第74話

文字数 4,342文字

 …知っていた!…

 …好子さんは、知っていた!…

 あの澄子さんが、動いているのを、知っていた…

 私は、思った…

 同時に、今の会話で、なぜ、あの平造が、好子さんを後継者として、考えていたのか、あらためて、気付いた…

 この米倉好子は、米倉本家の血を継ぐ、正統後継者だが、それだけではない…

 おそらく、会社に顔を出すまでもなく、米倉、水野双方の情報を掴んでいる…

 ただのお嬢様ではない…

 今さらながら、気付いた…

 「…あの澄子…自分の娘を使って、透(とおる)に、近付くなんて…」

 好子さんが、怒る…

 「…まさか、そんなことを、するなんて…」

 好子さんが、半ば、呆れた声で、言った…

 私は、驚いたが、やはり、知っていたと、思った…

 今、この好子さんは、米倉と、水野の関係を、知っていた…

 熟知していた…

 ならば、あの秋穂のことを、知っていても、おかしくはない…

 いや、

 知っていて、当たり前だ…

 そして、おそらくは、その情報は、正造から得ているのでは?

 と、気付いた…

 あの米倉正造は、血の繋がってない、妹の好子さんを、溺愛している…

 だから、陰から、この好子さんを支援している…

 支えていると、思った…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…でも、高見さんも、いい迷惑ね…」

 と、笑った…

 「…迷惑って?…」

 どういう意味だろ?

 疑問だった…

 「…迷惑っていうのは、米倉と水野の争いに巻き込まれたこと…」

 「…」

 「…高見さんは、私に似ているから、巻き込まれた…」

 好子さんが、笑う…

 …知っていた…

 …見抜いていた…

 …やはり、見抜いていた…

 そう、思った…

 これまでの、話の流れから、この好子さんは、思いのほか、優秀であることに、気付いた…

 ならば、私の置かれた状況についても、知っていて、おかしくはない…

 そう、気付いた…

 「…でも、偶然よね…」

 「…なにが、偶然なんですか?…」

 「…高見さんが、兄の正造と、知り合ったこと…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…世の中には、似ているひとって、案外多いものよ…私に似た女のひとも、高見さんだけじゃなく、結構見ている…」

 「…」

 「…でも、偶然、高見さんが、兄の正造と知り合って、米倉の家にやって来た…これって、考えてみれば、ものすごいことよね…だって、今も言ったように、私に似たひとなんて、世の中、ごまんといるもの…」

 そう言われると、言葉もなかった…

 たしかに、好子さんの言うことは、わかる…

 この世の中には、案外、自分と似た外見を持つ者が、いるものだ…

 これは、男も女も、イケメンも美人も、皆、同じ…

 どんなイケメンも、美人も、似たルックスの者は、案外いるものだ…

 かくいう私自身、自分と似た女を、何人も見たことがある…

 要するに、自分のルックスを、基準にすれば、ほぼ同じ顔で、身長が、少し高かったり…

 あるいは、ほぼ同じ顔なのだが、もう少し、丸い顔だったり、真逆に、少し瘦せていたり…

 つまりは、同じ顔だが、少し、伸ばしたり、少し丸くしたり、あるいは、身長を高くしたり、低くしたり…

 要するに、基本は、同じ…

 その基本を少しいじったというか、手を加えたに過ぎない…

 そんな自分と似た人間は、案外いるものだ…

 考えて見れば、日本人は、ほぼ一億人いる…

 老若男女の違いは、あるが、これほど、数があれば、誰もが、自分に似た人間を見たことがあるのが、当たり前というか…

 決して、珍しいことではない…

 だから、それを、考えれば、今、好子さんと、私が、知り合ったのは、偶然といえる…

 誰もが、自分とよく似た人間と知り合うことはあるだろう…

 だが、好子さんにとってみれば、それが、私でなくても、良かったというか…

 私、高見ちづると、好子さんが、知り合ったのは、偶然に過ぎないのかも、しれない…

 「…でも、澄子の娘が、私や高見さんに似ているとは、驚いた…」

 意外な告白だった…

 そして、好子さんは、これを言いたかったのか?

 と、気付いた…

 あの秋穂のことを、言いたいがために、わざわざ、私と好子さんが、似ていると、言いたかったのだろうと、気付いた…

 「…まさか、あの澄子に、私や高見さんに似た娘がいるとは、思わなかった…」

 好子さんが、苦々しげに言う…

 その言い方は、まさに憤懣やるかたないと、いった感じだった…

 「…まさか、あの澄子に、私や高見さんに似た美人の娘がいるなんて…」

 私は、なんと言っていいか、わからなかった…

 あの澄子さんと、この好子さんは、犬猿の仲…

 互いが、蛇蝎(だかつ)の如く嫌っている…

 澄子さんは、好子さんが、美人であることが、妬ましく、それが、好子さんを嫌っている理由の一つでもあった…

 そして、好子さんにとっては、それが、澄子さんに対する優越感となっている…

 同時に、それが、澄子さんの劣等感となっている…

 澄子さんは、ブスではないが、平凡…

 実に、平凡な容姿の持ち主だからだ…

 が、

 澄子さんに娘がいて、それが、好子さんに似た美人であるとなると、話は変わるというか…

 ハッキリ言えば、同じ顔ならば、若い方が、いいということだ…

 30歳と20歳の女で、同じ顔なら、20歳の女の方が、勝つということだ…

 そして、女は、誰より、年齢に敏感というか…

 年齢の差が、自分の価値に繋がることを、
男よりも、よくわかっている…

 同じ美人ならば、若ければ、若いほど、価値があることが、わかっているということだ…

 だから、ハッキリ言えば、この好子さんは、澄子さんには、勝てるが、澄子さんの娘には、負けるということだ…

 そして、それは、この私も例外ではない…

 この高見ちづるも、例外では、なかった…

 あの秋穂は、私より、十歳は、若い…

 彼女と、いっしょに、男を取り合えば、私が、彼女に勝てる可能性は、皆無…

 ぼぼ、ないに、違いなかったからだ…

 そして、それを、考えれば、この好子さんは、あの秋穂を恐れている?

 たぶん、あの秋穂を脅威に感じていると、気付いた…

 そして、私が、そんなことを、考えていると、

 「…知っている? 高見さん?…」

 と、好子さんが、聞いて来た…

 「…なにを、知っているんですか?…」

 「…あの秋穂の狙い…いえ、澄子の狙い…」

 あの二人の狙い?…

 突然、聞かれても、私にわかるわけがなかった…

 「…アレは、私の追い落としよ…私を米倉から、追放すること…」

 「…エッ?…ウソッ!…」

 思わず、叫んだ…

 「…ウソじゃないわ…」

 好子さんが、叫んだ…

 「…あの秋穂を使って、透(とおる)と、私の仲を引き裂き、あわよくば、秋穂と透(とおる)が、結婚すること…それが、澄子の狙い…」

 「…」

 言葉もなかった…

 あの澄子さんが、娘の秋穂を使って、あわよくば、透(とおる)と、結婚させようというのは、わかる…

 しかしながら、本当の目的は、好子さんの追い落としとは、気付かなかった…

 そこまでは、考えなかった…

 「…あの女は、そこまで、やる女よ…」

 好子さんが、憎々しげに言う…

 「…私に対するコンプレックスが、半端ない…そして、それが、あの女の原動力になっている…」

 「…原動力?…」

 「…あの女は、自分が一番じゃないと、気がすまないの…でも、米倉には、私がいる…だから、一番には、なれない…それに、私にルックスでも、負けている…だから、私に対するコンプレックスが、半端ない…」

 好子さんが、説明する…

 そして、その説明で、今さらながら、どうして、あの澄子さんが、好子さんにコンプレックスを持っているのか?

 納得した…

 そして、その説明を聞いて、なにより、思うのは、人間は、男女を問わず、嫉妬の生き物…

 嫉妬=コンプレックスの生き物だということだ…

 そして、その嫉妬には、案外、自分の能力は、関係がない場合が、大きいものだ…

 どういうことかと、言えば、今、言った、澄子さんと好子さんの対立…

 ハッキリ言えば、澄子さんは、好子さんに、対抗のしようがない…

 澄子さんは、好子さんに逆立ちしても、勝てないからだ…

 そもそも、好子さんは、米倉の正統後継者…

 澄子さんとは、立場が違う…

 さらに、ルックスでも、澄子さんは、好子さんの足元にも、及ばない…

 にもかかわらず、澄子さんは、好子さんに対抗しようとする…

 これは、傍から見れば、滑稽極まりない…

 生まれたときから、立場も、ルックスも、澄子さんは、好子さんに、叶わない…

 にもかかわらず、対抗する…

 これが、滑稽でなくて、なんであろうか?

 おおげさに言えば、会社に同期で入った東大卒のエリートと、その他、大勢の大卒の人間が、張り合うようなものだ…

 そもそも、頭が、違うのだから、会社での将来のポジションも違うのだけれども、それが、理解できないのか?

 それとも、理解した上で、張り合うのか?

 それは、わからない…

 が、

 澄子さんの場合は、愚かではない…

 決して、澄子さんは、頭が、悪くはない…

 むしろ、切れる…

 にもかかわらず、澄子さんは、好子さんに、対抗しようとする…

 本来、好子さんの立ち位置に、澄子さんは、遠く及ばない…

 それが、自分でも、十分、わかっているはずなのに、好子さんに、対抗しようとする…

 好子さんに歯向かう…

 これは、一体、なぜ、だろうか?

 私は、考えた…

 考えるに、これは、ただ単に嫌いだから…

 単純に嫌いだからだろう…

 人間は、感情の生き物…

 理性では、わかっていても、感情は抑えられない…

 理性では、わかっていても、嫌いなものは、嫌い…

 嫌なものは、嫌だからだ…

 そして、それは、この好子さんも、同じ…

 澄子さんが、嫌い…

 おそらく自分よりも、立場も、容姿も劣っている澄子さんが、自分に対抗するのが、許せないのだろう…

 だから、嫌いなのだろう…

 そして、お互いが、その嫌いな感情を隠そうともしない…

 だから、ガチで、ぶつかる…

 そういうことだ…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…でも、あの澄子に、あんな美人の娘が、いるとは、思わなかった…」

 と、好子さんが、続けた…

 「…でも、それも、おかしいことじゃない…」

 意外なことを、言った…

 こう言っては、なんだが、澄子さんは、お世辞にも、美人じゃない…

 どうして、そんなことを、言うのだろうか?

 私は、考えた…

 すると、すかさず、

 「…米倉の血…」

 と、好子さんが、続けた…

 「…血? …ですか?…」

 「…米倉の一族は、昔から、美男美女が、多いのよ…兄の正造も、そうだし、私も、そう…高見さんだって、同じでしょ?…」

 好子さんが、電話の向こう側から、仰天の言葉を投げた…

               
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