第103話

文字数 3,737文字

 たしかに、新造さんの言う通り…

 もし、二人が、若い時分に、一人の男を争ったとしたら、その傷は、深い…

 ハッキリ言って、深い…

 そして、なにより、問題なのが、二人が、財界の有名人だと、いうこと…

 芸能人ではないが、有名人だと、過去、現在、誰が、誰と付き合っていたのか、世間の知るところとなる…

 世間の知るところ…つまりは、自分は、その相手を知らないが、相手は、自分を知っている…

 そういうことだ(笑)…

 だから、余計に、嫌…

 世間に知られるのが、嫌に決まっている…

 それが、わかっているから、余計に、あの春子も、諏訪野和子も、神経質になるのだろう…

 今、この新造さんが、言ったように、真偽不明の噂でも、それが、世間に広まるのは、困る…

 なまじ、世間に広まって、誰もが、知るところになれば、それが、まるで、真実かのようになってしまう恐れがあるからだ…

 昔、兼好法師こと、吉田兼好が、徒然草に書いたが、ウソでも真(まこと)でも、それが、世間に流布され、その結果、立派な書物に書かれでも、したら、ウソでも、ホントになってしまう…

 そう、書いていた…

 そして、それは、そうだろうと、私のような門外漢でも、思う…

 そして、恐るべきことは、700年前に書かれたことも、今の時代でも、書いていることは、立派に通用するということだ(笑)…

 私が、そんなふうに、考えていると、

 「…でも、まあ…真偽不明の噂だから…」

 と、新造さんが、笑いながら、言った…

 そして、

 「…だけど、それが、ホントかと、思われるぐらい、二人が、仲が悪いのは、財界で、有名な事実だ…」

 と、付け足した…

 「…だから、もしかしたら、春子のオバサンが、高見さんを試そうとして、金崎実業を追い出そうとしたのを、五井の女帝が、知れば、それを、逆手にとって、なにか、仕組んでも、不思議じゃない…現に、高見さんは、五井の女帝に会ったんだろ?…」

 「…ハイ…お会いしました…」

 「…だったら、関わっている可能性が、高いよ…五井の女帝も、春子オバサンが、高見さんを、試そうとしているのを、人づてに聞けば、どんな女なのか? と、高見さんに、興味を持つだろうから…」

 新造さんが、あっさりと、言った…

 私は、それを、聞いて、動揺した…

 それでは、まるで、私が、あの秋穂となにか、関係があるようだと、気付いたのだ…

 もちろん、私は、あの秋穂と、なんの関係もない…

 しかし、私の存在が、きっかけで、秋穂を利用しようとしたのでは? と、気付いたのだ…

 なぜなら、私と好子さんは、似ている…

 そして、なぜ、似ているかと、問われれば、同じ一族だから…

 私もまた、米倉一族…

 祖父の、そのまた、祖父が、米倉の創業者の兄弟だった…

 つまりは、今現在では、他人に近いほど、血が薄くなったが、私も、また米倉一族だった…

 そして、あの秋穂もまた、また、私や好子さんと同じような顔立ち…

 女優の常盤貴子さんの若いときに、似た顔立ち…

 だから、秋穂は、利用されたのかも…

 そう、気付いた…

 そして、それは、驚きだった…

 文字通り、驚きだった…


 そして、その後は、新造さんと、たわいもない、話をして、別れた…

 私は、米倉が、五井入りをして、どうなるのか、聞きたかったが、さすがに、聞けなかった…

 私には、なんの関係もない、話だからだ…

 また、たとえ、聞いたとしても、新造さんは、答えられないに、違いなかった…

 米倉の五井入りが、決まったのは、つい、先日…

 だから、なにか、急に変化があるはずがなかったからだ…

 変化が、あるのは、この後…

ゆっくりと、時間が経てば、色々わかってくるだろう…

一年後、二年後と、時間が経てば、わかってくるだろう…

ただ、私は、好子さんのことが、気になった…

 この前、会ったとは、元気だったが、どうだろうか?

 新造さんの前でも、元気だろうか?

 私の前では、元気だったが、私は、所詮、他人…

 好子さんの身内ではない…

 だから、身内の新造さんの前でしか、見せない顔もあるからだ…

 「…好子さんは、お元気ですか?…」

 「…元気だよ? …どうして?…」

 「…だって、透(とおる)さんと、結婚して、半年ばかりで、離婚して…」

 「…仕方ないよ…」

 あっさりと、新造さんは、言った…

 私は、新造さんが、あまりにも、あっさりと、言うものだから、かえって、反発したというか…

 やはり、私も女…

 好子さんと同じ女…

 だから、離婚が、どれほど、女にとって、心に、傷を負うか、知っているからだ…

 だから、新造さんに、

 「…そうじゃない…」

 と、言いたかったが、新造さんが、私の意図を察したのか、機先を制する形で、

 「…好子は、米倉の正統後継者だ…」

 と、新造さんが、言った…

 「…だから、結婚も、離婚も、自分の思い通りにならないことは、分かっている…」

 「…どういうことですか?…」

 「…好子は、おおげさに言えば、米倉の天皇陛下だ…天皇陛下が、自分が、好きだからって、誰とでも、結婚できるわけが、ないだろ?…」

 「…」

 「…好子は、それが、よくわかっている…だから、受け入れるしかない…」

 「…受け入れるしかない…」

 「…自分の立場を…自分の運命を…」

 新造さんが、ゆっくりと、言った…

 たしかに、言われてみれば、わかる…

 政治家や、お金持ちは、案外、不自由…

 自分の好きなひとと、結婚できない人間が、多いと聞く…

 それは、男女ともに、政略結婚が、多いからだ…

 だから、有名政治家の息子や娘が、一般のサラリーマンの息子や娘と結婚するのは、稀…

 あまり、聞いたことがない…

 だから、そういう家庭に生まれた人間は、ある意味、不自由…

 自分の好きなひとと、結婚ができない…

 そして、その代わりに、生まれながらに、高い地位を得る…

 生まれながらに、お金を持った生活ができる…

 他人様よりも、良い生活をする…

 そういうものかも、しれない…

 他人様よりも、良い生活を送れる代わりに、縛りも、また多い…

 縛り=自分の自由にならないことも、多い…

 そういうことかも、しれない…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 そして、そんなことを、考えながら、帰途に着いた…


 家に帰って、実に、ホッとしたというか…

 やはり、新造さんに限ると、思った…

 あの新造さんと話すと、実に、ホッとする…

 心が安らぐというか…

 つくづく、いいひとだと、思った…

 が、

 さすがに、恋愛感情は、湧かない(笑)…

 これは、どうしてか?

 と、自分でも、思った…

 おそらく、いいひとと、恋愛感情は、違う!

 と、思った…

 いいひとと、言うのは、たとえば、お風呂で、いえば、ぬるま湯…

 浸かっていると、実にホッとする…

 気持ちが安らぐ…

 が、

 恋愛は、違う…

 ドキドキする…

 刺激がある…

 米倉正造が、代表例…

 なにを、考えているか、さっぱりわからないが、正造といると、ドキドキする…

 それは、まるで、ジェットコースターに乗るようなもの…

 常に、刺激がある…

 常に、刺激に溢れている…

 だから、好きなのかも、しれない…

 だから、気になるのかも、しれない…

 ふと、気付いた…

 恋は、非日常…

 日常ではない…

 だから、ジェットコースターに乗るように、刺激的でありたい…

 目まぐるしいほどの非日常を味わいたい…

 そういうことだ…

 そして、それは、短期間…

 あくまで、ジェットコースターに乗るような短い時間…

 いつまでも、続くものではない…

 仮に、普通の男でも、普通の女でも、ビックリするような美男美女と恋愛すれば、最初は、刺激的だが、やがて、それが、普通になる…

 刺激がなくなる…

 辛い物を食べれば、最初は、その辛さに驚くが、いつも、それを食べていれば、それが、普通になる…

 それと、同じだ…

 要するに、その刺激に慣れてしまうから、いつのまにか、なんとも、感じなくなってしまう…

 それと、同じだ…

 今さらながら、思った…

 だから、私にとって、米倉正造は、刺激的だと、あらためて、考えた…

 現に、あの新造さんは、正造さんを毛嫌いしている…

 なまじ、兄弟だから、正造の表の顔も、裏の顔も、知っているのだろう…

 それが、私と、新造さんの違い…

 私、高見ちづると、新造さんの違いかも、しれない…

 そして、後日、あの秋穂の正体が、わかった…

 新造さんが、連絡してくれたのだ…

 「…オレの思った通りだった…」

 と、スマホの向こう側から、新造さんが言った…

 「…思った通りって…」

 「…秋穂と名乗る女の正体だ…」

 「…正体?…」

 「…あの女は、高見さんと、同じく、米倉一族の女…米倉の血を引く女だ…」

 「…エッ?…」

 「…それを、正造が利用したんだ…」

 「…利用した? …どういうことですか?…」

 「…春子オバサンに頼まれて、高見さんを、リストラしようとした…それを、知った諏訪野和子は、その裏で、秋穂を使った…」

 「…どう、使ったんですか?…」

 「…秋穂を、澄子の娘だと、思い込ませたんだ…」

 「…思い込ませた? どうやって?…」

 「…正造が、そう教えたんだ…」

 「…エーッ!…」

 驚きで、思わず、声を上げた…

               
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