第3話

文字数 3,821文字

 …知っていた?…

 …松嶋を知っていた?…

 私は、絶句した…

 文字通り、言葉が、出なかった…

 米倉正造が、松嶋を知っていた…

 その事実に、驚愕した…

 が、

 同時に、気付いた…

 今、正造が、言ったのは、

 「…松嶋が、憎いですか?…」

 と、言っただけ…

 米倉正造が、松嶋を個人的に、知っているか、どうかは、わからない…

 米倉は、金崎実業の内山社長と通じている…

 もっとも、米倉といっても、米倉正造ではなく、父親の平造だが…

 いずれにしろ、通じている…

 だから、その線から、正造が、松嶋を知っていても、おかしくはない…

 が、

 知っているのは、おそらく名前だけ…

 名前だけだ…

 米倉正造自身が、松嶋と、直接面識がある可能性は、低い…

 私は、そう見た…

 私は、そう睨んだ…

 だから、私は、

 「…随分、地獄耳ですね…」

 と、返した…

 もちろん、皮肉だ…

 「…蛇の道は蛇というやつです…」

 正造が、これも、皮肉を言った…

 お互いさまといったところか(苦笑)…

 この米倉正造と話すと、疲れると言うか…

 互いに、決して、本心を明かさない…

 まるで、ゲームのようだ…

 ゲーム=闘いのようだ…

 テニスや、柔道、剣道ではないが、言葉の闘い…

 互いに、相手の言葉のやり取りから、相手の本心を掴む…

 推察する…

 そんな感じだ…

 だが、

 決して、嫌ではない(笑)…

 むしろ、楽しい…

 ワクワクする…

 それは、もしかしたら、この高見ちづるが、米倉正造同様、へそが曲がっているというか…

 素直で、ないからかも、しれない…

 もっとも、それを言えば、その通りなので、反論できない(苦笑)…

 まもなく、34歳にも、なろうとする女が、これまで、ろくに、男と付き合ったことがないと言えば、誰もが、驚愕するだろう…

 自分で、言うのも、なんだが、私は、女優の常盤貴子さんを、小柄にしたような美人…

 そんな美人が、これまで、34歳になろうとする今まで、ろくに男と付き合ったことのないといえば、驚くだろう…

 あるいは、ウソと言うかも、しれない…

 が、

 真実…

 紛れもない、真実だった…

 元々、容易く、心が、動かない…

 だから、男と付き合うつもりもなかった…

 だから、あの人事の松嶋が、言ったように、

 「…美人だから、相手を選びすぎるからだよ…」

 と、言われたのも、一度や二度ではない…

 これも、散々、言われた…

 が、

 嫌なものは、嫌…

 これも、松嶋に言われたように、

 「…いい加減、妥協しなよ…」

 とも、散々、言われた…

 が、

 私に言わせれば、妥協もなにも、まったく心が、動かなかっただけだ…

 だから、身近な男と付き合うこともなかった…

 だから、学校でも、会社でも、散々、男たちから、言い寄られたが、それも、最初のうちだけ…

 そのうちに、

 「…高見さんは、誰とも、付き合う気がないって…」

 と、学校でも、会社でも、言われて、誰からも、声もかからなくなった…

 それが、真相…

 私が、これまで、ろくに男と付き合ったことがない真相だった…

 が、

 米倉正造は、違った…

 正直、これまで、見たことも、聞いたこともない男だった…

 イケメンで、お金持ち…

 それでいて、極端な話、私のカラダ目当てだとか…

 そんな気配は、まるでなかった(笑)…

 また、もしかして、私のカラダ目当てならば、それこそ、お笑い草だ…

 身長、155㎝で、瘦せっぽちのカラダ…

 誰が、どう見ても、見たいカラダではない(笑)…

 抱きたいカラダではない(爆笑)…

 見たいカラダや抱きたいカラダというのは、女の私が、言うのも、なんだが、大柄で、ナイスバディのカラダ…

 最低でも、身長165㎝は、欲しい…

 要するに、水着の似合う女だ(笑)…

 胸が大きく、お尻も大きい…

 いわゆるレースクイーンや、キャンペーンガールのお姉さんに代表される女たち…

 彼女たちに、比べ、身長、わずか、155㎝のカラダは、お子様…

 まるで、小学生が、少しばかり成長した姿に過ぎない…

 もっとも、だから、米倉正造は、私に興味を示さないのかも、しれない…

 今さらながら、思った…

 長身でイケメンの米倉正造には、やはり、長身の美人が、似合う…

 そういうことかも、しれない…

 今さらながら、考えた…

 と、そんなことを、考えていると、

 「…人事には、人事の目論見があります…」

 と、突然、正造が、言った…

 「…人事の目論見?…」

 「…例えば、高見さんをクビにして、再び、米倉を騒動に巻き込むとか…」

 …米倉を騒動に巻き込む?…

 …一体、なにを言っているのだろう?…

 考えた…

 米倉正造の言っている意味が、わからない…

 だから、

 「…どういう意味でしょうか? …一体?…」

 と、聞いた…

 「…派閥抗争ですよ…」

 「…派閥抗争って?…」

 「…高見さんが、米倉に繋がっていると、知っている人間がいて、高見さんを、試した…」

 「…私を試した?…」

 「…高見さんが、どうでるか、試した…」

 「…そんな…」

 言いながら、私が、どう出ると、言うんだろ? とも、思った…

 なにしろ、この平凡な高見ちづるだ…

 お金持ちでも、なんでもない…

 だから、できることなど、たかが、知れている…

 せいぜいが、私をクビにするとでも、言えば、裁判で、訴えてやるとでも、言うぐらいだ…

 それとて、ブラフ=ハッタリというか…

 ハッタリというのは、仮に裁判で勝っても、会社に戻るのは、困難ということだ…

 仮に、裁判で、勝って、職場に戻ることが、出来ても、普通は、職場の同僚が、距離を置く…

 ハッキリ言えば、相手にしない…

 なぜなら、そんなふうにしてまで、職場に戻った私と親しく接すれば、会社に、目を付けられるからだ…

 会社=人事に、目を付けられるからだ…

 だから、近寄らない…

 なまじ、私とそれまで、同様、親しく接して、リストラ対象にされたり、出世が、阻まれたりしたら、困るからだ…

 それが、わかっているから、誰も、私に近寄らない…

 そして、私自身、そうなることは、わかっているから、仮に、裁判をしても、大抵は、退職金を、割り増しにしてもらい、本来、もらえる退職金よりも、かなり多く、もらって、会社を去る…

 そういうことだ…

 そして、誰もが、そういう道を選ぶ…

 それが、王道というか…

 まあ、仮に、戻れても、一度は、リストラ対象になっているのだから、バラ色の未来が、待っているわけがない…

 次は、転勤に次ぐ、転勤で、悲鳴を上げて、逃げ出すまで、待つか、わざと、キツイ職場に、配置転換をするか、など、嫌がらせが、待っている可能性が、高い…

 だから、大方は、退職金を割りまして、もらい、退職するのだ…

 私は、脳裏で、そんなことを、考えながら、

 「…一体、私が、どう出ると、言うんですか?…」

 と、米倉正造に、聞いた…

 すると、

 米倉正造が、間髪入れずに、

 「…ボクに、泣きつく…」

 と、答えた…

 笑いながら、答えた…

 …そういうことか!…

 合点が言った…

 会社は、松嶋は、それを狙っていたということか?…

 そう思っていると、

 「…いや、ボクというか…米倉に泣きつく…あるいは、水野に泣きつく…」

 と、米倉正造が、続けた…

 つまりは、金崎実業の親会社である、水野や米倉に私が、泣きつくと思った…

 それが、会社=人事の狙いだったわけだ…

 つまり、私を餌に、米倉や、水野を引っ張り出すつもりだった…

 それが、本当の狙いだったというわけか?

 合点が、言った反面、やはりというか…

 あの松嶋の悔しそうな顔が、脳裏を、よぎった…

 私をクビにできなかったときの、松嶋の顔が、脳裏によぎった…

 私自身、あんなに、悔しそうな顔をした、人間を、目の当たりにしたことが、なかった…

 前にも、言ったが、あの表情は、オリンピックとか、メダルを取って、表彰台に、上がったときに、ホントは、金メダルを獲りたかったのに、銀メダルしか、獲れなかったというときの顔だった…

 顔=表情だった…

 誰もが、日常で、見る顔ではない…

 日常で、見られる表情では、ない…

 それは、スポーツなどの競技で、見る表情…

 決して、普段、学校や職場で、見る表情ではない…

 そんな表情をするのは、ドラマや映画の中だけ…

 わざと、大げさな表情をするからだ…

 わざと、大げさな表情で、観客や視聴者に訴えるからだ…

 日常の光景で、そこまで、大げさな表情は、普通は、誰もしないものだ…

 が、

 あの松嶋は、した…

 だから、驚いた…

 同時に、興味が湧いた…

 たかだか、私を退職に追い込むことができないぐらいで、なんで、あんな悔しそうな顔をするのか?

 文字通り、謎だったからだ…

 だから、興味が、湧いた…

 そういうことだ…

 が、

 その謎も、今、私が、水野や米倉に泣きつくことが、目的だと、聞いて、少しは、解けた気がする…

 退職ではなく、休職…

 なんとも、中途半端な処置だ…

 すると、もしかしたら、私が、水野や米倉に泣きつくには、弱いとでも、思ったのだろうか?

 なんとしても、退職に追い込むことで、私が、水野や米倉に、泣きつくように、したかったが、できなかった…

 それが、あのときの松嶋の表情の真相だろうか?

 私は、思った…

 私は、考えた…

 すると、米倉正造が、

 「…高見さん…」

 と、声をかけてきた…

 「…会社に戻りたいですか?…」

 直球だった…

 直球に聞いてきた…

               
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