第72話

文字数 4,534文字

 そして、なぜ、私が、従来通り、仕事を与えられたのか?

 これは、実は、伏線があったというか…

 理由があった…

 それは、この営業所が、小さかったから…

 わずか、20名ちょっとの小さな営業所だったからだ…

 つまりは、わかりやすく言うと、20数名で、営業所を回している…

 だから、20数名が、皆、戦力でないと、困るからだ…

 一人として、欠けることはできない…

 例えば、21人で、やることを、20人で、やるとする…

 当然のことながら、一人の負担は、わずかながらも、増える…

 当たり前だった…

 だから、リストラではないが、誰かを干す場合は、できるだけ、大きな営業所に限るというか…

 例えば、私のいる営業所の倍の40名もいる大きな事務所なら、誰か、一人を干すにしても、影響は、少ない…

 そういうことだ…

 私の在籍する営業所は、一地方の駅前の雑居ビルの一室にあった…

 これが、例えば、横浜とか、仙台とか、地方でも、もっと、大きな営業所なら、リストラも簡単にできるということだ…

 だから、救われたというか…

 いつまでも、私に仕事を与えずにいることは、できなかったのでは?

 そう、思った…

 そして、それを、思いながら、仕事に励んだ…

 といっても、相変わらず、業務以外のことで、私に話しかける人間は、皆無だった…

 誰も、いなかった…

 これは、当たり前だった…

 なぜ、私が、干されなければ、ならないのか?

 おそらく、営業所のひとは、誰一人として、理由は、わからないだろう…

 いや、

 内山さんは、知っている…

 が、

 それ以外の人間は、誰も、知らない…

 そして、私が、なぜ、干されたのか? は、知らずとも、干されるような人間と、いっしょにいて、その後、不利になることは、あっても、自分の得になることは、ない…

 それが、誰にも、わかりきっているから、誰も、私に話しかけてくる人間は、いなかった…

 このご時世だ…

 そんなことをして、次に、自分が、リストラのターゲットにでも、なったら、困る…

 そういうことだ…

 よく、ドラマや映画では、私が、リストラから、逃れれば、会社の同僚が、もろてをあげて、喜んでくれるような場面があるが、現実は、違う…

 そういうことだった…

 実を言うと、私も少しばかり、そういう場面を期待したが、やはりというか…

 現実は、甘くはなかった…

 一度、リストラ候補に名前が上がったと、思われた以上、周囲の視線は、冷たかった…

 が、

 それでも、私が、それに耐えられたのは、私が、本来一匹狼というか…

 群れるのが、嫌いだったのが、大きかった…

 元々、学生時代から、他人とつるむというと、語弊があるが、女同士が、たいして、仲が良くないのに、いつも、群れているのが、嫌いだった…

 ハッキリ言えば、私自身が、人間の好き嫌いが、激しい方なのかも、しれない…

 だから、たいして、仲が良くない人間と、群れるのが、嫌いだった…

 自分が、仲良くする人間は、皆、心の底から、自分が、好きな人間だったからだ…

 そして、この営業所のひとたちとも、元々、ドライな関係というか…

 仲が良いのは、内山さん、一人だけだった…

 以前は、もうひとり、仲が良いわけではないが、営業所長の亀沢が、いた…

 亀沢は、私をどう思っていたのか、わからないが、私は、亀沢が、好きだったといえば、おおげさだが、亀沢に好感を持っていた…

 亀沢は、すでに言ったが、出世とは、無縁のタイプ…

 だが、不器用で、ただ真面目が取り柄だけの亀沢が、好きだった…

 が、

 その亀沢も、今は、もういない…

 だから、元々、ひとりぼっちに近い、私が、この営業所の人たちから、相手にされなくても、あまり応えないというか…

 そういうものだと、ドライに割り切ることが、できた…

 だから、耐えられた…

 そういうことだった…

 が、

 そうは、いいながらも、内心、気になったのは、やはり、原田のことだった…

 原田は、休職とのことだったが、どうして、休職になったのかは、ともかく、原田は、今、どうなったのだろう?

 それが、気になった…

 また、原田が、教えてくれた、水野良平に助けを求めろということも、結局、できなかった…

 なぜなら、ハードルが、高すぎた(苦笑)…

 私と、水野良平とは、たいして、親しい関係ではない…

 なにしろ、水野良平は、水野グループ総帥…

 片や、私は、その水野グループの一企業である、金崎実業の一女子社員に過ぎない…

 差があり過ぎた(爆笑)…

 だから、原田のアドバイスはありがたかったが、どうしても、気軽に、水野良平に、電話ができなかった…

 そういうことだ…

 だから、それもあって、余計に、原田のことが、気になった…

 まさかとは、思うが、この後、原田は、金崎実業をクビになるのだろうか?

 そう、思った…

 原田が、クビになるのは、仕方がないにしても、その理由に、私が、関わっているとしたら、申し訳ないというか…

 ハッキリ言って、嫌だった…

 私は、原田を好きでも、嫌いでもないが、原田が、リストラされるとしても、その原因に私が、関わっているとしたら、嫌だった…

 これは、誰もが、同じだろう…

 原田は、私の一回り上の四十代…

 昨今は、どこの企業も、リストラが、ありふれているが、四十代の男が、会社をリストラされて、簡単に、次の仕事が、見つかるほど、甘い世の中ではない…

 だから、仮に原田が、金崎実業をリストラされれば、どうなるか?

 気になって仕方がなかった…

 当たり前だった…

 そして、そう考えれば、やはりというか…

 あの水野良平に電話をするべきか、どうか、悩んだ…

 あの水野良平ならば、原田を、なんとか、することが、できる…

 原田をリストラから、救うことが、できる…

 そう、思ったからだ…

 が、

 やはりと、いうか、ハードルが高かった…

 ハードルが、高すぎた…

 いくらなんでも、私風情の人間が、電話をするのは、ハードルが、高すぎる人間だった…

 だから、悩んだ…

 悩み抜いた…


 が、

 結局、悩んだ末にも、水野良平に、電話はできなかった…

 代わりと言うか…

 ちょうど、その頃に、米倉好子さんから、電話があった…

 「…高見さん…元気?…」

 それが、第一声だった…

 私が、どう言っていいか、言い淀んでいると、

 「…全部、うまくいったわ…」

 と、電話の向こう側から、弾んだ声が聞こえてきた…

 …うまく、言った?…

 …一体、なにが、うまく言ったんだろ?…

 考えた…

 だから、

 「…あの…好子さん…なにが、うまく、言ったんですか?…」

 と、聞いた…

 聞かずには、いられなかった…

 「…バカね…そんなこと、わかってるじゃない?…」

 あっけらかんと、好子さんが、言う…

 「…わかってる? …なにが、わかってるんですか?…」

 「…米倉の復活よ…」

 「…米倉の復活?…」

 「…そうよ…」

 意味が、わからなかった…

 たしかに、米倉の負債は、ちゃらになった…

 が、

 米倉は、五井の傘下に入る…

 だから、復活も、なにも、なかった…

 これは、結婚に例えれば、わかりやすい…

 要するに、米倉は、水野と結婚していたが、別れて、今度は、五井と結婚したと、思えば、いい…

 ハッキリ言えば、夫が、変わった…

 夫=スポンサーが、変わった…

 ということだ…

 が、

 そのスポンサーが、いなければ、米倉は、生きてゆくことが、できない…

 人間に例えれば、これまでは、借金だらけだった…

 それが、一転して、借金が、ちゃらになった…

 しかし、だからといって、自分一人で、生きて行けるほど、稼ぎはない…

 そういうことだ…

 だから、スポンサーが、必要…

 そのスポンサーが、五井ということだ…

 だから、米倉の復活もなにもなかった…

 ただ、水野から、離れられただけだ…

 私が、そんなふうに、思っていると、

 「…なに、高見さん…やっぱり、おかしい?…」

 と、笑いながら、好子さんが、言った…

 そして、私が、どう答えていいか、わからず、

 「…」

 と、返答に詰まっていると、

 「…そうよね…やっぱり、おかしいわよね…」

 と、自分自身も、納得するように、呟いた…

 それから、一転して、小さな声で、

 「…やっぱり、ダメだった…」

 と、小さく、呟いた…

 「…ダメ? …なにが、ダメだったんですか?…」

 「…透(とおる)との結婚…」

 そうだった…

 この好子さんは、すでに、透(とおる)と、離婚していた…

 今さらながら、それを、思い出した…

 そして、今、電話をかけてきたのは、あの水野透(とおる)と、別れてから、初めてだと、気付いた…

 それに、気付くと、私は、どう返答していいか、わからなかった…

 だから、返答に、困った…

 すると、好子さんが、一方的に、

 「…やっぱ、無理をしちゃ、ダメよね…」

 と、一転して、ハイテンションで、言った…

 「…無理? …なにが、無理なんですか?…」

 「…透(とおる)との、結婚…」

 「…」

 「…ホントは、私も、透(とおる)と、うまく、いくか、心配だった…」

 「…」

 「…透(とおる)は、私が、好き…でも、私は、透(とおる)が、好きじゃなかった…でも、だからといって、嫌いなわけじゃない…」

 「…」

 「…でも、この歳になっても、好きになった男は、いなかった…それに、なにより、米倉が、大日産業が、苦境に陥った…透(とおる)と、結婚すれば、米倉を助けてくれる…高見さんも、知っているように、それが、透(とおる)との結婚の決め手だった…」

 「…」

 「…でも、ダメだった…」

 力なく、言った…

 「…どうして、ダメだったんですか?…」

 「…好きになれない…」

 「…」

 「…透(とおる)には、悪いけど、これが本音…」

 「…」

 「…もちろん、嫌いなわけじゃない…子供の頃から、知っているし、ずっと、私を好きだったのは、知っているから、結婚した…でも…」

 「…」

 「…でも、異性として、好きになれない…男として、好きになれない…」

 「…」

 「…バカね…そんなこと、最初から、わかっていたはずなのに…結婚すれば、なんとか、なると、思っていた…」

 「…」

 「…そして、透(とおる)も、そんな私の気持ちに気付くと、段々、私から、気持ちが離れてゆくのが、わかった…当然よね…」

 「…」

 「…また、こんなこと、透(とおる)に言っちゃ、悪いけれども、私と結婚したことで、透(とおる)も、満足しちゃったのかも、しれない…」

 「…どういうことですか?…」

 「…ほら、例えば、クルマでも、なんでも、欲しかったものが、手に入る…すると、それだけで、満足しちゃう…」

 「…」

 「…要するに、欲しかったものが、手に入るまでが、楽しかったんで、あって、自分のものになっちゃうと、途端に興味が失せるというか…」

 「…」

 「…つまり、そういう感じ…」

 「…そういう感じって?…」

 「…手に入らないと思っていたものが、手に入ったことで、満足しちゃう…それで、もはや、私のことも、どうでもよくなっちゃったのかも…」

 好子さんが、言う…

 「…そして、もう一つの原因…」

 「…原因…」

 「…高見ちづる…アナタよ…」

 好子さんが、言った…

              
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