第33話

文字数 3,877文字

 あの澄子さんが、私を憎んでいる?

 やはりというか…

 どうしても、そのことが、気になった…

 そして、どうして、そうなったのか?

 あらためて、考えた…

 あの澄子さんは、いつも好子さんをイジメていた…

 好子さんを嫌いだったからだ…

 が、

 さっきも透(とおる)が言ったように、それは、好子さんの実弟の正造が、好子さんを、好きだったことも、大きいだろう…

 自分が、嫌いな人間には、誰もが、その人間を嫌ってもらいたい…

 それが、誰もが持つ、自然な感情だからだ…

 だから、余計に、澄子さんは、好子さんを嫌った…

 それが、答えだろう…

 そして、それを、考えると、すっかり、忘れていたが、あの澄子さんの夫…

 たしか、直一さん?は、あの好子さんに、イジメられていた…

 あの米倉の家に、入り婿に入った、澄子さんの夫の直一さんは、好子さんに、イジメられていた…

 つまりは、澄子さんに、イジメられた仕返しに、好子さんは、澄子さんの夫の直一さんを、イジメていたわけだ…

 が、

 直一さんは、一度たりとも、文句を言わなかった…

 これは、一体、どうしてだろう?

 あのときは、あまり深く考えなかったが、謎がある…

 が、

 それは、やはりというか…

 考えられる理由は、ただひとつ…

 あの平造が、好子さんを溺愛していたからだろう…

 当たり前だが、あの直一氏は、米倉=大日産業の次期社長を狙っていた…

 それが、現社長である、義父の平造が、気に入っている好子さんを、イジメれば、次期社長の座が、遠のくに、決まっているからだ…

 だから、好子さんが、直一氏に、辛くあたっても、直一氏は、なにも、しなかった…

 反撃しなかった…

 あの直一氏は、誰よりも、自分の立場が、わかっていた…

 あの澄子さんと結婚したからこそ、今の自分がある…

 大日産業取締役の自分があることを、悟っていた…

 だから、当然、好子さんに、不満があるに、決まっているが、好子さんに、なにも、しなかった…

 また、あの直一氏は、澄子さんと、真逆のタイプの人間だった…

 メガネをかけた色白の長身で、見るからに神経質な印象…

 別の言葉で、言えば、図書館で、静かに、本を読んでいるのが、合っている印象だった…

 だが、だからこそ、あの二人は、夫婦でいられたんだと、思った…

 互いに、同じ性格の男女だと、最初は、いいが、いずれ、ぶつかりあうことが、多い…

 性格が、同じだからだ…

 わかりやすい例で言うと、男女ともに、イケイケなら、なにが、あれば、互いに一歩も引かない…

 だから、一度、ケンカになると、もうダメ…

 収集が、つかなくなる(笑)…

 が、

 これが、一方は、イケイケでも、もう一方が、おとなしければ、丸く納まるというか…

 一方が、自己主張が激しくても、もう一方が、それに従えば、ケンカにならないからだ…

 だから、あの澄子さんと直一氏の夫婦は、ある意味、理想のカップルとも、言えた…

 二人とも、自己主張が、強すぎれば、うまくいかない…

 真逆に、二人とも、おとなしすぎては、この厳しい世間の荒波を超えて、生きてゆくのは、困難だといえば、言い過ぎだが、難しい…

 そういうことだ(笑)…

 そして、そこまで、考えたときに、もしかして?

 と、気付いた…

 もしかして、今回の澄子さんの行動の陰には、あの直一氏が、いるのかも?

 と、ふと、思った…

 なぜなら、あの澄子さんは、米倉の一族だが、会社の経営には、一切携わっていない…

 一切、ノータッチだ…

 だから、例えば、今回、いかに、澄子さんが暗躍しても、表舞台に立つことは、できない…

 表舞台、すなわち、会社の社長とか、取締役になることは、できない…

 透(とおる)のように、水野・米倉グループを代表して、表舞台に立つことが、できない…

 そういうことだ…

 せいぜいが、株を支配すること…

 株を持つことで、米倉を、大日産業を支配することができる…

 また、その配当で、自分の懐も潤う…

 そういうことだ…

 私は、思った…

 だとすれば、案外、あの澄子さんの陰には、夫の直一氏がいても、おかしくはない…

 ふと、気付いた…

 自分は、陰で、暗躍して、その結果、自分の夫の直一氏を、表舞台に立たせる…

 そういうことだ…

 が、

 果たして、そうだろうか?

 そうとも、言い切れない気がする…

 あの直一氏は、ハッキリ言って、陰謀が、似合わない気がした…

 陰謀というか…

 暗躍と言うか…

 要するに、陰でコソコソすることが、合わない気がする…

 正攻法と奇策という言葉があるが、正攻法は、堂々と正面から、闘うこと…

 真逆に、奇策は、陰で、コソコソするというと、おかしいかも、しれないが、堂々と、正面切って、闘わないことと、言えば、いいかもしれない…

 そして、あの直一氏には、奇策が合わない気がした…

 会社で、言えば、周囲が納得する実績を残して、昇進する…

 そういう人間だと、思う…

 そして、そういう人間は、信頼できた…

 変な話、陰で、コソコソ暗躍して、例えば、上司にうまく取り入って、出世したりする…

 本人は、うまくやっていると、思うかも、しれないが、周囲の人間は、皆、気付いているものだ…

 そして、誰もが、その人間を、そういう人間だと、評価する…

 ハッキリ言えば、信用できない人間だと、評価する…

 なぜなら、正々堂々と、仕事の実績で、勝負することが、できない人間だと、思うからだ…

 これは、例えば、ウソつきな人間を、思い浮かべれば、いいのかも、しれない…

 最初、ウソつきな人間と接していても、その人間が、ウソつきだとは、思わない…

 が、

 その人間と接しているうちに、前回、聞いた話と、今回、聞いた話が、違うことに、気付く…

 言っている当人は、前回、どう言ったか、忘れているが、聞いている方は、覚えているからだ(笑)…

 だから、ウソつきな人間は、いずれ、周囲の誰からも、

 …アイツは、ウソつきだ!…

 …信用できない!…

 という、レッテルを張られる…

 レッテル=評価を受ける…

 それと、似ている…

 つまりは、本人は、自分が、ウソをついていると、周囲の人間は、気付いていないと思っていても、周囲の人間は、皆、気付いているということだ…

 私も、学生時代のバイトや、金崎実業に、入社したときに、稀にだが、そういう人間に会ったことがある…

 最初は、驚いた…

 言っていることが、前回、聞いた話と違うからだ…

 そして、私は、

 「…あの人は、信用できない…」

 と、悟った…

 そして、次に、周囲の人間は、その事実に気付いているのだろうか?

 と、考えた…

 すると、どうだ?

 例えば、若い高校生などは、わからない人間がいたが、ある程度の年齢の大人は、皆、わかっていることに、気付いた…

 つまり、そういうことだ(笑)…

 だから、ウソは、つけないとも、思った…

 自分が、うまく、生きていると、思うのは、自分だけ…

 周囲の者は、皆、気付いているものだ(爆笑)…

 そして、私は、ウソをつかないことを、心掛けた…

 いわば、ウソつきな人間は、私の半面教師だった…

 ウソをつけば、他人から、信用されないと、周囲に、思われると、気付いたからだ…

 当たり前のことだが、自分は、それでも、うまくやっていると、思う人間は、案外多いものだ…

 先日、日本の某大物の映画監督が、やはり、大物の画家兼イラストレーターのアイデアを、盗んだと、訴えられた…

 二人は、ある蕎麦屋で、知り合い、仲良くなった…

 そして、大物の画家兼イラストレーターが、ふと、漏らしたアイデアを、本人に、内緒で、某大物監督が、映画化した…

 そして、それを知った大物画家兼イラストレーターが、烈火の如く、怒った…

 アイデアの盗用(剽窃)だからだ…

 それを、読んだ、私は、思ったものだ…

 …ならば、その大物の映画監督は、これまでの映画監督としてのキャリアで、似たような、アイデアの盗用をしていないか、どうか?…

 と、考えたものだ…

 要するに、他人のアイデアを自分のアイデアのようにして、世間に、発表する…

 そういう人間は、世間にありふれている…

 が、

 その映画監督は、日本を代表する大物映画監督だ…

 燦燦(さんさん)たる経歴がある…

 が、

 もしかしたら、その燦燦(さんさん)たる経歴の中にも、他人のアイデアを盗用してきたことが、幾度となくあるのではないか?

 私は、思った…

 そして、おそらく、真実は、その大物の映画監督が、亡くなってから、わかるだろう…

 生きているときは、誰もが、遠慮して、言えなかったことが、言えるように、なるからだ…

 私は、考えた…

 つまり、話が、長くなったが、要するに、他人から、後ろ指を指されるようなことは、するな!…

 と、言いたいだけだ…

 すべからく、本人は、うまくやっているつもりでも、周囲の人間は、皆、気付いているものだ…

 だから、堂々と、会社であれば、仕事の実績で、勝負すれば、いい…

 その方が、周囲から信頼を得られる…

 そういいたいだけだ…

 そして、あの澄子さんの夫の直一氏は、それがわかっているのではないか?

 そう思った…

 だから、私の思い込みかも、しれないが、仮に、あの澄子さんが、なにかの目的で、陰で、コソコソ動いていても、あの直一氏は、関係ないのではないか?

 いや、

 結果的に、あの直一氏が、日の目を見ることになるようなことが起きても、それは、あの澄子さんが、勝手にやっていることではないのか?

 私は、思った…

 そして、それは、まもなく、わかることになった…

               
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