第22話

文字数 4,615文字

 そして、私は、透(とおる)のことを、思ったときに、どうしても、もう一人の男を、思い出さずには、いられなかった…

 それは、透(とおる)と、結婚した、好子さんの兄、米倉正造のことだった…

 私にとって、米倉正造は、おおげさでなく、初恋の相手だった…

 33歳になって、初めて、好きになった男だった…

 が、

 それを言えば、最初に、好きになったのは、透(とおる)の方が、早かった…

 なぜなら、今さっきも、言ったように、最初に会ったときと、次に、私の勤務する金崎実業で、会ったときの、印象が、真逆だったからだ…

 最初、出会ったときは、仏頂面…

 そして、次に会ったときは、タレントの柳沢慎吾のような、おちゃらけた、ひょうきん者…

 差があり過ぎた(爆笑)…

 だから、どっちが、本当の透(とおる)の姿か、興味を持った…

 が、

 まもなく、最初の仏頂面の方が、真実というか…

 透(とおる)の素(す)の姿だと、いうことが、わかった…

 すると、我ながら、自分勝手というか…

 呆気なく、興味を失った(笑)…

 私は、おちゃらけた、透(とおる)が、好きだった…

 まるで、ピエロのように、道化を演じて、周囲の人間を、楽しませる…

 そんな姿が、好きだった…

 が、

 すぐに、それは、処世術というか…

 愛人の子にも、かかわらず、水野本家に養子として、入った透(とおる)が、周囲に馴染むために、身に着けた、演技だと知った…

 おおげさに、いえば、それは、透(とおる)が、水野家内で、生きるための術(すべ)だったのだろう…

 それを、身につけることで、水野家内で、なんとか、生きることができた…

 そういうことかもしれない…

 それは、それで、わかるが、素(す)の姿と、違い過ぎた…

 だから、それを知ると、私は、呆気なく、透(とおる)に、興味を失った…

 繰り返すが、私は、おちゃらけた、透(とおる)が、好きだった…

 わざと、おちゃらけた、姿を演じることで、周囲の人間を、和ませる、透(とおる)が、好きだったのだ…

 だから、それが、演技に過ぎないと、わかると、呆気なく、興味を失った…

 自分でも、なんて、自分勝手な、と、思うが、偽らざる、私の気持ちだった(笑)…

 そして、米倉正造…

 これもまた、魔訶不思議な男だった…

 自分とは、歳が離れた幼い好子さんに、

 「…将来、結婚しよう…」

 と、囁いた…

 囁き続けた…

 まだ、物心つかない好子さんに、囁き続けた…

 米倉正造は、イケメン…

 若かりし頃の俳優の三浦友和のような、爽やかなイケメンだった…

 誰もが、正造を、思えば、おおげさに、言えば、女は、恋に落ちる…

 それほどの魅力があった…

 よく、世間でイケメンと呼ばれる男が、いるが、顔だけでは、ダメ…

 雰囲気が、なければ、ダメ…

 私は、米倉正造を見て、つくづく、そう思った…

 なぜなら、顔だけなら、正造以上のイケメンは、いる…

 が、

 それに、プラスして、爽やかな雰囲気を持つ、イケメンは、滅多にいない…

 そういうことだ…

 そして、これは、男も女も同じ…

 同じだ…

 どんなに、美人でも、あか抜けてなかったり、雰囲気がなければ、ダメ…

 ダメだ…

 そして、その雰囲気は、ルックス同様、得るのは、難しい…

 なぜなら、それも、また、その個人に先天的に、与えられたものだからだ…

 ずっと、以前に、橋本龍太郎という総理大臣が、いたが、あれは、そのわかりやすい典型だった…

 背は低いが、イケメン…

 が、

 …キザ…

 キザな男だった…

 本人が、意識する、しないにかかわらず、キザが服を着て、歩いている(笑)…

 そんな感じだった…

 だから、イケメンだけでは、ダメだ…

 雰囲気が、なければ、ダメだと、誰にも、教えることができる好例だった…

 米倉正造も、それと、同じだった…

 正造以上のイケメンを見つけることは、できるが、正造のような、爽やかな雰囲気を持つことは、できない…

 それゆえ、正造は、唯一無二の存在だった…

 そして、正造は、その武器を、最大限に利用した…

 自分の武器=爽やかな雰囲気で、米倉好子を、魅了した…

 幼い好子にとって、正造は、憧れ…

 まさに、憧れの男だった…

 そして、好子は、正造に魅了され、将来は、正造と結婚するものと、思い込んだ…

 が、

 それは、正造の策略だった…

 正造は、幼い好子を、自分に夢中にさせることによって、好子を守ろうとしていたのだ…

 好子は、米倉の正統後継者…

 好子のみが、米倉本家の血を継ぐものだった…

 正造の父の平造は、米倉の分家出身…

米倉本家に、本家のお嬢様と結婚することで、養子として、入った…

そして、そのときに、すでに、本家の正統後継者のお嬢様には、娘が、いた…

それが、好子だった…

その後、お嬢様は、失踪し、米倉本家から、姿を消した…

平造は、再婚し、後妻が、好子を、自分の子供として、育てた…

それゆえ、幼い好子は、自分の立場が、わからなかった…

あの米倉の家で、自分だけが、米倉本家の血を引く、正統後継者…

いずれ、婿を取り、米倉を継ぐ人間だった…

それゆえ、変な男と、結婚しては、困る…

そう考えた、正造は、幼い好子に、

…将来、自分と結婚しよう…

と、囁いた…

囁き続けた…

そうすることで、正造は、好子を…米倉の家を守ろうとした…

好子が、変な男と、結婚することを、防ごうとした…

これも、普通なら、ありえないと、いうか、難しい…

好子とて、成長するからだ…

仮に、3歳の子供に、言えば、

「…ウン、結婚する…」

と、素直に言うだろう…

が、

十年後の、13歳の中学生に、言っても、

「…ウン…結婚する…」

とは、普通は、言わない…

まして、正造は、好子の10歳上だった…

が、

それが、正造には、可能だった…

何度も言うように、正造は、若き日の三浦友和のようなイケメンだったからだ…

だから、それが、できた…

13歳になった好子も、3歳の子供の頃と変わらず、正造に夢中だったからだ…

一方で、正造は、女遊びが、派手だった…

あっちの女、こっちの女と、遊びまくった…

にも、かかわらず、好子には、決して、手を出さなかった…

また、正造は、仕事にも、決して、積極的ではなかった…

つまりは、正造が、積極的だったのは、好子を守ること…

変な男が、好子につくことを、恐れていたのだろう…

好子は、小柄ながら、美人…

女優の常盤貴子さんを、小柄にした感じの美人だったからだ…

そして、お金持ち…

それゆえ、男が、放っておくわけが、なかったからだ…

だから、好子を守ることに、夢中だったのかもしれない…

そして、平造…

正造の実父である平造は、女好きだった…

これは、後で、わかったことだった…

だから、正造の女好きは、平造譲り…

それゆえ、正造は、平造が、好子に手を出さないか、ヒヤヒヤだった…

だから、私を、平造に、紹介した…

つまりは、好子さんと、よく似たルックスの私、高見ちづるを、平造に与えることで、好子さんを守ろうと、したのだ…

私から見れば、平造が、好子さんに、手を出すようなそぶりは、まるで、感じなかったが、身近にいる正造の目には、そうは、映らなかったのかも、しれない…

とにかく、正造は、必死になって、好子さんを守ろうとした…

それは、正造の唯一の美点というか…

それを、除けば、正造は、ろくでもない男というか…

とりえのない男だった…

ルックスを除けば、なにひとつ、他人様より秀でたもののない、平凡な男だった…

が、

世の中には、そんな男は、ありふれている…

世の中には、そんな女もまた、ありふれている…

つまりは、ルックスのみ、優れている(笑)…

勉強も、仕事も、優れているわけでもない…

ルックス以外は、なにひとつ、他人様よりも、抜きん出ているものは、ない…

ただ、ルックスのみ、優れている…

が、

そんな男も、女も、また、ごまんといる(笑)…

ただ、ごまんと言っても、仮に、千人にひとりの割合ではない…

3千人や5千人にひとりの割合ぐらい…

一万人にひとりには、遠く及ばない…

だから、世間にありふれているように、思えるが、実際には、決して、多くはない…

誰もが、街を歩いていて、思わず、振り返って、見たくなるようなイケメンや、美人は、滅多にいない…

つまり、そういうことだ(笑)…

なにしろ、かくゆう、この私が、それに当てはまる…

それに、該当する…

米倉正造や、好子さんは、お金持ちだから、それに、該当しないが、私は、該当する…

ハッキリ言えば、ルックスのみ、優れた女だ(笑)…

私と、好子さんは、同じように、155㎝程度で、顔も、女優の常盤貴子さんに、似た、感じの美人…

私と好子さんは、姉妹や、従妹と思えるほど、似ているが、その最大の違いは、生まれ…

私は、平凡な家庭の生まれ…

好子さんは、大金持ちの米倉の正統後継者…

その違いだ(笑)…

私は、今さらながら、そんなことを、思った…

そして、そんなことを、考えていると、ある事実に、気付いたというか…

私を、好子さんの代わりとして、平造にあてがえようとしたというか…

正造は、好子さんの代わりに、私を平造に、与えようとした…

それは、正造が、父親の平造は、好子さんを女としてみている…

そう、考えたからだ…

だから、平造が、好子さんに、手を出すことのないように、好子さんの身代わりの人物を探した…

その結果、見つけたのが、私だった…

私、高見ちづるだった…

が、

考えてみれば、これは、おかしいというか…

いや、

おかしいのではない…

仮に、平造が、血の繋がってない、好子さんに、好意を寄せたとしても、おかしくはない…

形の上では、親子だが、実は、血が繋がってない…

だから、女として、見ても、おかしくはない…

私が、気付いたのは、正造が、父親の平造が、好子さんを、女として、見ていると、気付いたのは、そもそも、正造自身が、好子さんを、女として、見ていたからでは、なかったのか?

そう、気付いたのだ…

さもなければ、そんなことに、気付くはずが、ないからだ…

例えば、会社でも、学校でも、男女の別なく、好きな異性がいたとする…

すると、どうだ?

当然、その異性を狙っているというか…

自分以外に、その異性が、好きな人間が、いれば、誰もが、気付くものだ…

その異性を見る、視線や態度で、気付くものだ…

それと、同じで、もしかしたら、あの正造は、好子さんを好きでは、なかったのでは、ないか?

本当は、歳の離れた、血の繋がってない妹としてではなく、ひとりの女として、好きだったのでは、ないか?

それゆえ、実父の平造から、好子さんを守ろうとしていたのでは、ないか?

ふと、その可能性に、気付いた…

いや、

可能性ではない…

その事実に、気付いた…

そうでなければ、あれほど、正造が、必死になって、好子さんを、守ろうとするわけがないからだ…

もちろん、好きと言っても、色々な好きがある…

妹として、好きとか…

性格が、好きとか…

ルックスが、好きとか…

これは、誰もが、いっしょだろう…

例え、男女の間であっても、

…好き=セックスをしたい…

では、ないからだ(笑)…

が、

やはりというか…

セックスうんぬんは、おいておいても、あれほど、正造が、必死になって、好子さんを、守ろうとする姿勢の根底には、正造の好子さんに対する愛があるのではないか?

あらためて、そう思った…

そして、それは、妹としてではなく、女として…

異性として、正造は、好子さんを、好きだったのでは、ないか?

あらためて、そう、気付いた…

              
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