ただ、与えられた業務ができるかどうか?

それが、すべての判断基準だったことだ…

例えば、会社の同僚が、英語が堪能だとする…

普通ならば、その同僚は、どこの高校を出て、どこの大学を出たのか?

ずばり、気になる…

なぜなら、その同僚が出た学校の偏差値が、気になるからだ…

そして、次には、どうして、英語を学びたくなったのか?

それが、疑問になる…

わかりやすい例えで、言えば、映画館で、上映した映画の字幕を見て、ホントは、英語で、どう言っているのか、知りたくなったとか?

当然、字幕に書かれた言葉は、短くしなければ、ならないから、すべてを書くことはできないからだ…

普通は、そんなことを、考えるものだが、その同僚は、そんなことは、思いもしなかった…

ただ、与えられた、業務ができるから、自分は優れている…

それだけだった(爆笑)…

 そして、その同僚を見て、もっとも、驚いたのは、周囲の人間を見て、今年の新入社員は、レベルが上がったか?

 あるいは、

 下がったのか?

 その判断もできないことだった…

 小学生ではないのだから、ひとと接すれば、なんとなく、相手の学力はわかるものだ…

 MARCHレベルか?

 日東専駒レベルか?

 それ以上か?

 それ以下か?

 はたまた、高卒か?

 それが、皆目見当もつかない…

 なにより、そんなことに、まったく興味がない…

 なぜなら、その同僚にとって、与えられた業務ができるか、否かが、すべての判断基準だったからだ…

 だから、ハッキリ言って、それ以外の判断基準がなにもない…

 他にあるのは、ただ社内の噂話だけ…

 誰々が、出世するか、どうかとか?

 他には、なにもない…

 まさに、驚き…

 驚きの人間だった(爆笑)…

 だから、当然、その後、その同僚は、出世とは、無縁…

 まったく、無縁の人生を歩んだ…

 当たり前のことだった(爆笑)…

 そして、その同僚は、すでに退職したと、風の噂で聞いた…

 私も、金崎実業に入社して、十年超…

 いくつかの営業所を渡り歩いた…

 だから、その同僚とは、今や営業所も、別々…

 あくまで、風の噂で、退職したと、聞いたに過ぎない…

 そして、私が、ひとの能力を考えたとき、いつも、真っ先に、その同僚のことが、脳裏に浮かんだ…

 彼女のことが、脳裏に浮かんだ…

 彼女は、まさに、私にとって、反面教師…

 最高の反面教師だった…

 彼女のようになりたくない…

 そう言う意味で、一番の反面教師だった…

               
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