第70話

文字数 4,742文字

 「…会社は試している? …どういう意味ですか?…」

 私は、聞いた…

 聞かずには、いられなかった…

 「…このご時世だ…リストラは、ありふれている…だから、リストラする方も、リストラされる方も、試されている…」

 「…それは、一体?…」

 「…要するに、オレは、アンタをリストラに追い込むことができるか、会社に試されているし、アンタは、アンタで、素直に、会社のリストラに、応じるか、否か、試されている…そういうことさ…」

 原田が、激白した…

 私は、さもありなんと、思った…

 思った通りだった…

 誰もが、考え付く話だ…

 そして、おそらく、今、私をこの場に誘ったのは、このままでは、埒が明かないと、思ったに、違いなかった…

 会社では、全員が、私を無視している…

 誰も、私を相手に、しない…

 そして、会社に出社したにも、かかわらず、私には、一切、仕事を与えない…

 そんな状況にも、かかわらず、私が、まったく動じないことに、業を煮やしたに、違いなかった…

 このまま、おおげさに、言えば、半年、一年、私を干しても、私の態度は、そのまま…

 変わらないと、思ったに違いなかった…

 だから、私を、この場に、呼び出して、話をしようと、思ったに、違いなかった…

 私は、そう、思った…

 私は、そう、考えた…

 そして、思った…

 「…原田さん…」

 「…なんだ?…」

 「…おかしいですよ…」

 「…なにが、おかしいんだ?…」

 「…私をここに、呼び出して、退職を強要する…それは、わかります…」

 「…なにが、言いたい?…」

 「…だったら、退職に、見合う条件を、提示してください…」

 「…条件?…」

 「…ほら、世間で、言われてるでしょ? 早期退職に、応募の条件として、退職金の割り増しとか? おおげさにいえば、年収の2倍、3倍、払うとか?…」

 私が、言うと、原田は、呆れたというか…

 驚きの表情で、私を見た…

 「…アンタも、言うな…」

 ほとほと、呆れた、様子だった…

 「…でも、それは、当然でしょ? 会社を辞めるんだから…」

 私が、笑いながら、言うと、原田は、黙った…

 一言も、答えなかった…

 「…でしょ?…」

 私は、わざと、念を押した…

 原田が、どう出るか?

 知りたかったからだ…

 が、

 それでも、原田は、なにも言わなかった…

 いや、

 言えなかったのかも、しれない…

 「…どうして、答えないんですか?…」

 私は、わざと、言った…

 すると、

 「…そんな条件は、オレには、与えられてない…」

 原田が、力なく、呟いた…

 私は、その言葉を聞いて、考えた…

 これは、もしや?

 と、思った…

 「…原田さん?…」

 「…なんだ?…」

 「…アナタ…ホントは、私をリストラしろと、会社から、命じられていないんじゃ、ないんですか?…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…だって、会社から、命じられていれば、退職の条件の提示ぐらいは、できるはずです…」

 「…」

 「…それとも、会社とは、別?…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…例えば、人事部の田上部長…彼から、個人的に頼まれている?…」

 「…なに?…」

 「…私が、水野本社の水野良平会長と、知り合いだということは、ご存知ですか?…」

 「…会長と、知り合い? …ウソを言うな!…」

 「…ウソだと、思うなら、水野本社に電話をかけて、会長に聞いてみて、下さい…」

 私は、言った…

 わざと、言った…

 わざと、おおげさに、言った…

 すると、原田は、黙った…

 黙って、私の顔を見た…

 私の顔をずっと、見た…

 それから、ゆっくりと、私の顔を見るのを、やめて、言った…

 「…だから、嫌だと、言ったんだ…」

 小さく、呟いた…

 「…オレには、とても、無理だと言ったんだ?…」

 「…どうして、無理なんですか?…」

 「…オレは、器用な人間じゃない…」

 「…」

 「…誰もが、わかる、パワハラで、ひとを追い込むことしか、できない…」

 「…」

 「…だから、断ったんだ…」

 原田が、力なく言う…

 「…でも、今、アンタが、水野会長と知り合いだと、言って、気付いたよ…田上さんが、オレに、会社じゃなく、個人的に、頼みたいと、言ったんだ…でも、オレには、その意味が、わからなかった…人事部の部長が、リストラを命じるのに、個人的に、頼みたいも、なにもないだろ? …おかしいとは、思っていたんだ…」

 「…」

 「…でも、今、アンタの言葉で、どうしてだか、わかった…田上さんも、ひとが悪いよ…」

 原田が、苦笑する…

 私は、その原田の告白を聞いて、謎が解けたと思った…

 どうして、原田が、私を退職に追い込みたいのか、わからないが、原田の背後関係は、わかった…

 原田が、田上に頼まれたのは、わかった…

 が、

 その先は、わからない…

 田上が、誰に頼まれたのか、わからない…

 田上が、この原田に、個人的に、私を退職に、追い込むように、指示を出したとしても、当然、田上の背後に誰か、いる…

 誰か、田上に指示を出した人間が、いる…

 と、ここまで、考えて、気付いた…

 今、私が、名前を出した、水野良平だ…

 以前、水野良平は、私に、私が、金崎実業を休職に、追い込まれたのは、自分の責任だというようなことを、言っていた…

 だから、このまま、金崎実業を退職に、追い込まれた場合は、他の水野グループの会社を紹介するとまで、言ってくれた…

 が、

 考えてみれば、これは、おかしいというか…

 だったら、なぜ、私が、金崎実業を退職に追い込まれたのを、防ぐことが、できなかったのか?

 金崎実業は、水野グループ…

 当然、水野良平会長の権限が、及ぶ範囲…

 にも、かかわらず、私が、退職に、追い込まれても、防ぐことができないという感じだった…

 が、

 これは、おかしい…

 水野良平は、水野グループの最高権力者のはずだ…

 にもかかわらず、グループ会社のたかだか、女子社員一人が、退職に追い込まれているにも、かかわらず、助けることができないとは?

 これは、一体、どういうことか?

 考えた…

 だから、

 「…田上さんは、一体、誰に頼まれたんですか?…」

 と、聞いた…

 「…それは、わからない…」

 と、原田が、即答した…

 「…会社として、正式に、リストラ候補で、アンタの名前が、名簿に乗ったわけじゃないと、思う…だから、個人的に、オレに頼んだんだろう…」

 「…」

 「…でも、心当たりが、ないわけじゃない…」

 「…わかるんですか?…」

 「…いや、当てずっぽうだが、見当は、つく…」

 「…誰ですか?…」

 「…水野良平よりも、偉い人間だろ?…」

 「…水野良平よりも、偉い人間? …でも、水野に会長以上に、偉い人間なんて?…」

 「…オレも、会ったことのない雲の上のひとのことだ…噂にしか知らない…」

 「…一体、どなたですか?…」

 「…奥さんじゃないか?…」

 「…エッ?…」

 …思わず、絶句した…

 あまりにも、意外な人物だったからだ…

 だが、この原田の言葉は、十分、納得がいくというか…

 たしかに、あの良平は、奥様の春子さんに、頭が上がらないと言っていた…

 あの奥様の春子さんは、水野本家の出身…

 良平は、分家の出…

 それが、本家のお嬢様と、結婚した…

 だから、頭が上がらないと、言っていた…

 だが、

 まさか?

 いや、

 考えられないことでは、なかった…

 なにより、会長の上にいる人物といったら、あの春子しか、いなかったからだ…

 だから、的を得ているかも、しれなかった…

 そして、そう考えれば、あの内山さんですら、なにも、言えないのが、わかった…

 内山さんの父親は、金崎実業の社長…

 だから、私が、退職に、追い込まれたときに、救ってくれたと、思った…

 退職を、休職に、変えてくれたと、思った…

 が、

 いかに、内山社長と、いえども、水野の最高権力者に、逆らうことは、できない…

 金崎実業は、水野グループの、一企業に過ぎない…

 逆らうことなど、もってのほか…

 選択肢にすら、ない…

 そういうことだ…

 だが、どうして、奥様が、水野良平の邪魔をするのか?

 それが、理解ができなかった…

 夫の良平が、することに、いちいち反対すれば、水野が、分裂する…

 それが、わからないほど、愚かではないはずだ…

 だから、

 「…どうして? …どうして、そんなことを?…」

 と、つい、口に出した…

 目の前の原田に、言っても、仕方がないことだが、つい、口に出した…

 すると、

 「…原因は、息子じゃないか?…」

 と、原田が、口に出した…

 「…息子?…」

 「…透(とおる)とか、言ったボンボン…米倉のお嬢様と、離婚しただろ? アレで、米倉は、水野グループから、離脱して、五井に、取られちまっただろ? …あの一件で、頭に、来ているんじゃないか?…」

 「…頭に来ているって?…」

 「…なんだか、詳しくは、知らないが、米倉は、借金が凄くて、水野グループに入ったが、透(とおる)と、米倉のお嬢様が、離婚して、今度は、米倉は、五井グループに入った…すると、借金が、凄かったはずの、米倉が、今度のロシア・ウクライナ戦争で、原油や天然ガスが、急騰して、借金が、ちゃらになったそうじゃないか? …あらかじめ、米倉の子会社が、買い込んでいたのが、高騰したとか? …」

 「…」

 「…オレも、週刊誌や、ネットで見ただけだから、詳しくは、知らないが、そういうことじゃないかな?…」

 「…でも、それが、私が、退職に追い込まれることと、なんの関係が?…」

 「…嫌がらせじゃないのか?…」

 「…嫌がらせ?…」

 「…アンタ、今、水野の会長と知り合いだと、言っただろ?…」

 「…ハイ…」

 「…どういう知り合いだかは、知らないが、アンタは、水野グループの一介の女子社員だ…アンタのクビを切るぐらい、造作もないことだろう…」

 「…造作もないこと?…」

 「…そう…だから、奥様は、夫の知り合いのアンタのクビを切ろうとした…そうすれば、夫に嫌がらせをすることができる…」

 「…そんな?…」

 「…まあ、これは、オレの想像だから、ホントは、違うかも、しれない…でも、奥様の立場に立てば、怒髪天を衝く状態かも、しれないよ…その透(とおる)ってのも、奥様の子供じゃない、そうじゃないか? …それが、米倉のお嬢様と、結婚したのが、すぐに離婚して、結局、水野は、米倉を手放した…その結果、ホントは、米倉は、金の卵を産む存在だと、気付いた…いわば、莫大な儲けを逃したんだ…頭に来るのが、当然だろ?…」

 原田が、熱心に言った…

 たしかに、原田の言うことは、わかった…

 たしかに、原田の言う通り、あの春子にとってみれば、怒髪天を衝く状態…

 はらわたが煮えくりかえる状態かも、しれなかった…

 水野が、米倉を救済したつもりだったが、ホントは、米倉には、借金がなかった…

 だから、考えれば、格安で、米倉を手に入れたわけだ…

 それが、呆気なく、逃げられた…

 それも、これも、あの透(とおる)のせい…

 あの透(とおる)が、好子さんと離婚しなければ、米倉は、水野の支配下にあった…

 それが、離婚したから、逃げ出した…

 しかも、透(とおる)は、春子の子供ではない…

 夫の良平が、愛人に産ませた子供…

 自分の血が繋がった息子ならば、まだ許せるかもしれないが、血が繋がってない、透(とおる)の失態は、許せないに違いなかった…

 だから、その怒りが、夫の良平に向かった…

 その結果、良平に嫌がらせをしようとした…

 私をクビにしようとした…

 私の勤務する金崎実業は、水野グループ…

 私をクビにするのは、容易い…

 だから、私をクビにして、良平に、嫌がらせしようとした…

 あり得ない展開ではなかった…

               
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