第4話

文字数 3,716文字

 …会社に戻りたい?…

 思わず、絶句した…

 そんなことは、考えても、いなかった…

 そんなことが、できるとは、思えなかったからだ…

 何度も言うように、一度、会社からリストラ宣告をされたのものが、不死鳥のように、蘇ることは、あり得ない…

 だから、そんなことは、考えたことも、なかった…

 ただ、時が来たとも、思った…

 時が、来たというのは、会社を辞めるときが、来たと、思ったのだ…

 元々、キャリアウーマンを目指していたわけでも、なんでもなかった…

 ただ、大学を卒業して、就職しただけ…

 それだけだった…

 それが、もうすぐ34歳になる、今まで、続いていただけだ…

 会社を辞めずに、続いていただけだ…

 同期の女性は、大半が、すでに会社を去った…

 その中には、風の噂で、結婚を機に退職したが、すでに、離婚したり、単に、会社=職場が、自分に合わずに、去ったものも、いる…

 要するに、ひとそれぞれだ(笑)…

 この世の中に、スーパーマンは、いない…

 十の職場が、あって、十の職場に、合う人間は、いない…

 大抵は、7か、8ぐらいだろう…

 世の中には、一目見て、この職場は、無理! と、感じる職場も、ある…

 いわゆる、ブラック企業…

 犯罪者ではないが、そこにいるのは、一癖や二癖もある人間ばかり…

 ハッキリ言えば、ろくなものは、いない(笑)…

 真逆に言えば、だから、そんなブラックな職場で、残ることが、できるのだ…

 また、3つか、4つしか、自分に合う職場がないと、言えば、これもまた問題…

 普通は、そこまで、少なくはない…

 だから、ハッキリ言って、それは、本人にも、問題がある場合が、多い(笑)…

 本人の性格に問題がある場合が、多い(爆笑)…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…どうですか? …戻りたいですか? …高見さん?…」

 と、米倉正造が、聞いて来た…

 が、

 私は、なんて答えていいか、わからなかった…

 今も、言ったように、そろそろ会社を辞める時が来た…

 そんなふうに、背中を押されたと、思ったのだ…

 何度も、言うように、私はキャリアウーマン志向でも、なんでもない…

 たまたま、この歳まで、会社にいただけ…

 もうすぐ34歳になる、今まで、会社にいただけに過ぎないからだ…

 だから、どう答えて、いいか、わからなかった…

 が、

 答えないわけには、いかなかった…

 電話の向こう側で、米倉正造が、答えを待っている…

 だから、

 「…難しいですね…」

 と、だけ、答えた…

 「…難しい? …なにが、難しいんですか?…」

 「…会社に戻りたいと、言われることです…」

 「…それが、どうして、難しいんですか?…」

 「…私は、別に、キャリアウーマンを目指しているわけでも、なんでもないです…」

 「…」

 「…たまたま、この歳まで、会社にいた…それだけです…」

 「…」

 「…すでに、同期で、会社に入った女性の大半は、退職しました…だから…」

 それ以上は、言わなかった…

 言わなくても、誰もが、わかるからだ…

 「…だから、会社を辞めるときが、来たと、思った…」

 米倉正造が、私の心中を察して、言った…

 「…ハイ…」

 「…でも、ホントは、違うでしょ?…」

 「…どう違うんですか?…」

 「…自分から、辞めるのと、辞めさせられるのは、違うということです…」

 ずばりと、米倉正造が、言った…

 私の本音を突いたと言っても、いい…

 たしかに、米倉正造の言う通り…

 言う通りだ…

 会社を…金崎実業を辞めるのは、いい…

 すでに、34歳になろうとしている女だ…

 せいぜい、あと数年しか、会社にいられまい…

 が、

 辞めさせられるとなると、話は、別だ…

 これは、もしかしたら、男女の恋愛と同じかもしれない…

 男女とも、数年、付き合って、倦怠期を迎える…

 ハッキリ言えば、相手に飽きる…

 だから、別れても、いいと、考える…

 が、

 そんな場合でも、一方的に、相手に、別れを切り出されたら、気分が、悪いというか…

 自分が、振るのは、いい…

 が、

 振られるのは、嫌!…

 プライドが、傷付くからだ(爆笑)…

 それと似ている…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…どうですか?…違いますか?…」

 と、米倉正造が、聞いて来た…

 だから、

 「…おっしゃる通りです…」

 と、言いたかったが、そう言うのは、癪(しゃく)に障る…

 だから、あえて、

 「…正造さんが、女に振られたのと、同じです…」

 と、言って、やった…

 「…どういうことです?…」

 「…自分が、女を振るのはいい…でも、女に振られるのは、嫌…プライドが、傷付く…それと、同じです…」

 私が、言うと、

 「…」

 と、電話口の米倉正造が口ごもった…

 なにか、言おうとするのだが、瞬時に、言葉が、出ない様子だった…

 数十秒置いて、

 「…随分、落ち込んでいると、思って、心配しましたが、その様子では、大丈夫のようですね…」

 と、いう言葉が、ため息と共に、返ってきた…

 その言葉で、私は、少々やり過ぎたと、思った…

 我ながら、反省した…

 せっかく、米倉正造が、心配して、電話をかけてきてくれたにも、かかわらず、これでは、いけないと、反省した…

 これでは、まるで、米倉正造にケンカを売っているようなものだからだ…

 まるで、自分のイライラを米倉正造に、ぶつけているようなものだと、気付いた…

 だから、

 「…スイマセン…」

 と、米倉正造に、詫びた…

 「…せっかく、正造さんが、私を心配して、わざわざ電話をかけてきてくれたのに…」

 「…いえ、気にしてませんよ…」

 あっさりと、正造が、言った…

 「…むしろ、嬉しいです…」

 「…嬉しい? …どうして、ですか?…」

 「…高見さんが、イライラをぶつける相手に選ばれて、光栄です…」

 「…光栄?…」

 「…そうです…だって、親しくもない、相手に、イライラをぶつけることも、ないでしょ? …高見さんが、ボクに、イライラをぶつけるのは、ボクを親しい知人の一人と、思っているからですよ…」

 米倉正造が、説明する…

 私は、うまい…

 実に、うまいことを、言うと思った…

 たしかに、その側面はある…

 誰もが、イライラしても、見ず知らずの他人や、親しくない知人に、イライラをぶつけることは、あり得ない…

 下手をすれば、ケンカになるからだ…

 だから、イライラをぶつけるとすれば、親しい人間…

 真逆に、言えば、それをしても、許される人間にしか、イライラをぶつけない…

 そういうことだ(笑)…

 つまりは、イライラをぶつける相手を選んでいると、いうことだ…

 だから、米倉正造は、

 「…光栄です…」

 と、言った…

 私が、イライラをぶつける相手に、選ばれたからだ…

 そして、そう言いながら、わざと下手に出て、私を持ち上げる…

 私のプライドをくすぐる…

 相変わらず、女の扱いが、うまいというか…

 その手管に感心した…

 だから、

 「…お上手ですね…」

 と、米倉正造に、言った…

 「…上手? …なにが、上手なんですか?…」

 「…女の扱いが…」

 私が、言うと、

 「…」

 と、絶句した…

 言葉が、返って、来なかった…

 電話の向こう側の米倉正造が、当惑するのが、わかった…

 だから、一瞬、言い過ぎたと、思った…

 やり過ぎたと、反省した…

 いくらなんでも、私の身を心配して、わざわざ電話をかけてきてくれた、米倉正造に、言う言葉では、なかった…

 が、

 米倉正造は、

 「…ハッハッハッ…」

 と、爆笑だった…

 それから、

 「…相変わらず、気が強いというか…」

 と、笑いながら、言った…

 「…高見さんが、いくら美人でも、その気の強さでは、男が、裸足で、逃げ出しますよ…」

 「…どういうことですか?…」

 思わず、言った…

 自分が、悪いのは、わかっているが、米倉正造の言葉に、カチンときた…

 「…男は、女の弱さに惹かれるものです…」

 「…弱さに惹かれる?…」

 「…高見さんは、今、追い込まれている…だから、正造さん、助けて下さい…力を貸して下さいとでも、言えば、ボクも嬉しい…」

 「…」

 「…でも、そんなことは、しない…いくら、待っても、そんな言葉は、出て来ない…聞こえて来ない…」

 「…」

 「…そして、それこそが、高見さんなんだと…高見ちづるなんだと…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…いくら、叩いても、叩いても、へこたれない…」

 「…松嶋の気持ちも、わかります…」

 …松嶋の気持ちが、わかる?…

 …まさか、ここで、松嶋の名前が出るとは、思わなかった…

 …まさか、ここで、金崎実業の人事の松嶋の名前が出るとは、思わなかった…

 「…きっと、松嶋が、高見さんを口説いても、相手にも、しなかったでしょ?…」

 「…正造さん、それとこれとは…」

 私は、言った…

 会社の人事担当で、私の退職を強要する松嶋と、その松嶋が、私を口説くのとは、いくらなんでも、違い過ぎる…

 「…いえ、ボクの掴んだ、情報だと、松嶋は、一方的に、高見さんに、惚れていると、聞いてますよ…」

 「…私に惚れている?…あの松嶋さんが?…」

 意外といえば、意外…

 まさに、驚愕の言葉だった…

               
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み