第53話

文字数 4,359文字

 私は、寿さんが、なにを言い出すのか?

 と、思った…

 だから、慌てて、寿さんを見た…

 すると、寿さんが、笑った…

 ニコッと笑った…

 その笑いは、華やかというか…

 女の私でも、ドキッとするほど、素敵だった…

 これが、男なら、まさしく、この笑いに、イチコロというか…

 ノックアウトされるだろう(笑)…

 同性の私でも、思わず、美人って、凄い!

 そう思った…

 すると、

 「…似てますね…」

 と、寿さんが、言った…

 私は、黙った…

 黙って、寿さんが、次に、なにを言うか、待った…

 「…伸明さんと、米倉正造さんです…」

 と、寿さんが、続けた…

 「…顔は、違いますが、人間のタイプが同じ…見るからに、お坊ちゃまタイプ…」

 「…」

 「…でも、たぶん、中身が違う…」

 「…中身が違う?…」

 私が、寿さんの言葉を繰り返すと、寿さんが、思わせぶりに、笑った…

 「…伸明さんは、正真正銘のお坊ちゃま…でも、米倉さんは…」

 と、そこで、またも、思わせぶりに、寿さんは、言葉を切った…

 だから、私は、つい、

 「…米倉さんは、どうなんですか?…」

 と、聞いた…

 聞かずには、いられなかった…

 「…闇が深い…」

 笑いながら、言った…

 「…闇が、深い? …ですか?…」

 なんとも、微妙な表現だ…

 が、

 その言葉は、まさに、あの米倉正造という男を現わしていた…

 米倉正造と言う男の本質を突いていた…

 すると、寿さんが、

 「…誰でも、闇の部分はあります…」

 と、さりげなく、続けた…

 「…エッ?…」

 思わず、口に出した…

 いや、

 口に出さざるを得なかったというべきか…

 「…これは、私にもあるし、たぶん、高見さんにもある…そして、伸明さんにも…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…他人に知られては、困る…ハッキリ言えば、黒歴史の一つ、二つは、誰でも、ある…でも、それが、あの米倉さんは、深いというか…」

 寿さんが、言った…

 私の顔を見ながら、言った…

 きっと、私の顔を見ながら、どこまで、言っていいのか、確かめながら、言った…

 私は、その通り…

 その通りと、内心、叫んだ…

 叫ばざるを得なかったというか…

 寿さんの言葉に、内心、激しく、同意した…

 が、

 それを、言葉や、態度に出すのは、憚(はばか)れた…

 どこまで、言っていいのか、わからなかったからだ…

 「…きっと、苦労をしているのでしょう…」

 寿さんが、私の反応を見ながら、続けた…

 私は、寿さんの言葉に、同意しつつも、疑問に、思った…

 どうして、そんなことが、わかるのか?

 疑問に、思った…

 だから、

 「…どうして、わかるんですか?…」

 と、聞いた…

 弱冠、食い気味に聞いた…

 「…態度です…」

 「…態度?…」

 「…ハイ…」

 寿さんが、自信たっぷりに、言う…

 「…米倉は、五井とは、違います…」

 「…どう、違うんですか?…」

 「…規模もそうですけれども、浮き沈みが激しい…」

 「…浮き沈み?…」

 「…そうです…戦前は、米倉…いえ、大日産業は、それほど、巨大な企業グループではなかった…大日産業が、大きくなったのは、戦後、先代の米倉平造氏の時代になってからです…」

 「…」

 「…私も調べて、わかったのですが、平造氏は、偉大でした…が、反面、その反動というか…女遊びも、盛んと聞きました…」

 「…」

 「…もしかしたら、その影響かも、しれませんが、あの米倉正造さんは、伸明さんと違って、一筋縄ではいかないというか…闇を感じます…」

 「…」

 「…でも、伸明さんは、きっと、そこまで、考えていない…」

 寿さんが、嘆く…

 それは、もしかしたら、あの米倉正造が、諏訪野伸明を利用しようとしていると、言うのか?

 私は、思った…

 ちょうど、実父の平造が、盟友の水野良平を騙したように、正造もまた、伸明を騙して、米倉を救おうとしているのか?

 この寿さんは、そう言いたいのだろうか?

 考えた…

 悩んだ…

 だから、それを、言おうかどうか、迷っていると、

 「…ですが、それは、私の思い込みかも…」

 と、寿さんが、続けた…

 そして、

 「…なにより、そんなことをすれば、あの和子さんが、見過ごすはずがない…」

 と、まるで、独り言のように、言った…

 いや、

 自分自身に言い聞かせるように、言った…

 「…あの和子さんは、五井の女帝…彼女を騙すのは、難しい…」

 「…五井の女帝?…」

 「…そう、世間では、呼ばれています…」

 寿さんが、ニコッと、笑った…

 私は、それを、聞いて、考えた…

 もしかしたら?

 もしかしたら、今日、私が、あの五井の家に招かれたのは、米倉正造のため?

 米倉正造が、好きな女が、どういう女か、見定めたかった?

 ふと、そんな考えが浮かんだ…

 米倉正造が、あの澄子さんの娘の秋穂に気をつけろと、言いたかったのは、わかる…

 だが、それを、わざわざ、五井家に招いて、言うことではない…

 諏訪野伸明を通じて、言えば、いい…

 それを、わざわざ、五井家に、招いて、私に言ったのは、もしかしたら、私が、どんな人間か、見たかった…

 どんな人間か、確かめたかった…

 そう気付いた…

 あるいは、もしかしたら、それが、交換条件というか…

 五井が、米倉を救う条件かもしれない…

 そう思った…

 が、

 そう思いながらも、そんなわけはないと、気付いた…

 五井が、米倉を救済する目的は、むしろ、別にある可能性だってある…

 そう、思った…

 そして、私が、そんなことを、思っていると、

 「…五井の米倉の救済ですが、きっと、一筋縄では、いかないと思います…」

 と、寿さんが、突然、言った…

 私は、迷わず、

 「…どうしてですか?…」

 と、聞いた…

 どうして、寿さんに、そんなことが、わかるのか?

 五井家当主の秘書かも、しれないが、どうして、そんなことが、断言できるのか?

 不思議だった…

 すると、寿さんが、ニコッと、笑った…

 そして、笑いながら、

 「…高見さん…秘書というものは、仕える人間の動静は、すべて、掴んでいるものです…」

 と、告げた…

 「…動静?…」

 「…伸明さんが、どこで、誰と会ったのか? そして、そこで、どんな話をしたのか?
 ホントは、会談の内容までは、詳細には、わからないけれども、伸明さんの態度を見れば、わかる…」

 「…態度ですか?…」

 「…ほら、なんとなく機嫌が良かったり、愚痴をこぼしたり…それを見て、今日の商談は、うまくいかなかったんだなとか…」

 寿さんが、笑った…

 「…だから、少なくとも、伸明さんの公の行動は、すべて、わかる…」

 「…公の行動?…」

 「…私的な行動は、別ということです…」

 寿さんが、きっぱりと告げる…

 それから、

 「…でも、伸明さんと、米倉さんのつながりは、そもそも、伸明さんの私的な行動が、きっかけかも…」

 と、笑った…

 「…どういうことですか?…」

 「…伸明さんと、米倉さんは、飲み友達なんですよ…」

 「…エッ? ウソッ!…」

 「…ホントです…」

 それから、面白そうに、私を見た…

 きっと、私が、どんな反応を示すのか?

 知りたかったに、違いない…

 「…元々は、財界の関係で、知り合ったに違いないですけれども、二人とも、見るからに、お坊ちゃま…気があったのでしょ?」

 「…」

 「…だから、今回の一件も、米倉さんが、五井家に、頼み込んだのでしょう…」

 「…」

 「…ですが、正直、五井がどこまで、米倉を支えるのか、疑問です…」

 「…どういうことですか?…」

 「…五井が、米倉を支えると、報道があってから、伸明さんも、さまざまなひとたちと会って、会談を重ねました…ですが…」

 と、寿さんが、そこで、止めた…

 が、

 後は、言わなくても、わかった…

 会談が、うまくいかなかったに違いない…

 当たり前のことだ…

 「…高見さん…」

 「…なんですか?…」

 「…気をつけて、下さい…」

 「…」

 「…敵は、高見さんを狙ってくるかも…」

 「…敵?…」

 寿さんは、それ以上は、言わなかった…

 また、私も、それ以上は、聞けなかった…

 だから、黙った…

 二人とも、車中で、黙ったまま、口を利かなかった…

 すると、だ…

 寿さんが、体調が、優れない様子だと、気付いた…

 私は、これ以上、話すことが、ないから、話さないだけだと、思っていたが、寿さんの体調が、優れないのも、話さない理由の一つだと、わかった…

 私は、慌てて、

 「…大丈夫ですか?…」

 と、聞いた…

 聞かざるを得なかった…

 「…大丈夫…」

 寿さんが、眉間に皺を寄せ、苦しそうに、言った…

 私の見るところ、全然、大丈夫じゃなかった…

 が、

 寿さんは、

 「…じきに、治ります…いつものことです…」

 と、告げた…

 「…じきに、治る?…」

 私の言葉に、寿さんは、反応しなかった…

 きっと、私の言葉に反応する余裕もなかったに違いない…

 「…まだ死ぬわけには、いかない…」

 寿さんが、突然、言った…

 誰に、言うともなく、言った…

 きっと、自分自身に、言い聞かせたのかも、しれない…

 「…私には、ミッションがある…」

 「…ミッション?…」

 私は、思わず、オウム返しに、聞いた…

 が、

 寿さんは、答えない…

 当たり前だが、答える余裕は、ない様子だった…

 ただ、苦しそうに、していた…

 が、

 数分たったころだろうか?

 「…ミッションというのは、使命です…」

 と、寿さんが、答えた…

 「…使命ですか?…」

 「…以前、私を目の敵にしていた女性から、言われました…寿さんは、ミッション=使命を持っていると…」

 「…」

 「…人間には、生まれつき、ミッションを持って生まれた人間と、そうでない人間がいる…私は、前者…ミッションを持って生まれたと…」

 「…」

 「…そして、そのミッションとは、なんだか、最近、わかった気がしてきました…」

 「…なんなんですか?…」

 「…それは、たぶん、私が、お世話になった人間を助けること…」

 「…助けること?…」

 「…私を愛し、力になってくれたひとたちを、助けること…このことです…」

 「…」

 「…病気になって、やっとそれが、わかりました…」

 寿さんが、語る…

 その顔は、美しかった…

 驚くほど、美しかった…

 が、

 なんとなく死相ではないが、美しすぎると、思った…

 その美しさが、普通ではない気がした…

 だから、余計に、変に感じた…

 だから、余計に、不気味に思った…

 そして、それ以上は、聞かなかった…

 寿さんは、体調が、少しは、回復した様子だったが、これ以上、私から、話しかけるのは、悪いと、思った…

 だから、無言でいた…

 だから、一切、口を利かなかった…

 そして、ただ、時が、過ぎた…

 その間も、私と寿さんを、乗せたクルマは、疾走していた…

               
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