第23話

文字数 5,684文字

 つまり、米倉正造は、米倉好子を女として、見ていた…

 妹としてではなく、女として、好きだった…

 私は、思った…

 もちろん、正造が、本音では、好子さんを、抱きたかったとか…

 そんなふうに、思っていたか、どうかは、わからない…

 私は、正造ではないからだ…

 ただ、妹としてではなく、女として、好きだった…

 そう、気付いた…

 そして、そこまで、考えると、今回のからくりというか…

 私が、水野の家のお家騒動に、巻き込まれ、金崎実業を、休職することになった…

 このタイミングで、なぜ、正造から、私に電話があったのか?

 あらためて、その理由がわかった…

 好子さんが、危機に陥ったからに違いない…

 あの正造の妹の好子さんが、危機に陥ったからに、他ならない…

 それも、おそらく、ただの危機ではない…

 ただの夫婦間の危機ではない…
 
 あの水野透(とおる)と結婚しても、性格の不一致で、離婚するとか…

 そういう当事者同士の問題ではない…

 それは、あの水野良平が、いみじくも、指摘したように、水野家内部のお家騒動に違いないからだ…

 だから、慌てて、私に連絡した…

 私を、水野内部のお家騒動に巻き込んだ自責の念があったからとか…

 そういう魂胆というか…

 そういう考えがあったか、どうかは、わからない…

 ただ、どういうルートか、知らないが、私が、金崎実業を休職に追い込まれた…

 それを知って、私に連絡した…

 それが、真相に違いない…

 あるいは…

 あるいは、うがった見方かも、しれないが、今回も、なにか、私を利用しようと、しているのかも、しれない…

 それは、何度も言うように、私と好子さんは、姉妹や従妹といっても、いいほど、似ている…

 だからだ…

 だから、もしかしたら、影武者ではないが、好子さんの身代わりとして、私が、なにかの役に立つと、思っているのかも、しれない…

 いや、

 さすがに、それはないか?

 ドラマや、マンガの見過ぎかも、しれない…

 が、

 やはりというか…

 その可能性を捨てるわけには、いかなかった…

 いや、

 可能性ではない…

 おそらく、あの米倉正造が、私に連絡をくれたのは、号砲というか…

 再び、米倉に危機が訪れる合図かも、しれなかった…

 いや、

 米倉ではない…

 好子さんに、危機が訪れる合図かも、しれなかった…

 なぜなら、正造が、守ろうとしているのは、米倉でなく、好子さんだからだ…

 だから、それを、考えると、あらためて、正造が、私に連絡をくれたのは、私を心配して、電話をくれたのではなく、おそらく、今回も、私を、利用したいと、考えるのが、妥当ではないか?

 あらためて、そう、気付いた…

 すでに、何度も言うように、正造にとって、大切なのは、好子…

 米倉好子に他ならないからだ…

 そして、そんなことを、考えながら、その一方で、もしかしたら、正造は、私を心配して、電話をくれたかも、しれないとも、思った…

 透(とおる)と好子さんの不仲に、端を発した、水野家内部の権力闘争に巻き込まれ、金崎実業を、休職に、追い込まれた、私を心配して、電話をくれたかも、とも、思った…

 一方で、正造が、好きなのは、好子さんと、思いつつ、もしかしたら、私のことも、少しばかり、心配して、と、考える…

 女心は、複雑…

 実に、複雑だった(笑)…


 米倉と、水野の関係にヒビが入った…

 それは、まもなく、世間に知れ渡った…

 真っ先に、それを報じたのは、あろうことか、あのフライデーだった…

 あのフライデー=写真週刊誌だった…

 深夜、酔った水野透(とおる)が、若い二十代の女のコと、楽しそうに、コンビニに入る姿を写真に、撮られたのだ…

 これが、一般人ならば、いい…

 が、

 水野透(とおる)は、水野・米倉グループの総帥、水野良平の息子であり、次期、グループ総帥だった…

 それが、どう見ても、派手な水商売風の、若い二十代の女のコと、腕を組んで、コンビニに入っていく姿は、まずかった…

 透(とおる)は、一般人であって、一般人ではない…

 変な言い方だが、次期、水野・米倉グループの総帥が、一般人のはずが、ないからだ…

 同時に、私は、この記事に、水野の内部抗争の予感がした…

 だって、そうだろう…

 夜中に、泥酔した、透(とおる)が、キャバクラか、なにかに、勤める、若い女の子と腕を組んで歩いている姿を、偶然、撮影できるはずが、ないからだ…

 当然、裏に誰かいる…

 誰かが、フライデー編集部に垂れ込んだに違いないからだ…

 水野・米倉グループの総帥の一人息子が、泥酔して、キャバクラの女の子と、腕を組んで、コンビニに入った…

 偶然、そんな姿が、フライデー編集部に撮られるはずが、ないからだ…

 そんなことは、イマドキ、小学生にも、わわかる(爆笑)…

 それは、透(とおる)の身近に、いて、透(とおる)の動静を知ることのできる、人物が、フライデー編集部に垂れ込んだに決まっているからだ…

 だから、撮れた…

 そして、当然、フライデー編集部としては、それが、世間で、話題になると、考えたから、掲載した…

 そういうことだろう…

 水野透(とおる)は、世間的には、まったく無名の人物だが、なにしろ、水野・米倉グループの総帥の息子…

 おまけに、既婚者で、しかも、その結婚相手は、米倉家のお嬢様…

 いわば、二人の結婚は、政略結婚…

 提携した水野と米倉を象徴する、透(とおる)と、好子の結婚だった…

 が、

 夫の透(とおる)が、泥酔して、キャバクラの若い女のコと、腕を組んで、コンビニに入る…

 これでは、不貞が、疑われても、仕方がなかった…

 透(とおる)が、若い女のコと、ホテルに入る姿を撮られたわけではないが、やはりというか…

 泥酔して、キャバクラの女のコと、腕を組んで歩いている姿を、撮られれば、その女のコと、男女の関係を、疑われても、仕方がなかった…

 と、同時に、私の脳裏に、あの春子の姿が、浮かんだ…

 透(とおる)の妻となった、好子さんでは、なく、あの水野春子の姿が、浮かんだ…

 なぜか、真っ先に、浮かんだ(笑)…

 それは、なぜか?

 真っ先に、あの春子が、これを、どう思うのか、考えたのだ…

 あの春子が、事実上の水野のトップであると、春子の夫の良平が、私に告げたからだ…

 透(とおる)の父の、良平は、水野・米倉グループの総帥…

 世間に知られた、大企業の総帥だ…

 私の勤める金崎実業も、いまや、水野・米倉グループの一企業だ…

 そんな大企業の総帥にも、かかわらず、水野家内の実権は、妻の春子が、握っているという…

 これには、唖然としたが、春子が、水野本家の血を引く、水野の正統後継者だと、聞いて、納得した…

 つまりは、水野春子は、あの米倉好子と同じく、正統後継者…

 二人とも、名家の末裔であり、ただひとりの正統後継者であった…

 いわば、天皇陛下と同じ…

 直系の子孫だからだ…

 だから、春子が、水野の実権を握っている…

 そういうことだ…

 そして、それを言えば、あの好子も同じ立場だが、残念ながら、春子と、好子では、年齢が、違った…

 春子は、六十代…

 好子は、31歳…

 歳が、親子ほど、違う…

 だから、同じ立場で、いても、実権が、好子にあるはずがなかった…

 どうしても、実権を握るには、年齢が、必要だからだ…

 若い、好子に、米倉をまとめられる器量があるはずがなかった…

 いや、

 器量うんぬんではなく、好子は、若すぎた…

 だから、米倉をまとめられるわけがなかった…

 米倉をまとめられる人間といえば、引退した平造しか、いなかった…

 戦後、米倉を飛躍的に、拡大して、大企業に育て上げ、そして、その債務の大きさから、米倉が、どうやって生き残るか、模索した挙句、盟友の水野良平を騙して、水野と、米倉を合併して、生き残りを図ろうとした、平造しか、いなかった…

 が、

 その平造は、今、どこで、なにをしているのか、わからない…

 また、水野と、米倉の差…

 言葉は悪いが、今、米倉は、水野なしでは、生き残れなかった…

 米倉は、平造の手腕で、戦後、飛躍的に、大きくなったが、負債も、また大きかった…

 そして、米倉単独では、生き残れないと判断した平造が、盟友の良平を騙して、水野との合併を強行した…

 そういう経緯があった…

 だから、仮に、好子が、春子のように、六十代で、実質的に、米倉のトップの身であっても、もはや、米倉を仕切ることは、できなかった…

 なぜなら、すでに、米倉は、水野の支配下にあったからだ…

 そして、そんな経緯をすべて、熟知しているにも、かかわらず、結婚して、わずか、半年も経たないで、好子との間が、ギクシャクした透(とおる)を、春子は、許せないに違いなかった…

 男と女のことだ…

 子供の頃から、透(とおる)が、好子さんに、憧れていても、実際に、結婚して、いっしょになったら、

 「…これは、違った…」

 と、思っても、おかしくはない(笑)…

 なにしろ、子供の頃から、知っていたとしても、いっしょに、暮らしたわけではない…

 だから、本当は、どんな性格か、互いに、わからない部分があるからだ…

 だから、結婚して、夫婦関係が、ギクシャクしても、不思議はない…

 が、

 透(とおる)と、好子の結婚は、ただの結婚ではない…

 水野と米倉を結び付けるための結婚だった…

 それが、結婚して、わずか、半年も経たずして、ギクシャクしては、春子が、怒るのも、無理はなかったと言える…

 そして、そんなことを、やらかした透(とおる)に、水野は、任せられないと、春子が、考えても、おかしくはなかった…

 仮に、好子と透(とおる)が、うまくいかなかったとしても、それは、水面下というか…

 世間に出ては、困る…

 そんな情報が、簡単に世間に洩れては、困る…

 だから、そんな情報を、簡単に世間に洩らした透(とおる)に、春子が、激怒しても、おかしくはなかった…

 そういうことだ…

 一方で、私は、好子さんを、思った…

 あの私そっくりの、米倉好子さんを思った…

 思えば、米倉正造に連れられて、初めて、米倉の豪邸を訪れ、初めて、好子さんに会ったとき、思わず、私は、目が点になった…

 それまで、私のことを、

 「…キレイですね…」

 「…お美しい…」

 と、散々、持ち上げておいて、米倉家に一歩、足を踏み入れてみれば、私そっくりの美人が、いる…

 こんな経験をすれば、誰もが、驚くに違いない…

 そして、一体、どんな目的で、私を誘ったのだろう?

 と、考えた…

 すべては、あのときが、始まりだったというか…

 私と米倉家のファーストコンタクトだった…

 そして、結局は、やはりと、いうか、私を好子さんの身代わりに、仕立てるのが、正造の目論見だった…

 私を好子さんの代わりに、正造の父、平造に与えるのが、目的だった…

 そして、その米倉平造…

 平造にとっては、米倉の発展が、すべてだった…

 水野良平同様、お金持ちの一族に生まれたが、二人とも、身分は、分家…

 本来は、とても、本家を継ぐ資格はない…

 が、

 二人とも、優秀だったのだろう…

 本家の跡を継ぐ、お嬢様と、結婚して、本家を継いだ…

 そして、それを、意気に感じ、共に、米倉・水野を発展させた…

 米倉を飛躍的に、大きくした平造は、その米倉を、好子に渡すのが、自分の責務だと、考えていた…

 米倉本家に分家の身分で、入った、自分の責務だと思っていた…

 そして、大きくなった米倉を、好子さんに、引き継がせる…

 それこそが、自分の責務だと、考えていた…

 つまりは、平造もまた、好子さんを大切に思っていた…

 米倉の正統後継者である、好子さんを大切に、思っていた…

 要するに、平造と、正造の父子は、同じだった…

 二人とも、好子さんを、なにより、大切に思っていた…

 が、

 二人が、違ったのは、おそらく、立場の違い…

 米倉を率いる、平造は、会社を大きくして、それを、好子さんに、渡すのが、責務というか、自分の責任だと、思っていた…

 一方、息子の正造は、好子を、変な男から、守るのが、自分の責務だと、考えていた…

 米倉の正統後継者である、好子さんに、変な男が、言い寄って来て、好子さんが、その男を好きになり、結婚でも、したら、困ると考えていたのだ…

 なにしろ、好子さんは、米倉の正統後継者…

 米倉を継ぐ人間だ…

 それが、変な男と、結婚しては、困ると、考えたのだ…

 つまりは、二人とも、好子さんを守ろうとするのは、同じだった…

 好子さんを、大事に思うのは、同じだった…

 ただ、二人の立場の違いから、対応の仕方が、違っただけだった…

 そして、それを、思うと、今さらながら、もしかしたら、平造もまた、好子さんを好きだったんではないか?

 と、気付いた…

 好子さんを好きだから、米倉を少しでも、大きくして、好子さんに継がせたい…

 そう思ったのではないか?

 そして、その根底には、平造の好子さんに対する愛があったのではないか?

 そう、思った…

 それを、見て、正造は、平造が、好子さんを、狙っていると、誤解したのではないか?

 いや、

 誤解ではないかも、しれない…

 平造と、好子さんは、父子だが、血が繋がってない…

 赤の他人だ…

 だから、父子ほど、歳が、違っても、平造が、好子さんに、そういう気持ちを持っても、おかしくはない…

 ただ、それを、正造は、男女の愛情だと、思った…

 父としてではなく、好子さんを女として、見ていると、思った…

 そういうことだろう…

 そして、それが、真実か、否かは、わからない…

 平造に聞いてみなければ、わからない…

 また、好子にも、聞いてみなければ、わからない…

 平造の気持ちはどうあれ、好子が、どう思っているかは、わからないからだ…

 ただ、わかったことが、ある…

 二人とも、好子さんを、心の底から愛していたということだ…

 これは、間違いがない…

 二人とも、心の底から、好子さんを愛しているから、そういう行動に出たに、決まっている…

 私は、あらためて、そう思った…

              
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