第20話
文字数 5,566文字
結局、その日は、ただ水野春子と会っただけ…
水野のお屋敷で、会っただけで、帰った…
実際には、あの後、春子の夫の良平と、水野のお屋敷の庭を散策して、少し話したが、それだけ…
それだけだった…
水野良平は、しきりに、恐縮していた…
「…本当に、今回は、申し訳ない…」
もう、何度目か、わからないセリフを繰り返した…
「…高見さんを、巻き込んで、申し訳ない…」
「…いえ…」
「…僭越ながら、高見さんの休職の件ですが…」
「…ハイ…」
「…高見さんの勤める、金崎実業に手を回して、高見さんの休職を撤回させるのは、容易ですが、正直、それは、したくない…」
「…」
「…ですから、代わりと言っては、高見さんに、申し訳ないですが、うちの水野のグループ会社で、しかるべき、ポジションを用意するというか…」
「…会長…なにも、そこまで…」
「…いえ、高見さんを休職にまで、追い込んだ責任があります…」
「…」
「…だから…」
「…責任って、具体的には、今回、どうして、私が、休職に追い込まれたんですか?…」
私は、ハッキリと、水野良平に、聞いた…
良平の息子の透(とおる)が、好子さんと、うまくいかなくなったと、聞いては、いたが、なぜ、私が、金崎実業を、休職しなければ、ならなくなったのか、今一つ、わからなかったからだ…
「…水野内部の権力闘争です…」
良平が、苦々しげに、告白した…
「…権力闘争?…」
「…今回、透(とおる)が、好子さんと、不仲になったことで、さっきも、言った、水野の分家の面々が、動き出した…」
「…」
「…春子に取り入り、春子の後ろ盾を得て、透(とおる)に取って代わって、水野の次期当主になろうとしている…」
「…そんな…でも奥様は、一体?…」
「…春子ですか? …春子は、さっきも、言いましたが、水野の繁栄が、すべて…おおげさに言えば、水野が、未来永劫、栄えること…これが、春子の願いです…」
「…」
「…そして、今、春子の心は、揺れています…このまま、透(とおる)が、次期当主の座に就けたままでいいのか、それとも、他の人間に変えたら、いいのか? 揺れています…」
良平が、語る…
が、
そんな良平を、間近に見ながら、ふと、不思議になったことがある…
良平の言葉が、どこか、他人事というか…
自分の血が繋がった、息子の透(とおる)が、もしかしたら、水野家の次期当主の座から、降りねば、ならなくなるにも、かかわらず、危機感というか…
要するに、透(とおる)に対する愛情が、どこか、欠落しているように、思えた…
だから、
「…会長…」
と、聞いた…
「…なんですか? 高見さん…」
「…会長のお言葉を聞いていると、どこか、他人事というか…」
「…他人事?…」
「…ハイ…透(とおる)さんのことを、語るとき、どこか、他人事というか…言葉は、悪いですが、達観しているというか…」
私の言葉に、良平は、考え込んだ…
しばし、悩んだ…
それから、少しして、
「…それは、私が、経営者だからかもしれない…」
と、ゆっくりと、考え込むように、言った…
「…経営者だから…」
「…経営者に必要に必要なのは、思い込みと、それとは、真逆の冷静さです…」
「…どういうことでしょうか?…」
「…誰でも、そうですが、この事業が、今後、伸びる…あるいは、将来的には、縮小する…それは、データを、見て、部下に説明されれば、わかります…ですが、データに現れないもの…直観というか…データでは、まだ、現れてないんですが、これは、伸びると、思えば、その分野に、積極的に投資する…そんな思い込みが、経営者には、必要です…」
「…」
「…そして、それとは、真逆に、冷徹に、データから、市場を読み解くこと…これも、大切です…」
「…」
「…だから、思い込みと、冷静さ…この相反する感情を持つことが、大切です…そして、それを透(とおる)にも、当てはめると、どうでしょうか?…」
「…どうなんでしょうか?…」
「…さっき、この家に来るときに、高見さんに、クルマの中で、言ったように、微妙です…」
「…微妙?…」
「…透(とおる)は、まだ、経営者としては、海のものとも山とも、わからない…」
「…」
「…そもそも、経営者としての適性があるか、否かも、わからない…」
「…」
「…だから、もし、その適性がなければ、今の地位から、去って、違う人生を歩むのも、ありかと…」
「…随分、冷たいんですね…ご自分の血を分けた息子さんなのに…」
つい、言ってしまった…
なんだか、この良平の言葉が、あまりにも、他人事だったからだ…
が、
良平は、私の言葉に、怒らなかった…
「…冷たい? …たしかに、冷たいと言われれば、その通りです…ですが、才能がなければ、早々に辞めたほうがいい…それが、経営者の先輩としての客観的なアドバイスです…」
「…客観的なアドバイス…」
「…そうです…また、それを言うのは、透(とおる)が、水野の家の人間ということもあります…」
「…どういう意味でしょうか?…」
「…お金に、困らない…」
「…」
「…仮に、今の立場から、去っても、生活に不自由しない…それが、大きい…」
「…」
「…血を分けた私の子供です…かわいくないはずは、ない…ですが、それとこれとは、別…」
「…別?…」
「…仮に本人に、経営者としての適性がなければ、本人にとって不幸ですし、水野にとっても、不幸です…」
「…水野にとって、不幸…」
「…ろくでもない経営者が、先頭に立って、道を誤れば、水野は、衰退する…最悪、倒産の憂き目に遭う…」
「…」
「…私も妻も、それが、心配なんです…」
良平が、言った…
そして、その言葉が、すべてだった…
父親として、子供の幸せを願わない父親は、いないだろう…
が、
同時に、子供の適性を考える…
息子の経営者としての適性を考える…
すると、別の景色が、見えてくるというか…
無理して、経営者の道に進まなくてもよいのではないか?
と、考える…
そして、それを冷静に語ることが、できるから、この水野良平は、優れている…
経営者として、優れている…
当たり前のことに、気付いた…
いかに、優れた実績を残した経営者でも、こと肉親のことになると、わけが、わからなくなる人間が、いかに、多いか(爆笑)…
イトーヨーカドーを追放された元社長の鈴木敏文など、その好例だろう…
自分の後継者に、息子を据えようとする…
本人は、そんな考えは、まったくないと、メディアで、否定しているが、その言葉とは、裏腹に、たいして、実績のない息子を、確実に、社内で、出世させている…
一歩一歩、階段を上がるように、地位を上げている…
そして、ついには、取締役まで、昇らせて、自分の後継者に据えようとしている…
つまり、息子の昇進具合を見ると、言っていることと、やっていることが、まるで、違う(爆笑)…
私は、息子を自分の後継者にしようと、思ったことは、一度もない、と言いながら、誰が見ても、自分の後継者に据えようとしている…
つまりは、自分は、優れていても、こと息子のことだと、わけが、わからなくなるのだろう(笑)…
血が繋がってなければ、相手にも、しない能力の人間を、祭り上げようとする…
親バカと言ってしまえば、それまでだが、自分が、後ろ盾になれば、周囲の人間も抑えられるだろうと、甘く見ているのだろう…
が、
自分は、普通に考えれば、息子よりも、長生きはできない…
自分が、いなくなった後、どうするか?
そこまでの考えは、ないのだろうか?
そして、そんな人間と比べると、この水野良平は、優れていた…
自分の息子でも、冷静にその能力を判断する…
その一点に、置いて、優れていた…
私は、そう思った…
私は、水野家に招かれたときと、同じく、黒のベンツに、乗って、自宅まで、帰った…
もちろん、ベンツに、乗るのは、運転手を除けば、私だけ…
水野良平は、同乗しなかった…
当たり前だった…
水野良平は、水野・米倉グループの総帥…
忙しい身であることは、わかりきっている…
その多忙な業務の合間に、私に遭ったに決まっている…
いや、
いかに、多忙な身の上でも、どうしても、私に遭いたかった…
この高見ちづるに遭いたかった…
そういうことだろう…
いや、
あの水野良平が、会いたかったわけではない…
良平の妻、春子が、私に会いたかった…
それが、真相だった…
そして、そんなことを、考えながら、帰途に着いた…
そして、そんなことを、考えると、以前、あの好子さんの実家である、米倉家を訪れたときにも、感じたことと、同じことを、思った…
あの米倉の豪邸を訪れて、良平の息子である、透(とおる)が、
…私か、好子さん、どっちと、結婚しても、水野は、米倉を救う…
と、断言したときの、ことを、だ…
あのときが、あの米倉の豪邸を訪れた最後の機会だったが、あのとき、感じたこと…
…お金持ちでも、幸せでも、なんでもない…
そんな、当たり前のことを、実感した…
誰もが、悩み、苦しんでいる…
そんな当たり前のことを、間近に、見て、あらためて、実感した…
たとえ、天皇陛下に生まれようと、当然、悩みは、ある…
ただ、悩みの種類が、一般人と違うだけだ…
そして、ハッキリ言えば、天皇陛下に代表されるお金持ちの家に生まれれば、生活の不安は、なくなる…
それだけだろう…
そして、その生活の不安が、私のような一般庶民では、誰もが、一番、大きい…
今のご時世、誰もが、生活の不安から、逃れられないからだ…
会社員であるなら、誰もが、リストラの不安から逃れられないからだ…
自分は、絶対、リストラされないと、豪語するものは、この水野の家のような人間など、ごく一部の人間だけ…
普通は、誰もが、当てはまる…
それが、わからずに、自分は、絶対大丈夫とでも、言えば、頭が、おかしいか、なにか、だろう…
私は、思った…
そして、そんなことを、考えていると、さっき、水野良平が、言った、
「…金崎実業に代わる会社を紹介します…」
と、いう言葉を思い出した…
たしかに、今回、私が、金崎実業を休職に追い込まれたのは、水野のせい…
私個人に、なにか、瑕疵(かし)があったわけでも、なんでもない…
私が、仕事で、なにか、ミスをして、会社に損害を与えたわけでも、なんでもない…
すべては、水野の争いに巻き込まれたせいだ…
私が、悪いわけでも、なんでもない…
が、
正直、それだけではない…
すでに、もうすぐ34歳になろうとしている年齢…
営業所の女子の中では、すでに一番年上だ…
だから、今回のことが、なくても、いずれは、切られる運命というか…
数年後には、露骨に肩叩きをされるに、決まっている…
現に、そういう事例を、すでに、何度も見てきた…
私だけ、例外というわけには、いかないだろう…
だとすれば?
だとすれば、今回の話は、乗って見るべきでは、ないだろうか?
水野良平の好意に、素直に甘えるべきでは、ないだろうか?
素直に、救いの手を受けるべきでは、ないだろうか?
それが、ベストの選択なのでは、ないだろうか?
それとも…
それとも、この際、キッパリと、金崎実業を退職すべきなのだろうか?
私は、キャリアウーマン志向でも、なんでもない…
ただ、大学を出て、金崎実業に、就職しただけ…
たまたま、この歳まで、会社に在籍しただけだからだ…
それが、今また、水野良平の助けを受け入れれば、会社勤めを続けることになる…
それは、それで、嬉しい…
なにしろ、金崎実業を辞めても、行く先は、決まっていない…
もうすぐ、34歳になるであろう、中年女の身で、取り柄と言えば、なにひとつない…
英語ができるとか、中国語ができるとか、あるいは、司法書士の資格を持っているとか…
そんな誰もが、わかる資格は、なにひとつ、持っていない…
私が、他人様よりも、優れていることと、いえば、美人なだけ…
女優の常盤貴子さんを、小柄にしたルックスだけだ…
が、
そのルックスも、だいぶ怪しくなった(苦笑)…
34歳と、言えば、もはや中年に近い…
それならば、一回り若い、大学を出たばかりの、22歳の女の子を採用した方が、いいと、人事担当者は、思うに決まっているからだ…
現に、私が、人事担当者でも、そう思う…
女は、若い方が、いい…
そして、そう、考える男が、多いのは、事実…
紛れもない事実だからだ…
いいとか、悪いとか、言っているわけではない…
それが、まぎれもない現実である限り、私は、自分一人の力では、転職は、難しいに違いない…
いや、
難しいに、決まっている…
だったら、やはり、見栄を張らずに、素直に水野良平の援助で、再就職先を探すべきでは、ないだろうか?
それが、もっとも、現実的な手段だからだ…
現実的な判断だからだ…
が、
果たして、それで、いいのだろうか?
そんなことを、すれば、結婚が、ますます、遠のく…
一方で、そんな思いも湧いた…
水野良平の助けを借りて、転職すれば、無難だが、それでは、金崎実業でいたときと、同じ…
同じかもしれない…
ただただ、平々凡々と退屈な毎日が続く…
それが、いいに決まっているが、それでは、やはり、結婚は、できないのでは、ないだろうか?
いや、
それを、思えば、たとえ、自力で、転職先を探しても、同じ…
同じに違いない…
自力で、探しても、輝ける未来が、待っているわけでは、ないからだ…
それを、思えば、やはり、水野良平の支援を受けるべきでは、ないだろうか?
私は、悩んだ…
悩み続けた…
水野のお屋敷で、会っただけで、帰った…
実際には、あの後、春子の夫の良平と、水野のお屋敷の庭を散策して、少し話したが、それだけ…
それだけだった…
水野良平は、しきりに、恐縮していた…
「…本当に、今回は、申し訳ない…」
もう、何度目か、わからないセリフを繰り返した…
「…高見さんを、巻き込んで、申し訳ない…」
「…いえ…」
「…僭越ながら、高見さんの休職の件ですが…」
「…ハイ…」
「…高見さんの勤める、金崎実業に手を回して、高見さんの休職を撤回させるのは、容易ですが、正直、それは、したくない…」
「…」
「…ですから、代わりと言っては、高見さんに、申し訳ないですが、うちの水野のグループ会社で、しかるべき、ポジションを用意するというか…」
「…会長…なにも、そこまで…」
「…いえ、高見さんを休職にまで、追い込んだ責任があります…」
「…」
「…だから…」
「…責任って、具体的には、今回、どうして、私が、休職に追い込まれたんですか?…」
私は、ハッキリと、水野良平に、聞いた…
良平の息子の透(とおる)が、好子さんと、うまくいかなくなったと、聞いては、いたが、なぜ、私が、金崎実業を、休職しなければ、ならなくなったのか、今一つ、わからなかったからだ…
「…水野内部の権力闘争です…」
良平が、苦々しげに、告白した…
「…権力闘争?…」
「…今回、透(とおる)が、好子さんと、不仲になったことで、さっきも、言った、水野の分家の面々が、動き出した…」
「…」
「…春子に取り入り、春子の後ろ盾を得て、透(とおる)に取って代わって、水野の次期当主になろうとしている…」
「…そんな…でも奥様は、一体?…」
「…春子ですか? …春子は、さっきも、言いましたが、水野の繁栄が、すべて…おおげさに言えば、水野が、未来永劫、栄えること…これが、春子の願いです…」
「…」
「…そして、今、春子の心は、揺れています…このまま、透(とおる)が、次期当主の座に就けたままでいいのか、それとも、他の人間に変えたら、いいのか? 揺れています…」
良平が、語る…
が、
そんな良平を、間近に見ながら、ふと、不思議になったことがある…
良平の言葉が、どこか、他人事というか…
自分の血が繋がった、息子の透(とおる)が、もしかしたら、水野家の次期当主の座から、降りねば、ならなくなるにも、かかわらず、危機感というか…
要するに、透(とおる)に対する愛情が、どこか、欠落しているように、思えた…
だから、
「…会長…」
と、聞いた…
「…なんですか? 高見さん…」
「…会長のお言葉を聞いていると、どこか、他人事というか…」
「…他人事?…」
「…ハイ…透(とおる)さんのことを、語るとき、どこか、他人事というか…言葉は、悪いですが、達観しているというか…」
私の言葉に、良平は、考え込んだ…
しばし、悩んだ…
それから、少しして、
「…それは、私が、経営者だからかもしれない…」
と、ゆっくりと、考え込むように、言った…
「…経営者だから…」
「…経営者に必要に必要なのは、思い込みと、それとは、真逆の冷静さです…」
「…どういうことでしょうか?…」
「…誰でも、そうですが、この事業が、今後、伸びる…あるいは、将来的には、縮小する…それは、データを、見て、部下に説明されれば、わかります…ですが、データに現れないもの…直観というか…データでは、まだ、現れてないんですが、これは、伸びると、思えば、その分野に、積極的に投資する…そんな思い込みが、経営者には、必要です…」
「…」
「…そして、それとは、真逆に、冷徹に、データから、市場を読み解くこと…これも、大切です…」
「…」
「…だから、思い込みと、冷静さ…この相反する感情を持つことが、大切です…そして、それを透(とおる)にも、当てはめると、どうでしょうか?…」
「…どうなんでしょうか?…」
「…さっき、この家に来るときに、高見さんに、クルマの中で、言ったように、微妙です…」
「…微妙?…」
「…透(とおる)は、まだ、経営者としては、海のものとも山とも、わからない…」
「…」
「…そもそも、経営者としての適性があるか、否かも、わからない…」
「…」
「…だから、もし、その適性がなければ、今の地位から、去って、違う人生を歩むのも、ありかと…」
「…随分、冷たいんですね…ご自分の血を分けた息子さんなのに…」
つい、言ってしまった…
なんだか、この良平の言葉が、あまりにも、他人事だったからだ…
が、
良平は、私の言葉に、怒らなかった…
「…冷たい? …たしかに、冷たいと言われれば、その通りです…ですが、才能がなければ、早々に辞めたほうがいい…それが、経営者の先輩としての客観的なアドバイスです…」
「…客観的なアドバイス…」
「…そうです…また、それを言うのは、透(とおる)が、水野の家の人間ということもあります…」
「…どういう意味でしょうか?…」
「…お金に、困らない…」
「…」
「…仮に、今の立場から、去っても、生活に不自由しない…それが、大きい…」
「…」
「…血を分けた私の子供です…かわいくないはずは、ない…ですが、それとこれとは、別…」
「…別?…」
「…仮に本人に、経営者としての適性がなければ、本人にとって不幸ですし、水野にとっても、不幸です…」
「…水野にとって、不幸…」
「…ろくでもない経営者が、先頭に立って、道を誤れば、水野は、衰退する…最悪、倒産の憂き目に遭う…」
「…」
「…私も妻も、それが、心配なんです…」
良平が、言った…
そして、その言葉が、すべてだった…
父親として、子供の幸せを願わない父親は、いないだろう…
が、
同時に、子供の適性を考える…
息子の経営者としての適性を考える…
すると、別の景色が、見えてくるというか…
無理して、経営者の道に進まなくてもよいのではないか?
と、考える…
そして、それを冷静に語ることが、できるから、この水野良平は、優れている…
経営者として、優れている…
当たり前のことに、気付いた…
いかに、優れた実績を残した経営者でも、こと肉親のことになると、わけが、わからなくなる人間が、いかに、多いか(爆笑)…
イトーヨーカドーを追放された元社長の鈴木敏文など、その好例だろう…
自分の後継者に、息子を据えようとする…
本人は、そんな考えは、まったくないと、メディアで、否定しているが、その言葉とは、裏腹に、たいして、実績のない息子を、確実に、社内で、出世させている…
一歩一歩、階段を上がるように、地位を上げている…
そして、ついには、取締役まで、昇らせて、自分の後継者に据えようとしている…
つまり、息子の昇進具合を見ると、言っていることと、やっていることが、まるで、違う(爆笑)…
私は、息子を自分の後継者にしようと、思ったことは、一度もない、と言いながら、誰が見ても、自分の後継者に据えようとしている…
つまりは、自分は、優れていても、こと息子のことだと、わけが、わからなくなるのだろう(笑)…
血が繋がってなければ、相手にも、しない能力の人間を、祭り上げようとする…
親バカと言ってしまえば、それまでだが、自分が、後ろ盾になれば、周囲の人間も抑えられるだろうと、甘く見ているのだろう…
が、
自分は、普通に考えれば、息子よりも、長生きはできない…
自分が、いなくなった後、どうするか?
そこまでの考えは、ないのだろうか?
そして、そんな人間と比べると、この水野良平は、優れていた…
自分の息子でも、冷静にその能力を判断する…
その一点に、置いて、優れていた…
私は、そう思った…
私は、水野家に招かれたときと、同じく、黒のベンツに、乗って、自宅まで、帰った…
もちろん、ベンツに、乗るのは、運転手を除けば、私だけ…
水野良平は、同乗しなかった…
当たり前だった…
水野良平は、水野・米倉グループの総帥…
忙しい身であることは、わかりきっている…
その多忙な業務の合間に、私に遭ったに決まっている…
いや、
いかに、多忙な身の上でも、どうしても、私に遭いたかった…
この高見ちづるに遭いたかった…
そういうことだろう…
いや、
あの水野良平が、会いたかったわけではない…
良平の妻、春子が、私に会いたかった…
それが、真相だった…
そして、そんなことを、考えながら、帰途に着いた…
そして、そんなことを、考えると、以前、あの好子さんの実家である、米倉家を訪れたときにも、感じたことと、同じことを、思った…
あの米倉の豪邸を訪れて、良平の息子である、透(とおる)が、
…私か、好子さん、どっちと、結婚しても、水野は、米倉を救う…
と、断言したときの、ことを、だ…
あのときが、あの米倉の豪邸を訪れた最後の機会だったが、あのとき、感じたこと…
…お金持ちでも、幸せでも、なんでもない…
そんな、当たり前のことを、実感した…
誰もが、悩み、苦しんでいる…
そんな当たり前のことを、間近に、見て、あらためて、実感した…
たとえ、天皇陛下に生まれようと、当然、悩みは、ある…
ただ、悩みの種類が、一般人と違うだけだ…
そして、ハッキリ言えば、天皇陛下に代表されるお金持ちの家に生まれれば、生活の不安は、なくなる…
それだけだろう…
そして、その生活の不安が、私のような一般庶民では、誰もが、一番、大きい…
今のご時世、誰もが、生活の不安から、逃れられないからだ…
会社員であるなら、誰もが、リストラの不安から逃れられないからだ…
自分は、絶対、リストラされないと、豪語するものは、この水野の家のような人間など、ごく一部の人間だけ…
普通は、誰もが、当てはまる…
それが、わからずに、自分は、絶対大丈夫とでも、言えば、頭が、おかしいか、なにか、だろう…
私は、思った…
そして、そんなことを、考えていると、さっき、水野良平が、言った、
「…金崎実業に代わる会社を紹介します…」
と、いう言葉を思い出した…
たしかに、今回、私が、金崎実業を休職に追い込まれたのは、水野のせい…
私個人に、なにか、瑕疵(かし)があったわけでも、なんでもない…
私が、仕事で、なにか、ミスをして、会社に損害を与えたわけでも、なんでもない…
すべては、水野の争いに巻き込まれたせいだ…
私が、悪いわけでも、なんでもない…
が、
正直、それだけではない…
すでに、もうすぐ34歳になろうとしている年齢…
営業所の女子の中では、すでに一番年上だ…
だから、今回のことが、なくても、いずれは、切られる運命というか…
数年後には、露骨に肩叩きをされるに、決まっている…
現に、そういう事例を、すでに、何度も見てきた…
私だけ、例外というわけには、いかないだろう…
だとすれば?
だとすれば、今回の話は、乗って見るべきでは、ないだろうか?
水野良平の好意に、素直に甘えるべきでは、ないだろうか?
素直に、救いの手を受けるべきでは、ないだろうか?
それが、ベストの選択なのでは、ないだろうか?
それとも…
それとも、この際、キッパリと、金崎実業を退職すべきなのだろうか?
私は、キャリアウーマン志向でも、なんでもない…
ただ、大学を出て、金崎実業に、就職しただけ…
たまたま、この歳まで、会社に在籍しただけだからだ…
それが、今また、水野良平の助けを受け入れれば、会社勤めを続けることになる…
それは、それで、嬉しい…
なにしろ、金崎実業を辞めても、行く先は、決まっていない…
もうすぐ、34歳になるであろう、中年女の身で、取り柄と言えば、なにひとつない…
英語ができるとか、中国語ができるとか、あるいは、司法書士の資格を持っているとか…
そんな誰もが、わかる資格は、なにひとつ、持っていない…
私が、他人様よりも、優れていることと、いえば、美人なだけ…
女優の常盤貴子さんを、小柄にしたルックスだけだ…
が、
そのルックスも、だいぶ怪しくなった(苦笑)…
34歳と、言えば、もはや中年に近い…
それならば、一回り若い、大学を出たばかりの、22歳の女の子を採用した方が、いいと、人事担当者は、思うに決まっているからだ…
現に、私が、人事担当者でも、そう思う…
女は、若い方が、いい…
そして、そう、考える男が、多いのは、事実…
紛れもない事実だからだ…
いいとか、悪いとか、言っているわけではない…
それが、まぎれもない現実である限り、私は、自分一人の力では、転職は、難しいに違いない…
いや、
難しいに、決まっている…
だったら、やはり、見栄を張らずに、素直に水野良平の援助で、再就職先を探すべきでは、ないだろうか?
それが、もっとも、現実的な手段だからだ…
現実的な判断だからだ…
が、
果たして、それで、いいのだろうか?
そんなことを、すれば、結婚が、ますます、遠のく…
一方で、そんな思いも湧いた…
水野良平の助けを借りて、転職すれば、無難だが、それでは、金崎実業でいたときと、同じ…
同じかもしれない…
ただただ、平々凡々と退屈な毎日が続く…
それが、いいに決まっているが、それでは、やはり、結婚は、できないのでは、ないだろうか?
いや、
それを、思えば、たとえ、自力で、転職先を探しても、同じ…
同じに違いない…
自力で、探しても、輝ける未来が、待っているわけでは、ないからだ…
それを、思えば、やはり、水野良平の支援を受けるべきでは、ないだろうか?
私は、悩んだ…
悩み続けた…