第29話

文字数 4,540文字

米倉好子…

 米倉の正統後継者…

 なにゆえ、好子さんが、米倉の正統後継者なのか?

 それは、好子さんだけが、米倉の本家の血を引く者だから…

 それゆえ、米倉の正統後継者となった…

 米倉本家の血を引く人間は、先代当主の平造と結婚した、お嬢様のみ…

 そのお嬢様は、平造と結婚する前に、すでに、好子さんを身籠っていた…

 だから、好子さんと平造は、父子だが、血の繋がりが、ない…

 そして、平造の息子の正造は、平造の連れ子…

 それゆえ、正造と、好子さんにも、血の繋がりがない…

 だからこそ、正造は、幼い好子さんに、

 「…将来、ボクと結婚しよう…」

 と、囁いた…

 囁き続けた…

 そうすることで、好子さんを、守ろうとした…

 好子さんは、繰り返すが、米倉の正統後継者…

 ただ、ひとりだけ、米倉本家の血を継ぐものだからだ…

 正造も米倉一族に違いないが、平造の血を引いているだけ…

 米倉一族の末端の分家出身である、平造の血を引いているだけだった…

 そして、私は、考えた…

 米倉平造…

 そして、

米倉正造は、今回の事態をどう思ったのだろうか?

 平造と、正造の父子は、米倉を守ろうとした…

 米倉好子を守ろうとした…

 好子こそが、米倉の正統後継者だからだ…

 好子を守ることが、米倉を守ることだからだ…

 が、

 その好子が、透(とおる)と、うまくいかなくなった…

 結婚生活が、破綻するかもしれない…

 すると、どうだ?

 当たり前だが、水野と米倉の提携にも、ヒビが入る…

 巨額な負債を、隠した米倉が、いわば、水野を騙す形で、合併を推進した…

 米倉が、生き残るためだ…

 単独では、生き残れない米倉が、下した起死回生の一手…

 それが、水野との合併だったはずだ…

 が、

 このままでは、それも破綻する…

 今は、まだ合併前の提携という段階だが、このままでは、いずれ、その提携も、破綻するだろう…

 そして、それを、あの平造と、正造が、知らないわけはない…

 一体、あの二人は、今、なにを、考えているのだろう?…

 私は、思った…

 あの二人に、とって、好子さんを守ること…そして、米倉を守ることは、人生の目的というと、おおげさだが、おそらく、その通りだろう…

 二人とも、米倉を守ることを、目的に、生きてきたに違いない…

 そして、その米倉が、危機にあることは、二人とも、あのフライデーの記事で、知ったはずだ…

 いや、

 そうではない…

 引退した平造は、わからないが、あの正造は、知っていた…

 これは、確信できる…

 なぜなら、正造は、つい最近、私に電話をかけてきた…

 金崎実業を休職に追い込まれた私を心配して、電話をかけてきた…

 そして、その際に、私を休職に追い込んだ、人事の松嶋の名前を告げた…

 つまりは、あの正造は、おそらく、今回の筋書きを知っている…

 今、米倉、そして、水野内部で、なにが、起こっているか、知っているに違いない…

 そして、それを、知った上で、私に電話をかけてきた…

 おそらく、そうに、決まっている…

 あの抜け目のない、正造のことだ…

 ただ、私の身を心配して、電話をかけてくるわけがない…

 だとすれば?

 ふと、気付いた…

 正造は、好子さんに、接触したのだろうか?

 あるいは、

 透(とおる)に接触したのだろうか?

 正造は、好子をあれほど、大事にしていた…

 普通に考えれば、正造は、透(とおる)に激怒しているに違いない…

 普通に考えれば、透(とおる)ならば、好子さんを幸せにできる…

 そう思って、好子さんを透(とおる)に託したに違いないからだ…

 それとも、違うのだろうか?

 私が、甘いのだろうか?

 私が、お子様なのだろうか?

 好きだから、結婚する…

 私は、透(とおる)が、好子さんと結婚したのは、好きだからと、ばかり、思っていた…

 まもなく34歳になるであろう、女が、口にするのも、おかしいが、純愛というか…

 純粋に、透(とおる)は、好子さんが、好きだから、結婚したと、思った…

 が、

 違った…

 透(とおる)には、透(とおる)の打算があった…

 計算が、あった…

 そして、それを、好子さんは、見抜いていた…

 なにゆえ、自分と透(とおる)が、結婚したいのか、見抜いていた…

 これもまた、考えて見ると、当たり前…

 透(とおる)と、好子さんは、幼馴染(おさななじみ)…

 すでに、何度も繰り返し説明したように、二人の父親の良平と平造が、仲が良く、互いが、子供たちを連れて、互いの家に遊びに行ったから、親しくなった…

 だから、互いに、子供の頃から、見知っている…

 それゆえ、どんな性格か、見知っていたに違いない…

 だからこそ、好子さんは、透(とおる)が、どんな野心を持って、自分と結婚したいと、言ったのか、知っていたに違いない…

 もちろん、その前提には、好きがある…

 透(とおる)が、好子さんを好きだという感情がある…

 が、

 それだけではないと、いうことだ…

 が、

 だとしたら?

 だとしたら、当然、正造もまた、透(とおる)が、どんな人間か、知っていたに違いない…

 にもかかわらず、正造は、透(とおる)と、好子さんの結婚を認めた…

 文句を言わなかった…

 それは、一体なぜ?

 謎がある…

 それは、普通に考えれば、あのとき、困窮した米倉を救うことが、水野だけが、できただろうということだと、思う…

 聖人君子は、この世に、いない…

 誰もが、欠点を持っている…

 そして、その欠点を覆い隠すような美点を持っていれば、問題はない…

 あるいは…

 あるいは、欠点はあるけれども、それが、大した欠点でなければ、問題はない…

 誰もが、欠点は、持っているものだからだ…

 だから、正造は、透(とおる)の欠点は、もちろん、知っているが、それでも、いいと、思ったのでは、ないか?

 それでも、構わないと、思ったのではないか?

 何度も言うように、透(とおる)は、好子さんが、好き…

 これは、紛れもない事実だからだ…

 そして、その気持ちがブレない限り、良しとしたのでは?

 私は、勝手に、そう思った…

 私は、勝手に、そう信じた…


 そして、その二日後、その当事者の水野透(とおる)から、私に、電話があった…

 あろうことか、水野透(とおる)本人から、電話があった…

 私が、電話に出ると、しょっぱなから、

 「…元気?…」

 と、電話があった…

 私は、その声で、すぐに、ピンときた…

 水野透(とおる)の声だと、ピンときた…

 私は、後先、考えず、

 「…元気です…」

 と、言ってしまった…

 つい、怒った感じで、言ってしまった(笑)…

 だって、そうだろう…

 自分が、写真週刊誌に、キャバクラの女のコと、泥酔して、腕を組んで、コンビニに入るところを、撮られた…

 それが、どういうことになるのか、わからない透(とおる)では、あるまい…

 まだ、新婚ホヤホヤ…

 結婚して、まだ、わずか、半年…

 しかも、結婚相手は、米倉好子…

 米倉家のお嬢様だ…

 先日、水野と提携を発表した、米倉家のお嬢様だ…

 今回の報道が、どういう結果を周囲に、もたらすか、わからない透(とおる)では、ないはずだ…

 だから、余計に、怒った感じになった…

 すると、どうだ?

 「…高見さん…随分、怒っているみたいだね…」

 と、電話の向こう側から、楽しそうに、言う声が聞こえた…

 私は、その声に、反応した…

 いや、

 反応せずには、いられなかったというか…

 「…ええ、怒ってます…」

 と、つい、返して、しまった…

 すると、どうだ?

 これまた、楽しそうに、

 「…単純…」

 と、透(とおる)が、返して、来た…

 「…た…単純って?…」

 思わず、口に出た…

 もちろん、単純の意味はわかる…

 物事を簡単に捉えるということだ…

 だったら、今回の、透(とおる)が、キャバクラの女のコと、腕を組んで、コンビニに入ったのも、なにか、裏があるのか?

 例えば、その女のコが、キーマンというか…

 誰か、有力者の娘だとでも、言うのだろうか?

 私の脳裏に、すぐに、そんなことが、思い浮かんだ…

 すると、

 「…今回の件は、ボクも、まずかった…」

 と、電話口から、透(とおる)の声が、聞こえてきた…

 「…あのコの誘いに、乗ったのが、まずかった…」

 …あのコの誘い?…

 …どういう意味だろうか?…

 「…相手が、どう仕掛けてくるか、知りたかったから…つい、こっちも、わざと、あのコの誘いに、乗ってみたというか…」

 透(とおる)の言葉が、言い訳じみて、いたが、同時に謎めいていたというか…

 「…まあ、結果的に、ああいう結果になったから…言い訳はできないけれども…」

 透(とおる)が、意味深に言う…

 だから、私は、

 「…透(とおる)さん、なにが、言いたいんですか? もっと、ハッキリと、わかりやすく、言って下さい…」

 と、私は、言った…

 言わずには、いられなかったというか…

 すると、

 「…米倉も、水野も、一枚岩じゃないということさ…」

 と、電話の向こう側で、透(とおる)が、言った…

 「…一枚岩じゃない?…」

 「…そう…」

 たしかに、言われてみれば、わかる…

 困窮した米倉を救うために、水野と提携した…

 が、

 当然、その決定に不満を持つ者も、いるだろう…

 とりわけ、水野内部には、いるはずだ…

 米倉の負債が、莫大過ぎて、このまま、合併しては、いずれ、水野も破綻する…

 そう考える輩(やから)がいても、おかしくはない…

 「…だから、今回の提携に反対するものもいる…」

 「…反対…ですか?…」

 「…そうだ…」

 透(とおる)としては、意外にも、力強く、言った…

 「…それに、なにより…」

 そこまで、言って、透(とおる)は、言葉を切った…

 私は、焦ったというか…

 じれったくなった…

 だから、

 「…透(とおる)さん、思わせぶりは、やめて下さい…」

 と、強い調子で、言った…

 すると、電話の向こう側の透(とおる)が、意を決した様子で、

 「…ボクが、成功するものが、気に食わないものが、米倉というより、水野内部にいる…」

 と、告げた…

 「…成功することが、気に食わない…」

 「…そう…」

 「…どうして、気に食わないんですか?…」

 「…ボクが、成功すれば、すんなりと、水野の次期当主が、決まってしまう…」

 「…」

 「…それでは、困るという人間が、水野内部にいる…」

 「…」

 「…そして、それは、米倉も同じ…」

 「…米倉も…」

 「…そう…」

 「…」

 「…ただ、米倉は…」

 と、またも、そこで、切れた…

 私は、今度も、

 「…米倉は、なんなんですか?…」

 と、強い調子で聞いた…

 聞かずには、いられなかった…

 「…米倉の場合は、当主ではなく…つまり、好子の代わりに、米倉の当主になりたいのではなく、ただ、好子が、憎いというか…」

 「…好子さんが、憎い?…」

 意外な言葉だった…

 同時に、考えた…

 果たして、米倉にそんなに、好子さんを憎む人間が、いたか否か?

 それを、思った…

 それを、思いながら、

 「…米倉にそんなひとが…」

 と、つい、独り言のように、呟いた…

 すると、すぐに、

 「…いるさ…」

 と、透(とおる)が、反応した…

 続けて、

 「…澄子が…」

 と、付け足した…

               
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