第91話

文字数 5,049文字

 「…秋穂さんと?…」

 「…後は、高見さんも、承知の通りだ…ボクの妹になりすました…が、アレは、たぶん、オヤジとオフクロの…いや、オフクロの許可を得たから、言ったのかも、しれない…」

 「…春子さんの…」

 「…そうだ…」

 そう言うと、透(とおる)が、居心地悪そうに、周囲を見た…

 私は、今さらながら、周囲の人物たちが、私たちを見ていることに、気付いた…

 当たり前だ…

 屈強な、私服姿の警察官たちが、この店の中に入って来て、秋穂を取り囲んで、連行した…

 当たり前だが、周囲の注目を浴びる…

 が、

 私は、それを、無視して、この透(とおる)と、正造に、質問を浴びせた…

 周囲の視線を、浴びているのは、わかっていたが、いますぐ、どうして、こんなことになったのか、知りたかったからだ…

 だから、二人を質問攻めにした…

 そして、二人とも、おそらく、周囲の視線を浴びているのは、重々承知の上で、私の質問に、答えてくれた…

 私に対して、申し訳ない、気持ちがあるのだろう…

 私を巻き込んで、すまなかったという気持ちがあるのだろう…

 私は、思った…

 だから、周囲の注目の的にも、かかわらず、私の質問に、答えてくれた…

 が、

 それも、限界なのかも、しれなかった…

 さすがに、これ以上、周囲の注目を浴びながら、私の質問に、答えるのは、限界なのかも、しれない…

 私は、思った…

 それは、透(とおる)の態度で、気付いた…

 そして、それは、隣の正造も、同じだったようだ…

 さすがに、この場から、去りたい、あるいは、逃げ出したい、様子が、ありありだった…

 「…では、今日は、このあたりで…」

 正造が、口にした…

 「…また、あとで、連絡する…」

 今度は、透(とおる)が、言った…

 そして、その言葉を最後に、二人は、あっけなく、その場を去った…

 まるで、何事もなかったように、この場から、去った…

 私は、当惑した…

 まさか、こんなに、簡単に、この場から、あっけなく、二人がいなくなるとは、思わなかったからだ…

 二人が、いなくなると、当然のことながら、私も居心地が悪くなった…

 周囲の視線が、私に集中しているのが、痛いほど、わかるからだ…

 それまでは、三人いたので、周囲の視線を無視することが、できたが、さすがに、私一人では、周囲の視線に耐えることは、できなかった…

 当たり前だ…

 私は、それほど、面の皮が、厚くはない(爆笑)…

 平凡な人間だからだ…

 だから、二人が、去ると、慌てて、店を後にした…

 店の店員も、私になにか、話しかけようとしたが、機先を制して、

 「…今日は、ご迷惑をおかけしました…本当に、申し訳ありませんでした…」

 と、頭を下げるやいなや、逃げるように、店を出た…

 それから、小走りに、走って、誰も、私を追って来ないことを、確認してから、普通に、歩き出した…

 まったくもって、これでは、逃亡者…

 まるで、誰かに追われているみたいだ(苦笑)…

 が、

 この感じも、悪くはない…

 ふと、思った…

 まさか、毎日が、こんな感じでは、困るが、ときには、こんなことがあってもいい…

 私は、自分の天の邪鬼さに、驚いた…

 まさか、自分が、こんなことを、考えるとは、思わなかったからだ…

 だが、

 どこか、楽しかった…

 どこか、嬉しかった…

 これまでの自分にはない体験だからだ…

 そして、同時に、あの秋穂の素性を思った…

 あの秋穂は、本当に、澄子さんの娘なのか?

 と、考えた…

 が、

 すぐに、それは、後日、わかると、思った…
 
 きっと、透(とおる)か、正造のどちらかが、私に連絡をくれると、思ったからだ…

 だから、私は、それを、待てば、いい…

 そう、思った…

 黙って、二人のどちらからの連絡を待てばいい…

 そう、考えた…


 が、

 それから、二週間か、それ以上、経って、連絡をくれたのは、二人では、なかった…

 透(とおる)でも、正造でも、なかった…

 連絡をくれたのは、好子さん…

 透(とおる)の元の妻であり、正造の血が繋がってない妹の米倉好子さんだった…

 あまりにも意外といえば、意外な人物からの連絡だった…

 好子さんの存在は、透(とおる)とでも、正造の間とでも、常に話題になったが、この半年の間に、直接会ったことは、なかった…

 何度か、電話があって、話したことは、あったが、それでも、直接会ったことはない…

 直接会ったのは、半年前に、私が、米倉の豪邸を訪れたときだった…

 あのときが、最後だった…

 私は、今さらながら、それを、思い出した…

 なぜ、思い出したかと、いえば、好子さんが、

 「…高見さん…お久しぶり…今度、直接、外で、会えない…」

 と、電話越しに、言ってきたからだ…

 「…エッ? 外で?…」

 意外と言えば、意外だった…

 今も、説明したが、この好子さんと、会ったのは、半年前が最後…

 この半年で、何度か、電話で、話したが、直接会ったことはない…

 だから、言われてみれば、当たり前と言うか…

 好子さんが、そう言うのも、わかった…

 「…つもる話もあるから…」

 好子さんが、意味深に言った…

 が、

 私は、それは、今回の件だと、思った…

 あの秋穂のことだと、思った…

 あの秋穂の正体が、わかったのだと、思った…

 だから、あえて、聞かなかった…

 どんな話か、聞かなかった…

 「…では、今度、お会いできるときを、楽しみにしています…」

 と、社交辞令を言った…

 もちろん、昔からの友達ならば、こんな言い方は、しない…

 私と好子さんは、それほど、親しい間柄ではないからだ…

 半年前に会ったとき、好子さんの弟の新造さんから、

 「…高見さんも、米倉一族なんだ…爺さんの、そのまた爺さん…五代か、六代前の先祖が、兄弟だったんだ…」

 と、言われて、初めて、知った…

 それまで、私は、米倉一族と一切交流がなかった…

 だから、当然、自分が、米倉一族と関係があることなんて、知らなかった…

 なにより、うちは、平凡…

 絵に描いたように、平凡な家庭だった…

 だから、とても、大金持ちの米倉と、関係があるなんて、考えたことも、なかったからだ…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…では、今度、また連絡するわ…いつ、会うかは、そのときに…」

 と、言って、好子さんは、電話を切った…

 そして、それから、まもなく、好子さんと、会った…

 実に、半年振りに、会った…

 会った場所は、ファミレスだった…

 自分でも、笑ってしまうが、こんな場所しか、思いつかなかった…

 本当は、お金持ちの好子さんには、もっとふさわしい店があると、思うが、平凡な家庭出身の私には、他の場所が、思いつかなかった…

 が、

 おそらく、好子さんが、私に合わせてくれたのだろう…

 文句のひとつも、出なかった…

 私に会うなり、

 「…お久しぶり…」

 と、実に嬉しそうに、笑った…

 私は、その笑顔を見て、癒されたというか…

 ホッとした…

 実は、私は、この好子さんと会うと、変に、緊張する…

 好子さんの元の夫である、透(とおる)や、好子さんの、血の繋がってない正造と会うよりも、緊張する…

 実に、自分でも、意外だが、真実…

 ホントのことだった…

 自分でも、どうしてだか、わからない…

 もしかしたら、同性だからかも、しれない…

 しかも、私と、好子さんは、同じタイプの美人…

 身長、155㎝程度と、小柄で、顔は、女優の常盤貴子さんの、若いときのような美人…

 要するに、キレイで、カワイく、品のある美人だ…

 自分で、自分のことを、こんなふうに、表現するのは、照れるが、その表現が、一番合っている…

 だから、もしかしたら、ライバルではないが、無意識に、自分は、この好子さんと張り合っている?

 ライバル心を燃やしている?…

 そうも、思った…

 もちろん、当の好子さんが、私をどう思っているのかは、わからない…

 だが、私としては、本当は、心のどこかで、苦手というか…

 なんとなく苦手だと、感じていた…

 そして、心のどこかで、そう、感じながらも、

 「…こちらこそ、お久しぶりです…お会いできて、嬉しいです…」

 と、頭を下げて、言った…

 社交辞令というやつだ(笑)…

 「…ホント、嬉しい…」

 と、好子さんが、無邪気に、笑った…

 私は、その好子さんの笑顔を見て、なんとなく、気まずくなったというか…

 少しばかりだが、罪悪感にさいなまれた…

 自分が、ホントは、苦手だとわかっている相手に、お世辞だけだが、

 「…お会いして、嬉しい…」

 などと、心にもないことを、言った自分が、嫌になった…

 やはり、相手が、自分を好いてくれるのだから、素直に、好子さんを、自分も、好きにならなければ、いけないと、思った…

 すると、

 「…高見さん…これで、振り出しね…」

 と、いきなり、好子さんが、言った…

 …振り出しって?…

 意味が、わからなかった…

 だから、

 「…振り出しって、どういう意味ですか?…」

 と、聞いた…

 聞かずには、いられなかった…

 「…半年ちょっと前といっしょ…」

 「…それって、どういう…」

 「…お互い独身だってこと!…」

 と、言って、好子さんが笑った…

 実に、屈託なく笑った…

 私は、どう返答していいか、わからなかった…

 私は、結婚をしたことがないので、当然、離婚の経験はない…

 だから、

 「…そうですね…」

 と、言って、軽く相手に合わせるしか、なかった…

 元々、そんなに親しい間柄でも、なんでもない…

 相手が、自分の離婚をネタにして、笑いにしても、それに私が、乗っかることなど、できるわけがなかった…

 「…でも、これで、良かったのかも…」

 と、好子さんが、続けた…

 「…良かった? …どうして、ですか?…」

 「…あのまま、米倉と水野が、いっしょになって、数年、あるいは、十年以上、経ってから、ゴタゴタするとする…それが、原因で、私と透(とおる)の仲がおかしくなって、しかも、そのときには、私と透(とおる)の間に、子供でもいたら、目も当てらないわ…」

 好子さんが、ぶっちゃける…

 「…だから、今は、そう考えることにした…」

 「…今は、ですか?…」

 「…そう、今は…後ろ向きに考えても、仕方ないでしょ? …だから、前向きに…離婚して、良かったことだけ、考えた…」

 「…」

 「…私だって、ホントは、透(とおる)と、離婚したくなかった…いえ、ホントは、離婚するとしても、もう少し時間が欲しかった…」

 「…時間ですか?…」

 「…そうよ…だって、結婚して、わずか半年で、離婚するなんて、いくらなんでも早すぎるでしょ?…」

 「…それは…」

 言葉が出なかった…

 この好子さんの言うことは、あまりに正論過ぎたからだ…

 反論のしようがなかった…

 「…でも、例えば、十年結婚して、それから、離婚したりする…やっぱり、お互い気が合わないとか、言ってね…でも、結論が、同じ離婚ならば、半年で、離婚した方が、お互い正解でしょ?…」

 「…正解って?…」

 「…だって、その方が、お互い若いから、早くに、次の相手を探すことができる…」

 「…」

 「…って、最近は、考えるようになった…」

 と、言って、好子さんは、笑った…

 そして、その言葉を聞いて、この好子さんも、当たり前だが、悩んだんだと、思った…

 離婚して、悩んだんだと思った…

 誰もが、離婚して、悩まない人間は、いない…

 男女どちらでも、心に傷を負うのは、目に見えている…

 しかも、この好子さんのように、結婚して、わずか半年で離婚しては、なおさらだろう…

 そして、年齢も若い…

 まだ31歳…

 これが、結婚して、二十年も経つ熟年夫婦なら、今さら感があり、しかも、大抵、心も、年齢を重ねて、しぶとくなっている(笑)…

 だから、傷つかないとまでは、言わないが、31歳のときの離婚よりも、傷が浅いだろう…

 私は、思った…

 「…でも、本当は?…」

 好子さんが続けた…

 「…本当は、なんですか?…」

 「…どっちなのかは、わからない…」

 「…」

 「…結婚して、わずか半年で、離婚して、良かったのは、わからない…」

 「…」

 「…きっと、これから何十年も経って、私がおばあちゃんになって、初めて、結論を出せることかも、しれない…」

 「…」

 「…でも、でもね…高見さん…」

 「…なんですか?…」

 「…私が、透(とおる)と、離婚したのは、高見さんのせいでもあるのよ…」

 と、好子さんが、仰天のセリフを言った…

               
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