第26話

文字数 4,666文字

 そして、結婚は、ゴールではない…

 あらためて、そう、思った…

 それまで、見知っていた者同士でも、他人同士がいっしょに、暮らす…

 それが、結婚だ…

 だから、それまで、学校や、会社で、見知った者同士でも、いっしょに、暮らせば、それまで、知らなかった部分を知ることになる…

 …エッ? こんなひとだったの?…

 と、驚く部分が、誰しも、あるに違いない…

 私を例に取れば、私は、好子さん同様、女優の常盤貴子さんの若いときを、小柄にした印象の美人だから、自分で言うのも、おかしいが、清楚な印象がある…

 清楚=清潔な印象がある…

 が、

 子供の頃は、清潔だったが、今は、それほどでもない…

 歳を取るごとに、いい加減になったというか(笑)…

 それほど、物事に、頓着しなくなった…

 つまりは、私は、見かけほど、キレイ好きではないと、いうことだ(笑)…

 が、

 知らない人は、私を見ると、そうは、思わないだろう…

 いかに、見た目と違うか?

 つまり、そういうことだ…

 そして、それは、いっしょに暮して見なければ、わからない…

 単に、学校や職場で、交流するぐらいでは、わからない…

 そういうことだ…

 なにより、私も、好子さんも、そうだが、世間から、見れば、好感度が、高い…

 だって、そうだろう…

 絵に描いたような真面目で、清純な印象の美人が、世間で、嫌われるわけがない…

 当たり前のことだ…

 が、

 だから、中身もまた、真面目で、清純なわけではない…

 これもまた、当たり前のことだ…

 が、

 どうしても、他人は、外見に騙されるというか…

 外見から、その人物が、どういう人間か、探る…

 そして、もちろんだが、その通りの人間も、多い…

 が、

 外見とは、似ても、似つかぬ人間も、また、多いということだ(笑)…

 そして、そんなことを、考えていると、この好子さんと、あの透(とおる)の結婚は、ある意味、最悪だと、いうことに、気付いた…

 なぜ、最悪なのか?

 それは、まずは、互いが、子供のときから、見知っているから…

 だから、互いに、なんとなく、アイツは、こういう人間だという先入観がある…

 が、

 当然、それは、互いの思い込み…

 当たっている部分も、あれば、違う部分も、あるということだ…

 そして、なにより、好子さんの問題…

 好子さんは、幼い時から、透(とおる)が、自分を好きだと、思っていた…

 自分に、憧れていると、思っていた…

 そんな状況下で、好子さんは、透(とおる)と、結婚した…

 だから、好子さんにとってみれば、透(とおる)に、自分以上に、好きな女など、いるわけがない…

 そうした思い込みがある…

 だから、余計に、透(とおる)の気持ちに、気付かない…

 透(とおる)が、自分を好きだというから、結婚してあげた…

 それが、一体、なんの不満があるというのか?

 と、なるに違いない…

 なまじ、子供の頃から、互いに、知っている…

 だから、余計に、思い込みが、激しい…

 互いに、相手が、どんな人間か、わかっていると、思うから、そうでないことに、気付くのが、遅れるというか…

 修正が、遅れるといっていい(笑)…

 私は、そう思った…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…高見さんは、透(とおる)を、どう思うの?…」

 と、好子さんが、聞いた…

 直球に聞いた…

 私は、どう答えて、いいか、わからなかった…

 透(とおる)は、私が、好きだった…

 と、たった今、好子さんが、言った…

 が、

 好子さんは、透(とおる)の妻…

 好子さんと、透(とおる)は、結婚している…

 そんな好子さんに、 
 
 「…高見さんは、透(とおる)を、どう思うの?…」

 と、聞かれて、どう答えて、いいか、わからなかった…

 だから、黙った…

 「…」

 と、答えなかった…

 いや、

 答えられなかった…

 すると、

 「…フッフッフッ…ちょっと、イジワルな質問だったわね…」

 と、電話の向こう側から、好子さんが、笑いながら、言った…

 「…ゴメンナサイ…高見さんを、困らせるつもりは、なかったの…ただ…」

 と、言って、言葉が切れた…

 これ以上、言えない様子だった…

 私も、本当は、

 「…ただ、なんですか?…」

 と、好子さんの話の続きを聞きたかったが、聞けなかった…

 内容が、デリケート過ぎたからだ…

 こちらから、先を促すことは、できない…

 だから、待った…

 好子さんが、次に、なんというか、待った…

 「…ただ、高見さんが、透(とおる)を、どう思っているか、知りたくて…」

 力ない声で、続けた…

 心底、弱っている声だった…

 透(とおる)の心が、自分ではなく、私にあった…

 高見ちづるにあった…

 それを、知って、心底、参っている感じだった…

 だから、そんな好子さんに同情したというか…

 つい、

 「…嫌いでは、ありません…」

 と、言ってしまった…

 「…嫌いじゃない?…」

 「…ハイ…」

 「…ですが、好きかと、いうと、それも、違うというか…」

 「…どういう意味?…」

 「…透(とおる)さんから、お聞きになったことがあるかもしれませんが、透(とおる)さんは、最初、私の勤務する金崎実業に、水野グループの会社の一社員として、やって来ました…」

 「…一社員として? …どういうこと?…」

 「…金崎実業が、どういう会社だか、知りたかったそうです…」

 「…どういう意味?…」

 「…水野が、買収を予定していて、どんな会社だか、知りたかったそうです…」

 「…」

 「…それで、初めて、透(とおる)さんと、知り合いました…」

 「…そう…」

 「…ですが、透(とおる)さんは、後で、知った、透(とおる)さんと、違いました…」

 「…違った? …どう違ったの?…」

 「…私が、会った透(とおる)さんは、ひょうきんなお調子者で、周囲の人間を楽しませるひとでした…」

 「…エッ?…」

 「…そして、そんな、透(とおる)さんの姿に、私は惹かれました…」

 「…エッ? どういう意味?…」

 「…自分が、言葉は悪いけれども、ピエロを演じることで、周囲の人間を楽しませる…そんな透(とおる)さんの姿が好きでした…」

 「…」

 「…でも、その後、知った、透(とおる)さんは…」

 と、曖昧に、言った…

 そして、それ以上は、言わなかった…

 好子さんもまた、透(とおる)が、ただのひょうきんな人間では、ないことに、気付いているからだ…

 ただ、

 「…そうだったんだ…」

 と、好子さんが、反応した…

 「…知らなかった…だから…」

 「…なんですか?…」

 「…だから、あのとき、透(とおる)との結婚を断ったのね…」

 これには、さすがに、なにも、言えなかった…

 「…」

 と、答えることができなかった…

 なぜなら、その通りだからだ…

 最初、出会ったときと、印象が違った…

 だから、最初は、好きだったが、後は、それほどでも、なくたったというのが、事実…

 真相だ…

 「…でもね…」

 好子さんが、電話の向こうから、言った…

 「…透(とおる)が、おちゃらけているのは、昔から…」

 「…」

 「…子供の頃から、ずっと、おちゃらけていた…」

 「…」

 「…だから、おちゃらけた、透(とおる)の姿は、演技でも、なんでもない…アレもまた透(とおる)の一面…」

 意外なことを、言った…

 「…そして、腹黒いというか…おちゃらけている姿とは、真逆の姿も、また、あるというか…」

 …腹黒い?…

 …まさか、好子さんが、透(とおる)を、腹黒いと、呼ぶとは、思わなかった…

 だから、

 「…どうして、腹黒いんですか?…」

 と、遠慮なく、直球に、聞いてしまった…

 だって、そうだろう…

 まさか、透(とおる)を、幼いときから、知る好子さんの口から、腹黒いという言葉が出るなんて…

 聞きたくなるのも、当然だった…

 「…それは、ずばり、私との結婚よ…」

 「…好子さんとの結婚? …それが、どうして、透(とおる)さんが、腹黒いということに、なるんですか?…」

 「…透(とおる)は、水野財閥の後継者…だから、将来、水野財閥を率いるにたる器量があると、周囲に、見せる、実績を作らなければ、ならない…」

 「…実績?…」

 思わず、口に出た…

 好子さんの言うことは、わかる…

 だが、透(とおる)は、まだ、三十歳ちょっと…

 とてもではないが、会社で、実績を作れる年齢ではない…

 実績というのは、会社で、売り上げを上げたり、自分が、開発した商品が、売れたり、目に見えて、会社の売り上げに貢献したことが、わかることだろう…

 まだ、若い透(とおる)に、そんなことが、できるとは、とても、思えない…

 だから、どうして、好子さんの口から、そんな言葉が、出たのか、不思議だった…

 そして、それゆえ、

 「…実績といっても、好子さん…透(とおる)さんの年齢で、実績を上げるのは、難しいのでは?…」

 と、言ってしまった…

 好子さんが、なにを、持って、透(とおる)が、実績を作るといったのか、いまひとつわからなかったからだ…

 すると、

 「…バカね…」

 と、好子さんが、電話口で、軽く笑いながら、言った…

 だから、

 「…バカね…」

 と、言いながらも、その口調は、優しかった…

 それゆえ、言葉とは、裏腹に、少しも、嫌な感じは、しなかった…

 「…米倉よ…米倉…」

 「…米倉が、どうかしたんですか?…」

 「…水野が、米倉を支援する…米倉と提携して、米倉を助ける…そして、私と結婚する…そして、水野は、米倉を合併して、事実上、水野に取り込む…」

 「…」

 「…つまり、水野は、米倉を、飲み込む…自分のものにする…これって、凄い実績でしょ?…」

 好子さんが、言った…

 私は、仰天した…

 たしかに、水野が、米倉を飲み込むことは、実績…

 大が小を飲み込む…

 水野は、米倉よりも、遥かに、巨大…

 だから、巨額の負債のある米倉と、提携した…

 当初は、米倉の先代当主である、平造に、水野家当主の良平が、騙された形で、結ばれた水野と米倉の提携だったが、負債は、当初の見込みよりも、少なく、米倉は、十分、再建可能と聞いた…

 そして、そんなことを、思えば、米倉は、水野にとって、安い買い物では、なかったのか?

 ふと、気付いた…

 なにより、水野は、米倉を飲み込むことで、より、巨大になれる…

 いわば、巨額の負債はあるかも、しれないが、水野が、米倉を支援することは、千載一遇のチャンスかも、しれない…

 いつの時代も、そうだが、会社を例に挙げれば、地道に売り上げを伸ばすことに、注力するよりも、他社を買収した方が、簡単に、売り上げを伸ばすことができる…

 そういうことだ…

 そして、そう考えれば、どうして、透(とおる)が好子さんと結婚したのか?

 納得が行く…

 要するに、好子さんと結婚することで、米倉を水野に取り込み、水野を大きくする実績が、欲しかったということだ…

 つまり、透(とおる)は、なにも、ただ、好子さんが、好きで、結婚したわけではない…

 十分に、目的があったわけだ…

 だから、好子さんは、透(とおる)を、腹黒いと、言ったわけだ…

 そして、それに、気付いた私は、自分が、透(とおる)や、好子さんより、幼いと、思った…

 透(とおる)は、ただ、好子さんが、好きだから、結婚した…

 やみくもに、心の底から、そう思っていた…

 が、

 真相は、違った…

 まもなく、34歳にもなるのに、こんな簡単なことも、わからなかったなんて…

 つくづく自分の未熟さというか…

 幼稚さが、身に染みて、わかった…

               
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