第82話

文字数 4,667文字

 正造の入院する、病院…

 それは、五井記念病院だと、透(とおる)に、教えられた…

 あの後、電話をして、聞いたのだ…

 私は、その病院の名前を聞いて、おや?
と、思った…

 五井記念病院…

 当然のことながら、五井グループの病院…

 水野と、提携を解消した、米倉が、頼った五井の病院だ…

 しかも、

 しかも、だ…

 あの米倉正造は、五井グループの若き、当主…

 諏訪野伸明と、飲み友達と、聞いた…

 その縁で、水野と提携を解消した米倉の運営する大日産業グループは、五井の支配下に入った…

 私は、それを、思い出した…

 これは、果たして、偶然だろうか?

 それとも、やはり、なにか、意図があるのだろうか?

 考えた…

 考えざるを得なかった…

 
 私は、あらかじめ、スマホの地図で、場所を確かめ、一人で、正造の入院する、五井記念病院に、向かった…

 本当は、誰かといっしょに、見舞いに、行きたかったが、いっしょに行く相手がいなかった…

 これは、正直、キツイ…

 会社の同僚であれば、普通なら、同僚たちと、いっしょに見舞いに行く…

 が、

 米倉正造は、プライベートで、知り合った相手なので、いっしょに、見舞いに行く相手が、見つからなかった…

 いや、

 今の会社で置かれた私の状況では、例え、会社の同僚の見舞いといえども、私といっしょに、見舞いに行く、人間は、いないかも、しれない…

 なにしろ、会社で、ぼっちの状態だ…

 ぼっち=ひとりぼっちだ…

 だから、会社の同僚といえども、今の私といっしょに、見舞いに行くことは、ないかも、しれない…

 ふと、気付いた…

 そして、また米倉正造のことも、同じ…

 たしかに、正造との付き合いは、プライベートだが、正造と知り合ったきっかけは、プライベートではない…

 会社だった…

 以前、付き合いのあった大昭和という会社の部長の溝口の紹介だった…

 だから、正造と、知り合ったきっかけは、プライベートではなかった…

 私は、それを、思い出した…

 考えてみれば、私も、金崎実業に、入社して、はや十年は、過ぎた…

 すると、いい、悪い、ということはなくても、私の人間関係は、会社が、すべてとなる…

 会社での繋がりが、すべてとなる…

 ハッキリ言って、これは、残念なことだが、事実…

 事実だ…

 学生時代の友人は、この歳になると、自然と、付き合いがなくなったというか…

 付き合いが、自然消滅した…

 それが、真相だった…

 学校でも、会社でも、そこにいるときは、付き合う…

 が、

 学校を卒業したり、会社を転職したりすれば、会うには、億劫になる…

 わざわざ、時間や場所を指定して、遭わなければ、ならなくなるからだ…

 だから、誰でも、最初のうちは、時間を作っても、会うが、そのうちに、大半が、会わなくなる…

 恋人同士ではないのだから、そこまでして、会う必要を感じなくなるからだ…

 それが、現実だ…

 私は、そんなことを、思った…

 私は、そんなことを、思いながら、駅に降りて、バス停を探し、五井記念病院に向かうバスに乗った…

 手元には、お見舞いの花と、お菓子…

 まさか、手ぶらで、行くわけには、いかない…

 いまどき、小学生の見舞いでも、手ぶらで行く子供は、いるまい…

 いや、

 いまどきどころか、私が小学生のときでも、病院に入院した同級生のお見舞いに行ったことは、あったが、当然、手ぶらではなかった…

 私は、それを、思い出した…

 が、

 肝心の同級生の名前を思い出せなかった…

 顔も、そうだが、男だか、女だかも、忘れた…

 なにしろ、小学生のときの話だ…

 二十年以上前の話だ(苦笑)…

 たしか、お見舞いに行ったことは、一度や二度ではない…

 何人か、いた…

 が、

 誰一人、その名前も、顔も、思い出せない…

 つまりは、こんなことを言うと、その同級生たちに失礼だが、皆、印象が、薄いのだろう…

 印象が強ければ、それほど、仲が良くなかった人間も、しっかりと、覚えているものだ…

 そして、歳を取ってわかったことだが、意外なことに、美人でも、イケメンでも、案外印象に残らない人間もいるものだ…

 これは、自分が、歳を取って、わかった意外な発見だった…

 当たり前だが、美人やイケメンならば、印象に残ると思いがちだが、さにあらず…

 ただ、ルックスが、いいだけの人間は、案外、忘れるものだ…

 これは、自分でも、意外だった…

 どうしても、ひとは、外見で、判断しがち…

 だから、どうしても、ルックスのいい人間ほど、記憶に残ると思いがちだが、そうでもなかった…

 記憶に残るのは、男女を問わず、目立つ人間…

 目立つ=存在感のある人間だった…

 そして、存在感とは、なんぞやと、思えば、著名な芸能人を思い浮かべれば、いい…

 若い芸能人は、男女を問わず、ルックス重視だが、例えば、五十歳以上で、生き残っている芸能人は、皆、個性がある…

 個性=存在感がある…

 たとえ、ルックスが、イマイチでも、抜きん出た存在感がある…

 そういうことだ…

 私は、そんなことを、思った…

 私は、そんなことを、考えた…

 これから、米倉正造の見舞いに行くにも、かかわらず、正造のことは、考えなかった…

 あるいは、無意識に、正造のことを、考えるのを、避けているのかも、しれなかった…

 正造が、どんな姿で、入院しているかを知るのが、怖く、無意識に、避けているのかも、しれなかった…

 ふと、そう、気付いた…

 自分の気持ちに、気付いた…

 考えて見れば、あの米倉正造ほど、私は、気になった男は、いなかった…

 おおげさでなく、私のこれまでの人生で、一番、大きな存在というか…

 気になる存在だった…

 血の繋がらない、妹の好子さんを、父の平造の元から、離し、代わりに、私を平造に与える…

 女好きの実父の平造が、好子さんに、手を出すかも、しれないと、正造は、恐れたのだ…

 それゆえ、好子さんと、ルックスが、よく似た私を、平造に、紹介した…

 いわば、人身御供ではないが、平造に、好子さんの代わりに、私を与えようとしたのだ…

 それほどの目に遭いながらも、私は、なぜか、正造が、嫌いになれなかった…

 ハッキリ言えば、好きだった…

 それは、やはり、外見が影響しているのだろう…

 正造は、見るからに、お坊ちゃんタイプ…

 色白で、品がある…

 当然、顔もいい…

 だから、惹かれる…

 つい、目が離せなくなる…

 おまけに、物腰も柔らかく、いかにも、金持ちのボンボン…

 これでは、誰もが、嫌いになるわけはない…

 女は、誰もが、好きになる…

 ありていに、言えば、金持ちで、イケメン…

 嫌いになる要素が、なにもない(爆笑)…

 そういうことだ…

 私は、そんなことを、思った…

 私は、そんなことを、考えた…

 そして、そんなことを、考えながら、透(とおる)に教えてもらった、病室を探した…

 病院の廊下を歩きながら、目当ての病室を探した…

 と、

 目の前に、どこかで、見たことのある女性の姿が、目に飛び込んできた…

 いや、

 たしかに、以前、一度だけだが、会ったことがある…

 私とは、タイプの違う美人…

 身長、160㎝程度…

 私のようなカワイイが、入っているのではない、本物の美人…

 カワイイがない、ただのキレイな女…

 目鼻立ちの整った、本物の美人…

 寿綾乃だった…

 あの諏訪野伸明の秘書だった寿綾乃だった…

 私は、一瞬、なぜ、寿さんが、ここにいるのか?

 悩んだ…

 考えた…

 が、

 すぐにわかった…

 寿さんは、五井にお世話になっていると、言っていた…

 今現在、五井に、お世話になっていると、言っていた…

 そして、今いるのは、五井記念病院…

 五井グループの病院だ…

 ならば、ここで、会うのは、わかる…

 わかるのだ…

 私が、寿さんを見て、そう考えていると、寿さんもまた、私の存在に、気付いたらしい…

 廊下で、立ち止まって、私に頭を下げて、挨拶をした…

 それに、気付いた私は、小走りに、寿さんに、歩み寄った…

 「…ご無沙汰しています…」

 私もまた、寿さんに、丁寧に頭を下げた…

 「…いえ、こちらこそ…」

 寿さんが、返す…

 私は、寿さんを目の前に見て、あらためて、美人だと思った…

 そう、思わざるを得なかった…

 私も、実は、この寿さんに似た美人を何度か、見たことがある…

 人間は、どんなイケメンも美人も、世間には、似たような顔の人間は、案外いるものだ…

 見たことのない顔というものは、存在するが、それは、少数派…

 大抵は、似たような顔を、どこかで、見たことが、あるものだ…

 要するに、ある顔を基準にして、それを、伸ばしたり、横に広げたり…

 痩せたり、太ったりすれば、似たような顔は、案外あるものだ…

 そして、それを、言えば、この私も、例外ではない…

 この高見ちづるも、例外ではない…

 現実に、私と米倉好子さんは、姉妹と言っていいほど、似ている…

 私と好子さんの顔は、女優の常磐貴子さんの若い頃に、似ているが、それとて、案外、世間に似たような顔は、存在するものだ…

 そして、この寿さんに比べれば、この私や好子さんの方が、世間に、似たような顔が、多く存在する…

 そういうことだ…

 誰もが、唯一無二の存在というものは、案外、少ないものだ…

 私は、この寿さんを、見て、そう、思った…

 私は、この寿さんを、見て、そう、考えた…

 同時に、これって、嫉妬?

 嫉妬ゆえに、そう、考えた?

 そう、思った…

 自分でも、認めたくないが、この寿さんを、見ると、どうしても、自分が、劣って見えるというか…

 なまじ、これまで、美人と周囲にチヤホヤされて生きてきたのが、恥ずかしくなる…

 それは、寿さんが、私が、及びもしない美人だからだ…

 そして、その美人の寿さんの顔色が、どこか、青白いことに、気付いた…

 青白い=体調が悪いことに、気付いた…

 が、

 それが、かえって、この寿さんの美貌を、さらに、美しくしたというか…

 おおげさにいえば、体調が悪く、死にかけているから、かえって、美しく見えるということだ…

 ホント、失礼すぎる話だが、そう思った…

 だから、

 「…寿さん…お顔の色が…」

 と、つい、言ってしまった…

 つい、聞いて、しまった…

 すると、寿さんが、

 「…ええ…」

 と、短く、答えた…

 そして、それ以上は、言わなかった…

 なにしろ、自分のカラダだ…

 体調のよくないことは、誰よりも、わかっているに、違いない…

 だから、それ以上は、私は、なにも、言わなかった…

 いや、

 聞けなかった…

 すると、寿さんが、

 「…そのご様子では、もしかして、米倉さんのお見舞いですか?…」

 と、聞いた…

 私は、びっくりした…

 が、

 もしかしたら、この寿さんも、正造に会いに来たのかも、しれないと、思った…

 この五井記念病院に、入院している正造に、お見舞いに来たのかも、しれないと、気付いた…

 だから、

 「…ハイ…その通りです…」

 と、答えた…

 すると、私の返事を聞いて、

 「…でしたら、米倉さんのいる病室まで、ご案内しましょう…」

 と、寿さんが、言ってくれた…

 「…病室を知っているのですか?…」

 私の質問に、

 「…私も、つい、さっき、米倉さんのお見舞いに、行ってきたばかりです…」

 と、寿さんが、答えた…

 思った通りだった…

 やはり、この寿さんも、あの諏訪野伸明の代理か、なにかで、正造の見舞いに来たと、思った…

 「…さあ、こちらです…」

 と、寿さんが、言って、歩き出した…

 私もまた、寿さんの後に、ついて、歩き出した…

               

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