第16話

文字数 4,237文字

私は、驚いた…

 文字通り、驚愕した…

 まさか、春子の口から、米倉正造の名前が出るとは、思わなかった…

 まさに、まさか、だ…

 私は、どう答えていいか、わからなかった…

 米倉正造と、妹の好子さんに、血縁関係が、ないのは、私も、知っているが、それを、この春子に言って、いいものか、どうか、わからなかった…

 なにしろ、私は、他人…

 他人だ…

 私は、米倉の家の人間でも、水野の家の人間でもない…

 たしかに、ご先祖様は、米倉家の人間だったかも、しれないが、今現在、この私とは、なんの関係もない…

 米倉正造と知り合うまでは、生まれてこのかた、米倉の人間と関係があったことなど、一度もなく、そんなお金持ちと、実は、遠縁だが、親戚だとは、考えたこともなかった…

 だから、困った…

 私は、米倉正造や、好子さんとは、他人だからだ…

 正造と、好子さんが、血の繋がった兄妹ではないことを、知っては、いたが、それを、他人の私が、この場で、言っていいものか、どうか、悩んだ…

 ハッキリ言って、私にそれを、言うべき権利は、なかったからだ…

 だから、

 「…」

 と、黙った…

 「…」

 と、なにも、言わなかった…

 すると、春子が、

 「…なにも、言わないってことは、知っていたというのと、同じよ…高見さん…」

 と、声をかけた…

 「…無言や沈黙は、肯定と同じ…否定するならば、私は、知りませんでしたと言えばいい…でしょ?…」

 春子が、笑った…

 それでも、私は、なにも、言わなかった…

 いや、

 言えなかった…

 ここまで、言われると、返って、

 「…実は、知ってました…」

 と、言えなくなったのだ(笑)…

 だから、黙ったままだった…

 すると、だ…

 「…その正造さんは、高見さんを好きだったと、聞いたけど…」

 と、聞いた…

 笑いながら、聞いた…

 だから、とっさに、

 「…それは、ありません…」

 と、言った…

 即座に、否定した…

 このことばかりは、すぐに、否定できたからだ…

 この話題は、私、高見ちづるの話題だから、即座に、否定できた…

 「…あら、違うの?…」

 「…違います…」

 「…だったら、どう違うの? 正造さんって、ものすごく、イケメンって、聞いたわ…」

 「…」

 「…だったら、もしかして、高見さんが、正造さんを、好きだったとか?…」

 この質問にも、答えられなかった…

 なぜなら、その通りだったからだ(苦笑)…

 「…あら、高見さん…お顔の色が…」

 すると、春子が、からかうように、言った…

 すると、今度は、良平が、間髪入れず、

 「…止さないか、春子…」

 と、水野良平が、妻の春子をたしなめた…

 さすがに、春子が言い過ぎたと、思ったのだろう…

 「…正造くんと、好子さんが、血の繋がりがないのは、高見さんも、知っている…」

 「…あら、そうでしたの?…」

 「…そうだ…」

 「…でも、正造さんって、イケメンなんでしょ?…」

 「…それが、どうした?…」

 「…この高見さんが、憧れるぐらいだから、当然、好子さんも…」

 春子が、そこまで、言ったことで、ようやく春子の目的がわかった…

 春子が、なにを言いたいか、わかった…

 要するに、正造と、好子を、いっしょに、すれば、いいと、考えたに違いない…

 誰か、どこかの美女を使って、透(とおる)
を誘惑することもなく、代わりに、好子さんに、イケメンを近付けて、誘惑すればいい…

 そうすれば、好子の心が、透(とおる)から、離れる…

 透(とおる)から離れて、離婚する…
 
 そうすれば、透(とおる)は、晴れて、独身の身…

 誰と結婚しても、いい…

 そのうえで、私、高見ちづると結婚させるつもりなのかも、しれない…

 私は、そう見た…

 私は、そう睨んだ…

 そして、それは、良平も、気付いた…

 「…春子…まさか、オマエ?…」

 と、驚いた表情で、言った…

 「…オマエ、まさか、好子さんと、正造クンを?…」

 「…美男美女のカップル…お似合いでしょ?…」

 「…でも、二人は、兄妹だぞ…」

 「…でも、血は、繋がってない…」

 「…」

 「…最高じゃない!…」

 「…最高って?…」

 「…子供の頃は、仲の良い兄妹…そして、大人になってからは、仲の良い夫婦として、一生を過ごす…まさに、理想的ね…」

 「…理想的?…」

 良平が、唖然とした…

 私も、同じだった…

 私、高見ちづるも、同じだった…

 言葉は、悪いが、ぶっ飛んでいる…

 ぶっ飛んだ発想だった…

 あまりにも、ぶっ飛んだ=飛躍した発想だった…

 だって、そうだろう…

 いかに、血が繋がってない兄妹とは、いえ、夫婦にさせたいとは、思わない…

 その発想は、戦前か、小説や漫画の中の発想だ…

 ハッキリ言えば、戦前のお金持ちならば、あり得るかも、しれない…

 なぜなら、そうすれば、財産を外に出さなくて、済むからだ…

 なまじ、自分の実家よりも、裕福でない、家の人間と結婚すれば、実家の財産を、狙われるかも、しれない…

 だったら、身内同士、結婚すればいい…

 そういう発想だ…

 現実に、戦前では、地方の名家では、一族同士で、結婚した実例が、多いと聞く…

 それは、一言で、言えば、財産を、一族以外に出さないためと、聞いた…

 それと、同じ発想だと、私は、思った…

 そして、そう考えると、この目の前の、水野春子というご婦人…

 このご婦人は、最初、感じたように、この令和の時代の人間ではなく、やはり、明治時代に、生まれたというか…

 明治時代に、育ったように、思えた…

 つまり、私の最初の直感は、正しかったと言える(笑)…

 そして、私が、そんなことを、考えていると、

 「…春子…オマエ、いい加減にしないか?…」

 と、良平が、怒った…

 「…オマエだって、正造クンや、好子さんを、子供の頃から、知っているだろ?…」

 「…エッ? …知っている?…」

 思わず、私は、素っ頓狂な声を上げた…

 そして、すぐに、春子の顔を、見た…

 そして、考えた…

 この水野良平と、あの米倉平造は、仲が良かった…

 財界の中でも、二人は、肝胆相照らす仲だった…

 二人とも、境遇が、似ていたからだ…

 二人とも、名家の一族だが、分家…

 主流とは、ほど遠い分家…

 にもかかわらず、本家のお嬢様と、結婚して、本家を継いだ…

 それは、名誉なことだが、同時に、コンプレックスともなった…

 なぜなら、分家の人間が、本家の人間と結婚して、後を継ぐ…

 当選のことながら、周囲の嫉妬と、羨望の眼差しが、注がれることになる…

 だが、そんな視線には、負けずに、この水野良平と、米倉平造は、成功した…

 名誉とコンプレックスをばねにして、成功した…

 そして、プライベートでも、親交があった良平と平造は、互いの家を行き来した…

 だから、良平は、幼い好子さんを知っていた…

 当然、正造も…

 これは、透(とおる)も、同じ…

 だから、幼い透(とおる)は、好子さんに、憧れた…

 つまり、子供の頃から、面識があった…

 そして、この事実を考えれば、当たり前だが、この春子もまた正造と、好子さんに、面識があるに違いない…

 互いの家を行き来するような間柄の仲の良い、良平と平造が、自分一人だけで、もう一方の家を訪れるとは、考えにくい…

 もちろん、一人の時も、あるだろうが、互いに、妻を同伴することも、あるだろう…

 そう考えるのが、自然だ…

 だから、そう考えれば、当然、この春子も、米倉家の人間は、見知っている…

 好子さんも、正造さんも、知っている…

 そういうことだろう…

 そんなことを、考えていると、

 「…だからよ…」

 と、春子が、言った…

 「…だからって?…」

 良平が、戸惑う…

 「…好子さんが、正造クンを、好きなのは、良平さんも、ご存知でしょ?…」

 そう言われると、良平は、

 「…」

 と、なにも、言えなくなった…

 なにしろ、この高見ちづるも、あの好子さんが、正造さんを、好きだったのは、知っている…

 わずか、半年前に、知り合った、この高見も知っている…

 だったら、当然、この春子は、知っているに違いない…

 なにしろ、好子さんや、正造を、ずっと前から、知っている…

 そして、好子さんは、正造を子供の頃から、好きだった…

 ずっと、憧れていた…

 事実、正造は、魅力的なルックスを持つ男だった…

 いかにも、良家のお坊ちゃまと、思われる雰囲気をまとった正造は、女にモテモテだった…

 男でも、女でも、ルックスが、良ければ、モテる…

 当たり前のことだ…

 それは、ちょうど、クルマでいえば、フェラーリやランボルギーニに似ている…

 街中で、出会えば、思わず、目を引く…

 それほど、カッコよかったり、キレイだったりする…

 つい、振り返って、二度見、三度見、したくなる…

 それと、似ている…

 だから、好子さんが、子供ながら、あの正造に憧れるのは、わかった…

 そして、正造は、そんな好子さんの気持ちを利用した…

 「…実は、オレたちは、血が繋がってないんだ…だから、将来、結婚しよう…」

 と、幼い好子さんに、囁いた…

 正造は、好子さんより、十歳年上…

 だから、十歳年下の、子供の好子さんを、言いくるめるのは、簡単だった…

 が、

 実は、正造には、正造の狙いがあった…

 それは、好子さんが、変な男と結婚しないこと…

 米倉好子は、米倉本家の血を引く、ただ一人の正統後継者だった…

 だから、変な男と結婚しては、困る…

 だから、好子さんに、将来、自分と結婚しようと、言いくるめることで、好子さんを守ろうとした…

 つまりは、好子さんに、他の男を好きにさせないための、正造の策略だった…

 それでなくても、好子さんは、美人…

 小柄ながら、女優の常盤貴子さんに、似た美人だった…

 おまけに、大金持ち…

 だから、なにもしなくても、男が、大勢寄って来るのは、火を見るより明らか…

 だから、余計に、心配した…

 変な男と結婚して、米倉の家が、傾いたりしては、困るからだ…

 そして、その結果、幼い好子さんに、
 
 「…実は、オレたちは、血が繋がってないんだ…だから、将来、結婚しよう…」

 と、囁いた…

 それは、いわば、米倉を守るため…

 好子さんを、守るためだった…

 私は、今、それを、思い出していた…

 だが、

 果たして、それを、この春子は、知っているのだろうか?

 甚だ、疑問だった(笑)…

 好子さんが、正造を好きなのは、知っている…

 が、

 正造の本当の目的を、知っているのだろうか?

 私は、考えた…

               

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