第60話

文字数 5,020文字

 「…嵌められた? …米倉に?…」

 これは、一体、どういう意味だろう?

 この透(とおる)と、あの秋穂の密会のスクープをきっかけに、水野は、米倉と提携を解消した…

 それは、水野にとって、米倉を切り捨てる口実ができたということだ…

 だから、水野にとっては、好都合ではなかったのか?

 この透(とおる)と、秋穂の密会を契機に、米倉を切り捨てることが、できた…

 負債のある米倉を切り捨てることができた…

 だから、万々歳ではなかったのか?

 それが、米倉に嵌められたというのは?

 もしかしたら?

 もしかしたら、米倉には、思っていたよりも、負債は、少ない?

 その証拠に、あの五井が、米倉を救済しようとしている…

 あの天下の五井が、水野に代わって、米倉を救おうとしている…

 それが、一番、わかりやすい説明になる…

 もしも、米倉が、そこまで、莫大な負債を抱えていれば、五井が、救済の手を差し伸べるわけが、ないからだ…

 私は、それを、思った…

 だから、

 「…米倉に嵌められたというのは?…」

 と、おずおずと、透(とおる)に聞いた…

 あまり積極的に、聞くのは、躊躇われた…

 なんといっても、私は、関係者ではないからだ…

 水野でも、米倉の人間でも、ないからだ…

 すると、

 「…あの秋穂さ…」

 と、答えた…

 「…秋穂さん?…」

 「…そうだ…」

 「…秋穂さんが、どうしたんですか?…」

 「…高見さんが、どこまで、知っているかは、わからないが、あの秋穂は、好子の姉の澄子の娘だ…」

 …知っていた!…

 …やはり、知っていた!…

 私は、思った…

 「…あの秋穂に嵌められた…つまり、米倉に嵌められた…」

 …そういうことか?…

 …だから、米倉に嵌められたと言ったのか?…

 私は、考えた…

 「…あの秋穂にベロンベロンになるまで、酒を飲まされて、腕を組んで、コンビニに、行った…まさか、その写真が、フライデーに載るなんて…」

 「…」

 「…まったく、バカバカしい!…」

 透(とおる)が、吐き出すように、言った…

 「…まさか、このオレが、あんなに簡単に嵌められるなんて、自分自身に腹が立つ!…」

 電話の向こう側で、透(とおる)が、怒鳴った…

 私は、その声を聞いて、あの好子さんの言葉を、ふと、思い出した…

 この透(とおる)が、あの秋穂さんと、腕を組んで、コンビニに入る写真が、世間に流出した際に、

 「…だから、気をつけなさいと、言っていたのに…」

 と、電話口で、好子さんが、嘆いたことを、だ…

 あの言葉から、察するに、好子さんは、今回の事件を見抜いていたと、言える…

 なにか、騒動が、起きることを、事前に、見抜いていたと、言える…

 「…米倉が、一枚岩でないことは、わかっていた…」

 透(とおる)が、いまいましげに、呟く…

 「…だから、好子と結婚しても、なにか、あるかもしれないとは、思っていた…」

 「…」

 「…でも、まさか、あの澄子の娘が、オレをベロンベロンになるまで、酔わせて、写真を撮り、それを、きっかけに、水野と米倉の提携が、破綻するとは、思わなかった…」

 …エッ?…

 …どういうこと?…

 この言い方では、透(とおる)は、水野と米倉の提携の解消を望んでなかったように、聞こえる…

 「…好子と結婚したままでは、終わらない…なにか、仕掛けてくるとは、思っていた…あの澄子のことだ…好子が、米倉を救うことは、断じて、許せなかっただろう…」

 …知っていた!…

 …やはり、知っていた!…

 …澄子さんと、好子さんの関係を知っていた!…

 「…透(とおる)さん…もしかして、好子さんと澄子さんの関係を…」

 「…高見さん…ボクが、いつから、米倉の家に出入りしていると、思っているんだ?…」

 考えてみれば、当たり前のことだった…

 この透(とおる)は、幼いときから、父親の良平に連れられて、米倉の家に、父と共に、出入りしていた…

 そして、それは、米倉の側にとっても、同じ…

 あの好子さんは、あの平造に連れられて、水野のお屋敷に、小さいときから、出入りしているはずだ…

 盟友の水野良平と、米倉平造は、互いに、相手の家を訪れるほど、仲が良かったという…

 だから、互いの家族を知っているのは、当たり前…

 互いの家族が、どんな関係にあるのか、知っているのは、当たり前だ…

 なにより、この私、高見ちづるが、米倉家に出入りして、すぐに、澄子さんと、好子さんが、険悪な仲であることを、知った…

 そして、二人が、険悪な仲になったのは、なにも、昨日今日のことでは、あるまい…

 普通に考えれば、ずっと昔から、仲が悪いに決まっている…

 子供の頃は、誰が見ても、仲が良い兄弟姉妹でも、大人になって、不仲になる例は、多いが、それ以上に、多いのは、子供の頃から、仲が悪い例…

 そもそも、互いが、気が合わないのだろう…

 最悪、互いの存在自体が、気に入らない(爆笑)…

 だから、見るのも、嫌…

 同じ部屋の空気を吸っていたくないという具合だ(笑)…

 要するに、それほど、仲が悪い…

 とりわけ、澄子さんの場合は、好子さんと歳も離れているから、好子さんが、自分と血が繋がらず、しかも、米倉家を背負って立つ人間だと、薄々気付いていたに違いない…

 おまけに好子さんは、美人…

 それに、比べ、澄子さんは、平凡な顔…

 だから、余計に、許せなかったに違いない…

 ハッキリ言えば、嫉妬…

 澄子さんの好子さんに対する嫉妬に他ならない…

 そして、その根底にあるのは、劣等感…

 澄子さんの好子さんに対する劣等感だろう…

 頭は、間違いなく、澄子さんの方が、好子さんよりも、良い…

 しかし、ルックスは、勝てない…

 そして、誰もが、頭の中身より、ルックスが、勝てない方が、ショックが大きいというか…

 とりわけ、女は、コンプレックスを抱くことが、多いものだ(苦笑)…

 なにより、周囲の対応が、違う…

 それは、子供心にも、わかる…

 仮に、一歳、二歳しか、歳が離れていない姉妹がいて、片方が、平凡で、もう片方が、美人だとする…

 すると、周囲の男のコの対応が、違う…

 同世代の周囲の男のコの態度が、違う…

 そして、そんなことから、同じ姉妹でも、美人か、否かで、周囲の態度が、違うことが、子供心にも、わかってくる…

 そういうものだ…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…あの澄子は策士だ…ただ、米倉と水野を、別れさすことは、できないことは、わかっている…」

 と、静かに、透(とおる)が、切り出した…

 静かに、怒りを込めて、切り出した…

 「…澄子は、バカじゃないよ…」

 「…バカじゃない?…」

 「…そうだ…世の中には、たいして、美人でもなく、頭も良くないのに、私は、絶対、イケメンじゃなきゃ、結婚しないなんて、言う女もいるが、澄子は、そんなバカじゃない…」

 「…」

 「…米倉と水野の仲を裂くにしても、事前に策は、練っている…」

 「…策って?…」

 「…五井さ…」

 「…五井?…」

 「…正造は、五井の諏訪野伸明と、飲み友達だ…今回の件を仕掛けるのに、澄子は、事前に正造に相談したに違いない…」

 「…正造さんに?…」

 「…そうだ…」

 …ウソ?…

 …まさか、正造さんが、事前に、水野と米倉の提携に破綻に絡んでいた?…

 …一枚、噛んでいた?…

 これは、驚き!…

 驚き以外の何物でも、なかった!…

 まさか、あの正造さんが?

 思いながらも、その一方で、さもありなんと、思った…

 あの米倉正造も、策士…

 策士だ…

 曲者(くせもの)だ…

 なにを考えているか、わからない、曲者(くせもの)だ…

 なにより、この透(とおる)が、今、言ったように、米倉正造は、あのイケメンの諏訪野伸明と、飲み友達と、以前にも、聞いた…

 だから、米倉と五井の橋渡しをするのに、打ってつけの人物…

 考えてみれば、当たり前だ…

 五井と米倉を橋渡しすることが、できるのは、正造以外に、考えられない…

 私は、思った…

 今さらながら、思った…

 しかし、

 しかし、だ…

 意外だ、と思うこともある…

 まさか、あの正造が、米倉を、水野から、五井へ、引き渡すというか…

 本当に、そんなことを、したんだろうか?

 もし、本当に、そうしたとしたら、なにか、理由がある…

 もしかしたら、水野もまた米倉同様、経営状態が、思ったほど、よくないとか?

 いや、

 まさか、それは、あるまい…

 それでは、さすがに、深読みのし過ぎというか?

 何事も、疑り出しては、切りがない…

 「…でも、米倉は、財務状況が…」

 私は、言った…

 米倉は、財務状況が、壊滅的だった…

 あのままでは、破綻が、確実だった…

 だから、水野に救ってもらおうと、財務状況を隠して、水野と合併しようとしたのでは、ないか?

 いくら、正造が、あの五井の諏訪野伸明と、飲み友達だとしても、なぜ、五井が、米倉を引き受けたのか?

 理解できない…

 それとも、もしかして、米倉には、あの財務状況であっても、それを、上回る資産というか、価値があったのだろうか?

 例えば、半年前の合併しようとしたときには、わからなかった資産が、あったのだろうか?

 ふと、気付いた…

 すると、透(とおる)が、

 「…実は、米倉の財務状況が、一変したんだ…」

 と、驚くべきことを、言った…

 「…財務状況が、一変した? どう一変したんですか?…」

 「…ロシアと、ウクライナの戦争さ…」

 「…戦争が、どうかしたんですか?…」

 「…この戦争で、世界中のありとあらゆるものの価格が上がった…」

 「…それが、どうかしたんですか?…」

 「…とりわけ、エネルギー関連…原油や天然ガスの価格が、はね上がった…」

 「…」

 「…そして、米倉…ハッキリ言えば、米倉の経営する大日産業、いや、大日グループの関連会社が、原油や、天然ガスを先物買いというか、一年前に、大量に買い付けていたことが、わかったんだ…そして、そのエネルギーの価格が、信じられないくらい高騰した…」

 「…エッ?…」

 「…一年前に買い付けていたときと、今との差額が、膨大になり、それまでの、米倉の持つ莫大な負債が、帳消しになるどころか、それ以上の金が、米倉に入った…」

 …だからか!…

 私は、思った…

 だから、五井は、米倉を買収しようとした…

 そういうことか?

 まさか、借金まみれの米倉を買収しようとするバカは、いない…

 なにか、あるはずだ?

 それは、わかっていたが、それが、エネルギー関連だとは、思わなかった…

 たしかに、日本では、サハリン2とかいう名前で、ロシアの極東地域で、三井や三菱と、ロシアが、共同で、石油や天然ガスを開発していると、いう話は、私も聞いたことがある…

 だから、石油や、天然ガスが、商売になることも、わかっている…

 が、

 まさか、そのようなエネルギー関連の資産を、米倉が、持っているとは、思わなかった…

 想像も、できなかった…

 まさに、まさか、だ!

 ありえない展開だった!…

 そして、それは、おそらく、この透(とおる)に、とっても、それは、同じだったに違いない…

 まさに青天のへきれきというか…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…そして、それが、わかると、好子が変わった…」

 と、突然、言った…

 「…好子の態度が、一変した…」

 「…一変した?…」

 「…そう、一変した…考えてみてくれ…好子は、人身御供というか、米倉の借金のかたに、水野に嫁に来たも、同然だった…借金があるから、ボクと仕方なく結婚した…いわば、好子には、実家が、借金を返せないという、後ろめたさが、あったわけだ…」

 「…」

 「…それが、今回のロシアとウクライナの戦争で、なくなった…米倉の借金が、チャラになった…すると、どうだ? 好子の態度が、変わった…」

 「…好子さんの態度が、変わった? …どう、変わったんですか?…」

 「…女王様気質になった…元々、好子は、あの通りの美人だし、金持ちのお嬢様だ…我がまま放題の女だ…元に戻ったという感じかな…借金がなくなったことで、水野に対するコンプレックスがなくなった…」

 「…」

 「…そして、そんな好子を見るにつけ、好子が可哀そうだと思い、結婚した自分が、ひどくバカに思えてきた…まさに、同情詐欺に引っかかった気分だ…」

 透(とおる)が、自嘲気味に告白した…

 まさに、思いもよらない告白であり、思いもよらない展開だった…

               
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