第78話

文字数 4,416文字

 そして、そのタイミングを考えた…

 そのタイミングとは、米倉の経営する大日グループの子会社が、石油や天然ガスといったエネルギー資源を先物買いしていた事実を知ったときだ…

 そのエネルギー資源が、高騰したことを、知ったときだ…

 きっと、そのエネルギー資源が、高騰したのを、知って、あの米倉正造は、動いたに違いない…

 エネルギー資源が、高騰したことで、米倉の持つ、借金が、ちゃらになった…

 ちゃら=なくなった…

 それがわかったから、米倉正造は、動いた…

 米倉を、水野から、切り離して、五井の傘下に、収めようとした…

 そういうことではないか?

 私は、考えた…

 なにしろ、米倉正造と、五井家の若き当主、諏訪野伸明とは、飲み友達だそうだ…

 その縁で、米倉正造は、五井に、米倉を託したのだろう…

 米倉は、単独では、生き残れない…

 借金が、なくなっても、米倉が、この先、単独で、生き残るのは、難しいと、正造は、判断したのかも、しれない…

 ハッキリ言えば、米倉は、どこかの下に入るしかないと、考えたのかも、しれない…

 そして、米倉の面倒を見る相手に、五井を選んだのかも、しれなかった…

 水野から、五井に、提携先が、変わる…

 私のような身分の者には、五井と水野の違いといえば、大きさだけ…

 水野は、知っている人間は、知っているが、知らない人間も、また、いる…

 が、

 この日本で、五井を知らない人間は、いない…

 そういうことだ…

 要するに、規模の違い…

 五井と言えば、世界中に知れ渡っている…

 その違いだ…

 私にわかるのは、水野と、五井の大きさの違いだけだが、おそらく、それだけでは、ないのだろう…

 米倉は、水野といれば、遠からず、合併する…

 つまりは、米倉の独立は、なくなる…

 が、

 もしかしたら、五井の下に入れば、米倉の独立が、ある程度、認められるのかも、しれない…

 そう、思った…

 なぜなら、五井は、緩やかな連帯を旗印にしている…

 五井は、連合体…

 たしか、五井十三家を中心に、まとまっている…

 だから、その中に入った方が、水野と、連携しているよりも、自由が、与えられると思ったのかも、しれない…

 が、

 本当のところは、わからない…

 それは、単に、私に想像に過ぎないからだ…

 本当のところは、米倉正造に、聞いてみるしかない…

 再び、話を松嶋に戻すと、松嶋自身は、私のリストラに、それほど、乗り気では、なかったそうだ…

 が、

 米倉正造が席を外したときに、あの秋穂に、

 「…いい話ね…」

 と、言われたそうだ…

 「…なにが、いい話なの?…」

 松嶋が、秋穂に聞くと、

 「…出世のチャンスじゃない?…」

 と、返されたそうだ…

 「…出世のチャンスって?…」

 「…だって、お客さん…水野グループでしょ? 水野の会長の奥様の指示よ…その指示に従えば、出世のチャンスじゃない…」

 秋穂に唆されたそうだ…

 そして、自分より、はるかに、若い女の言葉で、その気になったそうだ…

 これは、この手記を読んで、思わず、プッと吹き出す箇所だった…

 四十代の松嶋が、二十代の秋穂の口車に乗せられて、その気になる…

 若い女に騙される、中年男の典型だった(爆笑)…

 そして、私は、その手記を読みながら、正造のことを、考えた…

 案外、あの正造は、わざと、席を外して、その間に、秋穂に、松嶋を説得させたのでは?
 
 と、思った…

 なにしろ、策士だ…

 それぐらいする男だ…

 そして、あの松嶋は、金崎実業で、出世するどころか、クビになった…

 春子の指示には従ったが、春子の夫の良平が、激怒したからだ…

 たしかに、水野家内部では、春子の方が、夫の良兵よりも、地位が高いのかも、しれないが、会社では、良平の方が、上だった…

 水野グループの頂点に君臨するのは、夫の良平だったからだ…

 だから、その良平が、激怒して、松嶋のクビを切った…

 そういうことだった…

 そして、その一連の告白を読んで、気付いたことは、すべては、私のリストラが、中心になっていることだった…

 私、高見ちづるのリストラが、中心になっていることだった…

 これは、一体、どういうことか?

 考えた…

 考えずには、いられなかった…

 一体、どうして、私が、話題の中心にいるのか?

 それが、謎だった…

 そして、その後、私は、恐怖したというか?

 もしかしたら、この松嶋の手記を読んで、私の元に、取材が殺到するかも、と、考えた…

 松嶋の手記では、私の名前こそ、出ていないが、見る者が、見れば、わかる…

 私、高見ちづるのことだと、わかる…

 だから、怖かった…

 だから、恐怖した…

 私は、一般人…

 守って、くれるものは、誰もいないからだ…

 よく政治家や、芸能人が、不祥事を起こせば、周囲の人間が、守ってくれる…

 が、

 一般人の私には、それがない…

 それが、恐怖だった…

 が、

 実際には、なにもなかった…

 この後、マスコミが、私の元を、訪れることは、なかった…

 実は、後になって、知ったのだが、水野良平が、動いたそうだ…

 知己のマスコミに頼んで、動かないように、手筈したそうだ…

 具体的には、広告の出稿量…

 水野の広告を主なマスコミに出稿=依頼することで、マスコミに恩を売ったというか…

 要するに、利益供与だ…

 ハッキリ言えば、

「…オタクを、儲けさせてあげるから、この記事を止めてよ…」

と、言ったわけだ…

ズルい手口だが、そのお陰で、私が取材を受けることは、なくなった…

だから、考えてみれば、感謝せずには、いられなかった…

もうすぐ34歳になるのに、今だ、未婚の身…

こんな報道が、世間に流れたら、間違いなく、私の結婚が不利になる(苦笑)…

いや、

不利にならずとも、少なくても、有利には、ならないだろう…

こんな騒動に巻き込まれた女と結婚するのは、誰もが嫌…

少なくとも、私が、男なら、そう思う…

なぜか、そう思った…

 なぜか、いきなり、私の結婚に結び付けた(爆笑)…

 自分でも、驚きだった…

 自分の思考形態に、驚きだった(爆笑)…

 が、

 当然、それだけでは、終わらなかった…

 まだ、続きがある…

 秋穂のことだ…

 澄子の娘の秋穂のことだ…

 あの秋穂が、私の中で、謎だった…

 大きな謎だった…

 一体、あの秋穂は、何者なのか?

 大きな謎だった…

 なぜなら、澄子さんの娘と言っていたが、その澄子さんは、最後まで、姿を現さなかった…

 ハッキリ言えば、澄子さんの影は、どこにも、なかった…

 本当に、あの秋穂という娘は、澄子さんの娘なのだろうか?

 初めて、疑問を持った…

 そして、この手記が、世間に発表されて、まもなく、あの米倉正造から、連絡があった…

 考えてみれば、当たり前だった…

 あの手記の内容は、私のリストラが、中心だった…

 ハッキリ言えば、被害者は、私だった…

 私、高見ちづるだった…

 なにか、一言、言わなければ、ならないと、思ったのだろう…

 一言、私に謝まらなければ、と、思ったのだろう…

 突然、米倉正造から、電話があった…

 「…高見さんですか?…」

 電話の向こう側の声を、一言、聞いただけで、正造だと、わかった…

 憎々しい、正造だと、思った…

 憎んでも、憎み切れない、正造だと、思った…

 だから、

 「…どういうつもりですか?…」

 と、私は、怒鳴った…

 私の怒鳴り声に、正造は、呆気に取られたようだ…

 「…どういうつもりって、どういうことですか?…」

 と、電話の向う側から、至極、冷静な声が、聞こえてきた…

 私は、その冷静な声を、聞いて、余計に頭に来た…

 「…松嶋さんの手記を読みました…」

 私が、勇んで、言うと、

 「…」

 と、正造が、黙った…

 当たり前だ…

 どう、答えていいか、わからないのだろう…

 「…随分、ひどいじゃないですか?…」

 私が、激怒して言うと、突然、

 「…でしたら、責任は、取ります…」

 と、答えた…

 「…責任? …責任って、なんですか?…」

 「…ボクが、高見さんと、結婚して、一生、面倒を見ます…」

 「…ふざけないで、下さい!…」

 私は、怒った…

 怒らざるを得なかった…

 こっちが、激怒しているのに、冗談を、言うなんて…

 なんて、男だ!

 余計に頭に来た…

 目の前に入れば、張り手の一発か、二発は、お見舞いするところだ…

 私が、予想以上に、激怒しているのに、気付いたのだろう…

 正造は、なにも、言わなかった…

 電話の向こう側から、声が、聞こえてこなくなった…

 真逆に、こちらが、心配して、

 「…どうしました? …聞こえてますか?…」

 と、心配したほどだ…

 それでも、正造は、すぐには、答えなかった…

 「…」

 と、黙ったままだった…

 「…正造さん?…」

 私が、問いかけると、

 「…たしかに、今回のことでは、高見さんに、迷惑をおかけしました…」

 と、殊勝に、言った…

 だが、私は、許さなかった…

 「…迷惑? …迷惑どころじゃ、ありませんよ…」

 と、怒った…

 「…でも、高見さんなら、大丈夫かと…」

 「…大丈夫? …全然、大丈夫じゃ、ありませんよ…私は、普通の人間です…ひとを、怪物扱いしないで、下さい…」

 「…怪物…」

 「…だって、そうでしょう…金崎実業を突然、リストラされて…この先、私は、どうやって、生きていけば、いいと、言うの?…」

 「…だから、ボクと、結婚して…」

 「…正造さん…今は、冗談を言うときじゃないの!…」

 私は、ピシリと、正造の言葉をはねつけた…

 「…冗談を言っていいときと、そうでないときを、わきまえて、下さい!…」

 「…」

 「…さあ、この不始末、どうしてくれるの?…」

 気が付くと、自分でも、ビックリするほど、米倉正造に、高飛車に出ていた…

 自分でも、自分の行動に、驚いた…

 まさか、自分が、あの米倉正造に、これほど、強気に出るとは、思わなかった…

 あの大金持ちの米倉正造に、これほど、高飛車に出るとは、思わなかった…

 すると、電話の向こう側から、突然、

 「…ハッハッハッ…」

 と、笑う声が、聞こえてきた…

 しかも、その笑いは、治まることが、なかった…

 いかにも、楽しそうに、笑い続けていた…

 「…なにが、おかしいんですか?…失礼ですよ!…」

 私は、怒ったが、正造の笑いが、止むことは、なかった…

 私は、頭に来たどころではない…

 余りの怒りに、自分で、自分を抑えられなくなる寸前だった…

 「…高見さんは、へこたれない…」

 正造が、笑いながら、言った…

 「…私は、へこたれない? どういう意味ですか?…」

 「…会社で、社員全員に無視されても、へこたれない…」

 いきなり、正造が、言った…

 私は、唖然とした…

 どうして、そんなことを、この正造が、知っているのか?

 それが、文字通り、謎だった…

 まさか?

 まさか?

 正造が、そのまさかを、言った…

 「…原田から、聞きました…」

 私は、文字通り、言葉を失った…

               
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