第100話

文字数 4,147文字

が、

 仮に春子が、私を、金崎実業から、追い出そうとしたとしても、動機が、わからない…

 さっぱり、動機が、見えない…

 今も言ったように、私を金崎実業から、追い出しても、春子の得になることは、なにもないからだ…

 いや、

 一つだけ、あった…

 それは、正造の関心を私に向けさせること…

 あの正造は、春子、いわく、

 …私を好きらしい(爆笑)…

 私は、そんなことは、これっぽっちも、考えたことは、なかったが、あの春子は、そう言っていた…

 そして、これは、隣にいた好子さんも、同じだった…

 が、

 それは、どうしても、信じられない…

 正造が、私を好きになるはすがないからだ…

 が、

 とりあえず、それは、横に置いていても、仮に、あの春子が、私を、金崎実業から、追い出そうとしたのは、当然、理由が必要…

 そして、それは、おそらく、正造絡み…

 正造の行動を、封じること…

 正造の行動を制限することだ…

 だが、その米倉正造は、実家の米倉の引き取り先を必死になって探していた…

 そして、米倉が、水野から、逃げ出すことを、あの春子は、歓迎していたはずだ…

 そして、それをいえば、春子の夫の良平も同じ…

 仮に、正造の動きを知っても、止めることはないだろう…

 水野夫妻は、最初から、米倉が、水野から、離脱することを、望んでいたからだ…

 仮に、仮に、だ…

 米倉の負債が、後にちゃらになった…

 これを、知っていたと、する…

 ロシアとウクライナの戦争で、石油や天然ガスの価格が、一気に跳ね上がったためだ…

 あらかじめ、米倉の経営する大日産業の子会社が、石油や天然ガスを先物取引で、買っていたのが、ロシアとウクライナの戦争で、高騰したためだ…

 だから、その利益で、米倉の借金が、ちゃらになった…

 借金がなくなった…

 が、

 それを、事前に、春子も、良平も知ることは、できない…

 いや、

 誰も、できない…

 それを、知ったのは、米倉が、五井の傘下に入ってからだ…

 だから、あの五井にしても、米倉の借金が、ちゃらになることを、事前に、知らなかったはずだ…

 だから、それを、当然、水野夫妻も、知る由もない…

 だから、仮に、春子が、私を金崎実業から、リストラして、追い出しそうとして、米倉正造の動きを封じようとするのは、おかしい…

 むしろ、正造の動きを、推奨するはずだ…

 米倉が、水野から、出ようとする動きを、推奨するはずだ…

 米倉は、水野にとって、お荷物…

 お荷物=いらないものだからだ…

 だから、正造が、米倉の次の引き取り先を探すのを知っても、歓迎こそすれ、邪魔をすることなど、ないに違いない…

 私は、思った…

 そう、考えた…

 と、そこまで、考えて、思考が停止した…

 考えることが、あまりにも、多すぎる…

 そして、情報が、少なすぎる…

 だから、余計に、混乱する…

 が、

 やはり、キーポイントは、秋穂だろう…

 秋穂が、誰に唆されて、松嶋に、私を、金崎実業から、追い出せと、命じられたか?

 それが、最大の焦点だ…

 いや、

 と、そこまで、考えて、ふと、思った…

 正造のことを、だ…

 あの松嶋が、秋穂に頼まれて、私を、金崎実業から、追い出されようとしているのを、米倉正造は、事前に、知っていた…

 事前に、知っていて、私が、松嶋から、リストラ宣告を受けたのを、聞いて、私に電話をかけてきた…

 要するに、私の様子を探ったのだ…

 そして、そのとき、私は、たいしたことはない、と、言うような、強がりを言った…

 「…正造さんが、女に振られたのと、同じ…」

 だとも、言った…

 そして、

 「…それは、どういう意味ですか?…」

 と、尋ねる正造に、

 「…たいしたことじゃないと、いうことです…」

 と、返した…

 ホントは、リストラ宣告されたことが、ショックで、立ち直ることが、できなかったが、正造に、そんな姿を見せるのは、嫌だった…

 なぜなのかは、わからない…

 ただ、米倉正造に、そんな姿を、見せるのは、嫌だった…

 それでは、まるで、負け犬…

 負け犬だ!…

 そして、おそらく、正造に、一番知られたくなかったのは、ずばり、

 …私が、調子に乗っていた!…

 ことだった…

 あのときは、わからなかったが、私は、それまで、調子に乗っていた…

 自分では、気付かなかったが、調子に乗っていた…

 もうすぐ、34歳になる…

 営業所の女子の中では、一番の最年長…

 だから、いつ、リストラ宣告をされても、不思議はない…

 そう、いつも、心の奥底で、思っていたにも、かかわらず、リストラ宣告をされたときは、実に、ショックだった…

 そして、その理由は、ただひとつ…

 それは、私が、自分が、美人であることを、鼻にかけていたからだ…

 だから、自分は、美人だから、リストラされることは、あるまいと、心のどこかで、高をくくっていた…

 それが、裏切られた…

 ありていに言えば、

 「…オマエは、クビだ!…」

 と、言われて、慌てた…

 そういうことだ…

 が、

 それを、他人に知られるのは、恥ずかしい…

 美人と言っても、世間に広く知られた女優のような美人でも、なんでもない…

 そんな、世間に数多いる、美人の一人である、私が、そこまで、調子に乗っていた…

 それを、他人に知られるのは、恥ずかしい…

 とりわけ、あの米倉正造には、知られるのは、恥ずかしい…

 なぜだかは、わからない…

 ただ、あの正造に、自分が、そこまで、調子に乗っていた女だと、思われるのは、嫌だった…

 だから、つい、強がった…

 たいしたことじゃないように、振る舞った…

 が、

 本当は、たいしたことだった(涙)…

 とんでもなく、たいしたことだった(涙)…

 もうすぐ34歳になる、女の転職は、容易ではない…

 とりたてて、特技もなにもない、私は、転職は、できるだろうが、今の会社のレベルの会社に転職するのは、無理だろう…

 あるのは、手っ取り早く、スーパーのパートや、コンビニやドラッグストアのパートが、一番、考えやすい…

 が、

 それは、主婦…

 結婚した主婦が、大半だろう…

 まだ結婚もしていない、私が、そこで、働くのは、やはり、躊躇するものがある…

 だから、嫌だった…

 そして、それは、突き詰めれば、プライドの問題だった…

 私、高見ちづるのプライドの問題だった…

 傍から見れば、たいしたことのない、高見ちづるのプライドの問題だった…

 自分でも、笑ってしまうが、譲れないプライドの問題だった…

 そして、それを、あの米倉正造に知られるのは、嫌だった…

 どうしても、嫌だった…

 なぜなのかは、わからない…

 だが、

 どうしても、嫌だったのだ…

 
 結局、結論は、出なかった…

 いつまで経っても、結論は、出なかった…

 当たり前だ…

 答えを知る人間が、身近にいない…

 それでは、いつまで、経っても、正解を知る由もない…

 が、

 それでも、よかった…

 もはや、私は、米倉とも、水野とも、なんの関係もない…

 いや、

 元々、身分が違う…

 米倉も、水野もお金持ち…

 私は、一般人…

 その違いだった…

 だから、答えなど、知らなくてもいい…

 本気で、そう思った…

 たしかに、答えを知らないのは、歯がゆい…

 が、

 今さら知ったところで、なんになる?…

 答え合わせをするだけだ…

 なにより、この一か月、誰も私に接触しようとしなかった…

 だから、用無し…

 私は、用無し…

 あるいは、

 用済みなのだろうと、勝手に思った…

 私に用があるならば、米倉でも、水野でも、私に接触してくるはずだからだ…

 それがないのは、私が、用無し、あるいは、用済みなのだろうと、思った…

 私は、利用された…

 やはり、あのとき、米倉正造の動きを止めるのに、利用されたのだと、気付いた…

 そして、正造が、動いて、無事、米倉の五井入りが、決まった…

 無事、米倉が、生き残ることができた…

 それが、済んだから、私に用がなくなったと、いうことだろう…

 用済み…

 あるいは、

 用無し…

 悲しいが、それが、事実だった…

 今さらながら、気付いた…

 ちょうど、男が、狙った女と、セックスをする…

 男の目的は、ただひとつ…

 狙った女と、やること…

 狙った女と、セックスをすること…

 それだけ…

 だから、その目的を叶えれば、もはや、用無し…

 二度と、連絡を寄こすこともない…

 それと、似ている…

 私は、正造と、セックスをすることもなかったが、同じ…

 同じだ…

 用済みになったのは、同じ…

 それを、思えば、悔しくて、今にも、涙が、こぼれ落ちそうになったが、それは、間違っている…

 そもそも、身分違いの私が、米倉正造と、どうのこうのなると、思っていたのが、間違っている…

 これは、私が、自分を、少しばかり、美人だと、思って、金崎実業をリストラされないと、高をくくっていたのと、同じ…

 同じだ…

 自分が、少しばかり、美人だから、もしかしたら、身分違いでも、正造と結婚できるかも、しれない…

 今になって思えば、そんな下心があったことは、否定できない…

 が、

 それを、表に出すことはなかった…

 あくまで、下心…

 もっと言えば、自分でも、気付かないほどの下心…

 だから、たとえば、米倉正造が、他の女と、結婚したと、聞いて、落胆する…

 やはり、私は、心の奥底では、正造を好きだったんだな…

 と、気付く下心だからだ…

 つまり、表面には、出ない…

 自分も、気付かない…

 そんな下心…

 そして、自分でも気づかない、そんな下心だから、正造に、対して、強気になれた…

 正造に対して、媚びることも、へつらうことも、なかった…

 もっとも、これは、米倉や水野の他の人間に対しても、同じ…

 同じだ…

 なまじ、相手に取り入ろうと下手に出ると、嫌がる人間も、一定数、存在する…

 相手の、下心が、ミエミエだからだ…

 だから、辟易する…

 そういうことだ…

 私は、正造と、対等…

 一歩も引くことがなかった…

 だから、ひょっとして、正造に、気に入られたのかも、しれない…

 そして、それを、私は、誤解した…

 もしかしたら、正造と、結婚できるかもしれない、と、誤解した…

 そういうことかも、しれない…

 私は、今さらながら、思った…

 自分の心の内側に気付いた…

               
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