第89話

文字数 4,295文字

「…お兄さん…一体、なにを?…」

 秋穂が、透(とおる)に、苦情を言った…

 私も、驚いた…

 いや、

 私以上に、周囲のお客様たちが、ざわめきだした…

 私には、なにが、なんだか、わからなかった…

 一体、なぜ、透(とおる)が、秋穂に、こんな真似をするのか?

 わけが、わからなかった…

 そして、それは、当の秋穂自身も、同じだったようだ…

 が、

 ふと、気付くと、すでに、この店の周辺を、屈強な男たちが、囲んでいることに、気付いた…

 「…オマエは、誰だ?…」

 「…どういう意味?…」

 「…ボクに、妹は、いない…」

 「…ウソォ!…」

 思わず、私の口から出た…

 そして、それは、この秋穂も同じだった…

 「…ウソォ! 私は、アナタの妹よ…」

 「…違う…」

 透(とおる)が、断言した…

 「…いや、妹は、いるかも、しれないが、キミではない…」

 「…どうして、わかるの?…」

 すると、透(とおる)が、黙って、顎をしゃくって、別の方向を指した…

 そこには、正造が、いた…

 米倉正造が、立っていた…

 「…正造が、あそこに、いることが、その証拠だ…」

 透(とおる)が、穏やかに、言った…

 そして、その言葉を最後に、屈強な男たちが、私たちの席に、やって来た…

 「…米倉秋穂…殺人未遂の教唆容疑で、逮捕する…」

 屈強な男たちのひとりが、言った…

 「…誰の殺人未遂の教唆ですか?…」

 秋穂が、声を上げた…

 「…米倉正造に、決まっているだろ?…」

 と、透(とおる)…

 「…どういうことですか? 一体、なにが、なんだか、さっぱり…」

 と、私。

 「…この女が、正造を、殺そうとしたのさ…」

 「…なんですって?…」

 「…この女を、追っているときに、正造は、クルマに撥ねられた…が、偶然じゃない!…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…指示したんだ…正造を撥ねた運転手に…」

 「…ウソォ!…」

 思わず、叫んだ…

 「…ウソじゃない!…」

 正造が、穏やかに、言った…

 「…十分、調べた…」

 正造が、穏やかな表情で、秋穂を見た…

 すると、それとは、対照的に、秋穂の方は、今にも、正造に、掴みかからんばかりの、表情だった…

 それを、見て、

 「…オジサンと、姪の感動的な再会だな…」

 と、透(とおる)が、言った…

 もちろん、皮肉だった…

 「…一体、なんで? …一体、どうして?…」

 秋穂が、戸惑ったように、言った…

 「…オマエは、やり過ぎたんだよ…」

 正造が、穏やかに、言った…

 「…なにを、やり過ぎたの?…」

 「…透(とおる)を、誘惑し過ぎた…」

 「…誘惑って?…」

 秋穂は、またも、戸惑った様子だった…

 「…フライデーの写真を、自分で、見たか?…」

 「…見たわ…」

 「…アレを見て、気付かなかったか?…」

 「…なにが?…」

 「…男と女の距離の取り方さ…」

 正造が、言った…

 「…どういう意味?…」

 「…いかに、それまで、会ったことのない兄妹だって、兄妹だ…兄と妹だ…恋人同士じゃない…男と女の距離の取り方がある…」

 「…どういう意味?…」

 「…互いに、腕を組み、恋人同士のように、頬を寄せ合う…わざと、透(とおる)の腕に、自分の胸を寄せて、触らせようとする…それが、妹が、兄に、することか?…」

 正造が、答えた…

 すると、秋穂も、正造の言うことが、思い当たるようだった…

 見るからに、悔しそうに、秋穂が、正造を、見た…

 同時に、まるで、今にも、掴みかからんばかりの表情だった…

 まるで、今にも、正造を襲撃するかのようだった…

 「…オマエの経歴は、調べたよ…だいぶ、苦労したようだな…」

 正造が、穏やかに、言った…

 その言葉を聞いて、より一層、秋穂の顔が、険しくなった…

 より、一層、怒りが、増した様子だった…

 「…アンタに、なにが、わかる?…」

 秋穂が、怒鳴った…

 正造は、

 「…」

 と、無言だった…

 「…アタシのこれまでの苦労がわかるか?…アタシのこれまでの苦しみが、わかるか?…」

 正造は、これにも、

 「…」

 と、無言だった…

 なに一つ、返答しなかった…

 「…わかるか?…」

 秋穂が、なおも、正造に、問いかけた…

 すると、正造が、いきなり、持っていたブリーフケースから、雑誌をテーブルに、置いた…

 そして、雑誌のページを開いた…

 雑誌は、フライデー…

 開いたページは、当然のことながら、透(とおる)と、秋穂が、腕を組んで、コンビニに入る姿だった…

 私も、透(とおる)も、秋穂も、それを、見た…

 見ずには、いられなかった…

 そして、三人が、それを、見ていると、正造が、

 「…わかるさ…」

 と、ゆっくりと、告げた…

 「…秋穂…オマエの男に対する接し方を、見ていれば、わかる…」

 「…どういう意味?…」

 「…透(とおる)の妹を装って、透(とおる)に近付いても、妹を演じることができない…」

 「…なに?…」

 「…つい、いつもと、同じように、客の男に接するように、接する…無意識に、職業病が、出てしまう…相手が、男で、あれば、過剰に女を演出してしまう…その方が、男が、喜ぶと、思っているからだ…」

 「…」

 「…自分では、妹を演じなければ、ならないと、思っていても、つい、男が、喜ぶようにと、男の腕を組んだり、頬を寄せたりして、親密さを演出する…それで、わかった…」

 「…それと、アタシが、苦労したのが、どうして、わかるんだ?…」

 「…透(とおる)の妹を、演じろと言われても、そんな接し方しか、できない…それを、見るだけで、オマエが、それまで、どんな生き方をしていたのか、わかる…」

 正造が、しんみりした感じで、言った…

 私は、納得した…

 そして、それは、秋穂も同様だったようだ…

 「…さすが、女好きの正造だ…よく、わかっている…」

 秋穂が、悔しげに、言う…

 「…澄子が、嫌うはずだ…」

 とも、付け加えた…

 私は、いきなり、ここで、澄子さんの名前が出て、驚いた…

 たしかに、この秋穂は、澄子さんの娘かも、しれないが、これまで、話の中で、澄子さんのことは、これっぽっちも、出て来なかったからだ…

 だから、

 「…どうして、澄子さんは、正造さんを嫌うんですか?…」

 と、つい、秋穂さんに、聞いてしまった…

 「…勝てないから…」

 秋穂が、即答した…

 「…なにが、勝てないんですか?…」

 「…ルックス…人脈…その他諸々(もろもろ)…」

 「…」

 「…父親と母親が同じなのに、この正造には、華があって、女を引き寄せる魅力がある…澄子には、それがない…実に、平凡なルックス…それが、澄子のコンプレックス…」

 「…」

 「…しかも、澄子が、憎くてたまらない、好子を、溺愛している…だから、澄子が、正造が、憎むのは、わかる…」

 そう言うと、周りにいた、私服姿の屈強な警察官たちが、

 「…そろそろ、いこうか…」

 と、秋穂の腕を掴んだ…

 秋穂は、ふてくされた様子だったが、素直に、立ち上がった…

 いや、

 立ち上がったと思った…

 が、

 違った…

 秋穂は、正造の前に立った…

 「…いい気味だと、思っているんでしょ?…」

 秋穂が、ふてぶてしい表情で、言った…

 「…いいざまだと、思っているんでしょ・…」

 と、重ねて、聞いた…

 が、

 正造は、答えない…

 「…」

 と、無言だった…

 「…答えな! 米倉正造!…」

 秋穂が、怒鳴った…

 すると、正造が、

 「…そのルックスを生かすことが、できなかったのか?…」

 と、穏やかに、聞いた…

 「…ルックスだと?…」

 と、秋穂。

 「…そうだ…ルックスだ…オマエの好子に、似たルックス…ここにいる高見さんも、血は薄いが、米倉一族だ…ずっと昔の先祖は、同じ…だから、秋穂、オマエと似た美人だ…」

 その言葉で、秋穂は、私を見た…

 「…この女が、米倉一族?…」

 秋穂が、心底、驚いた様子だった…

 「…と、言っても、今は、なんの関係もない…爺さんのそのまた爺さんが、米倉一族だったというだけだ…」

 その言葉で、秋穂は、ジッと、私を見た…

 すると、正造が、

 「…同じだろ? …オマエと似たタイプの美人…好子も含めて、三人とも、同じタイプの美人だ…」

 と、正造が、告げる…

 が、

 秋穂の答えは、冷ややかだった…

 「…正造…少しは、女遊びをして、女を知っているかと、思えば、違ったな…」

 「…どう、違ったんだ?…」

 「…いかに、美人に生まれようと、その美人のルックスを生かせる環境に、生まれなければ、なんにも、ならない…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…この高見さんは、普通の家庭に生まれたんだろ? だから、そのルックスを生かせた…でも、私は…」

 と、言うと、いきなり、秋穂は、嗚咽(おえつ)した…

 いきなり、涙を流し出し、後は、声にならなかった…

 後は、言葉にならなかった…

 が、

 秋穂が、本当は、なにを言いたいのか、わかった…

 きっと、私のみならず、透(とおる)や、正造にも、わかったに違いない…

 きっと、この秋穂は、めちゃくちゃ苦労したに違いない…

 貧乏な家庭に育ったに違いない…

 家が、貧乏ならば、ルックスを生かすも、なにもないからだ…

 生きてゆくだけで、精一杯…

 余裕もなにもない…

 せいぜい、そのルックスが、役に立つことと、いえば、学校や、バイトで、ひいきされるだけ…

 男から、ひいきされるぐらいだからだ…

 それが、わかっている、私と透(とおる)、正造の三人は、無言で、秋穂を見た…

 秋穂もまた、怒った顔で、私たちを見ていたが、じきに、私服の警察官たちに連れてゆかれた…

 そして、秋穂がいなくなると、今度は、正造が、気になった…

 米倉正造が、気になった…

 「…退院したんですね…」

 私は、言った…

 正造は、無言で、頷いた…

 それから、今度は、透(とおる)を、見た…

 「…どういうことですか? 説明して下さい…」

 と、透(とおる)に、言った…

 それから、

 「…正造さんも、です…」

 と、付け加えた…

 すでに、秋穂は、いなくなったが、スタバの店内は、まだざわついていた…

 私は、店を出るべきだと、思っていたが、やはりというか、どうして、こんなことになったのか?

 二人に、聞きたかった…

 とりわけ、透(とおる)に、聞きたかった…
 
 つい、さっきまで、あの秋穂と、兄妹を演じていたのに、突然の手のひら返し…

 正直、わけが、わからなかったからだ…

 「…一体、なぜ?…」

 私は、聞いた…

 正造ではなく、透(とおる)に、向かって、聞いた…

 すると、

 「…騙されたフリをするのが、一番だからだ…」

 と、透(とおる)が、すました顔で、返答した…

              

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