第31話

文字数 3,701文字

 …しかし、あの澄子さんが、今回の騒動の背後にいるとは?…

 あらためて、思った…

 思いながら、これは、厄介なことになる!

 と、気付いた…

 あの澄子さんも、バカではない…

 好子さんの足を引っ張るにしても、当然、勝算があるに違いない…

 そうでなければ、好子さんの足を引っ張るわけがない…

 今、米倉は、水野が、助けてくれたおかげで、なんとか、再建の道筋をつけたところだ…

 が、

 その背後にいて、好子さんの足を引っ張ることは、すなわち、米倉の再建を邪魔することに、他ならない…

 もし、

 もし、だ…

 米倉が再建できなければ、おおげさでなく、澄子さんは、路頭に迷う…

 ハッキリ言って、お金持ちは、普通の人間と違う…

 なにが、違うと、言えば、生活レベル…

 例えば、それまで、年収、一億円の生活をしていた人間が、年収一千万円の、生活をすることは、無理…

 難しい…

 それは、生活レベルを落とすことが、難しいからだ…

 年収一千万円といえば、庶民では、明らかに、年収が高く、生活レベルも、高いに違いないが、それでも、年収一億円に比べれば、わずか十分の一…

 すると、どうだ?

 例えば、年間、ウン百万円も、する、スポーツクラブに通ったり、一回の食事で、ウン万円を、使ったりすることが、できなくなる…

 それが、我慢ができないに違いない…

 これは、理屈ではない…

 誰もが、年収一億円ならば、年収一億円の生活をする…

 それが、年収が、十分の一になれば、それまでの生活はできない…

 当たり前のことだ…

 だから、年収一千万円の生活に慣れなければ、いけないが、それができない…

 頭では、わかっているが、それが、できない…

 それほど、生活レベルを落とすのは、難しいと、世間では、言われている…

 私は、当然、庶民だから、そんな経験は、ない…

 が、

 誰かに、今言ったように、説明されれば、なんとなくわかるというか…

 理解できる…

 いわゆる行動範囲が、狭められるというか…

 それまで、定期的に、行ってきた、レストランや、スポーツクラブなどに、行けなくなる…

 お金が、ないからだ…

それゆえ、それまで、派手にお金を使っていたから繋がっていた、人間関係が、継続できない…

 それが、我慢できない…

 耐えられないに、違いない…

 私は、思った…

 つまりは、あの澄子さんは、そんなことが、わかっているから、好子さんが、透(とおる)と、結婚したときも、なにもしなかったのだと、思った…

 本当は、あの好子さんが、透(とおる)と、結婚したことを、許せなかった可能性は高い…

 なぜなら、好子さんが、米倉以上のお金持ちと結婚したからだ…

 つまりは、明らかに、自分より、立場が上になる…

 いや、

 上になるどころか、好子さんが、手の届かない存在になるに違いない…

 いわば、好子さんは、米倉の救世主…

 没落しかけた米倉を救った救世主だからだ…

 だから、それまで以上に、澄子さんと、好子さんの差が出る…

 身分の違いが出る…

 だから、本当は、許せないに違いない…

 だが、認めるしかない…

 もし、好子さんが、透(とおる)と、結婚しなければ、米倉が潰れるからだ…

 だから、好子さんの結婚を我慢するしかない…

 が、

 本当は、はらわたが煮えくり返るほど、悔しいに違いない…

 これは、好子さんと澄子さんの関係に限らない…

 たとえ、血が繋がった姉妹でも、このような例はある…

 要するに、兄弟姉妹は、一番、身近な存在…

 だから、余計にライバル心を抱くことがある…

 しかも、今回のように、自分の結婚相手よりも、妹の結婚相手の方が、誰が、見ても、ルックスが良かったり、お金持ちだったりすると、許せないと、思う姉妹もある…

 要するに、自分よりも、上の地位に上がるのが、許せないのだ…

 自分のパートナーよりも、ルックスでも、お金でも、上の人間と結婚することが、許せないのだ…

 つくづく、人間は、嫉妬の生き物という言葉を思い出させてくれる事例だ…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…澄子は、厄介だ…」

 と、電話の向こう側で、透(とおる)が、言った…

 「…厄介?…」

 「…そうだ…」

 「…どう、厄介なんですか?…」

 「…執念深い…」

 透(とおる)が、即答した…

 「…執念深い?…」

 「…そうだ…今も言ったように、澄子は、好子と、正造に、コンプレックスを、持っている…」

 「…」

 「…二人とも、美男美女…それが、許せない…澄子は、平凡だ…平凡極まりないルックスだ…だから、許せない…」

 透(とおる)が、電話の向こう側で、力を込めた…

 が、

 それを、聞いて、一つ、疑問を持った…

 澄子さんと正造は、血が繋がった実の姉弟…

 両親とも、同じに違いない…

 が、

 それでも、やはりというか…

 たとえ、男と女の違いはあれども、ルックスが、違い過ぎれば、許せないのかも、しれない…

 「…それに…」

 透(とおる)が、言葉を続けた…

 「…それに、なにより、正造が、好子を、可愛がったのが、まずかった…」

 「…エッ?…」

 「…澄子は、好子を嫌っている…にもかかわらず、弟の正造は、好子を溺愛していた…」

 「…」

 「…それを、見て、頭に来ない人間は、いない…よりによって、自分が、一番嫌いな人間を実の弟が、溺愛している…だから、余計に頭に来る…」

 …そういうことか?…

 私は、あらためて、あの澄子さんが、どうして、好子さんを嫌っていたのか、わかった気がした…

 誰でも、そうだが、自分の嫌いな人間は、当然、誰にも、嫌いでいて、もらいたい…

 これは、理屈ではない…

 感情だ…

 自分の嫌いな人間は、誰もが、嫌いであってほしい…

 そういうものだ…

 それが、こともあろうに、自分の血を分けた弟が、自分の嫌いな人間を溺愛するとは?

 余計に頭に来るに違いなかった(爆笑)…

 だから、透(とおる)の説明で、なぜ、澄子さんが、あれほど、好子さんを嫌っていたのか、わかる気がした…

 元々、好子さんのルックスと、自分のルックスを比べて、コンプレックスを持っていたところへ、弟の正造が、好子さんを溺愛する…

 これでは、澄子さんが、好子さんを嫌いにならないわけが、なかった…

 私は、考えた…

 「…まあ、高見さんも、気をつけることだ…」

 電話口の透(とおる)が、意外なことを言った…

 …気をつける?…

 …私が?…

 私が、どうして、気をつけなくちゃ、ならないのか?

 わけが、わからなかった…

 だから、

 「…どうして、私が、気をつけなくちゃ、ならないんですか?…」

 と、透(とおる)に、聞いた…

 すると、透(とおる)が、

 「…鈍いな…」

 と、笑った…

 「…鈍い? …私が?…」

 「…そうだ…」

 「…なにが、鈍いんですか?…」

 「…澄子さ…」

 「…澄子さん?…」

 わけがわからなかった…

 どうして、ここで、澄子さんの名前が出て来るんだろ?

 謎だった…

 「…アンタと、好子は、瓜二つとは、言えないけれども、姉妹のように、似ている…そんな好子そっくりのアンタを、あの澄子が、好きなわけは、ないだろ!…」

 透(とおる)が、電話口の向こうから、吐き捨てた…

 私は、驚いた…

 衝撃だった…

 まさか…

 まさか、そういう展開になるとは?

 思っても、みなかった…

 考えても、みなかった…

 が、

 言われてみれば、その通りかも、しれない…

 私は、好子さん、そっくり…

 そして、その好子さんを、澄子さんは、嫌っている…

 好子さんを、憎んでいる…

 だとすれば、当然、澄子さんが、私を好きなわけはない…

 当たり前のことだ…

 自分が、嫌いな人間、そっくりの女が、いるとする…

 すると、どうだ?

 誰もが、好きになることは、ないだろう…

 例え、嫌いでなくても、好きになることは、まず、ないだろう…

 これも、当たり前のことだ…

 それが、わからなかったなんて…

 たしかに、鈍いと言われても、仕方がない…

 たしかに、鈍いと言われても、文句も言えない…

 そう、思った…

 そして、そう思ったときだった…

 なにか、ある?

 ふと、思った…

 この透(とおる)が、好子さんの例を持ち出して、わざわざ、私そっくりと、言ったのは、なにか、理由がある?

 ふと、気付いた…

 なにか、意味がある…

 と、そこまで、考えて、気付いた…

 私の休職…

 金崎実業を退社に追い込まれそうになったのは、もしかしたら、澄子さんが、関係しているのかも?

 ふと、気付いた…

 そう、思えば、合点が行くというか…

 澄子さんの弟の正造が、わざわざ、私に電話をくれたのも、納得する…

 姉の澄子が、私を金崎実業から、追い出そうとしている…

 それを、知って、弟の正造が、私に電話をかけてきても、おかしくはない…

 そういうことだ…

 なにより、そう考えれば、納得する…

 先日、どうして、いきなり、正造が、私に電話をかけてきたのか?

 納得する…

 だから、

 「…ということは、もしかして、私の休職と、澄子さんは、関係があると、いうことですか?…」

 と、聞いた…

 すると、

 「…ピンポン…」

 と、透(とおる)が、楽しそうに、言った…

               
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