第101話

文字数 4,636文字

 思えば、米倉正造と、私…

 私、高見ちづるは、実に、不思議な関係だった…

 友人でも、ない…

 会社の同僚でも、ない…

 恋人でも、ない…

 なんでも、なかった…

 男と、女だが、男女の関係も、なにも、なかった…

 キスも、セックスも、していない…

 にも、かかわらず、惹かれたというか…

 わけのわからない関係が続いた…

 そういうことだ(爆笑)…

 が、

 それも、ついに終わった…

 もはや、二度と会うことは、ないだろう…

 この一か月、正造から、なんの連絡も、ないことが、私たちの関係を物語っている…

 そう、気付いた…

 そして、そんなことを、考えて、まもなくだった…

 意外な人物から、連絡があった…

 それは、新造さんからだった…

 好子さんの弟の新造さんからだった…

 「…高見さん、元気ですか?…」

 そう、私のスマホに、新造さんから、電話があった…

 私は、この新造さんの声を聞いて、ホッとした…

 実に、ホッとした…

 この新造さんは、あの米倉の一族で、唯一、信頼できる人間だと、思っていたからだ…

 こう言っては、なんだが、正造も、好子さんも、よく言えば、個性的…

 ハッキリ言えば、裏表がある(笑)…

 それが、人間だと、言ってしまえば、それまでだが、この新造さんに、裏表は、感じなかった…

 ただ、純粋に、いいひと…

 だから、ホッとした…

 「…ハイ…元気です…」

 私は、返した…

 「…そう、それは、よかった…」

 しんみりとした口調が、電話の向こう側から、聞こえてきた…

 「…新造さんは、どうですか?…」

 「…オレは、ちょっと…」

 苦笑混じりの返事だった…

 私は、その言葉で、この新造さんのカラダが、弱いのを、思い出した…

 たしか、ぜんそく持ちだった…

 だから、

 「…大丈夫ですか?…」

 と、とっさに、言った…

 「…大丈夫…大丈夫…」

 と、新造さんが、返した…

 「…それで、今日は、一体、なんのご用で…」

 と、聞いた…

 単刀直入に聞くのは、気が引けたが、やはり、聞くのが、筋だと、思ったからだ…

 「…外で、会えないかなと、思って…」

 「…外?…」

 「…一度、高見さんと、話したいことがあって…」

 新造さんが、電話の向こう側から、ためらいがちに言った…

 私は、新造さんの、長身だが、細身のカラダを思い出した…

 新造さんは、ぜんそく持ちのため、カラダが、丈夫ではない…

 だから、細い…

 それが、背が高いために、余計に目立つ…

 が、

 そんな病身の新造さんが、わざわざ、私に会いたいと、言ってきたのだ…

 会わないわけには、いかなかった…

 「…わかりました…どこで、会いますか? …米倉のお屋敷ですか?…」

 「…いや、わざわざ、来てもらうのも、悪いし、オレが、外に出るよ…」

 新造さんが、そう言った…

 だから、私は、それに頷くしか、なかった…

 私は、この新造さんと、決して、親しい間柄ではない…

 が、

 米倉や、水野の人間の中では、唯一と言っていいぐらい、信用できる人間だった…

 付き合って、安心できる人間だった…

 他の人間も、悪い人間ではなかったが、正直、癖があった…

 癖=個性があった(笑)…

 が、

 その個性が、この新造さんには、皆無というか…

 話していて、安心できる人柄だった…

 こんなことを、言うと、新造さんには、失礼だが、弟キャラ…

 私は、新造さんの姉の好子さんよりも、一歳年上…

 だから、明らかに私にとっては、弟…

 まさに、弟だった…

 「…では、会社が、休みの週末に…」

 私は、言って、会う約束をした…

 
 そして、週末に、指定された、場所で、会った新造さんは、以前にも、まして、痩せている印象だった…

 久しぶりの再会にも、かかわらず、思わず、

 「…大丈夫ですか?…」

 と、いう言葉が、最初に、出たほどだった…

 「…大丈夫…大丈夫…」

 新造さんは、力なく、笑った…

 「…最近まで、入院していて、それで、この前…退院して…」

 新造さんが、説明した…

 「…それで、実家に戻って、色々、聞いてみると、大変な状況になっているのが、わかって…」

 「…そうでしたか?…」

 私は、言った…

 たしかに、目の前の新造さんのカラダを見れば、わかる…

 最近まで、入院していたのが、ウソでないことが、わかる…

 「…高見さんにも、迷惑をかけて…」

 「…迷惑? …迷惑なんて…」

 「…いや、明らかに迷惑をかけた…高見さんは、あの水野のオバサンに、弄ばれて…」

 「…弄ばれた? …私が?…」

 「…そう…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…高見さん…あの水野のオバサンに、試されたんだよ…」

 「…試された? 一体、なにを?…」

 「…透(とおる)の嫁さんとして、やってゆけるか? …試されたんだ…」

 「…ウソォ!…」

 「…ウソじゃない!…」

 「…だって、透(とおる)さんは、好子さんと、結婚して…」

 「…その後のこと…」

 「…後のこと?…」

 「…透(とおる)が、好子と離婚した後のこと…」

 「…エッ?…」

 「…透(とおる)が離婚すれば、当然、独身…いずれは、誰かと、結婚しなければ、ならない…」

 「…」

 「…それで、夫の良平のオジサンから、透(とおる)が、高見さんを、好きだったことを聞いて、一計を案じた…」

 「…一計を案じた? …どういうことですか?…」

 「…わざと、高見さんをリストラしようとした…」

 「…わざと? …どうして、そんなことを?…」

 「…高見さんが、どうするか、見てみたかったのが、真相だと、思う…」

 「…どういうことですか?…」

 「…透(とおる)の結婚相手の候補として、どう振る舞うか、見て見たかった…現に、良平のオジサンから、水野グループの他の会社を紹介すると、言われたでしょ?…」

 「…」

 「…その申し出を高見さんは、断った…そして、春子のオバサンに会った…」

 「…」

 「…そして、オバサンは、高見さんを気に入った…」

 「…私を気に入った?…どうして、気に入ったんですか?…」

 「…良平のオジサンの転職の誘いも、断った…つまり、権力者を利用しない…そんな高見さんを、春子のオバサンは、気に入った…」

 「…じゃ、あの良平さんも、春子さんとグルだったんですか? 春子さんと、グルで、私を試した?…」

 「…そういうことになるな…」

 新造さんが、申し訳なさそうに、言った…

 私は、呆れた…

 呆れて、ものも、言えなかった…

 まさか…

 まさか、あの良平まで、グルとは、思わなかった…

 てっきり、妻の春子に逆らえないとばかり、思っていた…

 が、

 違った…

 私が、そう思っていると、

 「…仕方がないよ…オジサンは、オバサンに、頭が上がらない…オバサンに頼まれて、高見さんが、どうするのか、試したんだ…」

 「…だったら、秋穂さんは? …秋穂さんは、一体?…」

 「…秋穂? …誰、それ?…」

 「…エッ?…」

 私は、驚いた…

 まさか、この新造さんが、秋穂さんを、知らないとは、思わなかった…

 だから、

 「…澄子さんの娘で、正造さんを、殺そうとした…」

 と、説明した…

 「…澄子の娘? …澄子に子供はいない…」

 「…いえ、澄子さんが、今の夫の直一さんでしたか…直一さんと、結婚する前に、産んだ…」

 私が、必死になって、説明すると、目の前の新造さんが、首をひねった…

 「…高見さん…そんな話は、聞いたことがないよ…」

 「…エッ? …聞いたことがない…」

 「…ああ…」

 新造さんが、言った…

 だったら?

 だったら、あの秋穂という娘は、誰なんだ?

 あの秋穂の正体は、誰なんだ?

 考えた…

 そして、

 たしか…

 たしか、あの正造も、同じことを、言っていた…

 仮に、澄子の娘で、なくても、正体は、掴んでいるようなことを、言った…

 私は、それを、思い出した…

 「…そういえば、正造さんは、あの秋穂さんの正体を掴んでいるようなことを、言ってました…」

 「…正体?…」

 「…正造さんも、秋穂さんに、狙われて、クルマに撥ねられ、入院していました…だから、秋穂さんの正体を探るのは、当然だと、思います…」

 私の言葉に、新造さんは、考え込んだ…

 黙り込んだ…

 そして、必死になって、考え込んでいた…

 「…オレも、入院して、退院してから、好子から、これまでのさまざまな出来事は聞いた…好子と透(とおる)の離婚…そして、米倉の五井入り…そんな、さまざまな出来事を聞いた…入院中は、オレに心配させまいと、誰も、そんな情報は、教えてくれなかった…」

 「…」

 「…だから、好子から、春子のオバサンが、高見さんを、試したのは、聞いた…高見さんを、リストラに追い込んで、どう反応するか、試したと、聞いた…」

 新造さんが、考え、考え、言った…

 ゆっくりと、言った…

 が、

 その話で、ふと、気付いた…

 そもそも、あの秋穂が、金崎実業の、松嶋に唆されて、私を、金崎実業から、追い出そうとしたんじゃ、ないのか?

 それが、どうして、水野春子が、関係するんだ?

 私は、考えた…

 「…あの…さきほどのお話ですが…」

 と、私は、新造さんに言った…

 「…さきほどの話? なんの話?…」

 「…水野春子さんが、私を金崎実業から、追い出そうとした話です…」

 「…それが、なにか?…」

 「…それが、本当だとしたら、どうやって、私を金崎実業から、追い出すんですか? 金崎実業の人事部に、命じて、私を、追い出すんですか?…」

 「…それは、わからない…ただ…」

 「…ただ、なんですか?…」

 「…オレの勘だが、普通は、そこまでは、しない…」

 「…どういうことですか?…」

 「…たとえば、良平のオジサンが、正式に、子会社の金崎実業の人事部に命じて、高見さんを、リストラしろと、命じたとなると、騒ぎが、でかくなる…だから、仮にオレが、高見さんを、リストラするとしたら、人事部の特定の人物を使って、その人物が、単独で、高見さんをリストラさせたことにする…」

 「…エッ?…」

 「…その方が、傷が少ないというか…仮に、高見さんが、このリストラは、納得できないって、怒って、裁判所にでも、訴えたら、ややこしくなるっていうか、大変なことになる…なにしろ、親会社の社長が、子会社の一介の女子社員のリストラを命じたなんて、分かれば、世間の耳目を引く…だから、人事部の特定の社員に命じるのが、一番…仮に、高見さんが、金崎実業を裁判で訴えても、その社員が、勝手にやったことだと、言い逃れることができる…」

 「…そんな…」

 「…オレも、それが、真相だとは、言わない…でも、オレなら、そうする…」

 「…でも、だとしたら…春子さん、あるいは、良平さんは、どうして、松嶋さんを、知って…」

 「…松嶋って言うの? 高見さんを金崎実業から追い出そうとした人事のひと?…」

 「…ハイ…」

 「…その松嶋ってひとを、どうして、春子のオバサンや、良平オジサンが、動かせたかと、いうことだけど、誰か、その松嶋ってひとを、知っている人間が、いたんじゃないのかな…春子オバサンや、良平オジサンの意向をうまく、伝えることが、できる人物が、いたんじゃないのかな…」

 新造さんが、考えながら、ゆっくりと、言った…

 だから、私は、そんな人物が、身近に、いたのか、考えた…

 考え続けた…

 すると、途端に、ひとりの人物の名が、浮かび上がった…

 その人物は、松嶋の大学時代の友人だと、言っていた…

 そして、私を知る人物…

 米倉正造だった…

               
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