第2話

文字数 4,453文字

 「…よ、米倉さん?…」

 私の声が、うわずった…

 意外と言えば、あまりにも、意外…

 まさか、電話が、かかってくるとは、思わなかった…

 一体なぜ?

 当たり前だが、思った…

 当たり前だが、考えた…

 いや、

 そもそも、私と米倉正造の関係は、終わっている…

 いや、

 関係と呼べるかどうかも、怪しい(笑)…

 キスもセックスもしていない…

 それどころか、当時、私は、米倉正造といるときに、米倉正造に、恋をしていることすら、知らなかった…

 米倉正造に、恋をしていることすら、わからなかった…

 あの騒動の後、米倉正造に、偶然、銀座で、再会したときに、気付いた…

 私が、偶然、ひとりで、銀座を歩いているときに、水商売風の二十代前半の女のコと、腕を組んで、歩いている姿に遭遇したのだ…

 おそらく、同伴出勤だったのだろう…

 これから、銀座の店に飲みに行くところだったのだろう…

 互いに、挨拶することも、なかった…

 が、

 そのときに、気付いた…

 この高見ちづるは、米倉正造に、恋をしていたことに、気付いた…

 自分でも、笑ってしまうが、このときまで、気付かなかった…

 あの米倉の騒動に巻き込まれ、騒動が終わった…

 と、同時に、私の役割も、終わった…

 米倉の正統後継者である、米倉好子さんと、私が、ルックスが、似ていたことから、私は、米倉正造に選ばれた…

 米倉正造は、実父の平造が、好子に好意を寄せているのでは?

 と、考えていた…

 米倉平造と、好子は、血が繋がっていない…

 真逆に、平造と正造は、血が繋がった父子だった…

 つまり、好色な平造が、養女である好子を狙っていると、誤解していたのだ…

 だから、私を選んだ…

 好子同様、身長155㎝程度で、小柄な美人…

 私も、好子さんも、女優の常盤貴子さんを小柄にしたようなルックス…

 姉妹といえば、通じるほど、似ていた…

 つまりは、好子さんを、守るために、私を平造に与えようとしていたのだ…

 私自身は、米倉平造を好色=女好きと、感じたことは、一度もなかった…

 が、

 正造は、違った…

 あるいは、血の繋がった父子ゆえ、平造も、自分と同じように、好色=女好きと、思ったのかも、しれない(笑)…

 類は友を呼ぶという言葉ではないが、やはり、似た者同士は、わかるというか…

 同類の人間は、わかる(笑)…

 あるいは、それを言えば、正造自身、明らかに、好子を好いていた…

 明らかに、好意を持っていた…

 が、

 それは、男女の愛ではない…

 兄として…

 血は、繋がってないが、兄として、妹を守りたかった…

 だから、他の男には、目が移らないように、あえて、

 「…将来、結婚しよう…」

 と、好子に、言っていた…

 幼い好子に、言っていた…

 そうすれば、他の男に目が移らないからだ…

 好子は、米倉の正統後継者…

 ただ、ひとりの正統後継者だった…

 だから、生半可の男と、結婚しては、困ると、考えたのだ…

 一方、父親の平造は、平造で、米倉の家を残すことに、四苦八苦していた…

 一見、飛ぶ鳥を落とす勢いで、成長した平造が、経営する会社、大日産業だったが、実は、負債も、多かった…

 それゆえ、平造は、人知れず、苦悩していた…

 平造の目標は、好子に、米倉を継がせることだった…

 平造は、戦前から続く名門の米倉財閥の血を引く一族のひとりだったが、主流ではない…

 末端というか…

 支流というか…

 とにかく、米倉一族には、違いないが、傍流…

 本家=主流の人間では、なかった…

 それが、どうしてだか、わからないが、本家のお嬢様の婿養子となり、米倉本家を継いだ…

 そして、すでに、平造が、婿養子となった時点で、本家のお嬢様には、子供が、いた…

 それが、好子だった…

 それゆえ、好子こそ、米倉の血を継ぐ、正当後継者だった…

 そして、平造は、その米倉を発展させ、世間に知られる企業グループまでに、育てた…

 だが、平造の目的は、どこまでも、米倉の繁栄…

 繁栄した米倉を、正当後継者である、好子に継がせるのが、目的だった…

 そして、負債を抱えた、米倉だったが、平造が、旧知の水野という、米倉を超えた財閥に、いわば、騙す形で、負債を隠したまま、合併させようとした…

 水野は、米倉の盟友だった…

 平造の長年の盟友だった…

 水野もまた、平造と同じく、名家に生まれたが、本流では、なかった…

 支流というか、傍流というか…

 いわば、言葉は、悪いが、半端者…

 その半端者の水野が、平造同様、本家のお嬢様と、結婚した…

 が、

 水野は、本家のお嬢様との間に、子供が、できなかった…

 ところが、水野は、愛人との間に、子供を作った…

 それが、透(とおる)だった…

 結局、子供のいない水野は、結果的に、透(とおる)を、本家に呼び寄せた…

 そうしなければ、水野の血が絶えてしまうからだった…

 透(とおる)は、ピエロだった…

 ピエロ=道化師だった…

 ある程度、物事が、わかる年齢になって、水野本家に、養子に入った…

 だから、子供ながら、周囲に馴染むのに、苦労した…

 その結果、透(とおる)は、ひょうきんになった…

 ひょうきんな性格を演じることで、周囲に馴染もうとした…

 子供ながらの生活の知恵だった…

 が、

 父親の水野は、それが、嫌だった…

 男たるもの、もっと堂々として、もらいたかった…

 当たり前のことだった…

 が、

 その透(とおる)が、唯一、譲れないことが、あった…

 好子だった…

 透(とおる)は、ずっと、好子に憧れていた…

 父親同士が、仲がいいから、子供の頃から、面識があったからだ…

 だから、米倉と水野が、合併すると、発表してから、実は、米倉には、莫大な負債があり、それを隠して、平造が、水野と合併したのを、知ると、水野は、激怒した…

 当たり前のことだった…

 いかに、盟友とはいえ、騙されたと思ったのだ…

 が、

 透(とおる)が、庇った…

 透(とおる)が、好子を好きだったからだ…

 だから、それを知った水野は、最初は、反対していたが、透(とおる)が、好子と結婚するなら、合併を認めると、トーンを下げた…

 透(とおる)が、好子を思う気持ちは、本物だし、なにより、好子を思う透(とおる)は、いつものピエロではなかったからだ…

 いつもの優柔不断のヘラヘラした姿は、まるで、なかった…

 だから、結局は、父親の水野が、折れる形で、水野と米倉は、合併した…

 つまりは、事実上は、水野による、米倉の救済合併だった…

 が、

 いざ、合併に際して、綿密に、資産と負債を調べ上げると、当初、思ったよりも、負債が、少ないことが、判明した…

 結局、水野が、米倉と合併したことで、米倉は、救われた…

 私は、それを思い出した…

 そして、なぜ、今頃、米倉正造が、私に電話をかけてきたのか、謎だった…

 すでに、私に、なんの用事も、ないはずだったからだ…

 お金持ちの米倉と、平民の私…

 私、高見ちづると、接点は、なにもないはずだった…

 だから、悩んだ…

 が、

 それは、束の間と言うか…

 こうして、文章にすると、長いが、これまでの米倉や水野のことは、一瞬…

 一瞬で、思い出した…

 忘れるはずが、なかった…

 これまで、33年…

 いや、

 もうすぐ、34年生きてきて、あんなスリリングな出来事は、なかった…

 ハッキリ言えば、お金持ちのお家騒動だ…

 そんなことに、自分が、巻き込まれるとは、思わなかった…

 この平凡な高見ちづるが、巻き込まれるとは、思わなかったのだ(笑)…

 そして、そんなことを、考えながら、

 「…こちらこそ、お久しぶりです…」

 と、米倉正造に、返事をしていた…

 我ながら、器用というか…

 これは、これ…

 それは、それという感じ…

 いわゆる、社交性に長けていると、いうべきか(笑)…

 とりあえず、返事をした…

 そして、

 「…今日は、一体、どういう御用で…」

 なととは、決して、言わなかった…

 そんなことを、言えば、相手が、困るからだ…

 もちろん、用事があって、電話をかけてきたのは、わかる…

 が、

 それをハッキリ言えば、

 「…一体なんの用事ですか?…」

 と、言うのと、同じ…

 別の言い方をすれば、

 「…アナタに用事があっても、私は、アナタになんの用事もありません…」

 というのと、同じだ…

 つまり、平たく言えば、

 「…二度と電話をかけてくるな…」

 ということ…

 まさか、そんなことは、言えるはずもなかった…

 この平民に過ぎない高見ちづるに、大金持ちの米倉正造に、言えるはずも、なかった…

 それに、

 それに、だ…

 こんなことを言うのも、なんだが、やはり、米倉正造に、未練がある…

 もちろん、結婚したいとか、付き合いたいとか、言うのではない…

 ただ、大金持ちで、ルックスもいい…

 そんな男は、生まれてこのかた、見たことも、聞いたこともなかった(笑)…

 まもなく34年生きてきて、私の周りに、ひとりも、いなかった(笑)…

 むろん、イケメンや、美人は、見たことがある…

 が、

 お金持ちは、いなかった…

 そういうことだ(笑)…

 平民の私の周りには、いなかった…

 だから、そんな状況で、米倉正造から、電話があったから、一体、どんな用事だと?

 真逆に、興味が湧いた…

 なにより、私は、暇…

 暇だからかも、しれなかった…

 何度も、言うように、休職中…

 休職中の身だ…

 だから、家に閉じこもっているだけ…

 これも、何度も言ったように、女も、もうすぐ34歳になろうとする年齢にもなると、男同様、付き合いのあるのは、会社関係だけ…

 その会社を休職すれば、すでに付き合いのある、人間は、誰もいない…

 すでに、学生時代に仲が良かった人間たちとは、連絡も取り会ってないからだ…

 だから、余計に、米倉正造の電話には、興味があった…

 なにより、暇つぶしになる…

 休職中で、なにも、することがない自分にとって、暇つぶしになる…

 そういうことだ…

 「…いえ、高見さん、どうしているかと、気になって…」

 正造が、電話の向こうから、曖昧に言う…

 が、

 その曖昧さが、真逆に、興味を引いた…

 どうせ、米倉正造のことだ…

 本音を言うはずも、なかった…

 食わせ者というか…

 したたかな男…

 決して、本音を明かさない…

 なにを考えているか、わからない…

 が、

 だからこそ、魅力があった…

 いかに、イケメンでも、おしゃべりで、なにを考えているか、容易く、わかる男に、興味は、ない…

 そして、それは、男も女も同じ…

 なにを、考えているか、わからないミステリアスなところに、惹かれるものだ…

 ちょうど、女で、言えば、素っ裸になるようなもの…

 どんなカラダをしているか、わからないから、いい…

 だから、素っ裸を見れば、それだけで、目的が済んだと思う男も、大勢いるに違いない…

 それと、同じだ…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…松嶋が、憎いですか?…」

 と、米倉正造が、突然、言った…

 思わず、私の心臓が、止まった…

                

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